ミルフィーの予想した通り、シモンはドワーフの村がその地底にあるという毒沼となった湖の畔にきていた。
「銀龍・・・オレはこれ以上何をどうしたらいいんだ?」
どっかと腰を下ろして目を閉じたシモンは、数年前の事を思い出していた。
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それはドワーフの村を焼き払う数ヶ月前の事。その日も気の進まない仕事の後、シモンは宿で酔いつぶれて寝ていた。
「シモン・・・・」
「・・・ん?」
何者かに名を呼ばれ、シモンの意識は目覚め始めていた。
「シモン・・シモン=ラスダルード」
「なんだ?・・誰だ?」
眠りの中なのか?オレは眠っているはずだ。誰かがオレの意識に呼びかけているのか?シモンはそう思いながら呟いていた。
「シモン・・・我が声を忘れたか・・・・」
低く威厳のあるその声、その声に思い当たったシモンはがばっと身を起こす。
そこは暗闇の中だった。
「ここは・・・・眠りの中のまま?」
周囲を見回しながら呟くシモンに再び空気を振動させて声が響く。
「シモン・・・我が騎士よ。」
「・・・銀龍・・・・・・」
そう呟きながら、ゆっくりと立ち上がり暗闇を見つめるシモンの目の前に徐々に銀龍の姿が現れはじめる。
「・・我が騎士でありし者・・・」
幻のような淡い全身ではあったが、シモンの目の前に浮かび出た銀龍はゆっくりと両目を開け、目の前のシモンの姿に嬉しそうに目を細める。
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「そして、その地での我が命を絶ちし者よ・・・」
血の気が失せたシモンの全身は、恐怖で震え始めていた。尊厳と威厳、その絶対なまでの威圧感による脅威に完全に支配されたいた。
(今頃になってオレを殺しに来たのか?)
シモンの恐怖の片隅にそんな考えがよぎる。
「シモンよ。お主は、お主の取りし行動の責を取らねばならぬ。」
「責?・・・・今更なんだというんだ?」
緊張と恐怖で枯れてしまった声でシモンは小さく問う。
創世龍である銀龍との戦い。それは圧倒的な差があった。勝てるはずは万が一にもなかった。が・・・・銀龍の納得でシモンが勝利を手にしていた。例えようもないほどの苦い思いと共に。
それなのに、なぜ今頃?とシモンは不思議に思っていた。
「我、すでにその世界を守るに能わず。而してお主がその責を負わねばならぬ。」
「オレが・・・どう負えるというのだ?・・・・ただの人間が神龍の代わりになどというそんな大それた責を負えるとでもいうのか?それに、そんなことを言うのなら・・・あの時・・・・」
わざと倒されなくともよかっただろう?とシモンは心の中で呟いていた。
それは、シモンが急死した父の後を継いで銀龍の守護騎士となった直後の事。・・まだその腕は十分それに値するとは言えなかった。
それはその夜から20年ほど前のこと。シモン17歳の春。
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「ここが、銀龍の神殿・・・。」
シモン=ラスダルードは、緊張した面もちで高くそびえ立つ神殿を見上げながら、腰の剣をぐっと握りしめる。
それは、父の形見となった剣であり、銀龍の守護騎士の証でもあった。
息を引き取る直前、シモンの父は自分が神龍の騎士であることを息子であるシモンに初めてうち明け、次の守護騎士となるべく銀龍の神殿へ行くようにと、剣を渡しながら命じた。
幼い頃から剣士である父に憧れて育ってきたシモンは、その父を失った悲しみに暮れる暇もなく、そして、その誇りを胸に神殿へとやってきた。
「オレはきっと父さんに負けない守護騎士になる。」
剣を見つめて呟き、シモンは階段を踏みしめながら上がっていった。
そして、シモンは神殿で巫女姫ユミナに会い、あろうことか一目で恋に落ちた。
その出会いは、あってはならない出会い、その恋は決して芽生えてはならない恋だった。
「それでは守護騎士様、ごきげんよう。」
初めて足を踏みいれた異空間、神の座する空間。神龍がその姿を現すという絶壁の崖の手前で、両手を胸の上で組み、静かに目を閉じている巫女姫ユミナを前に、シモンは震えていた。
(なぜ・・・なぜこの人が命を投げ出さなくちゃならないんだ?なぜ今なんだ?)
神龍との初めての邂逅は、ユミナが召される時と偶然にも同じ時となった。
神龍の魂の寿命は千年・・・2つの魂を持つ神龍は千年に一度、新たなる魂を得る為、糧を必要としていた。そして・・・それが人間であり、巫女としての徳を積んだその時の巫女姫であると、シモンはその時初めて知った。
それは、神龍に仕える一族ならどの一族もそれを誇りにし、神龍の存在と共に一族の秘密として固く口を閉ざして守っている事実だった。召された巫女姫は神龍と共に千年長らえる、そう言われていた。事実そうなのだが、人間としての生はその時絶たれるということも、また事実だった。
ゆっくりと姿を現しつつある神龍を、シモンは絶望と共に見つめていた。
神殿に来て一週間。その短い期間、彼女への想いは真実のものであり、お互い直接口にはしなかったが、彼女の想いも同じはずだった。
『人間の魂を喰らい己の心臓にする・・・そんな神がいていいのか?』
ふとシモンの脳裏を、ある一人の神官の言葉がよぎる。それはシモンが祈りを捧げているユミナをじっと見つめていた時だった。聞こえないほどの小声で呟いたその神官は、はっとしたようにシモンを一瞬見つめるとその場を慌てて立ち去っていった。おそらくシモンが近くにいたのを忘れてつい呟いたのだろう。
(そうだ・・・人間を食らうなんて・・・そんなの神じゃない!悪鬼じゃないか!?)
ユミナを失いたくない。なぜ彼女だけが犠牲にならなければならないのか、そんな思いと神官の言葉がシモンの思考を占拠していった。
が、それこそはその神官の策略だった。彼は、銀龍の神殿を守る一族の顔をして神殿へ入り込んでいた闇魔導師の手先。
闇の声はまるで呪文のようにシモンの中で響き続け、その思考を占拠していった。
そして・・・その声にとらえられたシモンは、銀龍の全身がまだ現れぬうちに斬りかかっていた。
シモンは、完全に自分自身を、理性を、そして考える力を、失っていた。
「シモン!なんてことを!」
目の前で繰り広げられている光景に、ユミナは真っ青になって叫ぶ。
が、その叫びはもはやシモンの耳には届かなかった。
一応守護騎士になったとは言え、その力の差はあまりにもありすぎた。すぐにでも神龍の怒りでシモンなど跡形もなく消滅してしまうかと思われた。
「シモン!」
自分は納得して命を差し出すつもりであり、シモンのその行動はあってはならない神の意志に反する事だとは思ったが、それでも、ユミナはシモンの事が気がかりだった。
その巫女姫の心の叫びと、シモンの心の叫びが、銀龍の心を揺さぶった。
「そうだな・・・・我もまた嫌気がさしておったといえば・・・そうなのだろう。」
二人の心を読んだ銀龍は、人間の命を糧としている事実に、心の奥底で疑問を感じていたことを認める。
・・・その結果・・・・
「シモン?!」
満身創痍の全身を震わせながら荒い呼吸をしているシモンと、その前に倒れた小山のような龍の姿に、ユミナは恐れと絶望を感じて硬直していた。
「シモン?・・あ、あなた・・・何をしたのかわかってるの?」
しばらくの沈黙の後、真っ青になったままのユミナがシモンに叫ぶ。
「世界は・・・私たちの世界の守護神である銀龍を倒すなんて・・世界は・・・私たちの世界はこれから・・・・・?」
「これからはオレたち人間が頑張って守っていけばいいじゃないのか?」
ユミナの質問に、少し間をおいてからシモンは弱々しく答える。
「そんなの・・そんなの次元が違うのよ。それに、それは当たり前のことよ。でも、それは神龍あってのことなのよ。銀龍は私たちの世界そのものである黄金龍の守り手。・・・・黄金龍の支えなのよ・・世界が息づいていくための支え・・・その支えを失くしてしまったのよ?」
「ユミナ・・・オレは・・・オレはただ・・・」
ユミナを守りたかった、その言葉をシモンは飲み込む。それは、今彼女が感じている罪悪感により深いそれを上乗せしてしまうことだと思った。
「ユミナ!?」
両の目に涙をためたままユミナは、シモンが未だ震える手で握りしめている守護騎士の剣を奪い取ると、それを胸に突きつけつつ、その身を崖から躍らせた。
「ユミナ!」
「お許し下さい、黄金龍よ・・・私の命ではもはや砂粒ほどの力にもなりませぬが・・・せめてお傍で・・・」
「ユミナーーー!!」
慌てて駆け寄り、崖から身を乗り出して落ちていくユミナへ必死の形相で手を差し伸べて叫ぶシモンの周囲は、ゆっくりと変化していった。
シモンは・・・奥神殿の祈りの間に一人帰っていた。
「お帰りなさいませ、守護騎士様。」
シモンが一人帰ってくる事が当然とでもいうような態度に、憤慨を覚えるのが本当だろうと、シモンは思った。が・・・・それより何よりユミナを失った事の方が大きかった。耐えられそうもないほどの罪悪感。
事実を話そうとすると何か邪魔が入り、シモンがそれを口にすることはできなかった。
「オレは・・・・・」
立派な守護騎士になるといった自分の言葉が重くのしかかり、そして、納得したように自分の剣を残っていた一つの心臓に受けた銀龍のやさしさと悲しみのまざった瞳、そして、ユミナの絶望に打ちひしがれた表情が交互にシモンを襲う。一人で背負うには大きすぎる事実、取り返しのつかない大罪を、シモンは背負っていかなければならなくなった。
そしてあとは・・・自暴自棄な日々しかシモンには残されていなかった。
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金になることならなんでもやった。そしてその金も浴びるように呑む酒代に代わってしまうという暮らしをしていた。その荒んだ生活を続けていたシモンの元に銀龍が姿を現した。
「闇龍の芽吹きを阻止するのだ。地龍の守護一族の元へ急げ。」
シモンの複雑な胸中などまるっきり無視し、銀龍は言葉を続けていた。
「闇龍?・・・地龍の守護一族?」
「人の世が正しき人の世である為に、シモン、お主は成さねばならぬ。金龍を覆い始めた闇の払拭を。それがお主の責。お主の楔。」
そして、銀龍は姿を消し、それ以後シモンの前にその姿を現したことはない。
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(オレは、闇龍の芽吹きを阻止できなかったばかりか・・・地龍の守護一族であるドワーフたちさえ救えなかった。・・・オレが気づいたときすでに彼らは闇の手の中にあった。その彼らの魂を救うには命を絶つしかなかったとは言え・・・・・・オレは・・・)
完全に闇の者にならないうちに命を絶たなければならなかった。シモンは彼らの住居へ行く途中に広がるマグマの海の炎を利用し、己の剣技に乗せてその炎を住居地に放った。地龍の怒りとも言われるその炎は、彼らの魂を闇から救ったはずである。・・・この世での命とひきかえに。
どれほど自分も一緒に命を絶とうとしたかしれなかった。が、炎はまるで意志を持っているかのようにシモンを避けていった。そして、その剣で命を絶とうとしたシモンを、その場へ駆けつけてきたセイタの祖父であるヤイタの叱責が止めた。
「己の責を果たすまで、お前さんは死ねないだろう。」
ヤイタの叱責で命を絶つのは断念したが、力無く無惨な焼け跡に座り込んでいたシモンに、一人呟くようにヤイタが言った言葉が彼の耳から離れなかった。
まるで生き地獄だ、とシモンは感じた。全ては己が取った行動が原因だった。
「殺人鬼と言われようが、後ろ指をさされようが一向にかまわん・・・・今更そんなことはかまったことじゃーない。・・・ないが・・・・」
むなしさは、そして、死ぬに死ねない絶望感、己に対する憤りはどうしようもなかった。
毒沼を見つめていたシモンはふとミルフィーを思いだした。脳裏に彼女の明るい笑顔が浮かぶ。
「ミルフィーとか言ったな・・・彼女は本当に銀龍の守護騎士なのか?・・女でしかも若いが・・・あの腕ならそうかもしれん・・・・だが・・・・・そうなら・・それが本当なら・・・」
(なぜもっと早く寄こさなかった?なぜオレなどに命じた?守護騎士とは名ばかりだった半人前の・・しかも主を手にかけたオレなどに・・・。)
シモンは銀龍と、そして、己の力のなさを呪っていた。
「銀龍よ、なぜ彼女にオレを殺せと命じなかったのだ?『死』という形で許すには罪深すぎるというわけか・・・。いや、許すことは出来ないということか・・。」
(この闇からの出口はあるのだろうか?・・神龍に代わって世界を闇から守るなどということが、果たしてできるのだろうか。)
・・・暗闇の深淵に沈むシモンには、一筋の光明も見えなかった。
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