### その18・闇の中の剣士(2) ###

 「ん?あれは?」
陣営もあと少しで抜けるといった場所、前方に立ちはだかっている一人の屈強な戦士を見て、ローランドの供の男は、一瞬ぎくっとする。戦場でその姿を垣間見た彼はその戦士がアレクシードだと知っていた。まさかここで切り殺すつもりなのでは?という考えが頭を過る。
が、当のローランドは堂々と馬を駆っている。心配ではあったが、口にするのも阻まれた。

−ぶるるる−
前を行く兵士が馬を止めると、アレクシードとなにやら小声で話す。
供の男が警戒している中、アレクシードはローランドに歩み寄ってくる。
「これは、アーガヴァのご領主殿。わざわざのご足労、痛み入ります。私はアレクシードと申します。」
「貴殿がアレクシード殿か?まさかお会いできるとは。光栄の限り。」
馬を下りようとするローランドをアレクシードは止める。
「閣下にそうおっしゃっていただけるとは、私の方こそ願ってもない光栄。ところで、私も途中までお送りしたいと思うのですが、よろしいですか?」
「歴戦の勇者アレクシード殿にお送り願えるとは・・・それこそ光栄というものですな。」
わっはっはっは!とローランドは高らかに笑って答える。
「閣下?!」
供の男が小声で心配する。
「大丈夫だ。そんな卑怯なスパルキアではない。」
ローランドは目で男にそう答えた。

そのローランドの返事に頷くとアレクシードは前に止まっている兵士に、普通に話し掛ける。
「さて、ご領主殿の許可はいただいた。」
ぽん!と馬の背の空いているところを叩く。
「お二人がいて私が断れないのを分かってて言うんだから・・・こういうのを過保護って言うのよ。これじゃまるで私が一人じゃ何もできないみたいじゃない?」
フードをかぶったそのスパルキアの兵士、それはセクァヌだった。
未だアレクシードに対して怒っていたセクァヌは、昨日から口を利いていなかった。
同行を諦めようとしないアレクシードに、大きくため息をついてセクァヌは身体を前に移動させて手綱を放す。
「過保護であろうとなんであろうと、一人にしておくと何をしでかすかわからんからな。」
昨夜のことはシャムフェスから聞いていた。いや、アレクシードは半ば脅しをかけるかのように、無理やり聞き出していた。
アレクシードの声は聞こえるのだが、小声で言った彼女の言葉は聞こえない。どういう意味なのだろうとローランドと供の男は思う。
−ザッ−
「では、参るとしましょう。」
−ぶるるるる・・・−
セクァヌの後ろへ飛び乗り、彼らに声をかけて馬を進めたアレクシードに、ローランドらは唖然とする。
「か、閣下・・・?」
「む・・・・・」
戦士アレクシードが兵士と相乗りする?そんなことはあるわけはなかった。
するとしたら、それはスパルキア族長にして銀の姫、セクァヌしかいない。その事はスパルキア陣営以外にも知れ渡っていた。
(では、案内を乞うた小柄なこの兵士は・・・・・・?全くの無防備とも思えた後姿を見せて案内してくれたこの兵士は・・・。)
そんな事を考えているうちに、聞き覚えがあると感じたシャムフェスの声に思い当たる。昨夜かすかに聞こえた声、加勢してくれた剣士といた男の声は、確かにシャムフェスの声だったとローランドは確信する。そして、昨夜ははっきりしなかったということもあり、聞き流してしまったが、その言葉の中に『姫』という言葉があったことも思い出す。そういえば、兵士だと思っていたその人物がわざと声を低くして話したような感じもあった。
(まさか・・・今前を行くのが、アレクシード殿の前に乗っているのが、銀の姫?・・そして、敵であるにもかかわらず我らを加勢してくれた・・あの昨夜の剣士が・・?)
ローランドは、対面の時の神秘な輝きを放つセクァヌの瞳を思い出していた。人を圧倒させ、心の底まで読み取るかのような鋭い輝き。まだ15、6歳の少女であるにもかかわらず、その威圧感を伴った神秘的な美しさ。

−カポ、カボ、カボ−
黙って馬を駆るアレクシードの後姿を見、そんなことに思いを飛ばしつつ、ローランドらは、スパルキア陣営から少し離れたところまで送られていった。

と、突然アレクシードの乗る馬が止まる。
(まさか、ここで斬り殺す?)
ローランドの供の男が心配して見つめる中、アレクシードがストッ!と馬から下りる。
(見送りがここまでなら、その旨話すはず。ではどうしたというのだ?)
さすがのローランドもそんな事を考えながら、前方を見つめるアレクシードと兵士を見つめていた。

「ん?」
少しすると、遠くから数騎の蹄の音が近づいてきつつあるのが聞こえる。
(これが聞こえていたというのか?)
ローランドは驚いて2人を見つめていた。

−ブルルル・・−
兵士は興奮する馬を首を撫でて落ち着かせる。

−ドガガガガガッ!−
片手に剣を持ち猛スピードで近づきつつその集団はおよそ10数人。
−シュッ−
「な、なんと?!」
ローランドと供の男は、止め紐を解きフードを取った兵士に驚く。銀色の髪が光を弾いて輝き、鋭利な視線を放つ瞳が金色に光を弾いていた。
「や、やはり・・姫?」
2人は唖然として前方を見据えているセクァヌを見つめる。

−ドガガガガガッ!−
集団の目標はセクァヌだったのか、はたまたローランドだったのかは分からなかった。が、敵であることは確かだった。セクァヌを一目見た彼らは一様に驚いた表情をした後、その攻撃目標を彼女に定めてきた。
が、それがセクァヌの目的だった。フードを取れば敵か味方かは、すぐ判断できる。

−ガッ!−
セクァヌは、その集団に向かって馬を駆って疾走する。
そして、加勢しようとするローランドらをアレクシードは前方を見たまま、彼らに背を見せたまま、左手を伸ばして制止する。
「何?」
ローランドと供の男はそれに驚く。
加勢を制止された事にも驚いたが、アレクシードがそこから動かなかったことにも驚いた。
(なぜだ?姫の護衛であるはずなのに、なぜ?姫を安全地帯に下がらせ、自分が立ち向かっていくのが護衛のはずなのに?)

そんな事を2人が考えているうちに、戦闘は始まっていた。
−シュッ、シュッ、シュッ!−
「うわっ!ぎゃっ!ぐっ・・・」
セクァヌの放つダガーが数人の眉間や喉に突き刺さり、次々と倒れる。と同時に剣を抜き集団に突っ込んでいく。
−キン!ガキン!ドシュッ!−
その戦う様を見て、ローランドは昨夜のことを思い出していた。
昨夜の闇の中の馬上の人物とセクァヌの影が重なる。
そして、翌朝早く確認に行った時見つけた死体の中、数人の男たちは、眉間に深々とダガーを受けて死んでいた。
(間違いなく昨夜の剣士は、銀の姫・・・。)
ローランドと供の男は、セクァヌの戦う様に目を奪われていた。まるでどう攻撃してくるのか分かっているとでも言うように、相手の攻撃を防ぎ、確実に致命傷を与えていく。
−キン!ザクッ!−
−ガキン!−
銀色の髪が激しい動きに合わせて踊り、光を弾く金色の瞳が敵を見据えていた。
−キン!ガキン!−

−ドガガッ−
「来るか?」
余裕の笑みを見せ、アレクシードが背中の大剣に手を伸ばす。セクァヌではなく自分たちの方に向かってくる男を、アレクシードはその大剣の餌食にする。
−ガキッ!ザシュッ!・・ザン!−
大剣の餌食となった男は簡単に地に沈む。
が、あくまでも向かってくる者だけで、セクァヌに加勢するような気配は全くなかった。ただ、いつでもそうできるような体勢であるようには見えた。

−キン!ドシュッ!シュパッ!・・・−
そうしている間にもセクァヌの戦いは続いていた。
−シュッ−
「むっ?」
アレクシードが瞬間的に後ろへ戻した大剣に手を伸ばした。が、必要ないと判断し手を戻す。

−ドシュッ!−
数分後、襲撃してきた男たちは変わり果てた姿となって大地に横たわっていた。

「姫・・・。」
ゆっくりと馬を駆って近づいてきた彼女に驚きの表情で声を掛けるローランドに、セクァヌはにっこりと微笑む。
「お騒がせ致しました。」
「い、いや、我らこそ。標的は我らだったのかもしれん。」
ローランドは完全に圧倒されていた。

「どうだ?まだいるか?」
セクァヌはローランドから彼女に歩み寄るアレクシードに視線を移す。
「おかしな気は感じないわ。たぶんもういないと思う。」
「そうか。・・・怪我は?」
「・・・・ないと思うわ。」
「そうか。」
短い言葉だった。が、ローランドにはその言葉の中に、アレクシードの想いを感じていた。セクァヌの腕を信用しつつ、心の中では心配でたまらなかったのだろうと、感じていた。


「それでは、我らはここで。」
「いや、ご丁寧な見送り、感謝する。」
揃って会釈をすると、にこやかに微笑むセクァヌを大切そうにその腕に包んで馬を駆って戻っていくアレクシードの後姿を、2人は見えなくなるまでじっと見つめていた。


「まったく冷や汗もんだったぞ?」
ホントにこのじゃじゃ馬は・・・とアレクシードは大きなため息をつく。
「戦なら敵はもっとたくさんいるわ。」
「それはそうだが・・・ローランド殿たちは呆れた顔をしてたぞ?」
「護衛なのに守らないのかって?」
「そうだ。」
「剣を持って向かってくる敵より、護衛の方が危ないわ。」
「・・・?」
「ふふっ。」
セクァヌは、その言葉の意味がわからず応えないでいるアレクシードに軽く笑うと、さっと馬を下りた。
「2人だけのときは、特にね。」
「あ・・・・・い、いや、お嬢ちゃん・・・あ、あれは・・・」
ようやくその意味がわかったアレクシードは焦る。
「今回は許してあげる。わがままを聞いてくれたから。」
一人で倒すと言ったのを止めずに見守っていてくれたから。とセクァヌは目で付け加える。
「久しぶりに一人で思いっきり暴れて気分転換にもなったし。」
う〜〜んとのびをしてセクァヌはにっこりとアレクシードに笑いかけると、走り始めた。
「あ・・お、おい・・・お嬢ちゃん!?」
「馬ばかり乗ってると足腰弱くなってしまうわよ!」
馬では通れないような木々の間を駆け抜け、セクァヌは走った。風を切って思いっきり。

「お嬢ちゃん!?」
アレクシードの焦りを帯びた声がセクァヌを追っていた。


戻るINDEX進む