### その18・闇の中の剣士(1) ###

 「ホントに・・・どうして男の人って短絡的に考えるのかしら?」
セクァヌは怒っていた。珍しくアレクシードに対して。
アレクシードの実力行使は、失敗に終わっていた。
(・・私だって・・・・いやじゃないわ・・ううん・・・もっとアレクの近くにいたい・・アレクに抱きしめてもらいたい・・もっとアレクの・・・)
ふるふると頭を振り、セクァヌはその考えを頭から振り払う。
「でも、今日のアレクは嫌い!あんなアレクは・・・大嫌いよっ!約束を忘れたアレクなんてっ!」
−ドカカッ、カカッ、カカッ!−
怒りに任せてセクァヌは夕闇の中、馬を飛ばしていた。

(ん?)
いつの間にか陣営から随分離れていた。日もほぼ落ち、辺りは暗闇に覆われつつあった。
セクァヌは、じっと彼女を伺っている気配を感じる。
(・・・誰か狙ってる?私を?)
ぐっと右手でダガーを構える。

そのままじっと相手の出方を待つ。
−シュッ!−
矢が1本木の間から放たれた。
「お馬鹿さん、居場所を知らせるようなものでしょ?」
セクァヌはすかさず剣で矢を弾くと、ダガーを投げる。
−シュッ!・・・バササッ・・−
弓矢を持った男が一人、その眉間にダガーを受け、木から落ちる。
(まだいる?)
なにやらよくない気配を感じ、セクァヌは気を張りめぐらす。

−キン!ガキン!−
少し離れたところで、剣を交える音がし、セクァヌは馬を飛ばした。


「あれは、確か、アーガヴァの領主?」
供の者らしい男と共に、10人ほどの男たちに襲われていた。
−キン!ガン!カキン!・・ザクッ!、シュッ!シュピッ!−
木陰には矢を持った刺客もいるらしい。
アーガヴァの領主はガートランド側に属していた。が、スパルキアは刺客など差し向けた覚えはない。そんな卑怯な手は使わない。
(つまり、ガートランドが何某かの理由で領主殺害を企てた?)
そう判断すると、セクァヌは、躊躇わずに刺客に向けてダガーを投げる。
−シュッ、シュシュッ!−
「うわっ!」
「ぎゃっ!」
(ちょうどいいわ。むしゃくしゃしてたのよ!)
弓矢の攻撃の心配がなくなると、セクァヌは剣をぬき、馬上のまま領主を襲っている男たちに向かって斬りかかっていく。
−キン!ガキン!キン!−
−シュピッ!ズバッ!−
辺りは完全に闇に包まれていた。
領主の闇討ちを図ったつもりの彼らは、反対にセクァヌの格好の標的にされた。彼らは闇にまぎれともかく領主を殺せばよかった。はっきりと見えなくとも標的に向かって攻撃すればよかった。が、セクァヌは違う。どんな細かい動作でもセクァヌは確実にそれを捕らえ、そして対処していく。
突然標的に加勢してきたその剣士に、彼らは翻弄されていた。まるで動きが全てわかっているかのように確実にその攻撃を止められ、そして、反対に深手を負わされる。

数分後、領主を襲撃した男たちはそこで息絶えていた。
「終わったか?」
「はい、閣下。」
暗闇の中、2人の話し声が聞こえた。
「途中から加勢してくれた者は?」
「は・・・」
周りを見渡す。が、すでにセクァヌはそこから姿を消していた。
2人は姿を消したセクァヌを探す。

そして、少し離れたところで、話し声を耳にする。
「よろしいですか、姫?ここは敵地なのでございますよ?私が先に見つけたからよかったようなものの・・・。アレクに見つからないうちに早く戻らなければ。」
シャムフェスの声だった。が、2人にはほとんど聞き取れなかった。
なんとか聞こうと聞き耳を立てているうちに、シャムフェスとセクァヌはそこを立ち去っていく。

「何者だったのであろう?」
暗闇の中では、馬に乗った剣士らしき者としかわからなかった。
「刺客ではないようですね。」
「そうだな。刺客なら構わず襲ってくるだろう。」
「は。・・閣下、我々もそろそろ館へ帰った方がよいかと思いますが。」
「・・・そうだな。刺客を誘い出すのに、少し遠出しすぎたようだ。皆が心配しておるやもしれん。」


翌日、スパルキア軍は、ガートランドの息のかかった国々の連合軍と戦っていた。

その中の1つに昨夜の男、アーガヴァの領主もいた。
「閣下!ジュダム指揮官から攻撃開始の催促がきておりますが!」
軍人上がりの領主である彼は、閣下と呼ばれていた。
「今少し待て。」
「しかし!」
「待てと言っておる!」
「はっ!」
アーガヴァの領主、ローランドは合図を待っていた。それは、ガートランド側に人質となっていた我が子の救出の合図。

戦況はスパルキアの圧勝のように思えた。が、まだ決着はついていない。ガートランド側指揮官から再び催促の使者が来る。
「閣下!いつまで待機しておられるつもりですか?!事と次第によっては・・」
「よってはどうなのだ?!」
ローランドの鋭い視線に使者は思わずびくっとする。
とその時、遠眼鏡で遠くの山頂を見ていた兵士が叫ぶ。
「閣下!のろしが、のろしが上がりました!!」
「間違いないか?!」
「はい!間違いありません!」
「よし!」
それまで何と言われようとも立たなかったイスから立ち上がり、ローランドは、命じる。
「我らはこれよりスパルキアに組する!敵は連合軍!」
「うおーーーー!」
兵が叫ぶ。
「な、なんと・・閣下?!」
使者が顔色を変えて叫ぶ。
「こ、このような事をしてただですむとお思いか?」
「いや、思わんが・・・それでも国をつぶすよりは、民を今以上に窮地へ追いやるよりはいいだろう。」
にやっと笑ったローランドは、使者に早く立ち去れ、と目で指図する。
「あ・・・・」
ぐずぐずしていては命が危ないと判断した使者は、慌てて走り去っていった。


そして、戦闘終了後、ローランドは、昨夜の供の男1人を引き連れ、スパルキア陣営へと馬を進めていた。


「失礼、スパルキアの兵士とお見受けするが?」
もうまもなく陣営が遠くに見えてくるだろうと思われた野で、兵士らしき者と思われるフードをかぶった馬上の人物に声をかける。
「我らは今般戦の最後に参戦させていただいたアーガヴァの者。族長殿にご挨拶申し上げたいのだが。」
「こちらへ。」
2人に軽く会釈するとその兵士は、先に立って案内をした。

−カポ、カボ・・−
ゆっくりと陣営内へ入っていく。戦の後片付けに追われる兵士らが、時々ちらっと彼らを見る。
「閣下、大丈夫でしょうか?」
供の男が心配して小声で言う。
「大丈夫であろう。こちらが手の内を見せて来ているのだ。ガートランドとは違う。」
「は・・ですが・・。」
「心配性だな、お主は。」
ローランドは、前を行く兵士の後姿を見ながら答えた。切りつけてくれ、といわんばかりのその後姿に、心配はいらない、と感じていた。

−ぶるるるる・・・−
目の前に族長のものらしいテントがあった。兵士はそこで馬を下りると、その横のテントへ入っていく。
そして、次にそこから出てきたのは、スパルキア名参謀シャムフェス。

「これは、アーガヴァのご領主殿。わざわざお越し頂き、恐縮です。私はスパルキア軍師、シャムフェスと申します。」
「おお、貴殿があの名参謀と名高いスパルキアの軍師であられるか?!」
その声に聞き覚えがあるような感じを受けながらローランドは、馬から下りると丁寧に挨拶をする。
「名参謀かどうかは存じませんが、軍師を勤めさせていただいております。」
シャムフェスは笑顔で話す。
「いや、ご謙遜を。で、族長殿は?」
「はい。突然のこと故、しばしお待ち願えますか?」
「勿論、わしは構わぬ。」

族長のテントに案内され、そこで2人はセクァヌを待った。数分後姿を現したセクァヌに、例外なく圧倒されつつ対面を終え、友好関係を確認すると、彼らは帰路につく。


−カポ、カボ、カボ−
彼らの前には、来た時と同じ兵士が馬を駆っていた。
スパルキアでの慣わしに従い、案内人が帰りも送っていくという事だった。
(無口な兵士だな)、ローランドはそう感じていた。
が、直接軍師であるシャムフェスに話を通すとは、若いように思えるが、よほどの功労者なのだろうか、と考える。が、小柄なその兵士からは、とてもそんな風にも思えない。
(スパルキアには族長以外身分というものはなかったはずだ。では、軍師殿の身内か何かなのだろうか。)
その背を見てローランドはあれこれ考えながら馬を駆っていた。


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