### その20・最終決戦(1) ###

 「公開処刑・・・・・・・」
急いで駆けつけたセクァヌとアレクシードを待っていたのもは、ガートランド王からの書簡だった。
それは、明後日の夕刻までに、セクァヌが王の元へ投降しなければ、農奴となっているスパルキア人を1名ずつ処刑する、といったもの。
部屋に集まり、テーブルを囲んでいた一同に動揺が走る。

「そんな・・・・・」
セクァヌの脳裏に、幼いとき自分の代わりに次々と斬首されていったガシューたちの記憶が蘇る。
「やはりそう来ましたか。」
「シャムフェス?」
静かに言ったシャムフェスをセクァヌは驚いて見る。
「予想はしていました。というより、もっと早い時期にそう言ってくるだろうとも思っておりました。己の力への過信がそれだけ強かったのでしょう。意外と遅かったといえるでしょうね。」
「私・・・私が行けばすむのなら・・・私の命で彼らが救われるのなら。」
「なりません、姫。」
「でも、それでは?」
あくまで冷静な面もちで話すシャムフェスに、セクァヌは悲痛な表情で訴えた。
「ガートランド王は、姫の命を奪う事は考えてはいないでしょう。」
「え?」
「姫を殺せば、例え我々軍の上層部の者は殺され、跡形もなく解体されようとも生き残った有志たちは、再びスパルキアの為、姫の仇を討つ為に立ち上がるでしょう。そして、農奴となっている彼らは・・・おそらく生きてはおりますまい。自分たちのために族長である姫が死んだ。それは彼らにとってそれ以上にない絶望を伴った罪悪感であるはずです。」
「でも、私が行かなければ、・・・」
シャムフェスはじっと自分を見つめるセクァヌをまたじっと見つめ返して続ける。
「彼らを救うために私達はこうしてここまで進軍してきました。」
「はい。」
「その彼らの命を救うために姫が投降する。ですが、それでは何の解決にもなりません。姫がガートランド王の元へ投降するということは、彼にとってそれ以上好都合な事はないでしょう。農奴を失わず、しかも我らスパルキア軍を手に入れることになります。」
「あ・・・・・」
セクァヌの瞳は一層暗くかげる。シャムフェスはその瞳を見ながら少し表情を暗くして言った。
「そして、姫、あなたをも。」
ガシューらの処刑の翌日、引き出された時に見たその残忍で蛇のように冷たい視線を思い出し、セクァヌはぞくっとする。
「おそらくガートランド王は今この上なく後悔しているでしょう。姫を手元に捕らえておかなかったことを。感謝すべきは、当時姫がまだ子供で幼かったことですが・・・。」
「でも、・・・・他に方法は?」
少し青ざめた表情のセクァヌに、シャムフェスは微笑んだ。
「実は、前々からこのことを想定し、手は打ってあります。」
「え?」
「シュケル殿、レブリッサ殿。」
セクァヌは、同席していた元ガートランド国大臣であるコスタギナ夫妻を見る。
「圧制に苦しんでいるのは他国のみでなく、ガートランド国内も同様。国内にもいくつか抵抗グループがある。彼らとの連絡はすでについている。ガートランド国民を害さないと言う保証さえあれば協力すると言っていた。」
「勿論、私達にその気はないわ。」
セクァヌは即答する。
「それは私達にはよくわかってるわ。」
レブリッサが微笑みをセクァヌに返す。
「その事はもう伝えてあるの。彼らと協力して捕らえられている人たちを助け、期を同じくしてこちらからも攻撃を仕掛ける、ということでどうかしら?」
「レブリッサ!」
表情に明るさを取り戻してセクァヌは思わず叫ぶ。
「それじゃ早いほうがいいな。行くか、レブリッサ。」
「はい、あなた。」
2人がすっと立ち上がると同時にセクァヌも立ち上がる。
「私も行きます!」
「お嬢ちゃん?」
「姫?!」
シャムフェスとアレクシードが声をあげ、コスタギナ夫妻も驚く。
「お2人が説得してくれたとは言え、全員が信じているわけではないでしょう。だから、私も行って頼んできます。」
「それもいいかもしれない。」
少しの沈黙の後、シュケルが言う。
「確実に協力を得られるだろう。」
「しかし・・・」
アレクシードが心配そうな表情で言う。
「大丈夫なのか?」
「アレク・・」
セクァヌはアレクシードを見つめる。
「大丈夫、必ず彼らの協力を得てきます。裸でぶつかっていけば分かってもらえるはずです。」
「お嬢ちゃん。」
「アレクは待っていてね。」
「ど、どうしてだ?」
「だってアレクが来ると警戒されてしまうかもしれないから。」
アレクシードはスパルキア最強の戦士、同行していけばそう思われるかもしれない、と全員納得する。
「武器も置いていくわ。」
「し、しかし、お嬢ちゃん?」
「大丈夫、私がついてるわ。」
心配そうなアレクシードにレブリッサがにっこりと笑った。
「彼らは大丈夫だと思うけど、もしもの時はアレクの大切なセクァヌは私が必ず守ってみせるから。」
「あ・・・・・・・・」
アレクシードはレブリッサの言葉に照れ、反論する機会を逃す。
「でも、レブリッサ、大丈夫なの?」
セクァヌが心配して言う。
「あら、セクァヌ、あなたにダガーを教えたのは誰でしたかしら?」
「あ・・・・・」
レブリッサに悪戯っぽく睨まれてセクァヌははっとする。
「ご、ごめんなさい。」
「いいのよ。もうずいぶん昔の事だし。普段私がそれらしきことをしていないから心配してくれたのよね、セクァヌ?」
セクァヌの心が嬉しく、レブリッサは微笑む。
「でも、大丈夫よ、腕は落ちてないわ。」
「ああ、そうだ、心配はいらない。蒼い鷹は健在だ。」
「蒼い鷹?」
「あなたっ!」
シュケルがふとこぼしてしまった言葉に、レブリッサは彼をとがめる。
「なーに、蒼い鷹って?」
「え、えーと・・・セクァヌには話してなかったかしら?」
「え、ええ。私、話してもらってないわ。」
勿論シャムフェスやアレクシードも初耳だった。
「蒼い鷹というと・・・確か一昔前ガートランドで名を馳せた女盗賊・・・青い瞳のダガーの名手だったと思いましたが?」
思い出したように呟いたシャムフェスの言葉に、セクァヌもアレクシードも信じられずに驚く。
「あら、ご存じでした?」
「それはもう、有名な義賊で、悪徳商人や貴族から賞金をかけられていたのを知ってます。・・・・しかし確か、ガートランド王が即位した直後当たりに処刑されたとか噂を耳にした覚えがあるのですが・・・?」
それには答えず、レブリッサは少し悲しげに微笑む。
「でも・・・どうしてその義賊が大臣と・・・?」
セクァヌはレブリッサからシュケルに視線を移す。
「話せばいろいろあったんだけど・・・」
ふふふふっとレブリッサは思い出し笑いをして続けた。
「出会いは、私が大臣邸に盗みに入った時なの。」
ちらっとシュケルを見るレブリッサ。
「時の大臣だからお宝がた〜んまりあると期待して行ったら・・・な〜んにもないのよ?がっかりして座り込んでたところにこの人が来たの。」
「おい・・もういいだろ?そのへんで。」
シュケルが焦っているようにとめる。
「あら、いいじゃない?」
何やらその先は面白そうだ、とセクァヌらは感じる。
「最初は剣を構えて私を見つめていたのだけど、なかなか攻撃もしてこないの。どうしたのかしら?と思っていたら、剣をしまってね、何と言ったと思う?」
「おい!」
「いいじゃないの、ここまで話したら話さないわけにはいかないわ。」
レブリッサの言葉に、シュケルは大きくため息をつく。そして、偶然目を合わせたアレクシードと共に苦笑いをする。「お互い惚れた相手に苦労してるようだな。」2人は目でそう語り合っていた。
「義賊をやめて妻になってほしいって。」
「ええーーー?ホントなの?」
セクァヌは思わず声をあげ、レブリッサからシュケルへと目を向ける。
「・・・・・・・」
シュケルは何も言わず咳払いすると、窓の外へ視線を流す。
「そう。貧富の差のない住み易い国にしようじゃないかって。そうすれば義賊である必要はないからって。」
「あ、でも、それはいいとして、大臣と盗賊が結婚なんてできるの?」
通常ほとんどの国では、貴族の結婚は国王の承認が必要となる。一応国にとっては犯罪者である義賊を認めるわけがない。
「最初はね、この人何を狂ったこと言ってるのかしら?と思ってたのだけど、それ以後、私が行くところに必ずいるのよ。・・・・根負けしたわ。」
「嘘。」
「嘘じゃないわよ。だからこうして一緒にいるのよ?」
「ううん、嘘よ。きっとレブリッサもその時恋したのよ。」
絶対間違いない!と語るセクァヌの目に、今まで自分のペースで話をしていたレブリッサはぎくっとなる。
「はー・・・・もう、ホントに、セクァヌには負けるわね。」
ため息の後、そういって仕方なさそうにレブリッサは認めてふふっと笑う。
「盗賊と言っても幸い人殺しはしていなかったので、それなりに罪を償ってからということを決心した矢先・・・・」
「・・・どうしたの?」
しばらく目を閉じていた後、レブリッサはやりきれない表情で続けた。
「どこかのバカが私の身代わりをたてて絞首刑にしたの。」
「え?」
まさか、と思ってシュケルを見る。
「そう、まさかよね。シュケルがそんなことをするはずないわ。やったのは・・・そう、・・・当時即位したばかりのガートランド王。」
「ええーーー?!」
「王が屋敷に立ち寄った時、偶然私を見たらしいの。それで追求されたシュケルは正直に話さずをえなかったの。」
「でも、それでなぜ身代わりを?・・・あっ・・もしかして・・・レブリッサを?」
セクァヌの言葉に、レブリッサは悲しげな苦笑いをする。
「蒼い鷹は処刑され、いくら言っても誰も請け合ってくれない。本人がいるのに、蒼い鷹はすでに世の中から抹消されていた。私は・・・気が狂ったように荒れたわ。ところかまわず盗んで自分が蒼い鷹だって証明してやる!って意気込んだの。・・・それを止めてくれたのがシュケルなのよ。」
「レブリッサ・・その話はそのくらいにして、そろそろ行かないか?」
しびれを切らしたように、シュケルが言った。
「時間がないんじゃなかったのか?」
思わずその話に聞き入ってしまっていたセクァヌらははっとする。
そうだ、今はのんびりしている場合じゃなかった。
「そうだったわね。」
ふっと笑ってからレブリッサは続けた。
「ということで、セクァヌの事は任せてちょうだい。それに何かあったら武器を渡せばいいんだし。」
「私もついている、大丈夫だ。」
シュケルの剣の腕もかなりのものだということは、アレクシードも知っていた。が、部屋から出ていく3人を、アレクシードはたまらなく寂しい思いで見送っていた。

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