### その11・思い出の胡弓(1) ###

 「どうじゃの、姫、この後街へ出かけられては?」
朝食の席で、レイガラント王がセクァヌに話し掛ける。
「はい、そうさせていただきます。」
「では、輿を用意させるとしよう。それから、王子もご一緒してよろしいかな?」
にっこりと微笑むとセクァヌは答えた。
「ありがとうございます。でも、私そういったものには慣れてませんし、それにもう約束がしてありますので。」
「約束?」
「はい。せっかくこうして立ち寄ることができた美しい街、愛しい人と回ればもっと美しく映り、また一段と楽しいのではないか、と。」
ぶほっ!
少し控えた位置でやはり食事をとっていたアレクシードの喉が詰まる。もう少しで口の中のものをすべて吐き出すところだった。
(お、お嬢ちゃん・・なんてこと言うんだ・・会食とはいえ、公の場だぞ?)
シャムフェスが面白そうにそんなアレクシードを見る。
(面白がってないでお嬢ちゃんをとめてくれ!)
胸をドンドン叩きながら目で言うアレクシードをシャムフェスは笑うのみで無視する。
(シャムフェス!)
(いいじゃないか、ホントのことだろ?)
意地悪そうに見つめたシャムフェスの目はアレクシードにそう言っていた。

「愛しい人というのは・・・・姫の・・その、確か心に決めた方という・・・?」
レイガラント王もあまりにも素直に言ったセクァヌに呆気に取られていた。
「はい。」
セクァヌの微笑に、王も何も言えない。
しばらく沈黙が広間を覆っていた。そして、ようやく王が口を開く。
「姫にそこまで思われているお方はいったいどのような方なのじゃ?我が王子ではたちうちできぬとな?」
「王子もとてもやさしくよくしてくださいます。でも、私はもう随分前からその方だけと心に決めております。」
うぐっ・・・・」
「大丈夫か、アレク?」
シャムフェスが笑いを堪えながら水を差し出す。
場所が場所なだけに、いつものように怒鳴ってやめさせるわけにもいかない。アレクシードは冷や汗をかいていた。
「ううむ・・・残念じゃが、そこまではっきり申されてはどうしようもないの。わっはっはっはっ!」
「申し訳ございません。」
「いやいや、女性は好きな殿方と一緒が一番じゃ。のう、妃や。」
王の言葉を受け、王妃はにっこりと微笑む。
「でも、本当にどんな方なのでしょう、銀の姫をこれほど熱くさせてみえる方とは。」
「うむむ・・・・一番近いのはやはり護衛についているアレクシード殿か?・・それとも参謀のシャムフェス殿・・・あたりであろうか?」
ぎくっ!・・・め、めざとい!、とアレクシードの焦りは募る。
それには答えずにっこりとセクァヌは微笑む。
「じゃがそうなら、はっきりさせておいたほうがよいぞ、姫。」
「え?」
「そのようにお美しいのじゃ、成長されるに従って、ますますそういった話も多くなる。断るのにひと苦労しますぞ?」
「そうでしょうか?」
「やれやれ・・姫はご自分がいかに魅力的か自覚されとらんとみえる。」
わっはっはっはっ!と王は高らかに笑う。
「私は・・・私の気持ちは決まっているのですが・・・」
「姫・・・まさか、姫がこれほど思ってみえるのに相手の殿方はそうは思っておられぬと?・・・そのようなこともないであろう。」
少し沈んだような表情をして小声で言うセクァヌに王は驚く。
もう我慢できん!ザッと立ち上がろうとしたアレクシードをシャムフェスは小声で制する。
「落ち着け!」
「落ち着いて聞いてられるか?」
「じゃーどうするんだ?王の面前でオレがそうだと断言するか?」
「う・・・・・・い、いや、それはだな・・・・」
「しかし、断言してもいいんじゃないか?姫の気持ちははっきりしてるんだ。あとはお前が・・」
「バカ言うな!そんなことできるか?!」
「なぜだ?」
「なぜって・・・お前・・・・」
そういえば、隠しておく必要はなにもない。アレクシードはその事に今更ながら気づく。それにスパルキア陣営では末端の兵士でもそう思っているはず。
が、そう自分に問いただすといつも答えが返ってきた。単に近くにいるからそう勘違いしているのではないか、と。今はオレだけを見ているが、成長していく途中、どう変わるかわからない。今それをはっきりさせて縛り付けてもいけないのではいか、女として成長したとき相手がオレだとは限らない、という不安があった。
「お前がそんなに臆病だとは思わなかったぞ?」
アレクシードの心を読んだシャムフェスは呆れた視線を投げかける。
「他の男へ目がいかないように絶対の自信と愛で包み込んでやればいいじゃないか?」
(オレはそんな臆病者に恋を譲ったつもりはない。)とシャムフェスは心の中で呟いていた。
「オレはお前のように上手くは・・・・」
「じゃー、そう思ってろ。姫はオレがもらう。」
「な?!」
何をいきなり?!と驚くアレクシードなど無視し、シャムフェスはすっと立ち上がると姫の横へと進み出る。
「姫、そろそろ街へまいりませんか?」
「え?・・・・シャムフェス?」
「おお、やはりそうであったか。」
王は上機嫌で自分の推測が当たったのを喜ぶ。
「姫、行ってきなさるとよい。戦の合間の一時、思う存分甘えてこられよ。」
レイガラント王は、まるで自分の娘に言い聞かすようにやさしく言った。
「あ、でも・・・・」
「さーさー姫、せっかく名乗りでてくれたナイトにそのような態度を取られては。のー、シャムフェス殿?」
「王の御前で不躾かとは思いましたが。」
「いやいや、焦る気持ちもわかるというものじゃ。なんといっても銀の姫じゃからのぅ。わっはっはっはっ!」
「では、失礼致します。」
深々と王にお辞儀をすると、シャムフェスはセクァヌにすっと手を差し出す。
「シャムフェス・・・・?」
シャムフェスの行動が理解できずセクァヌは目の前でやさしく微笑むシャムフェスの緑色の瞳をみたまま動けなかった。
「失礼!」
「きゃっ?!」
その状態で、不意に横から抱き上げられ、セクァヌは驚いて小さく声をあげる。
「ア、アレク・・・」
どうやらアレクシードの堪忍袋の尾が切れたらしい。抱き上げられたセクァヌの目に映った顔は不機嫌そうなアレクシードの顔。
「無礼の段、平にご容赦を。」
セクァヌを抱いたまま、レイガラント王に礼を取ると、アレクシードは大幅に歩いてそこを後にした。
「は?」
「ぷっ・・・・くくくっ・・・ぶはははははっ!」
呆然とするレイガラント王夫妻と笑い始めるシャムフェス。
「まったく・・・ようやくその気になったか。」
「シャムフェス殿?」
「あ、いや、王には失礼致しました。実は、姫とアレクシードの事は陣営内では周知のことなのですが・・・肝心のアレクシードが今ひとつ態度をはっきりせず、要らぬ事とは思いつつ、この場をお借りして最終手段に出たわけでして。」
「なるほど。」
「戦になれば鬼神のごとく勢いで敵をなぎ倒していくのに、姫の前だとまったくもって借りてきた猫のようで。」
「うむ、その気持ち分からぬでもない。」
わはははは!、としばし広間は和やかな雑談の場となった。


「あ、あの、アレク?・・・私、歩けるからそろそろ降ろして。」
セクァヌのその言葉も無視して彼女を抱いたままアレクシードは厩舎へと向かう。
そして、セクァヌの愛馬にすとんと彼女を乗せると後ろに飛び乗る。
「街へ行くんだろ?」
常に荷袋に入れてあるフードを取り出し、セクァヌに羽織らせると馬を駆った。

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