### その12・花冠のプロポーズ ###

 「アレク、なーに、これ?」
鞍の横に下げてあった小袋を見つけ、セクァヌは手に取りながらアレクシードに聞く。
「あ・・い、いやなんでも・・・」
「ふ〜〜ん・・・?」
疑わしそうな目をしてセクァヌはアレクシードを見つめる。
「なんでもないことないでしょ?」
「な、なんでだ?」
「だって・・・アレクがどもる時って、いつも絶対何か隠してることがあるんだもの。」
「か、隠してることなんかないぞ?」
「ホント?」
「本当だ。」
「じゃー、これ何なの?匂い袋みたいだけど・・・・匂いはしないわね。」
「そ、それはだな・・・・」
「でも、アレクがこんなの馬につけてるなんて知らなかったわ。・・・もしかして誰か女の人にもらったの?」
「そ、そんなわけないだろう?」
表情を暗くして言ったセクァヌに、焦ったアレクシードは思わず大声で言っていた。
「じゃー、なんなの?」
「そ、それは・・・・・・・」
少し気分を害したような、ショックを受けたような表情で追求するセクァヌに、アレクシードは話すことを覚悟した。照れくさくて仕方ないのを我慢して。

・・・・・・・・・・・・・・
−ポンポポーーン!−
セクァヌ11歳半、ようやく軍隊らしきものができかけていた。その日、彼らの野営地から少し離れたところにある村では収穫祭が催されていた。

「・・・抜け出して来ちゃった。」
陣を引く目的地に行く途中でその村のすぐ近くを通り、幸せだった頃を思い出して懐かしい気持ちを抑えきれなくなったセクァヌは思わず抜け出てきてしまっていた。
が、銀の姫の名は少しずつ知られてきていた。ということで、セクァヌはずいぶん前に気まぐれに買った染め粉で髪を黒くしていた。
その日、空は一面の雲で覆われていた。雨になるかもしれないが、これなら目も大丈夫だろうとセクァヌは判断していた。

−わいわい、がやがや、ざわざわ−
小さな村とはいえ、祭りは賑やかだった。広場に出店が並ぶ。セクァヌは幸せだった頃のスパルキアでの祭りの様子を思い出しながら歩いていた。

「ねー、君。どこから来たの?見かけない顔だね?」
「え?」
声をかけられ振り向くと、そこに同年齢くらいの少年が微笑んで立っていた。
「あ・・・えっと・・あっちから。」
慌てて陣営がある方と逆方向を指す。
「あっちって・・・・あはは、君、面白いね。家族で来たの?」
「あ・・・・そ、そんなところ。」
「そっか〜。一人で見て回ってるの?」
「うん。」
「ぼく、ロトって言うんだ。君は?」
「あ、私、セ・・セーヌ。」
セクァヌは、慌てて適当に言う。
「セーヌって言うんだ。ねー、ぼくと一緒に回らない?」
「う、うん。」

1つ年上だったその少年と少し話している間にセクァヌはすっかりうち解けていた。
「はい!リンゴ飴!」
「あ、ありがとう・・・えっと、お金を・・」
セクァヌはいそいでポケットを探る。
「いいよ、それくらい。」
「え?で、でも。」
「いいって、いいって。」
リンゴ飴に焼きトウモロコシ、綿菓子に金魚釣り。セクァヌは今の自分の立場を忘れ、童心に戻って楽しんでいた。

「キャホーーーーッ!」
「きゃーーーーー!」
土手で草スキーをしたり、大木に吊り下げたブランコで遊んだり。まるで楽しかった、平和だった頃に戻ったように遊んでいた。

そんなセクァヌを1人の男がそっと遠くから見つめていた。それは、誰あろう、言わずと知れたアレクシードである。

「・・・お嬢ちゃん・・・・」
セクァヌが陣営から姿を消した事を知り、心臓が止まる思いで探しにきた。祭りの雑踏の中で見つけた彼女から、幸いさらわれたわけでもないと判断し、その身勝手な行動に心底怒り、その怒りにまかせて怒鳴りつけるところだった。
が、楽しそうに少年と笑い合うセクァヌを見てそれができなかった。

「本当なら、ああやって子供同士無邪気に遊ぶ年頃だったな。」
ころころ地面に転げ、そこにはまだ男も女も関係なく、無邪気に戯れ遊ぶ。
「やはり、歳が近いということはいいものなんだろうな。」
寂しさを感じてアレクシードは呟く。
「オレではあんなに無邪気な笑い顔は作ってやれん・・・。」
一緒になって戯れるには大人でありすぎる。それはどうあがいても埋めることの出来ない年齢の差。

「年頃になったら、オレなど見向きもされないかもしれんな。」
思わずそんな考えがアレクシードの脳裏を過ぎる。
「今は、一番近くにいるから、だけなのかもしれん。」
なぜかとても切なかった。そして、どうしても声をかけることができなかった。

「わー、ここお花がいっぱい!」
「だろ?」
少年は村はずれの花畑にセクァヌを連れてきていた。
「ね・・・もしさ・・・もしよかったら、いやじゃなかったら、・・・」
照れくさそうに少年は話す。
「花冠、作ってくれない?」
「花冠?」
「うん・・・・」
「どうして?」
「あ、あのね・・・よそは知らないけど、村ではみんなやってるんだ。」
「花冠を作ることを?」
「あ、うん、そうなんだけど・・・」
じっと見つめるセクァヌに少年はしばらくもじもじと躊躇っていてから言った。
「男の子はみんな期待してるんだけど、収穫祭の日、女の子に花冠を作ってもらうんだ。」
「そうなの?あ・・でも私、作り方知らない。」
申し訳なさそうに言うセクァヌに、少年は少し残念そうに笑って答えた。
「じゃー、覚えたら作ってくれる?」
「いいわよ。」
にこっと答えたセクァヌを、少年はしばらく見つめていた。
「ごめん!」
「え?なーに、急に?」
「君があんまりかわいいから・・・この村の子じゃないから・・黙って頼んじゃったけど・・・・・」
「けど?」
「うん、村ではね、女の子が男の子に花冠をあげるのは、『お嫁さんにしてください。』っていうことなんだ。収穫祭の時は、大人の女の人たちもそうしてる。だから・・・・・」
「あ・・・・・・」
「ごめん!ホントは頼んじゃいけないことだし。でも君がくれたらいいなって・・思っちゃったから・・・」
顔を赤く染めて少年はセクァヌに謝った。
「私・・・・」
「いいんだよ、気にしなくて。ねー、もう一回広場に行こっ!」
「あ・・うん!」
『お嫁さん』その言葉で、セクァヌはアレクシードを思い出していた。
(どうしよう?すぐ帰るつもりだったのに・・・今頃怒って探してるわよね?)
とは言え、少年を無視して野営地へ戻るわけにも行かない。セクァヌはもう少し少年につきあうことにした。

「ねー、今この近くに銀の姫様がいらしてるの知ってる?」
「え?」
広場に戻り、その賑やかさの中で石の上に腰かけて休んでいた。
セクァヌは少年のその言葉にびくっとする。
「まだぼくたちとあまり変わらないくらいの女の子なんだって。すっごくかわいくて、銀色の髪と銀色に輝く瞳で、お日様の光を弾けば金色に見えるんだって。ぼくね・・ぼく、もう少し大きくなったら軍隊へ入って銀の姫様の為に働こうと思ってるんだ。」
「え?」
ドクン!とセクァヌの心臓が大きく打った。
「ぼくの兄さんはね、兵士として軍に入っていたんだよ。」
「そ、そうなの?」
「うん。」
少し寂しそうに少年は続けた。
「1ヶ月前、戦死しちゃったけど・・・」
ーズキン!ー
その瞬間、心臓が止まるかと思うほどセクァヌは心が痛かった。
「だから、だからね、今度はぼくが代わりに軍隊に入って、姫様のお役に立つんだ!ぼく、スパルキア一、ううん、大陸一の戦士って言われるアレクシード様のようになるのが夢なんだ!」
少年は目を輝かせて言った。
「で、でも・・・・・・」
「とーさんもかーさんも言ってる。みんなが幸せに暮らす為にはガートランドに立ち向かわなきゃって。みんなが一つになって頑張らなくっちゃいけないって。だから、ぼくも頑張ろうと思ってるんだ。」
「ロト・・・・」
勝ち進んでいるといっても、全く犠牲者がないわけではない。それはセクァヌもよく知っていた。自分は幸い命があるだけだと。アレクシードが自分の身を盾にして守ってくれているから。
「憎くは・・・ないの?」
震える声でセクァヌは聞いてみる。
「誰が?ガートランド?」
「ううん・・・そ、その姫様。」
「なんで?姫様は平和になるように戦っておられるんだよ。憎いなんて思ったりしないよ。・・・そりゃー・・・兄さんが死んだのは悲しいけど・・・。」
「ロト・・・・・・・」


ポツリ、ポツリと雨が降ってきた。
「あーあ・・ついに降ってきちゃった!曇りでもいいから今日一日は降らなければいいと思ってたのに。」
少年は空を見上げて残念そうに言った。
−ザーーーーーーー−
雨は一気にその雨足を速めた。
「いけないっ!風邪ひいちゃうよ!宿はどこ?送っていって・・・・・」
そう言いながらセクァヌを見た少年は自分の目を疑った。
同じように空を見上げている少女。両の手のひらに雨を受けているその少女の黒かった髪が雨に濡れ、黒い雫が下へ流れるのと同時に上の方から銀色に変わって来ていた。

「いかん!」
それに気づき、我先に家路につこうとする村人の間を、アレクシードは馬を駆ってセクァヌに向かっていく。

「き、きみ?」
あまりにもの驚きで、それ以上言葉も出ず、大きく目を開いて少年はセクァヌを見つめた。

「お嬢ちゃん!」
「姫ッ!」
ちょうどそこを通りかかったシャムフェスもセクァヌを見つけ駆け寄る。
「姫、今までどこにおられたのです?」
「シャムフェス・・・アレク・・・」
「お嬢ちゃん、風邪ひくぞ。」
差し出されたアレクシードの手を握り、セクァヌは馬に乗る。
「あ・・・・・・・」
少年は驚きの上にまた驚き、口も利けずに立っていた。銀の姫と憧れの戦士アレクシードと名参謀シャムフェス。普通では手の届かない憧れの人物がそこにいた。

「ロト、今日はありがとう。楽しかったわ。」
馬上、アレクシードの腕の中で微笑みながら礼を言って去っていった光景は、その日のセクァヌとの思い出と共に少年の心から消えることはなかった。


そして・・・
「はい、アレク!」
「ん?なんだ?」
翌日、セクァヌはレブリッサから作り方を教えてもらい、その作った花冠をアレクシードに差し出す。
「は?・・・もしかしてオレにこれを付けろと?」
(ガキの遊びじゃあるまいし・・・それにオレに、オレの歳でこんなの付けたら笑いのタネだぞ?)
アレクシードの表情で、彼の考えていることがわかったセクァヌの顔から笑みが消える。
「あ・・・だからな、お嬢ちゃん?」
慌ててアレクシードが言い訳しようとしていたところにシャムフェスが来る。
「ほほー・・花冠ですか、姫?」
「そうなの。でも、アレク、いらないみたい。」
寂しげに言うセクァヌに、シャムフェスはにっこりと笑う。
「それでは私にいただけませんか?姫のお手によるもの。ずっとつけさせてもらいますよ。」
「そう?」
一瞬嬉しそうな顔をして、そして、再びセクァヌは沈む。
「ダメ。・・・これはアレクの。」
「どうしてです、姫?」
残念そうにシャムフェスが言う。
「だって、花冠は好きな人へあげるんだもの。『お嫁さんにしてください。』っていうことなんだもの。」
(なぬーーー?!)
心臓が止まりそうになって言葉を失うアレクシード。そんなアレクシードをシャムフェスは面白そうに見、その言葉にそれぞれ自分のやるべき事をしていた周りの兵士らの視線がそこへ集中する。
「残念ですね、姫。私ではダメなんですか?」
「ごめんなさい、シャムフェス。だって私は1人しかいないから、2人のお嫁さんにはなれないわ。それに私、アレクが一番好き。」
(おおーーい、お嬢ちゃん・・・ギャラリーいるんだぞーーー・・・)
アレクシードの焦りと心の声が聞こえるようで、シャムフェスは必死で笑いを堪えていた。
「アレク、早く受け取ってやれよ。今をときめかす銀の姫君からのプロポーズだぞ?!」
顔を近づけ小声でアレクシードを急かす。
(人ごとだと思って楽しんでいやがって!)
ぎろっとシャムフェスを睨み、それでもアレクシードは照れながらもセクァヌの前に跪き、花冠をのせてもらう。
「アレク、素敵!神話に出てくる男神様みたいよ!」
当分シャムフェスにからかわれるな、と思いつつ、アレクシードはセクァヌを抱き上げて早々にその場を後にした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「覚えてないか、花冠?」
その時の事を思い出しながら、アレクシードはセクァヌに微笑んだ。
「もちろん覚えてるけど・・それとそれが?」
小袋の口を開けると、セクァヌの手を取り、アレクシードはその中身を少し彼女の手のひらに出して言った。
「枯れてしまっても捨てるのがもったいなくてな。」
そこには枯れて小さく粉々になってしまった花冠のなれの果てが入っていた。
ガラにもないことをしてしまった、とアレクシードは照れる。
「アレク・・・・・ああ、アレク、大好きよ!」
セクァヌは溢れる幸せを感じ、アレクシードに抱きついた。

 

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