「あ!ヴィクトール様だわ!」
前日一日ヴィクトールの元で講義を受けていたにもかかわらず、翌日も朝早くからアンジェリークはヴィクトールの館へと出かけていた。が、あいにくヴィクトールは外出中。しかたなく待ってはみたものの、お昼近くになっても帰ってこない。仕方なく自分の部屋に戻ろうと道をとぼとぼと歩いていたアンジェリークの進む先、その遠くにヴィクトールの姿を発見して思わず叫ぶ。
声をかけようと思ったが、そこからでは遠く、大声をださなくては届きそうもない。急ぎ足で近くまで行こうとするアンジェリーク。
が、肝心のヴィクトールはそんなアンジェリークに気づきもせず、アンジェリークのいる場所からずっと手前のところの角を曲がっていってしまう。
(あ!待って!ヴィクトール様っ!)
心の中でそう叫ぶと、アンジェリークは小走りで道を急いだ。そしてヴィクトールが曲がった角を曲がる。
(よかった、ヴィクトール様・・)
そこにヴィクトールの姿がなかったらどうしよう?と心配しつつ、曲がった先を見たアンジェリークは、後姿を見つけてほっとする。
「ヴィ・・・・・」
ふと声をかけようとしてアンジェリークははっとした。
(そうだ、もうお昼なのよ・・・食事の時間だわ。・・・・ご一緒する約束をしているわけでもないし・・・レイチェルも待ってるだろうし。それに私から声をかけるなんて・・・・)
アンジェリークは恨めしげにヴィクトールの後姿が小さくなり見えなくなっていくのを見つめていた。

そして、その日の午後。いくらなんでも続けてヴィクトールのところに行くわけにもいかないと思ったアンジェリークは、それでももしかしたら逢えるかもしれないという希望を抱きつつ、ヴィクトールの館の横を通りすぎ、炎の守護聖オスカーの館へと続く道を歩いていた。(一応)

「ん?アンジェリークじゃないか?」
「え?」
声をかけられて振り返ったアンジェリークの目に、ヴィクトールの笑顔がうつる。
「ヴィクトール様。」
「・・っと・・・オスカー様のところへ行くのか?」
アンジェリークの進行方向から判断したヴィクトールが言う。
「あ・・・え、え〜と・・・」
『はい、そうです。』と言うつもりだったが、それは言葉にならず、アンジェリークはヴィクトールの顔を見上げていた。
「ん?どうした?オレの顔に何かついているのか?」
自分に見とれているとは露ほども思わないヴィクトールはいたってまじめに聞く。
「あ、い、いえ・・・」
自分で気づかないうちに見つめていたことに恥ずかしくなったアンジェリークは、頬を染めてうつむく。
「・・・そうだな、よかったら日向の丘へ海でも見にいかないか?・・途中の遊歩道も気持ちがいいぞ。」
「は、はい!」
『予定がないようなら』と続くはずの言葉が出る前に、アンジェリークは答えていた。
前日の講義の時も考え込んでいたようなアンジェリーク。気分転換が必要だと思いつい口にしたヴィクトールの提案に、アンジェリークは飛びついていた。
ヴィクトールも嬉しそうに目を輝かせて自分に微笑むアンジェリークに、年甲斐もなく、と思いながらも、喜んでいる自分がいることを否定できないでいた。
「それじゃ行くとするか。」
「はい。」
そして、その日の残りは、またしてもヴィクトールと過ごしたアンジェリークだった。しかも今回は講義ではなく。
もっとも、黙って海を見つめていた時間がほとんどだったが、それでも時々交わす短い会話、そして、何よりもすぐ横にヴィクトールがいる、その事がアンジェリークにはとても嬉しかった。
海よりもヴィクトールの横顔を見ていた方が多かったかもしれない、と部屋に帰ってからアンジェリークは一人赤くなっていた。

そして、そのことで味をしめたアンジェリークは、よく会うな、と言われながらもヴィクトールの通り道に出没するようになっていた。勿論アンジェリークから声はかけない。どきどきしながら気づかないふりをして声をかけられるのを待つ。

そんなこんなでアルカディアに来てから早くも10日が過ぎる。
「アンジェ、もうそろそろ育成も始めないと。」
「だから、きちんと予定たてて出かけてるじゃない。でも、声をかけられたらお断りするわけにもいかないでしょ?」
「・・・・アンジェ・・・」
アンジェリークの部屋。少し困惑気味のレイチェルがいた。
「でも、アンジェ、先週はいいわよ。最初の週だから、育成の為の集中学習だって陛下にはご報告できたけれど・・でも、今度はそんなわけには・・・・。」
「ええ、わかっているわ。」
そう答えながらもアンジェリークが目を通しているのは、翌日のヴィクトールの予定。
「ふ〜〜・・・・」
思わずため息の出るレイチェル。
「お願いね、アンジェ。」
「ええ。おやすみなさい。」
「・・・・おやすみなさい・・・・」
自分のことを考えると、それ以上きつく言うことは躊躇われ、レイチェルはアンジェリークの部屋を後にした。
そう、レイチェルは調査の為、毎日王立研究院へ通っていた。実際に調査していることは確かだが、なんと言ってもエルンストに会えるのが一番の楽しみであることは確かだった。しかも一日中一緒にいることも珍しくはない。
「やらなくちゃならないことはきっちりやるアンジェだから・・・大丈夫よね?」
誰よりもアンジェリークのことを理解しているレイチェル。だからこそ、全てを任せることもできるし、また、心配でもあった。

アルカディアの明日は・・・い、いや、明日はまだ大丈夫だが、百数日後のアルカディアは、そしてアンジェリークたちの運命は如何に・・・・。
がんばれ、アンジェリーク!そして、くじけるな、レイチェル!         



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