***チェイサー・ドーラの呟き***
   

 参:今回のお話は、「おしゃべりアレス#21」からの続きです

●裏追跡簿[10] おかしなことは・・なかったわよね?!

 「はっ・・・」
塔の最上階、アレスに倒されたドーラ・・ソウルマスターに意識を操作されていたドーラは、アレスがそこから姿を消した数分後、ようやく意識を取り戻した。
「な、何?・・何があったの?何がどうなったの?・・・・あ、あたしいつこんなところへ?」
ヒュオ〜〜と上体を起こしたドーラの傍を吹き抜けていく風。
城内のあちこちを探索していたはずのドーラは、今自分が置かれている状況に目を丸くしていた。
{えっとぉ〜・・・・・・確か城内の一室で、急に後ろから声をかけられたのよね?」
呟きつつ、ドーラはなぜこうなったのかを考えながら立ちあがった。
{そうだ!アレス!」
ソウルマスターに操られてはいたが、その圧制下の下、心の奥深い部分でドーラはそれでも抵抗していた。そして、とぎれとぎれだが、つい今し方のアレスとのことも記憶があった。それを徐々に思い出しながら、ドーラの心に怒りの炎が起こりそれは、メラメラとその度合いを増していく。
「アレス・・・・あいつはぁ〜〜〜!!!!」
あのドジっ!すっとこどっこいっ!と叫ぼうとして、ふと自分の身体に何かがぎゅっと巻き付けられていることに気づいて、視線を下ろす。
ちょうど胸の下あたりから腰の部分にかけて、紅い布が幾重にも巻き付けられていた。
「なんなのよ、これ?」
ぐいっと結び玉を引っ張ってその結びをほどくと、ドーラは一気に身体から布を取っておく。
(血・・・・?これって・・・・・・)
その臭いもまだ新しく、たっぷりと血を含んだその布は、重いほどだった。そして、その血は自分自身のものだということはわかりきっている。
「これって・・・・・・」
顔をしかめながら持ち上げたその布は、確かに見覚えがあった。
「確かアレスが首に巻いてた・・・・あれ?」
−バシッ!−
アレスにやられた・・・・その結論に達すると同時に、ドーラは布を屋根に投げ落としていた。
「あ、あたしが負けたっていうの?・・・ア、アレスに斬られて・・・死にかかったとでもいうの?」
ショックの次に怒りがドーラの中で燃え上がってきていた。
「ア、アレス・・・・・・あんたって、あんたって・・・やっぱり血も涙もない極悪人だったのね?!あ、あたしは、あんたを監獄島から助け出した命の恩人なのよっ?!い、いくらあたしが操られてたからって・・・・」
が、頭に血が上っていてもドーラにも判断できた。そうしなければならなかったことも。
「でも、他になんか方法があるでしょ?かよわい乙女に剣を向けるなんて・・・男じゃないわよっ!」
だれがどうかよわいというのだろうか。それにアレスとは敵対していたはずである。
が、すべてを棚に上げドーラは怒る!
「でもって、何よ?気絶したあたしを一人こんな塔の頂上に置いていくなんて?!それでも男なのっ?!屋根から落ちることもあるって事も考えつかなかったのっ?!」
がお〜っと叫び、その次の瞬間、ドーラはふと気づく。
「血よね・・・・これ・・あたしの・・・・」
そして捨てた血まみれの布を手でつまみ上げる。それは確かに致死量に達している出血である。そして、すでに癒え、傷跡も残ってはいないが、まだ乾ききっていない血が身体にはついている。
「ということは・・・・?」
ぼん!と突然出現したように、ドーラの脳裏にかすかな記憶からくる幻想(?)が浮かんだ。
「あ・・あの・・・すかぽんたん・・・・・・・・自分で死に至るほど切り刻んでおいて(刻んでというほどではないのだが)・・・あとで回復剤を飲ませたっていうの?・・・」
しかもその方法はかすかな記憶をたどってもたどらなくても口移しだという事は、容易に想像できた。回復魔法の書はこの界隈では売っていなかったし、バノウルドで身につけた魔法の中には回復魔法もあったが、不思議なことにあの地下迷宮だけでしか効果はなかった。だから、回復させると言えば、ポーションを飲ませる方法しかないわけである。かすかにドーラの記憶の中に残っていたそのシーンとアレスの唇の感触は・・夢でも幻影でもありえない。
無意識に自分の唇に手をあてたドーラに再び怒りがこみ上げてくる。
「あ、あたしのファーストキス!!!あ、あんな奴に?し、しかも、お、お師匠様の仇なのよっ、あいつは!」
格好はすばらしく蠱惑的であるドーラ。が、魔術の師匠であり、厳格な賢者であるバルカンの元、同じく孤児だった年下の少女、ミレイユと共に育てられたドーラは、その出で立ちとは裏腹に、清廉潔白そのものなのである。バルカンがドーラにとって衝撃の最後を遂げなければ、そして、ドーラがアレスを仇として追ってこなければ、そこでドーラはその地域を統べる巫女となるはずだった。
実は、今のはでなその格好をし始めたのは、妹ミレイユの方が巫女にふさわしいと思ったドーラのたった一つ策だったのである。性格から言えばミレイユの方が巫女にふさわしいと思われたが、その力の源である魔法力は、ドーラの方に利があった。そして、ミレイユもまたドーラを実の姉のように慕っていたこともあり、ドーラを推していたのである。結果、そのままいけば、ドーラが巫女の座に据えられることは目に見えてわかっていた。
が、性格的にみてドーラは巫女などという座に押し上げられることはどうあっても避けたかった。そして、無欲で清楚な巫女そのもののとも言えるミレイユは適任者だと思えたのである。だから、巫女にふさわしからぬ格好でもしていれば、巫女の座はミレイユに行くだろう。本当の妹のように思っていたドーラの彼女への思いがその派手な格好をし始めたきっかけらしかった。(ドーラは誰にもそんなことは言わないが。)
というわけで、気を失っていたとはいえ、仇でもあり、極悪非道の賞金首に唇を奪われたことは、ドーラにとってこの上ないショックだった。たとえ回復させる事が目的だったとしても。
「ま、まさか・・・・それだけじゃ終わらなかった・・なんてことないでしょうね?」
ふっと次に浮かんだ自分のその考えに、ドーラの顔から一気に血の気が引く。
「い、いくらなんでも、死にかかってる女に手を出すようなことは・・・・・」
が、信用おけないことも確かだった。世の男たちの判断でいくと、彼女の格好は良かったらどう♪?的な格好であることは、ドーラ本人は一応承知している。誘うつもりはないが、十分そういった意味で取られることくらいは知っていた。
(極悪非道な悪党で・・・男・・なのよ、アレスだって・・・・)
そして、今ひとつ自覚していること。それは、彼女の肉体美。自意識過剰と言われようが自信過剰と言われようが、普通の基準で判断しても悪くはないはず、と彼女自身も思っていた。そして、顔立ちでも。

「ア・レ・ス〜〜・・・・・・!!!」
(あたしには魅力がないっていうのっ?!)
無意識に心の中で呟いたその言葉。矛盾しているが、ドーラの中には別の怒りが燃え始めていた。
かといえ、おかしな事をされていたとしたら、そっちの方がもっとショックである。それこそすぐさま探し出して、ぎっちょんぎっちょんのめっためたにしてやりたいくらいに。
が・・・どうやらそんな事はなかったらしいと判断したドーラは、心の奥底にそんな矛盾中の矛盾の怒りを感じている部分もあった。ドーラは否定するだろうが、彼女の怒りの中には無意識的なそんな部分もあったらしい。


「い、いいわ、そんなことより、プラネット・バスターよ!あれを取り戻さなくっちゃ!!」
今頃ソウルマスターからアレスが再び取り戻しているだろう、そんな気がしたドーラは、めざとく見つけた屋根の穴、アレスが落ちていった穴に駆け寄っていった。


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