その五 決意・宇宙の女王として


 『オスカー、玉砕』
翌日、午前中に早くもそのニュースは守護聖らの間に広まっていた。
決して悪気があったつもりも、悪口を言ったつもりもなかった。ただ、レイチェルから前日オスカーとアンジェリークから出かけたと聞いていたエルンストが、かの女にその結果を聞いていただけだった。
エルンストは、王立研究所きってのエリート。守護聖や教官とまでいかなくとも、若くして研究所の総責任者となった青年である。
「では、オスカー様とでかけられたのにアンジェリーク様のご気分は・・・」
「ええ、そうなの。オスカー様となら、きっといい気分転換ができるだろうと私も思っていたのに。」
窓の外を見ながら、残念そうにそう答えたレイチェルは、エルンストがそのことに対して何も言わないのを不思議に思って、彼を見る。
「・・・・」
が、エルンストはそれでも何も言わない。気のせいか少し沈んだ面持ちである。しかも振り向いたレイチェルの視線を避けるように横にその視線を流す。
「エルンスト?何か?」
「い、いえ・・・別に。」
ついっとメガネを人差し指であげ、エルンストはレイチェルと視線を合わせた。
「な〜に?おかしな人ね。」
実は、『オスカー様となら、きっといい気分転換ができるだろう・・・』そのレイチェルの言葉が、エルンストは気になっていた。やはりレイチェルも例外なくオスカー様がいいのか、と思い、つい思考が止まってしまった。
「あ・・・で、アンジェリーク様は今日は?」
少し慌てたようにも聞こえる口調で、エルンストはそれでも努めて平静に聞く。
「え、ええ・・・昨日のお礼と、失礼なことしてしまったからとか言って、オスカー様のところへいつもより早めにでかけたわ。」
「そうですか。・・・・・」
「昨日の今日だし、オスカー様とうまくいくといいな〜、なんて思ったりして。だって素敵ですもの、オスカー様。オスカー様ならアンジェの憂鬱なんてきっとどこかへ飛ばしてくれるわ。だって誰だってオスカー様となら・・・」
アンジェリークのことが心配なレイチェルは、彼女に関してあれこれ自分の思っていることを続けざまに話す。
が・・・・・・
「エルンスト?・・・ねー、エルンスト、どうしたの?さっきからおかしいわよ?」
アンジェリークのことを聞いているのに、どこか上の空のエルンストに、レイチェルは心配になって詰め寄る。
「あ・・いえ、なんでも・・・・で、では、私はそろそろ研究に。」
「エルンストっ!」
「は、はい?」
どうも態度がおかしいエルンストに、レイチェルは思い切って真正面からじっと見る。腕組みをしてじ〜〜っと。
「な、なんですか・・・レイチェル?」
「エルンスト・・・あなた・・・・・・」
しばらくじっと見つめていたレイチェルは、ふと悲しげな表情で呟く。
「もしかして・・・あれは、嘘?」
「は?何がでしょう?」
急に悲しげな表情になったことと、言っている意味がわからず、エルンストはごく自然に聞いた。
「やっぱりあたしより・・・アンジェ?」
「な、何を言ってるんですか、レイチェル!わ、私は・・・私は・・・・・」
思ってもみなかったことを言われ、エルンストは焦ってどもる。
「アンジェのことが心配なんでしょ。」
「それはそうです。なんといってもアルカディアの、そして我々全員の命が、彼女の育成にかかっているのですから。ひいては2つの宇宙の存続にもかかわることですし。」
生真面目に本当のことをはっきりと断言するエルンスト。
「・・・・それだけ・・・じゃないでしょ?」
そんなエルンストを少し悲しげにレイチェルは見つめる。
「な、何を言ってるんですか、レイチェル!」
いくら男女のことには疎いエルンストでも、今レイチェルが何を思っているのかを悟り、思わず大声で言う。
「だって・・・そうでしょ?・・」
「あ・・・・・」
そして、少し前から自分があいまいな返事をしていたことに気づく。そしてそのことからレイチェルが誤解していることも。
「ち、違います。そうではなくて、私が気になったのは・・・」
顔が少しずつ赤くなってくるエルンスト。そんなエルンストを見つつ、レイチェルはその先の言葉が気になり、急かすように言う。
「気になったのは?・・・なんなの?」
「あの、その・・・・ですねー・・・・・」
できれば言うのを避けたかった、が悲しげな表情のレイチェルを目の前にし、それはできないと悟る。
「つまり・・・あなたもオスカー様が・・・その・・・いいのか・・・・と。」
「エ、エルンスト・・・・?」
「はは・・・やきもちを妬くのはお門違いとういものですよね。オスカー様と私では・・・わ、わたしは・・・オスカー様のようにたくましくもなく、颯爽としてもいないし、・・じ、女性に対してどう態度をとったらいいのかもあまりよく・・・。」
一段と顔を赤くして小声で話すエルンストに、レイチェルは全て自分の誤解だと気づく。
「エルンスト・・」
そっとエルンストの手をとり、レイチェルはやさしく言った。
「確かにオスカー様は素敵な人よ。でも、あたしは、あなたをオスカー様と比べたことなんてないわ。あなたはあなたなんだもの。あ、あたし・・・・」
気落ちしてしまっているエルンストを元気付けようと思わず心のうちを面と向かって言ってしまったレイチェルは、真っ赤になってうつむく。
すでに2人とも心の内をうち明けてはいたが、改めて言うとやはり恥ずかしさを感じる。
「レイチェル・・・・」
「・・・エルンスト・・・」

「聞〜いちゃった♪聞いちゃった♪」
そんな一歩間違うと修羅場?と思えるところに出くわしたのは、こともあろう、夢の守護聖オリビエだった。
柱の影から事の始まりから終わりまで見ていたオリビエは悪戯っぽく微笑む。
「ふ〜〜ん・・・あのオスカーがねー・・・・でも、ちょっと重症じゃない?子ネコちゃんも。」
子ネコちゃんとは勿論アンジェリークのことである。
「頑張り屋さんのあの子のことだから、大丈夫だとは思うけど・・・・。オスカーの手に負えないとなると・・・後は、私の出番・・・ということになるんだろうねー。んー・・これは夢の守護聖オリビエ様の腕の見せ所ってもの。さてと、どうしようか?」
美容を司る夢の守護聖オリビエ。美を追求する彼は、女の子の好きそうな衣装、装飾品、小物などは勿論、およそデザインというものがかかわるものは全てなんでも彼の領分なのである。従ってそのあたりの女性より綺麗である。が、男を捨てたわけではない。美を追求しつつ、それなりに男としても磨いている。少し言葉があちら系らしく聞こえることもあるが・・・・決してそうではない。
余談はそのくらいにし、ともかくそこからオスカー玉砕のニュースは流れた。矢から放たれた弓のごとし勢いで。

そして、一方、少し早く自分の館を出たアンジェリークは、執務開始時間より少し早くオスカーの館に着いていた。一応公務用の玄関は開いていたものの、執務室の扉は開いていなかった。
「オスカー様はまだ私邸の方かしら?」
私邸といっても同じ館内である。裏表というと語弊があるかもしれないが、公務用と一般用の玄関、応接室が設けてあり、それは他の守護聖やヴィクトールたち教官に与えられた館もそうであった。
もっとも館一つずつは全く違っている。それぞれの主にあった造りのそれは、一見して、主の趣が分かる造りをしていた。内部を見れば尚一層それは手にとるようにわかる。
ともかくアンジェリークは、昨日せっかく誘ってくれたのに、上の空でいて失礼なことをしてしまった事を謝ろうと、私邸の玄関へ続く小道を歩き始めた。

「あ〜ん、オスカーさま〜〜・・・」
「もう公務のお時間なんですの?」
当の本人はそんなこととは露知らず、私邸の方から4、5人の女性に囲まれながら歩いてきていた。
「せっかく美しい足を運んでもらったのに、全くもって申し訳ない。この埋め合わせは近いうちにさせてもらうということで許してもらえないだろうか?」
「許すだなんて、オスカー様〜・・」
「オスカー様とこうしてお話できただけで私・・・」
「公務のお時間ですもの、仕方ありませんわ。私たちもお仕事の邪魔をするつもりはございませんもの。」
「すまないな。・・・っと・・・」
「あ・・お、おはようございます、オスカー様。」
あっけに取られたように棒立ちしてそんなオスカーを見ていたアンジェリークは、オスカーと目があい慌てて挨拶をする。
「お嬢ちゃんか・・・早いんだな。」
反対にこういう場面などいつものこと。全く悪びれず(当然だが)オスカーはアンジェリークに笑みを投げかける。
「あ・・はい。あ、あの昨日はすみませんでした。あの・・私、ぼ〜っとしてて失礼な事してしまって・・・・・あの・・・」
いかにも申し訳なさそうに頭を下げるアンジェリークを、オスカーの傍にいる娘たちは怪訝そうに見る。
「オスカー様、この子は?」
その娘の中の一人が聞く。
「あ、ああ・・・悪いな、仕事なんだ。君たちとはまたあとでゆっくり話でも。」
「あ、は、はい、オスカー様。」
娘達もオスカーが決して公務をおろそかにする人物ではないことを知っている。だからそう言われれば、それ以上迷惑をかけるようなことはしない。本心はオスカーの傍にいたいが、わがままをいって嫌われるのは愚の骨頂というものである。彼女らは、1人、2人とオスカーに挨拶をしたあと、立ち去っていく。
「あ・・・いいんです、オスカー様。私、そのことだけ謝ろうと思って。・・あの、私・・・失礼します。」
そんな彼女達を見て、アンジェリークも迷惑だったとペコリと頭を下げて、きびすを帰すように来た道を戻り始める。
「あ!おい!お嬢ちゃん!」
小走りに来た道を戻るアンジェリークに、オスカーは2、3歩で追いつく。
「待ってくれ、お嬢ちゃん!」
アンジェリークの目の前に立ち、オスカーは下を向いている彼女の顔をのぞき込むようにしてやさしく見つめる。
「オスカー様・・・・」
「育成に来たんじゃないのか?」
「え、ええ・・・そのつもりでしたけど。」
「なら遠慮はいらないだぜ、お嬢ちゃん。」
ばちん!とウインクをしてオスカーは、アンジェリークの肩にそっと手を添え、公務室へとエスコートしていく。

「お嬢ちゃん・・・聞いてるのか、お嬢ちゃん?」
その公務室で、精神を集中し、自分の中の女王のサクリアとオスカーの炎のサクリアを融合させて、アルカディアの地を育成しなくてはならないのに、アンジェリークはそれができずにいた。
「あ・・・、す、すみません、オスカー様。もう一度お願いします。」
「オレは別に何度でも構わないが・・・・やっぱり疲れているんじゃないのか、お嬢ちゃん?昨夜はよく眠れたか?」
「・・・・・・」
黙ってうつむくアンジェリークに、オスカーは思わずため息をつく。
「・・・部屋まで送ろう。無理はしない方がいい。」

オスカーに送られ、部屋に戻ったアンジェリークは一人考えていた。
(私、なにをしてるのかしら?頑張ってこの大陸を育成しなくちゃけないのに・・・育成してこの地に封印されたものを目覚めさせて、みんなを救わなくちゃいけないのに・・・・)
この謎の大陸であるアルカディアには、アンジェリークたちと同じように、白い霧に包まれて眠っていた人々がいた。大陸の中心地にいた彼らはアンジェリークたちがここへ来た翌日、もう一人の女王、リモージュの力で目覚めていた。が、海を隔てた対岸、そこは原始の土地。そこをアンジェリークが育成し、命を芽生えさせ、その地に活気をもたらすことにより、アルカディアに封印されているものを目覚めさせて、全ての謎を解いて滅亡を回避すべく解決策を得なくてはならなかった。
(それなのに私ったら・・・・)
ビクトールのことで頭がいっぱいで精神集中もできない。
−バチン!−
「いった〜〜〜・・・・」
アンジェリークは自分の両頬を思いっきり叩いた。
「しっかりしなさい!アンジェ!あなたは宇宙の女王なのよ!自分だけじゃない、みんなの命がかかってるのよ!それもここにいる人たちだけじゃないわ。あなたや陛下が死んだりしたら・・・それは、2つの宇宙の滅亡を意味するのよ・・・ここだけに留まらないのよ!」
思いっきり自分を叱咤する。
(それに、ヴィクトール様の命も・・・・)
ふと、自分に期待しているといった時のヴィクトールの笑顔を、アンジェリークは思い出す。
(このままでは、ヴィクトール様に軽蔑されてしまう。ヴィクトール様に嫌われてしまったら・・・・)
無事解決できれば、当然のことながら、住む宇宙の違うヴィクトールとは二度と会えない。こんな機会は2度とないだろうし、あってはならないことなのである。それに・・・宇宙の女王としての自分があるから、ヴィクトールも心を留めてくれている。親身になって接してくれている。ただの普通の少女では、お子さまだけの自分では声をかけてもらえないどころか、声をかけることもできない人・・・・。そう、ヴィクトールは、王立派遣軍の悲劇の将軍ともいわれる、いわば、宇宙の英雄・・・アンジェリークの倍ほどの歳のずっと大人の男性。それがアンジェリークの恋した相手だった。精一杯背伸びをしても届かない人・・・・。
「たとえヴィクトール様と会えなくなってもいいわ。嫌われたくはないもの。女王の仕事を放りだしていては軽蔑されてしまう・・それよりも事件を解決して誉めてもらうの・・・・よくやったなって・・ヴィクトール様に。・・・・たとえ会えなくなろうとも・・・。」
ようやく出したアンジェリークの決意。それは、女王としての悲しい決意だった。個の幸せよりみんなの幸せ。・・・いや、何よりも恋しいヴィクトールに生きていてもらいたい。それが今願うことができる個としてのアンジェリークの幸せとも言えた。



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