遙かなる旅路
〜[クレール in Brandish1] Brandishストーリー〜

(11)[TOWER 7F]

〜 盗賊さんと穴とドーラお姉さま 〜

 「あっ!待ってっ!」
7Fへ上がったところ、そこはワープトリック満載のエリア。
その一角の向こうに通路が見えるのに辿り着けない。
何度入口へ戻されたかわからないわ。・・・・神の塔でもそんなところがあったような気がするのだけど・・違ったかしら?もしかしたらディーさんにお聞きした事だったのかもしれないわね。あそこでの経験が遙か遠い昔のような気がするわ。
なんて事を言ってる場合じゃない!
そのワープゾーンをようやく抜け出る事ができたのよ!通路のこちら側にやっと来られたというのに・・・盗賊さんが・・・待ってましたとばかりに、ほっとしていた私の手から・・・それも・・それも・・・・四次元ボックスを!!!

「・・・ま、待ってっ!盗賊さんっ!・・・お願いっ!中身はあげてもいいから四次元ボックスだけは!」
全部あげるのはだめだけど、とも思いながら、あたしは長い通路の先、遠く走り去ろうとしている盗賊さんに追いかけながら必死になって叫ぶ。

と・・・・

−シュン・・・・バボン!−
突如としてあたしの背後から火炎が飛んでくる。それは見事に盗賊さんに命中。彼は全身からぶすぶすと煙を立ち上らせながら通路の先で倒れた。

「ド、ドーラさん?!」
ふん!というような表情のドーラさんは、あたしの横まで来るとちろっとあたしを見た。
「何してんのよ、子猫ちゃん?相手はスリなのよ?お願いなんて聞いてくれるわけないじゃない?」
「そ、それもそうですね。」
ドーラさんのその視線に、あたしはすっかり萎縮してしまってた。
「殺らなきゃ殺られる・・ここはそういうところなのよ?!わかってるの?」
すたすたとドーラさんは盗賊のお兄さんに近づくと、握りしめていた四次元ボックスをその手から離させ、あたしの方へ振り向いた。
「はい、あなたのでしょ?」
「あ、ありがとうございました。」
ドーラさんに近づき、あたしは横で倒れている盗賊さんをちらっと見ながら、盗まれた四次元ボックスを彼女から受け取る。
ドーラさんは、彼の腰袋を外してごそごそと中を見る。
「あまりいいもの持ってないみたいね。」
「ド、ドーラさん・・・・」

そんな盗賊の上前をはねるようなこと、と思いつつ、ダンジョンではそれが当たり前なんだとあたしは思い起こしていた。
宝があれば手に入れる。人が倒れていれば、使えそうなものはいただいておく。それは決して悪いことじゃない。志半ばで倒れた人の持ち物で使えそうなものがあったら、使う、それは、その人の供養にもなる、と誰かに聞いたのを、あたしは思い出していた。・・・・勝手なこじつけかもしれないけど・・・・。/^-^;
それに、盗賊さんの場合は、倒れていたんじゃなく、倒したんだし・・・・。(汗

「これくらいしておけば、二度と私やあなたの懐を狙うようなことはしないでしょ?」
「え?」
てっきり焼けこげて死んでいると思っていたあたしは、ドーラさんのその言葉に驚いて、思わず彼女と目を合わせた。
「何よ?私が殺したとでも思ってたの?」
「え?・・・・・で、でも。・・・・・・」
「手加減したに決まってるでしょ?モンスターならいざしらず、盗賊って言ってもやっぱり人間なんだし・・・逃げていく奴を殺すというのもね・・・・」
「ドーラさん・・・・」
あたしは感動して彼女を見つめていた。
「もっとも、人間でも殺らなきゃならないときは、殺るわよ、遠慮なく。」
少し、ほんの少し照れているような笑みをみせながらドーラさんは立ち上がった。
「ヒール魔法かけておいたから、そのうち気付くでしょ?」
行くわよ!とでもいうように、ドーラさんはあたしに顎で通路の先を示す。
「あ・・で、でも・・・」
「大丈夫じゃない?ここは暑くも寒くもないから。それにどうやらここの通路はモンスターはいないみたいだしね。」
「そ、そうですね。」
盗賊さんをこのまま放っておいていいのかしら?と言おうとしていたあたしより先にドーラさんは言った。
「本当に子猫ちゃんは放っておけないっていうか・・・・・」
通路を歩きながらドーラさんは、あたしに微笑んでくれた。それはもう、女のあたしでもうっとりするような微笑み。思わずどきっとしてしまったあたしは・・・ひょっとしてその気があるのかしら?

「どうしたの?」
「あ、いえ、なんでもないです。」
「そ。でも、何も出てこないからいいといっても油断してちゃダメよ!」
「はい、ドーラお姉さま。」
「『ドーラお姉さま』・・・か。」
「え?」
そう呟いてふと遠い目をしたドーラさん。どうしたのだろうかとじっと見つめていたあたしにドーラさんはにこっと笑った。

「妹がいるのよ。ミレイユと言ってね・・・あなたによく似てるわ。」
「妹さん?」
「そう。といっても血は繋がっていないんだけどね。」
「そうなんですか・・・」
「顔はぜんぜん似てないけど・・・雰囲気がどことなく似てるっていうか・・そうね、その純なところ?・・・」
「『純』?」
「私と違って汚れてないってところね。」
「え?」
「・・・な、何よ!か、勘違いしないでよねっ!そういう意味じゃないのよ?!」
思わずあることを想像し、驚いたように見つめてしまったあたしの耳に、ドーラさんの焦ったようなそして少しきついと感じられる言葉が飛び込んだ。
「あ・・・ご、ごめんなさい・・。」
「ホントに・・・・純なのかなんだかわからないわね?」
「す、すみません・・・・。」
つまり、ドーラさんは世間に染まっているという意味で言ったのであって、あたしは、それを、・・・つまり、その・・・・。

「でも、ドーラさんなら男の人がほかっておかないんじゃないかと思って・・・・」
美人であり、そのプロポーションもどきっとするほどのもの。そして、それを惜しげもなく見せている。くらっとしない男の人なんていないとあたしでさえも思えた。
「まーね。私ほどの美人はそうそうそこらに転がってるわけじゃないのよ。今までだってどれほどの男たちが私に・・・・ち、ちょっと、何言わせるのよ?」
「ご、ごめんなさいっ!」
あたしは真っ赤になってドーラさんに謝っていた。
「私はね、動きに重点を置いてこのカッコウをしてるのよ。決して男を引きつけようなんて思ってるわけじゃないわよ?!」
「あ、あの・・あたし、そこまで言ってはいないんですけど・・・・」
ぎくっとしたようにあたしを見ると、ドーラさんは早口で言った。
「と、とにかく・・・私はこのカッコウが気に入ってるの!自分がしたいカッコウをする!文句ある?!」
「い、いえ、ないです。」
「あなたがこんなダンジョンでもズルズルベッタリを着てるのと一緒でしょ?」
「ズ・・ズルズルベッタリ・・・・」
思わずあたしは巫女装束のすそを持ち上げて確認してしまっていた。
「一応あたしは巫女ですので、巫女装束が義務づけられていて・・・でも、多少短くしてあります。くるぶしがみえるくらいまで。」
そうでないと汚れてどうしようもない。
「そんなの一緒よ。動きにくくてしかたないわ。」
「いえ、両サイドにスリットが入ってますから。」
「え?」
すっと片足を前にだし、スカートの部分が広がるのを見せたあたしに、ドーラさんは意外そうな顔をした。
「そういう仕組みになってるのね。結構深いスリットなのね。知らなかったわ。」
「あ、そ、そうですか?」
「ふふ〜〜ん・・・・」
「な、なんですか?」
腕を組んでにやっとしてあたしを見つめるドーラさん。
「いつもは見えないものが大きく動いた時にちらっと見える・・・その方があたしのカッコウより男の気を引くわね。しかも清楚な巫女さんとくればなおさら?」
「ド、ドーラさんっ!」
あたしはその言葉に、一気に真っ赤になって叫んでいた。
「あ、あたしがそうしたんじゃなくて・・・こ、これは最初からこういうつくりで・・・・」
「まー、まー、いいじゃないの?」
ぽんぽん!と真っ赤になって怒鳴ってしまったあたしの頭を軽く叩くと、ドーラさんは微笑んでいた。
「人それぞれ。自分の形ができてるんだし。周囲の期待を裏切っても・・ね♪」
「期待って・・・・」
もうすっかりあたしの心臓は、恥ずかしさでばくばくしていた。今まで考えたこともなかったけど、ちらっと見えるのって、もしかしたらそうかもしれない・・・そう思ったら、もう・・・。


「で、それはいいんだけど・・・・」
そんなことを話しながら通路を進んでいたら、いつの間にか6Fへの階段が見える所へ来ていた。
予感が告げる。ここは一方通行で、多分もう少し階段へ近づけばトラップが発動され、階段の所まで飛ばされる。そして、ここへ立つ為には、再びワープゾーンをクリアし、ぐるっと回ってこなければならないだろう。
「どうやらぐるっと回ってきたらしいわね。」
ドーラさんもそう感じたのか、階段を見つめたまま立ち止まっていた。
ここまで来る途中に扉はなかった。でも、確かに内部では魔物のうごめく気配を感じる。
「あなたはどうするの?」
ワープゾーンへ足を踏み入れるのは愚の骨頂だった。また同じ苦労を味わいたくはない。
ドーラさんは、あたしを見つめて聞いた。
「中にモンスターがいるのは分かってるし、壁を調べれば入口も見つかるんでしょうけど・・・上への階段はもう見つかってるしね。」
そう、通路の途中の曲がり角にそれはあった。
「一応この階を調べるために通り過ぎて来たんだけど・・・・」
ドーラさんはタシタシ!と炎の石がはまっている魔法の杖を自分の手のひらにたたきつけながら考えていた。
「中への入口が見つからなかったということは、アレスは上へ行ったとみるべきよね?」
それもそうだと考えられた。例えそれがイリュージョンの壁だとしても、一度人が通ると影ができたようになって発見しやすくなっているはず。
「決めたわ!私は上へ行く。あなたは?」
「あ、あたしは・・・・」
少し考えてから答える。
「あたしは一応中を調べてから上に行きます。」
「そう。」
しばらくドーラさんはあたしをじっと見つめて考えていた。
「仕方ないわね、もうしばらくつきあってあげるわ。」
「え?いいんですか?」
「だから・・放っておけないって言ったでしょ?」
にっこり笑うとドーラさんは来た道を戻りはじめた。
ワープゾーンで苦労したのはドーラさんも同じだったらしく、同じ事を繰り返したくないあたしたちは、後戻りした。そこを脱出できたのはやけになって歩き回った結果だったから、どこを通ればいいのか覚えていない。

そして・・・

「あったっ!やっぱりイリュージョンの壁だったわ!」
差し出した手が壁の中へ吸い込まれるように消える。それは確かに目に見えているだけで、実際にはそこには存在しない壁だった。

そして・・・
「な、なんなのここは?」
その壁を通り抜けて入り、少し進んだところ、そこでドーラさんは立ち止まっていた。
「どうしたんですか?」
「わ、悪いけど、私、やっぱり上へ行くわ。アレスを見つけなくっちゃ。」
「え?」
そんなことは承知でつきあってくれると言ったのに、と見つめあたしにドーラさんは少しばつの悪そうな表情だった。
「悪いわね、私、こういうのって、相性が悪いというのか・・良すぎるというのか・・・ど、どうも、悪い予感が・・・・」
目の前に広がっているその部屋の床に視線を落としてドーラさんは苦笑いする。
明らかに落とし穴だと思われるおかしなくぼみが床に何カ所かあった。
「あたし一人でも大丈夫です。ここまでありがとうございました。」
そう、ここへ来るまででもバーサーカーのおじさんとかガーゴイルさんとかいて、ドーラさんの火炎で倒してもらっていたの。それに、盗賊さんから大切な四次元ボックスを取り戻してもらったし。
にっこり笑ってそう言ったあたしに、ドーラさんはほっとした顔をして、来た道を戻っていった。

「さてと・・・・」
そして、あたしは気を引き締めなおして先へと進む。

−ボン!−
そこは四方を壁に囲まれた小さな部屋。不意に壁を突き抜けて飛んできた火炎があたしの頭に命中した。
その部屋へ入ったのは火炎が飛んできたのとは別のイリュージョンの壁から。床にはやはり落とし穴らしき怪しげなくぼみがあるので、あたしはそこから動かず、どの壁が通り抜けられるかと見回していた時だった。何しろ通り抜けられると喜んで進むと、壁の向こう側は落とし穴だった、なんてことが数回あったため、いつもより数段注意深くなってしまっていた。その動かなかったことが災いしたらしい。(結果からいくとどちらに災いしたのかはわからない)
−ボン、ボボン!−
続けざま飛んでくるその火炎は、あたしが捜していたその部屋からの出口であるイリュージョンの壁。おかげで見つかった出口・・・な〜んて段ではなかった。
「あ、あたしの・・・あたしの自慢の・・・あたしの大好きなストレートヘアーが〜〜!!」
(ちょっとカールしてるけど・・・)

−ごごごごご〜〜!!!−
髪が焼けこげる臭いの中、ふと髪の毛を取ってみたあたしは・・あたしの理性は、その無惨にもちりちりになって縮んでいた髪に、ぶっ飛んだ。
「な、なんてことしてくれるのよ〜〜〜?!」


そして、次の瞬間、怒りのために我を忘れたクレールは、獣人と変化していた。
次々と飛んでくる火炎などものともせず、獣人クレールはヒョイヒョイと落とし穴らしき床を避けて壁を通り抜ける。
そこには、火炎にも全く動じないクレールに、唖然として棒立ちになっていたガーゴイルがいた。
「よくも・・・よくもあたしの髪を〜〜!!」
クレールの鋭い視線に睨み付けられ、ガーゴイルは赤い肌の色を全身真っ青の染め、恐怖に震える。
そのガーゴイルの首をがしっと掴むとクレールは低く呟く。
「元に戻しなさいよ?」
だが、それは無理というもの。というのも獣人化したクレールには元の髪もない。ともかくわけがわからずガーゴイルは恐怖に震えていた。
そして・・
−グシャッ!−
哀れ、次の瞬間、ガーゴイルは骨を粉々に砕かれ息絶えた。

そして、そんなことではまだ気が収まらないクレールの進撃が始まった。
もはやいちいち落とし穴を気にするような事もしない。落ちようがどうしようが、構わずクレールは突き進む。そうして、ほとんどその階を回り終えたと思った最後の部屋で、またしてもクレールは落とし穴に落ちる。

−ヒューーー・・スタッ!−
その階に落とし穴は数多くあったが、どれも単に穴が空いているだけだったが、珍しくそれは下の階まで続いていた。それでも、獣人クレールにとっては、どうってことはない。いとも簡単に着地する。
−ヒュン!−
そして、着地したクレールを待っていたのは、ダークレンジャーの弓矢攻撃だった。
「なによ、これ?あたしの髪よりストレートだとでも言いたいの?」
それは言いがかりとしか言いようがないが、髪がちりちりになってしまったショックから未だ冷めないクレール。そして、獣人であるため、その程度の柔な(決して柔ではないのだが)矢など少しも痛くない。しかも簡単に手で受け止め、憎々しげに矢を見つめる。
そして、その矢を放ったダークレンジャーへと視線を移す。

「ヒィ・・・・」
その鋭い視線に囚われ、ダークレンジャーは真っ青になりながらも矢を放つ。
「それで攻撃してるつもり?」
ずいっと近づいてくるクレールに、ダークレンジャーは生きた心地はなかった。
そして・・・哀れ壁際まで追いつめられたダークレンジャーは、ガーゴイルと同じ最後を遂げた。


「宝箱・・・・」
煩い矢は飛んで来なくなり、ふと見渡した部屋の奥まったところに、クレールは宝箱を見つけそこへと向かう。
その前に落とし穴があったが、どうってことはない。
そして、乱暴に箱を壊して中のものを取り出した。



「き、綺麗・・・・・・」
中に入っていたのは、黄金の盾。磨かれ抜かれたそれを手にしたと同時に元の姿に戻ったクレールは呟く。
それは、獣人化した自分の姿に少なからず恐怖を感じていたクレールの心がそうしたものらしかった。獣人としての自分の姿は見たくない、その思いが自分の姿を映し出す盾を見たその瞬間に無意識のうちにそうさせたものだった。


「こ、これって、もしかして?」
四次元ボックスの中に黄金のソードを入れておいたのを思いだし、あたしは急いでボックスを開けて比べてみた。盾に描かれている模様の一部がソードの柄にもある。
「やっぱりこれって、お揃いなのね?・・・え?」
ボックスへしまう時に触れた髪にあたしは驚いた。
「か、髪が元に戻ってる!」
獣人となってここまで来たことは知ってるけど、何をどうしたのかはよく覚えてない。でも、そのおかげで髪も元に戻っている。
「よ、よかった〜!獣人になるのも時にはいいのね。」
素直に喜び、あたしはその部屋から出ることにした。
「え?なにこれ?・・・・」
そこには骨をぐしゃぐしゃに砕かれ、血と内臓が飛び散った無惨な死体が。
「あ、あたしが・・・・獣人化してたときのあたしがやったの・・よね?」
ごくん!
その恐ろしさを今一度思い出し、あたしはそこから逃げるようにして飛び出した。
自分の意志で獣人化したときは、最初から最後まで、そして、普段と同じように自分の意志がある。だから力に加減が出来、攻撃もそれなりに押さえることが出来た。でも、何かのきっかけでそうなった時、ある程度はわかっていても、そこから分からなくなってしまうことが多かった。
(それがまだ修業が足らないということなのよね・・・・。)
髪が焼けこげてしまってからの事を、あたしはできる限り思い出そうとした。でも・・・一部しか覚えていない。

ドーラさんが一緒でなくてよかった。もしも一緒だったら・・あたしは魔物とドーラさんときちんと区別できたのかしら?

・・・・あたしは今一度自分自身に対して恐怖を感じながら重い足取りで7Fへ、そしてワープゾーンで少し手間取ってから内部へは入らず、8Fへの階段を上っていった。

** to be continued **



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