### その19・閑話休題 ###

 「かわいい〜〜!」
スパルキアはガートランドとの決戦を間近に控え、開放したジオセルの小さな村の申し出を快く受けてその村はずれに本拠地を置いていた。

そこの馬小屋で、仔馬が産まれていた。
「わーん、お乳の匂いと干し草の匂いがする〜〜。」
セクァヌは上機嫌でその仔馬を抱いていた。
(戦場でのあの戦神ぶりからはとてもじゃないが、想像できないな。そのへんにいる少女と全くかわらない・・・。)
そのいかにも無邪気なしぐさに心温まるものを感じながら、アレクシードはふと考えていた。
(もしあのまま平和だったら、皆に愛されるたおやかで魅力的な姫として成長したんだろうな。)
が、もしそうだったら、アレクシードとの出会いはなかった。アレクシードは、平和を退屈と履き違え、その国を出て傭兵として諸国を渡り歩いていた。
(出会いには感謝するが、お嬢ちゃんにとってはこんなことはなかった方がよかったに違いない。)

「ねー、アレク!」
「ん?」
「何、ぼんやりしてるの?」
「あ、いや、別に。」
「かわいいわよね、アレク?!」
「ああ、そうだな。」
「仔馬でこんなにかわいいんだもの、アレクと私の子供だったらどんなにかわいいのかしら?」
「な?」
またしても突拍子もないことを言うセクァヌに、アレクシードは肝を抜かれる。
(全くこのお嬢ちゃんの純真さというか、物知らずと言うか・・折り紙付だな、自分が何を言ってるのか分かってるんだろうか・・・)
あきれ返りながら、アレクシードにふと悪戯心が湧きあがる。
「そういうことは、経験してみるのが一番よくわかるんじゃないか?」
そう言いながら、馬小屋の扉をバタンと閉める。
「え?」
アレクシードの期待通り、目を合わせたセクァヌは一瞬驚き、そしてその意味を理解して頬を染める。
「あ・・・でも、アレクは約束を守ってくれる人だから。」
なるほど、そう来たか、とアレクシードは悪戯っぽく微笑みながら、仔馬を下ろさせるとセクァヌの腕を掴んで、ぐいっと引き寄せる。
「忘れたと言ったら?」
しばらく見つめてから、『アレクの意地悪っ!知らないっ!』といって腕から逃れていくのがその続きのはずだった。
だったのだが・・・セクァヌはアレクシードを見つめていた視線を下げるとその胸に顔をうずめる。
「お、お嬢ちゃん?」
驚き、焦ったのはアレクシードの方だった。
(ち、ちょっと待てよ・・ということは・・・・・・い、いいのか?・・約束は・・?)
そう思った途端に押さえに押さえていた熱いものがアレクシードの全身を駈ける。
「お嬢ちゃん。」
ぐっと腕に力を入れる。その瞬間、びくっとはしたものの、動く気配はない。
(オレはまた夢を見ているんじゃないだろうな・・・・)
ついアレクシードはそう思ってしまった。
セクァヌをその腕に抱く、狂おしいほど甘美なそして切ない夢・・・それは度々アレクシードを襲っていた。

「アレク・・」
全くの予想外の展開。セクァヌはアレクシードの背中にその腕を躊躇いがちに回すと、小さく名を呼んだ。
(つまり・・・いいということだよな・・・)
思いもかけない、そして信じられないような展開だったが、確かに現実だった。
「お嬢ちゃん・・」
そっと顔を上げさせ、唇を近づける。お互いの吐息がかかる。後少し・・・・
−ドカカッ、ドカカッ、ドカカッ!−
早馬の蹄の音に、2人はびくっとして目を開け、瞬時にして少女と男の表情は、族長と戦士のものとなる。

−ドカカッ、カカッ、カカッ!−
目で言葉を交わすと、アレクシードはセクァヌを乗せ、司令部となっている建物へと馬を駆った。

 

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