その参 すれ違い


 「よう、お嬢ちゃん!お嬢ちゃんがなかなか来てくれないものだから、こっちから来てしまったぜ。どうだ?今日は一日このオスカー様と過ごすというのは?」
「え、・・・で、でも・・・・・」
レイチェルに注意された翌日、自分でも十分承知していることだけあって、さすがにヴィクトールの館へ直行はしなかった。が、予定が決まらない。どの守護聖に育成の援助をしてもらうのがいいか、考えあぐねていた。そんなとき、炎の守護聖オスカーの訪問があった。
「いい天気だし、森へでも行かないか?」
「でも、私・・・・」
立て板に水というのだろうか、アンジェリークに有無を言わさない勢いで、オスカーは話し続ける。
「なぜだかな・・・今日は一日お嬢ちゃんのその花のような笑顔を見ていたくてな。」
「あ・・でも、今日は私、育成を。」
「そういうことなら、ますますもってこのオスカー様に任せるべきじゃないか?ん?」
「えっと・・・」
「それとも、お嬢ちゃんは炎のサクリアは不必要だとでも?」
「い、いえ、そ、そんなことありません。」
「よし!決まったな。本当なら今から行きたいのだが、お嬢ちゃんがその気なんだから、育成を行ってからにしよう。まずはオレの館だな。」
「は?」
「じゃ、今日はそういうことでいいな、レイチェル。お嬢ちゃんを借りていくぞ。」
「はい。よろしくお願いします、オスカー様。」
「よ、よろしくって、レイチェル?」
ちょうどいいとばかりに、こくりと頭を下げて返事をするレイチェル。
「え?え?・・・・」
納得いかないうちに、アンジェリークはオスカーに手を引かれて部屋を出ていた。
「あ、あの・・オスカー様?」
「行くぞ。」
「あ・・は、はい。」
あっという間に、アンジェリークは、オスカーと共に馬上の人となった。
「気分転換になってくれるといいんだけど。」
見送ったレイチェルは、2人の姿が見えなくなると、王立研究院へと急いだ。

カツカツカツ、と軽快に駈ける馬の上、身動き一つせず黙っているアンジェリークを見、オスカーは前日のことを思い出していた。
その日はめずらしくヴィクトールの訪問があった。彼は、アンジェリークについて相談していったのだ。

「とにかく、何か思いつめているようなんだが・・・オレでは何をどうしてやったらいいのか・・・アルカディアの今後のことで悩んでいるんだろうとは思うが・・その、どうもオレでは役不足というか、おそらく、オレでは緊張してしまうんだろう・・・いや、講義はいたって真剣に受けてくれてはいる。が、どこか沈んでいるというか・・・。」
「ふむ・・そういえば、まだ育成も始めていなかったな。」
「そうなんだ。が、育成についての相談ならいくらでものるぞ。とは言ってみたが、『大丈夫です』としか言わないし、様子は依然変わり映えしない。散歩などにも誘ってみたこともあるんだが・・オレじゃ気の利いたこと一つ言えないしな。」
ははは、とヴィクトールは軽く照れ笑いをする。
「新宇宙の女王になってまだそう長くはない。守護聖がまだ不在である新宇宙は、お嬢ちゃん一人の力で支えているといってもいい。おそらく忙しさに追われるような毎日なのだろう。そこへ今回の事件だ。半身である聖獣とは離れ、慣れない地の育成。しかも自分のみならず多くの命がそれにかかっている。不安やプレッシャーを感じないという方がおかしいだろう。」
「ああ。」
「実は、ジュリアス様ともそのことが話題にのぼってな、この状態が続けば遠からずジュリアス様から呼び出しがかかるだろう。・・・そうなれば、それこそお嬢ちゃんは萎縮してしまうってもんだ。」
「そうだな。」
威厳の権現とも言える守護聖の首座である光の守護聖、ジュリアス。本心はそうでなくても、沈着冷静、絶対不可欠なことしか言わないジュリアスは、アンジェリークからみれば、それはある種恐怖の対称となりうる。
「ジュリアス様もそのお心の10分の一でも表情に表せばそのように不必要な恐れを抱かれるようなこともないんだが。」
「そうだな。しかし、首座であるということは、そういうものでもあるんだろう。」
「それも言えるが・・・」
オスカーは右手をあごにあて、しばらく考えていた。
「いいだろう。明日あたりオレがお嬢ちゃんを誘ってみよう。なに、気持ちのいい場所でゆっくりと過ごせば、沈んだ気持ちなどどこかへ飛んでいってしまうさ。なんといってもオレが一緒なんだからな。たいくつはさせない。」
「ああ、頼む。」
ヴィクトールはほっとするように口元をあげる。実際、自分では手に余していた。沈んでいるようなのに、それに気づかせまいと、けなげに微笑み、明るく振舞うアンジェリークに、ヴィクトールは自分に対してふがいなさを感じていた。
(オレのような歳の離れた軍人では・・・それに・・・)
ただでさえいかついのに、顔にはざっくりと大きな切り傷がある。教官だからアンジェリークも自分のところを訪れる。でなければ、彼女くらいの年頃の女の子なら一目見ただけで、震え上がってしまうだろう。ヴィクトールはそう思っていた。勿論アンジェリークが自分に好意をもっているなどとは想像だにしない。
それに対して、オスカーは、自他共に認めるプレイボーイ。女の子の扱いは慣れている。というか、感心するくらい上手い。(時にはヴィクトールの性格上あきれ返ることもあるが。)それにそうではあっても、その実、信頼に足る人物だとヴィクトールは思っていた。間違っても後ろめたいことはしない。それになんといっても守護聖なのだ。


「さてと、今日は思いっきり楽しい一日にしてあげるとしよう。」
サービス精神200%全開!(笑)
(お嬢ちゃんがオレに惚れてもしらないぜ。)
オスカーはそんなことを考えながら、馬を駆っていた。         



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