その4・毒沼と惨劇

 

 「殺人鬼?・・・ドワーフの村を焼き払った?」
ラードの言葉に驚いて自分を見つめるミルフィーに、軽く笑うとシモンは反対方向へ向かって歩き始める。
「待てっ!ドワーフの仇!」
ラードは剣を抜いて後ろ姿を見せているシモンに向かっていく。
「待ってっ!」
その手首をぐっと握って剣を止め、ミルフィーはラードを真剣な表情で見つめる。
「な、なんだよ、離してくれよっ!ようやく見つけたんだ。この前は軽くあしらわれてしまったが、今度は・・今度こそは・・・!」
「背後から斬りつけるつもり?」
「背後だろうと眠っていようと構わない!奴は・・奴は何も持たないドワーフを村ごと焼き殺したんだぞ?逃げ場のない洞窟に広がる彼らの村に炎を放って。」
ラードの真剣な瞳は、嘘をついているようには見えなかった。
「シモン?!」
ミルフィーは未だにその腕を止めつつ、ラードの言葉にはじかれたようにシモンを見た。
が、ミルフィーのかけた声を無視し、彼はゆっくりと遠ざかっていく。
「待て!シモン!オレと・・オレと勝負しろっ!」
確かに怪しげな、どこか気を許せない雰囲気はあった、が、そんな非人道的な事を理由もなしにするような人物とはミルフィーには思えなかった。
「なんで止めたんだ?なぜ奴を逃がしたんだ?」
シモンの姿が視界から完全に消えてから手を離したミルフィーに、ラードは当然怒濤のごとく怒っていた。
「・・・彼の腕は相当なものよ。」
「わかってる・・そんなこと百も承知してるよっ!だけど・・・見過ごすなんてできないんだよ。オ、オレは・・・・・」
「ラード・・・」
セイタが腕を振るわせてくやしがっているラードに、不安そうな表情で抱きつく。
「セイタ。」
ラードはしゃがんでぐっとセイタを抱きしめる。
「・・・奴の・・奴のおかげで、こいつはひとりぽっちになってしまったんだ・・・その時、村にはこいつの両親がいたんだ・・。」
「ラード・・・セイタちゃん・・・」
その心の叫びのような声に、ミルフィーは何も言えなかった。
それでもシモンがそんな事を理由もなくしたとは、なぜか信じられなかった。
「でも、あなたが彼にかかっていって返り討ちにでもされたら、それこそセイタちゃんはひとりぽっちになってしまうわ。」
ミルフィーの言葉にラードはセイタを抱きしめたまま彼女をぎっと睨んだ。
「じゃー、あんた、奴を倒してくれないか?あんたの腕ならできるんだろ?」
「ラード・・・・」
怒りと悲しみの混ざった真剣なラードの瞳に、ミルフィーは言葉を失っていた。
「だめっ、ラード・・・ミルお姉ちゃんを虐めないで・・・お姉ちゃんを虐めちゃだめっ!」
セイタは、困惑顔のミルフィーをかばい、ラードから離れて彼を睨む。
「セイタちゃん・・・・」
「ミルお姉ちゃん・・・セイタのとうさんとかあさんはね、ドワーフのみんなはね、そんなこと願ってないよ。おじいちゃんが言ってたもん。悪いのはあのおじさんじゃないって・・・おじさんがそうしたのはみんなを助けてくれたんだって、おじいちゃんが言ってたもん・・・・おじいちゃんが・・・・」
「そんな馬鹿なことあるわけないって言っただろ?あいつはなー・・・」
「だって!だって、おじいちゃんの言うことに間違いないんだもん。おじいちゃんの言うことは・・・」
ラードの言葉にあくまで祖父が言った言葉を断言するセイタは、両親の代わりに育ててくれたであろうやさしかったその祖父を思いだしたのか、彼女の瞳には涙が溜まってきていた。
「セイタちゃん・・・」
ミルフィーは、思わずセイタをぎゅっと抱きしめていた。

「まさかセイタの言った事を真に受けてるんじゃないよな?」
夜、セイタが寝てからラードが外で涼んでいたミルフィーに話しかける。
「あいつをあれ以上悲しませないため、憎悪なんて言う感情を抱かせないためにじいさんがあいつに言い聞かせただけなんだ。あいつは・・じいさんの言うことはなんでも聞くんだ。あいつが4つだったあの日もちょうどじいさんのところへ遊びに来てたんだ。じいさんの話してくれるおとぎ話が好きでな、あいつの両親は仕事が忙しいとき、よく預けに来たんだ。で、じいさんがあいつを連れて買い出しにここへ来てた時に事件は起こった。」
「ラード。」
「だから・・頼むから引き受けてくれないか?悔しいに決まってるんだ・・・逃げ場のない洞窟で村ごと焼き払われて・・・」
「でも、私は、なんとなくだけど、セイタちゃんの言う通りのような気がするの。何か訳があって・・」
「どう訳があるんだよ?訳があったら村ごと焼いていいのか?」
「そ、それは・・・・・」
怒りで睨んだその表情を悲しみで曇らせてラードは懇願する。
「なー、頼む・・・あんたの腕ならできるんだろ?奴に勝てるんだろ?」
「でも・・・・」
「焼き払ってから姿を消したのに、何を思ってか最近また奴はこの辺りをうろうろしてやがるんだ。何かまたよくないことでも考えているに違いないんだ。だから・・頼む、ミルフィー・・・・奴の悪事を、惨事を未然に防ぐと思って!な、ミルフィー!?」
「でも、本当にそんなことをするのか分からないのに・・・・」
「ミルフィー?!」
悲痛な表情をより一層暗く染めラードは叫んだ。
「わかったよ!もうこれ以上あんたには頼まないっ!所詮赤の他人だもんな。関係ないことだもんな。」
「ラード!」
「声をかければそれなりに人数も集まるだろ?奴を快く良く思ってない者は結構いるはずだ。」
「待って!ラード!」
ミルフィーの言葉に全く耳を貸さず、すたすたと歩いていくラードに、ミルフィーは叫ぶ。
「分かったから、ちょっと待ってっ!」
「分かったって・・・殺ってくれるのか?」
振り向いたラードの瞳は期待で輝いていた。
「少し待ってくれる?確かめたいし。」
「そんなことしてたら・・」
「大丈夫。逃がしはしないから。この件についての答えが出るまで。」
不安げなラードに、ミルフィーは自信で輝く瞳で断言する。
「わかった。あんたを信用しておこう。・・実は、人数かき集めてもあいつにかなうかどうかわからなかったんだ。」
「え?そんなに腕がたつの?」
「事件のあった日、あいつを取り囲んだ数十人の男たちは、あいつの一睨みで身動き一つできなかったんだ。」
「一睨みで?」
「ああ。オレはまだガキだったから、聞いた話だけどな。・・・親父からだから確かだろ?」
「ふ〜〜ん・・・。」
西の村で手合わせしたとき、確かに腕はかなりのものだとは思えたが、そこにそんな人を圧倒させるような睨みは、気合いはなかった。
当然剣を交えるときならそれはあってもいいはず。しかもあれは真剣勝負。
(やっぱり何か理由がある。それも普通じゃない何かが。)
どこか迷いのあるシモンの剣を思い出し、ミルフィーは確信していた。

翌日、村中を探したがシモンの姿はどこにも見あたらなかった。
「ラード、そのドワーフの村ってどこにあるの?」
「ここから北に5kmほど行った沼地の地下にある。・・・元は綺麗な湖水地帯だったらしいが、今では毒沼でしかない。」
「毒沼?」
「ああ・・・地震があった時にな。ひでーもんだぜ。綺麗だった景色が、枯れ木ともやとで、まるで地獄の景色みたいに気持ち悪くなっちまってる。」
「その事件の時?」
「いや、それより少し後にだ。」
「地震でそんなことになるのかしら?」
「さーね。ドワーフの呪いだとかいろいろ騒がれたけどな。そんなこともあって村への入口は封印されてしまって、結局今では誰も近寄らなくなっちまってる。いや・・・セイタのじーさんは時々行ってたな。仲間の霊の追悼なんだろうな、きっと。」
「そう・・・。」
どうするんだ?ときつい視線で睨んでいるラードに、ミルフィーはにっこり笑う。
「私はそこへ行ってみるわ。ラードは・・・事件と地震の時のもっと詳しい情報を集めてくれない?シモンが見つかるかもしれないし。」
「今更そんなこと調べたって仕方ないだろ?」
「私の気持ちの問題よ。納得してからでないと行動に移せないわ。」
「何を今更?引き受けた仕事だろ?」
「じゃ、あなたがする?返り討ちにあってセイタちゃんを悲しませたいの?」
「う・・・・」
他人の腕を卑下するような事は言いたくなかった。が、こうでも言っておかないとラードは一人で突っ走ってしまう恐れがあった。ミルフィーは自分でも嫌悪感を覚えながらそのことを口にした。例えそれが確かなことでもあっても、言いたくない言葉だった。
「分かったよ。調べりゃいいだろ?調べりゃ。・・・で、もしも、奴を見つけても手は出さない。追跡だけにとどめておくよ。」
「お願いね。」

おそらくシモンはそのドワーフの村近くにいる。不思議とそう感じたミルフィーは、教えられた道を馬で駆けていた。

 


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