その四 夢うつつ・・・


 「本当に気持ちのいい日だな。お嬢ちゃんの笑顔のようにさわやかな空とやさしい吐息のようなそよ風・・・いや、そうじゃない・・おそらくお嬢ちゃんが一緒だからなんだろう。・・・時が経つのもわすれてしまいそうだ。」
日向の丘に続く森の小道。緑の間から木漏れ日がやさしく射し込んでいる。その小道をオスカーはアンジェリークをその瞳でやさしく包み込みながら、彼女の歩調と合わせてゆっくりと歩いていた。
が、アンジェリークは軽く微笑んだのみで、ただ黙って歩いている。いやがっているようではないが、まるで心ここにあらず、といった風情。
「お嬢ちゃん・・・どうしたんだ?疲れてるのか?」
「あ、いいえ、オスカー様、そんなことありません。」
「そうか?ならいいんだが・・。」
今一度優しく微笑むアンジェリークを見、オスカーは感じていた。それはいつものアンジェリークの微笑みではない。アンジェリークの微笑み、その微笑みを投げかけられれば、誰しも幸せを感じずには、心を囚われずにはいられない。それは、全てを慈しむ宇宙の女王の微笑み。一点の曇りもない天使の微笑み。が、今のアンジェリークの微笑みには、多少ではあるが陰りがあるように感じられた。
加えて超モテモテスーパーハンサムのオスカーとしては面白くなかった。自他共に認めるプレーボーイ。自分と一緒にいて相手が沈んでいるなどということは初めてだった。ましてや心ここにあらずなどという事は、決してありえなかった。
だから、アンジェリークの微笑みの中の陰りも気になったが、それ以上に、その事がショックでもあった。
「お嬢ちゃん?」
そっとその頬に手をかけ、今一度自分の方を向けさせる。
「心配なのはわかるが・・・忘れていやしないか?」
「え?」
逆らうこともせず、じっと自分を見つめるアンジェリークを、オスカーは思いっきり温かい微笑みで包み込む。軽く視線を流してもその先にいた女性は虜になってしまうと言われるオスカーのそれ。流し目でもそうである。それが今は意識しての微笑。どんな女性もその微笑みを見ては恋せずにはいられないという女殺しの微笑をオスカーは思いっきり熱を込めてアンジェリークに注いでいた。(笑)
さすがのアンジェリークもその甘く熱い視線にはあらがえず、とけてしまうかと思われる究極の熱視線。(爆)
ヴィクトールが頼んだのはこういうことではなかったのだが、オスカーに頼むということはこういうことなのだ、とそこまで深読みしなかったらしい。自分では気晴らしにもならないだろう、気分転換に楽しく過ごせれば、と思ったヴィクトールの親心(?)が仇になった(?)(笑)
というか・・・本来アンジェリークの年齢の少女はオスカーにとっては、恋の相手としては守備範囲外。だから、最初はオスカー自身もヴィクトールの考え内で済ます予定だったのだ。が、そんなこんなで多少(?)意地になってきたらしい。守備範囲外であろうとなかろうと自分を見つめない、自分に胸をときめかせない女性は、少女は、いないはずだった。ましてや一緒にいるのに自分以外のことを考えているなど信じられないことだった。いくら今のアルカディアの状況が状況であったとしても。
「オスカー様?」
が、アンジェリークの純粋無垢さはその上をいっていた。というか、彼女のヴィクトールへの恋心は鉄壁だった(?)(爆)
「あ、あの、私・・・どこかおかしいでしょうか?それとも顔に何かついてるんでしょうか?」
恋する相手ではないにしろ、男性にじっと見つめられている。それにそんな彼女でもオスカーがこの上なくハンサムだとは重々承知している。だから、その事に頬を染めはしたが、アンジェリークのそれは、オスカーの期待したものとは違っていた。
「は?」
思わずオスカーはずっこけた。(笑)ただし態度には表さない。
「・・・くっ・・・くくくくっ・・・あーっはっはっはっ」
「オ、オスカー様?」
自分の頬から手を引くと同時に大笑いし始めたオスカーに、アンジェリークはどうしたのかと首を傾げる。
「い、いや・・なんでもない・・し、しかし・・・くくっ・・・」
「?」
アンジェリークは笑いをかみ殺そうとしているオスカーを不思議そうに見つめている。
「い、いや・・・さすがお嬢ちゃんというべきか・・・・」
「オスカー様?」
「い、いや・・・気にする必要はないんだ、お嬢ちゃん。ただ・・・」
「ただ?」
が、気を取り直して今一度微笑みを彼女に投げかける。
「一人で悩む必要はこれっぽっちもないんだぜ、お嬢ちゃん。お嬢ちゃんにはオレ達守護聖が・・・いや、この炎の守護聖オスカーがついている。だから、そう難しく考えなくてもいいんだ。」
「・・・オスカー様・・・」
「だから、お嬢ちゃんの微笑みを見せてくれないか?・・・いつもの花のような天使の微笑みを。」
そして、しばし間をとって一段と甘く囁く。
「・・・お嬢ちゃん。」
そっと頬に右手を滑らす。
「オスカー・・・様・・・。」
炎の守護聖、オスカーにそこまで言われて胸がときめかない女性はいない。さすがのアンジェリークも思わずどきっとし、その視線に囚われる。
吐息がかかりそうなほどオスカーの顔が近くにある。
「あ・・・・」
思わずアンジェリークはうつむいてしまった。
(おお〜〜い、そりゃないだろ〜?)
またしても思いっきり外されたオスカーはずっこける。が、勿論今回も態度には出さない。
(まー、なんだかんだといっても宇宙の女王だからな・・手をだしたりしたら間違いなくジュリアス様からおとがめをくらうしな・・・唇にとまではいかなくても、額にそっとキスして、あとはやさしく抱きしめて・・・といくつもりだったんだが・・・・が、あそこでそうするか?普通・・・・?誰でもそっと目を閉じて待つってもんだぜ?)
「オスカー様?」
少し身を引いたオスカーに、アンジェリークはどうしたのかと顔をあげて聞く。
(いや・・そうされたら額で済んでいたかどうか・・・)
澄み切った瞳で自分を見つめているアンジェリークを見、オスカーの頭にふとそんな考えが走る。そう断言できる自信は・・・ない。
「ま、いいさ。今はまだ。」
「え?」
「いや、なんでもない。この先に行くと海が見えるんだ。日向の丘といってそこから見える景色はすばらしいぜ、お嬢ちゃん。」
オスカーはその先に誘うように手を差し出す。
「知ってます。ヴィクトール様と何度か行きました。」
「そう・・なのか?」
思わぬところで思いがけない人物の名が出て、またしても少なからずずっこけるオスカー。
思わずふ〜っとため息をつく。が、再び笑顔をアンジェリークに向ける。
「オレにもお供させてもらえると嬉しいんだが・・お嬢ちゃん?」
「あ・・はい。」
にこっと自分に返したその微笑みを見て、オスカーは少し複雑な思いに駆られる。それは、アンジェリークの微笑んだ瞳の中に、どうやら自分に対しての特別の思いは全く宿っていないらしい、そう感じたからだった。恋心とかいうものにまではいかなくとも、オスカーの熱い視線を受ければ、必ずしも多少は熱いものが宿るものだったからである。
そして、日向の丘でオスカーはまた一段とショックを受ける。
恋する相手、ヴィクトールと何度か海を見つめたその場所で、恋する乙女がその恋しい相手を思い出さないわけはない。
オスカーのどんな甘い言葉も上の空。アンジェリークの想いはひたすらヴィクトールの元に飛んでいた。
もちろん、オスカーが知るはずも、わかるはずもない。

−パタン−
夕刻、アンジェリークを部屋まで送り届け、そのドアを閉めると同時に、オスカーは、ドスン!と聞こえそうなほどの大きなそして重いため息を吐いていた。
『今日は1日ありがとうございました、オスカー様。』という言葉と精一杯微笑んだアンジェリークの笑顔を思い出せばだすほど。
「どうしたらお嬢ちゃんの心の負担を取り除いてやれるんだ?」
少し力を入れて抱きしめれば折れてしまいそうなほど細く小さな身体。その身体でアルカディアを、そしてアルカディアにいる命を守ろうとけなげに頑張っている、悩んでいる。そう思うといてもたってもいられない思いだった。
が、もう一方の心の片隅(?)では、あれほど気遣ったのになびいてもくれなかったことに大きなショックも感じていた。無意識のうちにあえて心の奥深くにしまい、気付こうとしない事実ではあったが・・・。(笑)



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