### その13・精霊恋歌(1) ###

 「では、労力の援助はやはりできないのね、シャムフェス?」
「残念ながら。」

その日軍が通ってきた道筋に、1つの農村があった。が、そこは半月前程に降り続けていた雨により増水した川の決壊で、村全体が破壊し尽くされていた。水は引いたものの、家屋は倒れ、田畑はとても作物が作れる状態ではなかった。
生き残った村人達は村近くの高台で仮住まいを作り、なかなか進まないまでも、少しずつだが復旧作業をしたいた。
セクァヌはなんとか村の復興の援助ができないものかと、シャムフェスに相談していた。

「労力の提供は容易い。しかし、ガートランド領地は目と鼻の先。ここに我々が留まれば、最悪の場合、彼らは災害の上に戦火に巻き込まれてしまう事となります。我々にできることは、食料と幾ばくかの資金の援助。そのくらいでしょう。」
「そう。」
それはセクァヌもわかっていた。分かっていたが、彼らの窮状をそのまま見過ごすことが苦痛だった。
「ともかく我々は予定通り、明日ここを発ちます。」
「は・・・い。」
沈んだ表情のセクァヌにシャムフェスはにっこり笑った。
「ですが、希望者を募って、数名の兵士を残しておきましょう。一時的に彼らの兵としての任を解き、一般民として村人を助けるようにと。」
「シャムフェス!」
セクァヌの沈んでいた表情がぱっと明るくなる。
「ありがとう、シャムフェス!」
「それで姫の気持ちが安らぐのなら。」
目を輝かせて喜ぶセクァヌを、シャムフェスはやさしい微笑みで包んだ。


「ホントに、お前はお嬢ちゃんを喜ばすことが上手いな。しかもいつもフェイント付だ。喜びもひとしおってとこだな。この策略家が!」
セクァヌが立ち去った後、アレクシードは呆れたような、感心したような表情でシャムフェスに言った。
「お前が下手すぎるんだよ。」
笑いながらシャムフェスは答える。
「オレはお前のように口が上手くないからな。」
どうせオレは!といった感じでアレクシードはぶっきらぼうに言う。
「お前なら余分な言葉など必要ないさ。愛の言葉とあとは・・・」
「あとは?」
「アレク・・・・」
呆れた顔をしてシャムフェスはアレクシードを見る。
「オレに聞くか、普通?」
「聞いちゃいけなかったか?」
「・・・ったく・・・・・・・」
「親友のお前だから聞いてるんだろ?」
「はー・・・・親友が聞いて呆れるぜ?」
「なんだ?」
「あ、いや別にいいが。ともかくお前なら余分な知恵や言葉などいらないだろ?傍にいるだけで姫は満足してるんだから。」
「・・・・傍にいるだけで、な。」
しばし考えてから答えたアレクシードにシャムフェスはふっと笑いをこぼす。
「どうした?抱きたくなったか?」
「シャムフェス、お前!」
顔を赤くして思わずアレクシードは大声をだす。
「そうだな、ここのところ日を追うごとに少女らしくなってくるのが分かるくらいだからな。そろそろお前も限界か?」
「バ、バカ言うな。」
焦りを覚え、アレクシードは周囲を見渡した。勿論セクァヌの姿がないかどうかを確認するためである。
「はははははっ!」
シャムフェスはいかにも面白そうに笑う。
「シャムフェス!」
「分かった、分かった。確かに姫は奥手だからな。」
「口ではああいってるが、まだ性を認識していない。男と女がどういうものか・・・恋焦がれるということがどういうものなのか。」
「なんだ、結局はのろけか?」
からかわれてアレクシードは慌てて答える。
「そ、そうじゃない・・・オレは真剣に悩んでるんだぞ。」
「な、悪いことは言わん。今度街に入ったらオレと一緒に娼館にでも・・」
「いや、オレはいい。」
「まったく・・・いつこう堅物になったんだか。」
「シャムフェス!」
怒りをあらわにするアレクシードをシャムフェスは面白そうに見つめる。
「じゃー、残る手は1つしかないだろ?」
「なんだ?」
「奥手と言ってももう14。いや、そろそろ15か?15と言えば、王侯貴族の姫君らが嫁ぐ歳だ。」
「政治的目論見でな。お嬢ちゃんには関係ない。」
「確かにそれはそうだが、十分そういう年頃だということだ。どっちにしろ、男の愛はもう受け入れれるはずだ。」
「シャムフェス!」
シャムフェスのその言葉に、どきっとしながらアレクシードは怒鳴る。
「それに、お嬢ちゃんはなー・・・」
奥手も奥手、極めつけの純真さだから、と続けるつもりのアレクシードの言葉を取ってシェムフェスはさらりと言う。
「なに、性を認識していないのなら、教えてやればいい。ただし、急くのはだめだぞ、固い蕾はゆっくり時間をかけて開かせてやらないと。」
「もういい!お前に聞いたオレが間違ってた!」
「はははははっ!」
ドスドスと足音にもその怒りをあらわにして立ち去っていくアレクシードをシャムフェスは大笑いで見送る。
「親友か・・・オレの気持ちなど全く気づいてないだろ、アレク?」
シャムフェスはさみしそうに空を見上げる。
「早く抱いてしまえ。・・・お前たちがはっきりしてくれないと、オレの方がどうにかなりそうだ・・・。」


その夜。
「ん?この歌声は・・・お嬢ちゃんか?」
その歌声と鼓弓の音は隣のテントからではなく、村の方角から聞こえてきていた。

その歌声を辿って村へと行く。そこにはやはり歌声に気づき、1人、2人と村人や兵士たちが集まり始めていた。
村から少し離れたところ、洪水の前、辺り一面の麦畑だったところから歌は聞こえていた。
今は流木などがまだそのままになっていて荒れ果てている。
その中央にセクァヌは座り、胡弓を弾いて歌を歌っていた。古代スパルキア語の歌を。

「豊穣の歌だ。」
スパルキア人兵士の一人が呟く。
「ああ・・そうだ。これは・・・族長の家に代々伝わっている歌だ。大地を乙女に例え、精霊王を湛える、いや、精霊王に恋する乙女の恋歌だ。」
スパルキアの豊穣の歌は、各家々で、様々にアレンジされたり独特のものが伝承されていた。セクァヌが歌っていたのは族長の家に伝わる歌。大地を乙女に自然を精霊王に例えた恋歌。

♪精霊王よ、精霊王・・・
 あなたはご存知なのでしょうか?
 私がどんなにあなたに恋焦がれているか

 あなたの声は私にやすらぎを
 あなたの眼差しは熱くたぎる想いを

 精霊王よ、精霊王・・・
 お願いです、私の名を呼んでください
 あなたの瞳で、私を包んでください

 さすれば私はこの地を愛の証しで
 あなたと私の愛の証しで埋めつくすでしょう

 精霊王よ、精霊王・・・
 あなたはご存知なのでしょうか?
 私がどんなにあなたを待ち続けているか

 あなたの微笑みは私に喜びを
 あなたの吐息は愛おしさを 

 精霊王よ、精霊王・・・
 あなたの愛を、微笑を私に投げかけてください
 あなたの吐息を、やさしい抱擁を私にください

 さすれば私はこの地を愛の証しで
 あなたと私の愛の証しで埋めつくすでしょう

 ・・・・・・・・ ♪
 

「お嬢ちゃん・・・・」
幻想的な光景だった。満天の星空と手が届きそうなほど大きな満月。そして流木に腰掛け恋歌を歌うセクァヌ。
月光を弾く髪を上に結い上げ、スパルキアの祭礼用の純白の衣装を身にまとい、胡弓をひくその姿は、月の女神のようにも見えた。そして心が吸い込まれていきそうな胡弓の音と歌声。
今にもその歌声に誘われて精霊王が彼女の目の前に降り立ちそうなそんな幻想的な光景。
そして、普段よりずっと大人びてみえるその後姿にアレクシードはどきっとする。
それは少女と言うより乙女の姿。精霊王に恋焦がれる乙女そのもの。

集まって来た者たちはその幻想的な光景に魅入られ、歌に聞き入っていた。
その中にアレクシードだけではなく、勿論シャムフェスもいた。
じっと見入るアレクシードをちらっとみると、シャムフェスは兵に周囲の警護を命じる。それは、いつもならほんの少しの気配でも感じ取るセクァヌが、遠まわしとはいえ、これほどの人数が周囲に集まってきているというのに、何の反応も示さないとこを気にしてのことだった。おそらく全身全霊を傾けて祈りの歌を歌っているのだろうと思われた。
もっとも、この光景には刺客でさえも心を奪われてしまうだろうとも思われたが。


「何?」
歌に聞き惚れ、姿に魅入られ見つめていたその一瞬、精霊王がセクァヌの横にその姿をあらわして、そっと抱きしめたような光景が目に映り、アレクシードは自分の目を疑う。
−パキッ−
思わず1歩足を動かし、そこにあった小枝は音をたてて折れる。
その途端、胡弓の音と歌声が途切れる。
「アレク・・・」
振り返ったセクァヌはアレクシードの姿を見つけると微笑みながら、アレクシードの元へと歩み寄る。
「すまん、邪魔してしまったか?」
「ううん。いつ終わろうか困ってたところなの。」
「困ってたとは?」
「分からないけど、歌い始めたら止まらなくて・・・困ってたの・・・」
「お嬢ちゃん。」
精霊王の姿が浮かび、アレクシードは思わずセクァヌを抱きしめる。まるで連れて行かれてしまうかのように感じられた。

「姫様・・・」
集まっていた村人が走りよってきて跪き、次々とお礼を言う。。
「ありがとうございます!」
「ありがとうございます、姫様!」
古代スパルキア語で意味こそわからなかったが、いや、だからこそより一層神がかり的に聞こえるのだが、スパルキアの豊穣の歌、それも族長の家に伝わる特別なもの。村人はこれで荒れてしまった土地も生き返り再び実り豊かなものになるだろうと手を取り合って喜んだ。
「本当にそんな力があるかどうか、私では分からないのですけど、あと私ができることといえば、これしか思いつかなかったから、私・・・・。」
「いいえ、いいえ、姫様。ありがとうございます。このご恩は一生忘れません。」

セクァヌはひれ伏して礼を言う村長の手をそっと取って立たせると、微笑んだ。
見る者の心に安らぎを与える銀の微笑みで。

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