### その17・至上の宝石 ###

 ほとんど回復したセクァヌと剣を交えながら、アレクシードは考えていた。
宝石のように輝くその瞳を見つめ、つい昔にその思いは飛んでいた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「明日、スパルキアのグループにお嬢ちゃんを会わせるんだが・・・・」
夜、宿の一室でアレクシードはシャムフェスと話していた。
「全て段取りはできている。髪の事も話してある。彼らは納得してくれているはずだ。だが・・・お嬢ちゃんがどうも・・な。」

残ったスパルキア人に会うことにセクァヌは不安を抱いていた。それはやはりすっかり変わってしまった自分が原因だった。族長の証である黒髪はなくなっていた。誰が銀色の族長を認めるだろう。しかもまだ幼い少女のセクァヌを。例えその中に昔のセクァヌの顔を知っている人物がいたとしても、面影だけで納得してくれるのだろうか。不安で仕方なかった。

「ふむ・・・一応話はついているのなら、あとは、実際に納得させるだけの族長としての威厳をみせればいいんだろ?」
「『威厳』と言ってもだな・・・・」
まだたった10歳の少女にそんなものあるはずはない、とアレクシードは目でシャムフェスに言う。
「が、そうしなければ彼らの真の信頼を得る事はできないだろう。」
そうだ、とシャムフェスに答え、アレクシードはため息と共に呟く。
「オレが横で睨みつけていても・・な。」
それでは決して納得しない。それでは傀儡だと思わる危険性がある。そうであってはならなかった。スパルキア人にとって族長は、絶対の信頼を寄せる、いわば民族の親のような存在。普段は親しみを持って接するが、絶対不可侵といってもいいような感覚もあった。

「そうだな・・・・族長としての尊厳なり威圧感を見せればいいんだ。」
しばし考えていてからシャムフェスが目を輝かせて言った。
「見せる?」
「ああ、そうだ。」
ふふっと笑ってシャムフェスは任せておけ、とでも言うように、アレクシードの肩をぽん!と叩いた。
「明日の朝でいいだろ?セクァヌはもうぐっすり眠ってるだろうからな。」
「あ、ああ。」

翌朝、食事を終えると、シャムフェスは村の雑貨屋でランプや灯り用の様々な種類の油、そして厚地の布を買ってきた。
そして、その布で窓を覆い、ランプを灯す。片方は黄色、もう片方は青色の炎が踊る。

「セクァヌ、ここへ座ってくれ。」
「あ、はい。」
一体何が始まるのだろうとじっと見ていたセクァヌは、シャムフェスの言葉に素直に従う。
「いいか、これからオレの言うことをよ〜く聞くんだ。」
「はい。」
「よし、いい子だ。」
素直に答えるセクァヌに、シャムフェスはやさしく微笑みながら言った。

「いいか、セクァヌ。固くならなくていいんだ。いつものセクァヌでいい。ただ、入ってきた人たちをじっと見つめるんだ。」
「じっと見つめる?それだけ?」
「ああ、そうだ。・・・そうだな、ただ見つめているだけでは退屈かもしれないから、目の前にいる人が、次に何をするか、考えながら見つめるというのはどうだ?」
「何をするか?」
「ああ。ちょっとしたことでいいんだ。次は目を閉じるだろうとか、右手を上げるだろうとか、鼻をほじるだろうとか。」
「ぷっ!・・・な、なーに、それ?」
セクァヌは思わず笑う。
「そう。その調子で気楽にいけばいい。どんな態度を取るか、自分の考えと比べるんだ。そして当たったかどうか。」
「そんなのでいいの?」
「ああ、十分だ。慣れてきたら態度ではなく、今どんなことを考えているのだろう、と観察するんだ。」
「考えてる事なんてわからないわ。」
「ん、そうだな。分からない。だけど、それでいいんだ。その態度から予想するんだ。じっと見つめて。ただひたすらじっと見据えて、そして想像するんだ。」
「見据えて・・・。」
「そうだ。・・できるか?」
コクンと素直に頷くセクァヌに、シャムフェスは満足そうに微笑む。
「何か質問されてもすぐには答えなくていい。オレの意見を聞くような振りでオレの方を見るんだ。」
「はい。」
「何も心配はいらない。オレとアレクがついている。隣の部屋にはレブリッサ殿もシュケル殿も控えている。」
「はい。」
セクァヌのにこっと笑った笑顔を見て、ふと思いついたシャムフェスは付け加える。
「それからオレが合図したら、微笑むんだ。今までで一番楽しかったことを思い出して。」
「楽しかった事?」
「そうだ。楽しかった事、嬉しかった事、なんでもいい。」
「できないかもしれないけど・・やってみる。」
「よし。」
シャムフェスはセクァヌの頭をやさしくなでる。


そして、男たちが入ってくる。ガートランドの兵に運良く捕まらずに逃げ遂せた者や、すでに国を出て住んでいて、この事態を懸念して合流した者たちなどで結成されていたスパルキア再興を目指すグループだった。


「う・・・・・」
部屋に入った途端、男たちはその雰囲気にぎくっとする。姫は目が光に弱いということと、髪が長期間地底にいたため、銀色に変色してしまったことは聞かされていた。が、その異様なまでの雰囲気に飲み込まれた。

暗い部屋の中央のイスに腰を掛けているのは小さな少女。が、両側に置かれているランプの炎を弾き、銀色の髪は炎の揺れと共に青銀にも金色にも見えた。
そしてじっと男たちを見つめているその瞳も、ランプの光を弾き、不思議な輝きを放っていた。踊るランプの炎に合わせ、その不思議な輝きは男たちの心を読み取っているかのように静かに揺らめく。

「あ・・・・」
部屋の中を見たその瞬間、セクァヌのその雰囲気に男たちは次々と飲まれて立ちつくす。
「中へ。」
シャムフェスの落ち着いた声が響き、男たちは返事も忘れて部屋の中へそろそろと足を踏み入れる。


「こちらが亡き族長の忘れ形見であるセクァヌ姫です。」
集まった男たちはただただ呆然としてセクァヌを見つめていた。目が離せなかった。まるでその視線に囚われてしまったかのように釘付けになっていた。

「姫・・・様?」
しばしの沈黙後、男の中の一人が恐るおそるセクァヌを呼んだ。
その男の顔に視線を移したセクァヌは、見覚えのあるその顔にはっとする。「・・・・テ・・オ・・・?」
「お・・・やはり、間違いない・・・・姫様だ。・・・・姫様・・。」
「テオッ!」
セクァヌはシャムフェスに言われた事も忘れて立ち上がっていた。
彼は、セクァヌの世話係だったマーサの恋人だった。セクァヌを守るため賊に向かっていき、殺されたマーサの。

セクァヌは、平和だった当時、館にマーサをよく訪ねてきたテオとは顔見知りになっていた。とても仲のいい恋人同士のマーサとテオ。セクァヌは、そんな2人を幼心にも憧れの目でみていたことがあった。そして姉のように面倒をみてくれるマーサと同様、テオは兄のように遊んでもくれた。

「姫様・・・・ご苦労なさって・・・さぞかし辛い思いを・・」
その時の様子と、2人と楽しく過ごしていたときのことを思い出し、セクァヌの瞳から涙が零れ落ち始める。
「テオ・・マーサは・・・・マーサは・・・・・」
無意識に2人は歩み寄っていた。
「姫様・・・・」
セクァヌは彼女の前に膝をついたテオの腕の中に倒れ込むように、わーっと泣き始めた。
「姫様・・・」
テオはそっとセクァヌを抱きしめた。
それは懐かしい感覚だった。その昔、そうして抱かれたことがあった。ただ違っているのはそこにマーサがいないこと。笑い合う3人の笑顔がなかったこと。

−ズキン!−
そんな2人を見、アレクシードは心に痛みを覚えていた。
そして、そのことに対して自問自答し、アレクシードは、初めて自分がセクァヌに対して好意をもっていることに気づいた。
それまでシャムフェスにロリコンだなんだかんだとからかわれても、まさか自分が本気でセクァヌを好きだとは思っていなかった。セクァヌに対する感情は、単に同情からのものだとばかり思っていた。幼い少女への痛ましさと自分が引き込んでしまったということへの罪悪感からくる同情だとばかり。
「だからお前は鈍いってんだ!」というシャムフェスの声が聞こえるようで、アレクシードは思わず横に立っている彼を見ていた。

−ぼそぼそ、ざわざわ・・−
テオの証言もあり、彼らはセクァヌを族長の忘れ形見だと認めた。
が、何よりもシャムフェスの思惑が功を奏していた。
彼らは完全にセクァヌの不思議な雰囲気に囚われていた。そこには不思議な威圧感があった。まだ幼い少女であるにもかかわらず、毅然としたその態度からは、族長としての威厳が十分備わっていた。間違いなく亡き族長の姫であり、今後、自分達が族長として仰いでいくに足る人物だと誰もが感じていた。

時には鋭く、そして時には安らぎをも感じさせる不思議な輝きを放つ瞳とその笑顔。人々の心を捕らえるのに時間はかからなかった。

そして、スパルキアのグループは少しずつその人数を増やしていった。アレクシードと一緒にセクァヌの救助に加わった3人が大陸中を奔走し仲間を募っていた成果でもあった。

そして、初めてセクァヌに会った者たちは、口を揃えて言う。
「光を弾いてきらめく瞳はまるで至上の宝石。その鋭利な輝きに心まで射ぬかれる。」
セクァヌは、スパルキアの幼い族長、銀の鷹姫は、戦神さながらの戦い振りの銀の飛翔と共に、そうして大陸全土にその名前を広めていった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

−キン!シュッ!−
「・・っと・・」
アレクシードの腕をセクァヌの剣がかすめた。
ほんのかすり傷だったがそこからうっすらと血がにじむ。

−パチン!−
「お嬢ちゃん?」
急に剣をしまったセクァヌに、アレクシードは不思議に思って聞く。
「どうせ私じゃ手ごたえないんでしょ?」
肩で息をしつつ、セクァヌはつん!と横を向いて呆然としているアレクシードをその場に残し、足早に立ち去っていった。
「お、お嬢ちゃん?」
セクァヌとの手合いの最中だというのに、つい昔を思い出していて注意がおろそかになってしまっていた事に、アレクシードはしまったと思う。
それはセクァヌを一番怒らせてしまうことだった。剣の事となると異常にライバル心を燃やすセクァヌは、少しでも手抜きをすると当分口を利いてくれない。だから、最近はそんなことは絶対しなかったのに、と今更ながらアレクシードは後悔する。
自分の状態を早く元に戻そうとセクァヌに焦りがあることは知っていた。そんな急ぐ必要はないと言っても聞く耳はもたないほどに。
(頑固だからな、お嬢ちゃんは・・・・)
だからこそ、今のこの状況は、それまで以上にやばいとアレクシードは感じた。

(あーっ・・たく、オレって奴はーーー・・・・)
こうなったら実力行使が一番の解決策か?
焦りで彼女との約束など忘れてしまったらしいアレクシードは、早急な事態改善のため、そう考えてセクァヌの後を追った。


戻るINDEX進む