その六 笑顔は希望の光


 −コンコン−
アンジェリークが育成に専念することを決心し、アルカディアの現状を調査した書類に目を通しているとき、軽くドアをノックされ、アンジェリークはそっとドアを開ける。
「は〜〜い、子ネコちゃん、元気ぃ〜?」
「え・・・あ、オリビエ様?」
ドア越しにさわやかな笑顔とともに声を掛けたのは、夢の守護聖、オリビエ。
「もう、あんたがなかなか来てくれないからさ、わたしの方から来ちゃったじゃない?」
「す、すみません、オリビエ様。」
オリビエの言葉に、ペコリと頭をさげてアンジェリークは謝る。
「あら・・・やっぱりかわいいわね〜、アンジェリーク。その素直さ、わたし大好きよ。」
バチン!とわざとらしくウインクをしてオリビエは微笑む。
「オリビエ様・・・・」
その華やかな笑みは、オスカーのものとはまた違った意味で、人の目をひくものだった。
あでやかなその笑顔は、人を美の夢の中に引き込んでいく。
「でもね、時に素直じゃないから、嫌い。それも肝心な時に。」
「え?」
急に厳しい顔をしてアンジェリークをじっと見つめるオリビエに、彼女はびくっとする。
「ほら、年頃の女の子がなんて顔してるのさ?」
アンジェリークに近づくと同時に、彼女のあごに手をかけぐいっと上を向けさせる。
「え・・・あ、あの・・・・」
「寝てないんでしょ?」
「え、ええ・・・・・」
「あ〜・・も〜・・・・わたしの好きなあんたのすべすべの肌が・・こ〜んなに荒れちゃってるじゃない?!」
「す、すみません・・。」
「これはもう・・・やるしかないわね?」
「な、なにをですか?」
きょとんとするアンジェリークの顔に、オリビエはぐいっと自分の顔を近づけ、少し睨む。
「なにをって決まってるじゃない!エステフルコースよ!」
「え?エ、エステ?」
「そう。ということで、行くわよ。」
「え?・・・い、今からですか?」
「今から行かなくてどうすんのさ?」
ぎろっとにらまれ、アンジェリークはまたしてもびくっとする。
女と見まごうばかりのあでやかな美しさ。睨みの中にも美しさを感じるほど。
「で、でも・・・あ、あの、もしかして、オリビエ様が?」
自分のエステをしてくれる?とアンジェリークの心臓は大きく鼓動していた。
「ん?あんたがその方がいいっていうんならしてあげるけど?」
にこっと笑い、少し意地悪くオリビエは言う。
「あ・・・そ、そんな・・・」
真っ赤になってアンジェリークは小さな声でどもる。
女性のように見えるとはいっても、男性であることは確か。全身を整え、美しく着飾っている中にも男性を感じさせるところがあった。オスカーに極楽鳥と称されるように、一見ふわふわとしたゆるやかであでやかな衣装を纏っていても、時折そのすそから見え隠れする身体は健康的な男性美も感じさせる。(といっても筋肉もりもりでは決してない。)
「ふふふっ・・・だ〜いじょうぶ。きちんと専門家に任せるから。」
「専門家?」
「そ。といっても、ここは飛空都市じゃないから、あの子らはいなんだけど。」
あの子らとは、オリビエの傍仕えである。
「今わたしの館に来てくれてる人なんだけどね、わたしが直々指導したんだから、大丈夫。腕は保証するよ。」
「そ、そう・・なんですか・・。」
「ということで、子ネコちゃん、お手をどうぞ。」
わざとらしくお辞儀をすると、オリビエはアンジェリークに手をさし伸びる。
「あ・・・・は、はい。」
少しためらいがちに差し出したアンジェリークの手をそっと握り、オリビエは、自分の身体を滑らすようにアンジェリークを背後から包み込み、もう片方の手で肩を抱く。そして、今一度アンジェリークに微笑を投げかける。あでやかな、そして幸せな夢へと誘うかのような微笑みを。
・・・そして一言。
「今日は帰さないからね。」
「え?」
その言葉に、アンジェリークは思わず声をあげて、自分の頭のすぐ横にあったオリビエの顔を今一度見つめる。言葉の意味を思って、心臓は大きく鼓動し始める。
「くくくっ・・・・」
驚きの表情と徐々赤く染まっていくアンジェリークを見、オリビエは軽く笑うと、そっと耳元で囁いた。
「そう。フルコースが終わるまで、か・え・さ・な・い。」
それは、アンジェリークが想像してしまったことを意味したのではないことを語っていた。
「もう!オリビエ様ったら!」
一段と頬を赤く染め、思わずアンジェリークも笑う。
「そうそう、あんたには笑顔が一番似合ってるよ、子ネコちゃん♪あんたからその笑顔を奪おうとする奴は、このわたしが許しちゃおかない。」
笑顔の中に真摯な言葉と瞳があった。真剣そのもののオリビエの言葉と、じっとアンジェリークを見つめる瞳。その視線に囚われたアンジェリークの瞳もまた、自然と真剣さを帯びてくる。
「だから笑っているんだよ、アンジェリーク。あんたの笑顔はみんなの希望なんだからさ。そして、あんたの笑顔は、・・・わたしが守ってあげる。・・だから・・・ね♪」
「オリビエ様・・・」
(昨日のオスカー様といい、今日のオリビエ様といい、こんなに私を気遣ってくださる。女王としての努めを怠っていたのに・・・・。)
アンジェリークは、それまでの自分を心の底から反省していた。
(頑張らなくっちゃ、・・ううん、頑張るわ、私。)
オリビエに返したアンジェリークの笑顔は、久しぶりに迷いが消えていた。



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