### その15・セクァヌ重傷 ###

 「お嬢ちゃん!」
それは一瞬の事だった。降り注ぐ集中攻撃の中、アレクシードとセクァヌの間に距離ができていた。
−キン!ガキン!−
それでもいつものごとく攻防を繰り返していた。が、ふと敵の戦士が身に付けていた腕輪に視線がいったセクァヌは、瞬時にしてそれが女物であることを判断した。その瞬間、確かにほんの一瞬だが、セクァヌの注意はそれにひきつけられていた。
「いけない!」
そう思ったとき、敵兵の中の1人の剣が、セクァヌの胸を横切る。
−ザクッ!ー
「ぐっ・・・・」
−キン!ドシュッ!−
痛みを堪え、そして、思考を切り替え、セクァヌは敵兵を倒す。
「お嬢ちゃん!」
真っ青になったアレクシードが、それまで以上に鬼神となって群がってくる敵兵を倒す。
「お嬢ちゃん!」
ようやくセクァヌに近寄り、少し落ち着いた周囲に、他の兵士で大丈夫だと判断したアレクシードは、慌てて彼女の馬に飛び乗る。
「しっかりしろ!」
「アレク・・ごめんなさい。」
思わずよそ見をして注意が散漫になってしまったことを謝る。
「バカっ!今そんなこと言ってる場合か?」
セクァヌの胸から鮮血が流れつづけていた。荷袋にあった布をともかく鎧の中に押し込め、布で巻いた。
「一旦引くぞ?!」
「ダメ!後少しすれば、敵は後退する・・・あと少しだから・・・・」
「お嬢ちゃん!?」
アレクシードは悲痛な叫び声で言う。
「アレク・・お願い、私を支えて!」
「ダメだ!お嬢ちゃん!手当てをしないと!」
「ダメ!今引いたらせっかく優位な戦況が変わってしまう・・。」
「しかし!」
「お願い、あと少しだから、私に剣を持たせて、そして支えてて。・・アレク、お願い!」
「お嬢ちゃん!」
戦況はアレクシードでもわかっていた。わかっていたが、セクァヌの怪我の方が心配だった。何よりも深手を負っているセクァヌが。
「アレクシード!」
「!」
息を途切れさせながら、それでも、突然きつい口調でそう呼ばれたアレクシードははっとする。
「私を支えなさい!スパルキアは、今、引くわけには・・負けるわけにはいきません!」
気が遠くなってきていた。激痛と薄らいでいく意識の中、気を抜くまいと必死で堪え、セクァヌはアレクシードに命じた。
「お嬢ちゃん・・・」
(そうだ、オレが動揺していては・・・)
アレクシードは後ろから抱きとめるようにしてセクァヌの身体を支え、彼女の手に自分の手を添え、ぐっと剣を握る。そして高々と腕を上げる。
「うおーーーーーー!」
勝利はそこまで来ている!最後の闘志を燃やせ!と言わんばかりのそれに呼応するかのようにスパルキアの兵士の士気があがる。
「見てるか、お嬢ちゃん・・・・後少しだ・・後少しで敵は後退するぞ・・見てるか?」
「・・・・・」
その時はまだ瞳は開いていた。確かに前を見ていた。
が、徐々に瞳が閉じていく。
「お嬢ちゃん!しっかりするんだ!目を閉じるなっ!」
(早く、早く引いてくれ・・・まだなのか・・・まだ・・・早く・・・)
アレクシードは生きた心地がしていなかった、抱きとめたセクァヌからは血が流れ続けている。そして、最初こそそれでも自分の力で身体を、そして手を上げていた。が、徐々に腕から、身体から力が抜けていく・・・そして、身体が冷えてくる。
(まだかーーーーー?!)
悲痛な思いで、アレクシードは支えつづける。
「アレク!姫?!」
やはり真っ青になったシャムフェスが近づいてくる。
「手当てを!」
「ダメだ!敵が引いてからだ!」
「しかし!」
すぐ後退をというシャムフェスに、アレクシードが叫ぶ。
「姫の命令だっ!」
アレクシードの叫びにシャムフェスがびくっとする。そして、そのアレクシードの表情に心臓が止まるような衝撃を受ける。
アレクシードが『姫』と呼ぶことは滅多にない。そのことと、深手を負っているセクァヌより真っ青でひきつった表情のアレクシードに、シャムフェスは即断する。
「わかったっ!」
−ドカカッ!−
シャムフェスは自分にできることを最優先しようと急ぎそこを離れた。深手を負ったセクァヌの近くにいたいが、アレクシードがついているのなら、と、今は一刻でも、一秒でも早く敵を追い込まなければならないと自分に言い聞かせ、馬を急がせる。何よりもセクァヌの為。
「ヴァン将軍!予備作戦に変更のこと!ただちに実行されたし!」
「はっ!」
各部隊を回り、作戦を、最後の詰めを急がせる。


そして、敵が引き始めると同時に、アレクシードは陣営に向かって馬を疾走させた。
(お嬢ちゃん・・・頑張るんだぞ、頼むから・・・頑張ってくれ・・・逝ってはダメだ・・)
腕の中で少しずつ冷たくなっていくセクァヌに、アレクシードはおびえていた。
(・・・国のためなんかじゃない、オレの為に・・・頼むから・・・逝かないでくれ!!)


バタバタバタと医師が薬師がそして兵士が陣営内を走り回る。
「出血が酷すぎる・・・」
必死の治療が始まった。
「薬草が足らない!持っているものから集めるんだ!近くには生えていそうなところはないか?お湯を早く!・・・・・・・・」

「敵には決して悟られるな!姫は必ず助かる!」
勝ち戦のはずのその日、いつもなら賑やかに過ごす夜だが、どの兵士も沈んでいた。が、深手を負いつつそれでも戦場を離れなかった姫に誰しも感動していた。もし、仮に今敵兵が乗り込んできても、彼らを絶対皆殺しにし、姫は必ず守り抜く!誰しもそう心に誓っていた。


3日3晩寝ずの看病が続いていた。傷をふさぎ終わり、弱々しくはあったが一応心臓は動いていた。が、高熱が続き意識がまだ戻らない。死人のような顔で横たわったままぴくりともしない。
「アレク、少し休んだらどうだ?」
セクァヌのベッドの横で座っているアレクシードにシャムフェスが声をかける。
「いや・・」
「せめて水でも浴びて着替えてきたらどうだ?」
アレクシードは血のりがついた甲冑こそ脱いでいたが、戦場から戻ったままの格好だった。1歩もそこを離れようとしない。
「いいから、水くらい浴びてこい。姫が目覚めたときそんな臭いと嫌われるぞ?」
「目覚めるだろうか?」
「何言ってるんだ、アレク!そんなの決まってるだろ?!ほら、オレが看ててやるから!」
「しかし・・」
「なんだ、オレはそんなに信用ないのか?」
「いや、そうじゃないが・・。」
弱々しく頭を振るアレクシードに、シャムフェスは諦めて横に座った。


「う・・ん・・・」
「お嬢ちゃん?」
5日目の朝、セクァヌのうめき声に、ついうとうとしていたアレクシードははっとして目を見張る。
「アレク・・・・どこ?・・・アレク・・・置いてっちゃいや・・・・・」
「ここだ、オレはここにいる!」
気がついたのではなかった。熱にうなされてうわごとを言うセクァヌの手をアレクシードはぐっと握り締め、見つめつづけていた。

そして、6日目の朝、セクァヌは痛みの中で目を開けた。
「あ・・私・・・・・確か戦場で・・・・・・・・。」
ふと自分の手に温かいものを感じて横を見る。そこにはセクァヌの手をぐっと握り締めたままベッドに頭をつけて寝てしまってるアレクシードがいた。
「アレク・・・・・」
「ん?」
「アレク。」
「お嬢ちゃん!」
セクァヌの声で顔を上げたアレクシードは、弱々しかったが、陽の光を弾き金色に輝くセクァヌの瞳を見た。
「・・・アレク、くさい。」
「う・・・・・」
顔をしかめたセクァヌにアレクシードはぎくっとする。
「ありがとう、アレク。」
ずっとついていてくれたのだとセクァヌはすぐわかっていた。高熱にうなされながらも、アレクシードの温かい手を感じていた。


「だからオレが言っただろ?水ぐらい浴びて着替えろって!」
ははは、ふふふ、とテント内に笑い声が響いていた。
まだ横たわったままのセクァヌとアレクシードとシャムフェス。
セクァヌを失ってしまうかもしれないという悪夢から開放され、ようやく笑いが戻っていた。
「どうした、お嬢ちゃん?」
そんな明るい空気の中、ふと沈んだ表情をしたセクァヌに、アレクシードは心配する。
「・・・熱にうなされていたとき、私、夢を見たの。」
「夢・・か、どんな夢だったんだ?」
思い出すように言うセクァヌに、アレクシードは聞く。
「はっきりとは覚えてないんだけど・・・だけど・・・・」
「なんだ、どうした?」
アレクシードは微笑みながらセクァヌの顔を覗き込む。
「アレクが私を置いてどこかへ行ってしまうの。・・・私が必死になって呼んでるのに、叫んでるのに、どんどんどんどん、遠くに・・・振り向いてもくれず、小さくなっていくの。追いかけようとしても動けなくて・・・悲しくて・・・涙が止まらなかった・・・」
夢を思い出したのか、今にも涙がにじんできそうな瞳でアレクシードを見つめる。
「オレが?」
こくんとセクァヌは頷く。
「オレがお嬢ちゃんを置いてどこへ行くっていうんだ?」
「分からないけど・・・・」
「う〜〜ん、それはたぶん・・・オレの思いが移ったんだろ?」
「アレクの思い?」
「そうだ。お嬢ちゃんがなかなか気づかないから、ひょとしたらひょっとしてこのまま?と思ったら気が気じゃなかったからな。」
「・・・そうなのかしら?」
「姫、この男が姫を置いてどこへ行くというんです?まー、私としては、そうしてくれれば、今度こそ姫に名乗りをあげたいと思いますが?」
「なに?」
その言葉に、アレクシードは反射的にシャムフェスを睨む。
「行かないなら、いいじゃないか?」
「そ、それはそうだが・・。」
からかうような視線のシャムフェスに、アレクシードは頭をかいて照れていた。


そして、陣営にも笑いが戻った。
少しずつ回復し、陣営内を歩くセクァヌと彼女を気遣いやさしく手を貸すアレクシードに、兵士らは心を温かくさせて見つめていた。

 

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