### その14・夢の中の初恋(2) ###

 「仕方ないだろ、アレク・・オレ達は下っ端の雇われ兵だ。上の命令は絶対なんだからな。」
「だからといってだな・・・武器も持たない者を襲うなんてことは・・・」
「ああ、確かにそうなんだけどな・・・。」


「え?アレク?」
ぼんやりとそんな話を耳にしながら、セクァヌは目を開けた。
「え?ここ・・・どこ?」
夜、自分のテントで寝ていたはずなのに、そこは真昼。そして、見知らぬ丘に立っていた。
「夢・・・・?」
そう思いながら、セクァヌは声をした方を見る。

丘の一番高いところ、そこに寝そべっている男の影が2つあった。
「そろそろ他に移るべきかもしれんな。契約も切れる頃だろ?」
「ああ、そうだな。だけど、それにはもっと腕をつけないとな。」
「う〜〜ん・・・いい雇い主がみつかるかどうかは、腕次第だからな。」
「ああ。もう少し腕をつけなくっちゃな。・・なんて思ってるくせにこんなところで転がってちゃだめなんだけどな。・・・大陸一の剣士か・・・なれるんだろうか?」
「どうした、アレク、いやに弱気なんだな、今日は。」
「いや・・・・オレは何をしたいんだ、と思ってさ。」
「おい、大丈夫か?」
「なにがだ?」
「何がって・・・お前にそんなとこがあるとは・・」
「どうせ、オレはお前とちがってがさつに出来てるさ。」
「アレク・・ホントにおかしいぞ、今日のお前は?」

それはアレクシードとシャムフェスのようだった。が、決定的な違いは・・・セクァヌの知っている2人と明らかに歳が離れているということ。ちょうど今のセクァヌと同じか2つ3つほど上の年齢と思われた。

「こ、これって・・・・?・・・夢?・・それとも過去に来たの?」
そんな事を考えながら、セクァヌは2人を、いや、自分と同じくらいの年齢のアレクシードをじっと見つめていた。

「ん?」
その視線を感じたのか、シャムフェスが上体を起こし、セクァヌの方を振り返る。
そして彼女の姿を見つけるとにっこりを笑いながら立ち上がる。
「何かご用かな、お嬢さん?」
「あ・・あの・・・・」
ゆっくり近づいてくるシャムフェスを見ながら、セクァヌは慌てて頭を押さえる。
(よかった。私、厚手のベールをかぶってる。)
髪が見えないことにほっとする。

「は、は〜〜ん・・・おい、アレク、どうやらこのお嬢さんはお前に用があるみたいだぞ?」
シャムフェスを通り越し、アレクシードを見つめているセクァヌに彼は大声で言った。
「は?」
がばっとアレクシードが起きあがってセクァヌを見る。
「アレク・・・」
そのアレクシードに、セクァヌはどきっとする。確かに戦士としては十分通用する体格だったが、彼女の知っているアレクシードより細い。まだ戦士として成長段階というところなのだろう。そして、その腕にも見えている肩などにもまだ無数の傷跡はない。顔も今より若く、少年っぽさがほんの少し残っているようにもみえた。
それはシャムフェスにも言えたが、セクァヌの目に入るのはアレクシードばかりだった。

「シャムフェス?」
セクァヌの後ろから少女の声がした。
「おっと・・そういえば約束してたんだった。じゃな、アレク、お前も上手くやれよ?」
シャムフェスはアレクシードに意味深な笑みを投げると、近づいてきた少女の肩を抱いて立ち去って行った。


「えっと・・・・」
しばらくセクァヌを見つめていたアレクシードは、ようやくのろのろと起きあがり、口を開いた。
「オ、オレ・・・?」
自分を指してセクァヌに聞くアレクシードに、彼女はコクンと頷く。
「・・・・オ、オレはまたシャムフェスかとばかり・・・。あ、いや、ごめん。オレはアレクシードって言うんだけど、君は?」
「ええ、知ってるわ。私は・・」
(夢でも本名でない方がいいのかしら?)
少し考えて答える。
「セーヌ。」
「セーヌか。かわいい名だな。」
「だけど、オレなんかでいいのか?」
シャムフェスのように気の利いたことは言えないし、できないのに、とアレクシードは思う。
「私はアレク・・アレクシードが・・・あなたがいいの。」
「そ、そうか・・・?」
あはははは、とアレクシードは照れ笑いする。
「その辺でも少し歩こうか?」
セクァヌはにっこりと笑って頷いた。

しばらく丘を散歩してから、町の中へ入り、飲み物でも、と店の中へ入っていったアレクシードの後ろ姿を見ながら、セクァヌは幸せと胸のときめきを感じていた。
もしかしたら、丘を歩いている間、ずっと横を歩くアレクシードの顔ばかり見ていたのではないかと気づき、セクァヌは、店先のテーブルで待ちながら一人赤くなっていた。ほとんど会話もなかったが、それでもセクァヌは十分幸せを感じながら歩いていた。

「君はジュースでいいよな?」
「え、ええ。」
コトン、コトンとテーブルに置くアレクシードを見ながら、セクァヌはまたしても頬を染める。

「あの・・・」
2人同時に声をかけていた。
「あ、いや、君から・・・・」
「あ・・・ううん・・・私は・・・・」
完全に照れているアレクシードがたまらなく新鮮で、セクァヌは嬉しかった。
「君、町の人?」
話そうとしないセクァヌに、アレクシードが口を開く。
「あ、そうじゃないの。私はスパルキアの生まれなの。」
「え?君、スパルキア人?」
その途端、アレクシードの瞳が輝く。
「オレもそうなんだ。偶然だな。こんな偶然ってあるんだな。」
何を話していいのかわからず困っていたアレクシードは、共通点を見つけて喜ぶ。
そして、スパルキアの話でひとしきり花がさいた。
嬉しそうに故郷のことを話すアレクシードの話をセクァヌは微笑んでじっと見つめながら聞いていた。
新鮮だった。アレクシードは昔の幸せだったことを思い出させ、沈ませてもいけないと思い、セクァヌにスパルキアのことを話したことはなかった。だから、今、目の前で嬉しそうに話すアレクシードがとても新鮮で、セクァヌもとても嬉しかった。

「そうなの。大陸一の剣士になりたくてスパルキアを出たの。」
「そうだ。・・もっとも、なれるかどうかわからないけどな。」
「ううん!なれるわ、きっと。アレクシードなら絶対に!」
現実にセクァヌの知っているアレクシードはそうだった。彼女は言葉に力を込めて断言する。
そして、瞳を輝かせて断言するセクァヌに、アレクシードの顔もほころぶ。
「ありがとう。君にそう言ってもらったら、本当に叶うような気がしてきたよ。」
「アレク。」
アレクと呼ばれはっとした顔でセクァヌを見たアレクシードに、慌てて彼女は弁解する。
「あ!ごめんなさい、私、つい。」
「いや、いいよ。アレクで。」
「そ、そう?」
「ああ。」

しばらく2人は見つめ合っていた。茶色の瞳と灰色の大粒な瞳が視線を交わしていた。
セクァヌの心臓がこれでもかというほど大きな音をたてて鼓動していた。
(き、聞こえないわよね?アレクには?)
頬が熱くなってくるのを感じていた。

「君・・・」
「え?」
「あ、・・いや・・・」
思いはアレクシードも同じだった。ついさっき会ったばかりだというのに、どういうことだ?と自問自答していた。そして、自分の気持ちに気づき、うろたえたアレクシードは話題を変える。
「大陸一の剣士か・・・でも、そうなってどうするんだろな?」
「アレク・・・」
ふと、視線を彼女から逸らし、少し寂しげに言ったアレクシードに、セクァヌも表情が沈む。
そのセクァヌを見て、アレクシードは思いつく。
「そうだな、君のようなかわいい子を守る為に大陸一の剣士になるってのもありだな?」
「え?」
「いけないか?」
「・・・アレク・・・・・・」
「・・もし、・・・君さえよければ・・・オ、オレは、ずっと君の傍にいたい。・・ずっと君に・・・傍にいてほしい・・・。」
セクァヌをじっと見つめながらそこまで言ったアレクシードは、真っ赤になった顔をセクァヌからそむけて立ち上がり、くるっと背を向けると焦ったように付け加えた。
「ご、ごめん。今日初めて会ったのに・・・い、いきなりこんな事言われても困るよな・・・?」
「ううん・・・アレク、私・・嬉しい。」
「ホントか?」
セクァヌに背をむけたままアレクシードは驚いたように聞く。
「ホントよ。」
セクァヌはそのアレクシードの背中を彼への愛しさで一杯になった瞳で見つめていた。
(え?・・・)
徐々に視界が霞んできていた。目の前のアレクシードの後ろ姿がぼんやりと薄くなってくる。
「アレク・・・」
思わず立ち上がって手を差し伸べたセクァヌの目にはすでに何も映っていなかった。


そして、しばらくしてからくるっと向きを変え、セクァヌを見るつもりだったアレクシードも驚く。
「セーヌ・・・?」
そこには誰もいなかった。幻のようにセクァヌの姿は消えていた。
「・・・・セーヌ?・・」
夢を見ていたのか?とアレクシードは考えていた。
が、目の前のテーブルには飲みかけのジュースと、自分の飲み干したグラスがある。
「セーヌ・・・・」
その心に切なさと愛しさを感じつつ、アレクシードはしばしそこに立ちつくして、幻のように消えた少女の面影を追っていた。


−チュンチュン−
夜が明けていた。セクァヌはゆっくりと目覚める。
「・・・アレク・・・・・」
そして、今し方見た夢を思い起こす。まるで実際にあったことのようにはっきりと覚えていた。

「アレク・・・」
たまらなくなったセクァヌはがばっと起きて、テントを飛び出す。
そこにはすでに起きていたらしいアレクシードの姿があった。
「アレク!」
「お嬢ちゃん?」
その姿を見つけると同時に叫んでその首に抱きついたセクァヌに、アレクシードは驚く。
「アレク・・・・・・アレク、アレク・・」
「な、なんだ、どうしたんだ、一体?」
若いアレクシードも好きだった。が、今のアレクシードだからもっと好きなのだ、とセクァヌは感じていた。
誰よりも何よりもアレクシードが大切で、自分にとってはなくてはならない人。自分よりもかけがえのない人。
「お嬢ちゃん?」
「アレク、愛してるわ。」
「お嬢・・・・・」
朝の食事の支度と移動の為の支度で、周りは急がしそうに動き回る兵士で一杯だった。その中で飛びつかれ、そして言われたその言葉に、アレクシードは思いっきり照れ、焦りを感じる。が、ほっとした自分と喜んでいる自分もいる、と感じてもいた。

「お嬢ちゃん・・・オレも・・愛してる。」
なぜだかそう言わなくてはならないと感じたアレクシードは、セクァヌをしっかりと抱き留めると、兵士の中であるのもかまわず、はっきりと口にした。
初めて口にするその言葉を。


「あのね、アレク・・」
「なんだ?」
「私、夢を見たの。」
「夢を?」
「そう。アレクの夢。」
「オレの?」
「そうよ。聞きたい?」
「ああ、勿論。」
「ふふっ、あのね・・・・」
移動の途中の休憩、アレクシードの横に座ったセクァヌは、嬉しそうに話し始めた。


「ちょっと待てよ、確かそんな記憶が・・・・」
アレクシードは、話の途中で、記憶の底に埋もれてしまったらしいそのことを考える。
「そうだ・・・ルマイスでだった。」
「え?・・・じゃー、本当に単なる夢じゃなくて・・・私、ホントに過去へ行ったの?・・・若い頃のアレクに会ってきたの?」
「らしいな。」
驚いて目を丸くして見つめるセクァヌにアレクシードは頷きながら微笑む。
記憶が蘇ってきていた。アレクシードの中で埋もれてしまった、いや、無理やり埋めてしまった記憶が。
「そうか・・・あれは・・お嬢ちゃんだったのか・・・・そういえば、そうだ。・・・」
アレクシードはその少女の面影を思い出しながら、まじまじとセクァヌを見つめていた。

少女がいなくなってしまった後、泣きたくなるほどの切ない想いをかかえて丘を、そして町じゅうを探した。
そして、夢だと諦め、無理やり記憶の奥底へ押しやった熱い想い。アレクシードの初恋。
それは、セクァヌにとっても初恋と言えるかもしれなかった。初めて知った胸のときめき。どうしようもないほどアレクシードが愛しく感じられた。

「・・・それで眠いのね・・・私、寝てたんじゃないのね・・だから、こんなに・・眠・・い・・・・・」
「お嬢ちゃん?」
ことん!とアレクシードの肩に頭をのせ、セクァヌは眠ってしまった。
「お嬢ちゃん?・・・おい、こんなとこで寝るんじゃない。・・お嬢ちゃん?!」
完全にセクァヌは眠ってしまっていた。しかも、アレクシードが起こそうと身体を動かしたせいで、ちょうど胸の中にすっぽり入った格好になってしまう。
「お嬢ちゃん・・・・」
全くの無防備ですやすやと寝息をたてているセクァヌは、なまめかしいほど愛らしかった。
「お、お嬢ちゃん・・・こ、こら・・起きないか!?・・狼の腕の中で寝るんじゃない!・・おい、お嬢ちゃん!・・・襲ってしまうぞ?!」

「は〜〜〜・・」
大きなため息をつく。
「・・・オレにどうしろってんだ?」
いくら揺すっても声をかけても起きる気配はなかった。
心地よい眠りの中に入ったセクァヌにとっては、アレクシードの声はなんとも気持ちのいい子守唄のように聞こえ、そして、その体温は、安らぎを感じさせてくれていた。アレクシードの腕の中ほど安らげるところはない。
アレクシードは、そんなセクァヌの寝顔を見つめながら、遠い昔のことに、その時のことに想いをはせていた。初恋のそのときの胸のときめきを再び感じながら。

少女と歩いた丘、町までの小道。こんなとき、シャムフェスなら何を言うんだろう?どうするんだろう?と慣れない事に戸惑いながら、それでもふと見ると横の少女は自分を見て微笑んでいる。そんな少女と目を合わせるたび、心臓が高鳴った。思わずなんでもないことを口走る。そんなアレクシードに少女は微笑みながら答える。たまらなく嬉しく、そして不安でもあった。
気の利いたことも話せない自分にそのうち呆れてどこかへ行ってしまわないだろうか?と心配しつつ歩いていた。

そしてようやく町につき、これでなんとか場をもたせることができるかな?と思いさっそく店に連れて行って、飲み物を頼む。
(そうだ。同じスパルキア人だとわかって、すごく嬉しく感じたんだ。そして、いろいろ話した。祭りのことや野山のことを。)

『なれるわ、きっと。アレクシードなら絶対に!』
セクァヌの言葉が、つい昨日のことのように蘇る。そして、自分が言った言葉も。
『君のようなかわいい子を守る為に大陸一の剣士になるってのもありだな?』

「お嬢ちゃん・・・オレは、2つも夢を叶えたということになるんだな。」
3つ目は叶うんだろうか、と思いつつ、アレクシードは無意識に寝息をたてているセクァヌの唇に、自分のそれを近づけていた。

「アレク、そろそろ出・・」
突然のシャムフェスの声にぎくっとして、今少しでセクァヌの唇に触れるところで顔を上げたアレクシードは、シャムフェスと目があう。
「発・・・・・い、いや、悪かったな。もう少し休んでからにするとしよう。」
それに気づいたシャムフェスは、そう付け加えて、慌ててその場を去っていく。
「ふ〜〜〜〜・・・・・・・」
気をそがれてしまった、とアレクシードは苦笑いしてセクァヌを見つめる。
「・・ア・・レク・・・」
「ん?・・・寝言・・か。・・・お嬢ちゃん、あの時の続きの夢でも見ているのか?」
そして、ふと思う。
「もし、今のオレでなく、若いオレの方が好きだなんて言われたら・・・オレはどうすりゃいいんだ?」
目を輝かせて嬉しそうに若い時のアレクシードの話を聞いていたセクァヌのその時の様子が目に浮かぶ。
思わずアレクシードは昔の自分に嫉妬を感じていた。
「頼むからお嬢ちゃん・・そんなことは言わないでくれよ?」
腕の中で、幸せそうに微笑みながら眠っているセクァヌを見つめ、アレクシードは、心の底から幸せを味わっていた。


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