### その11・思い出の胡弓(2) ###

 城の外へ出、街の中心地にある広場の入口に馬を繋ぐと、2人は歩いて回ることにした。

−わいわい、がやがや−
様々な露天商が並ぶそこは買い物客などで賑わっていた。
「迷子になるなよ。」
アレクシードはセクァヌの肩に手を回し、そっと引き寄せる。
「はい。」
セクァヌにはそれがたまらなく嬉しく思えた。

「そこの戦士のお兄さん!恋人に一つどうだい?」
通りを歩く2人に元気な装身具を取り扱っているらしい店の女主人の声が飛んだ。
「ちょいと、お兄さんってば!」
自分のことをさしているのではないと思い、そ知らぬ顔をしているアレクシードの目の前に髪飾りを差し出す。
「これなんかどうだい?今日入荷したばかりの銀の髪飾り。」
「オ、オレか?」
「他に誰がいるってんだい?」
そう言われて周りをみる。ちょうどその時は他に連れ立ってあるいている男女は近くにはいなかった。
「女将さん。」
「なんだい、お嬢さん?」
「恋人に見える?」
「ああ、見えるともさ。さっきから大事そうにあんたを抱えるようにして歩いてるじゃないか?恋人でなけりゃなんだってんだい?」
ほがらかなその女主人は、にっこりと笑って言った。
「あ、いや、オレは・・・」
アレクシードがどもりながら答える。
「なんだい、いい体して照れるんじゃないよ!この色男っ!」
「あ・・だから・・・」
「ああ、気にしない気にしない。女の子はすぐ大きくなるさ。今はそう思ってても年の差なんてすぐ気にならなくなるってもんだよ!それよりも何か一つどう?髪飾りじゃなきゃ、こっちの腕輪とか?今ね、銀の姫様がいらしてるだろ?その影響で銀製のものが飛ぶように売れててね、どうだい、彼女に?」
まいったな、といった顔でアレクシードはその腕輪を受け取る。
そういえば、とアレクシードは思い出す。国土はないにしても仮にも族長なのだ、族長と言えば国主。それなのにセクァヌには何一つ身を飾るものはなかった。甲冑と剣・・・身の回りにあるのはそんなものしかない。
「そうだな、銀製の髪飾りを買っても目立たないしな・・・こっちなら。」
「目立たないって・・・・あ、あんた言うねー・・。」
朗らかに笑う女主人に、アレクシードは訳がわからずぽかんとする。
「銀の姫様みたいだと言いたいんだろ?銀の髪に銀製じゃ目立たないって。」
そして横にいるセクァヌをあごで示す。
「まったくお熱いったらないねー。でも、女としちゃ嬉しいね、銀の姫様みたいだって思われてるなんてさ。」
バッチン!とセクァヌに女主人はウインクする。
(いや、本物なんだけどな。)
とアレクシードは心の中で呟く。
「いいねー、ホントに愛されてるって感じで。うらやましいよ。」
「あ、いや・・・その・・」
「今更照れるんじゃないよっ!」
ぽん!とアレクシードの背中を叩くと彼の手から腕輪を取り、セクァヌの手を求める。
「あ・・・・」
腕輪をはめてくれるのだろうと思われた。が、セクァヌは腕が出せなかった。彼女の腕はあちこち傷跡があり、そんな腕を見せたら驚くに決まっていた。セクァヌは思わず後ろへ腕を回して隠す。
「ああ、待ってくれ。腕輪より、そうだな、こっちの首飾りの方をみせてくれないか?」
女主人がセクァヌのその態度を不思議に思わないうちに、アレクシードは言った。アレクシードはセクァヌの腕に傷があったことなど忘れていた。それもそのはず、そんなものは全く気にならなかったからである。が、初対面の者にはそうもいかないだろう、そのことに気づいたアレクシードは女主人の注意を慌てて近くにあった首飾りに向けさせた。
「ああ、そっちは本物の石も入っていてね、お値打ちだよ。」
女主人はにこにこして答える。
セクァヌもほっとして首飾りを見る。
「いらっしゃい!どう?お連れさんに?」
女主人はアレクシードとセクァヌがあれこれみているのに微笑んでから、通りかかった別の男女を呼び込む。
「ねー、アレク・・・高くない?」
「どうかな?こういうものは買ったことがないからな。」
「でも、これを買うだけのお金があれば兵士2、3人の1か月分の食料は確保できるわよ?」
「は?」
真剣な表情で値札を見ていうセクァヌに、アレクシードは唖然とした。
(お、男から買ってもらうというのに、兵士の食料と比較するか、普通?)
「あ・・・と、いけなかった、私?・・・ごめんなさい。せっかくアレクが買ってくれるって言ってるのに。」
アレクシードの表情からそのことを察したのか、すまなさそうな顔をする。
「いや、そんなことはないが・・・・。」
「私、入口付近にあった安いものでいいわ。」
「だめだ、あれじゃみるからにその辺のガラスだぞ?お嬢ちゃんには合わない。」
「でも・・・・」
「オレたち兵は、きちんとそれなりの給金ももらってるんだ。それくらいじゃ痛くも痒くもないさ。」
「アレク。」
「女将、これを。」
「あいよ!」
「あ!そっちは3倍・・・・・」
アレクシードが女主人に差し出したのは、水晶をちりばめた三重の純銀製の首飾り。思わず口にしたセクァヌをアレクシードは軽く睨む。勿論怒ってではない。
「はい、毎度!」
釣を受け取りながらアレクシードは包んでくれない事を不思議に思いつつ、首飾りを見つめる。
「ああ・・・包むんだったのかい?・・・だけどね、待ってる恋人に贈るんならそうもするんだけどさ、一緒にいるんだから、ね!」
ここでつけてあげないって法はないよ!と女主人は目で言っていた。
「だが・・・」
「ああ〜もう!じれったいねっ!兄さん、腕っ節はよさそうだけど、女にかけちゃぜんぜんだめだね?」
「ぷっ!」
それを聞いてセクァヌは思わず笑いをもらす。
「ほら、かわいい恋人も笑ってるよ。」
「あ・・・・で?」
「『で?』じゃないよ、ほら、つけておあげ!」
が、つけるためにはフードをとらなくてはならない。店内には結構客はいる。
「奥を借りていいか?」
「は?」
女主人は言われたことのないことを言われ目を丸くする。
「うちは連れ込み宿はやってないよ!」
「そ、そうじゃなくて・・・・」
アレクシードの顔は赤くなっていた。
「ね、アレク、連れ込み宿って・・なあに?」
セクァヌのその言葉で、ますますアレクシードの顔は赤くなった。が、日に焼けているのでほとんどわからないようなものでもあった。
「あ、あはははは!」
女主人は大笑いする。
「そこの奥の部屋でつけておあげ。よほど他の男にみせたくないかわいい子なんだろ?」
そんなに日差しが強いわけでもないのにしっかりとフードをかぶらせて、と女主人は言った。
「・・そ、それは・・・」
アレクシードはどう答えたらいいか分からなかった。
「まだ手をだしちゃいないってのが気に入ったよ。特別サービス!」
小声でアレクシードに耳打ちすると、女主人はにこやかに微笑む。
「ま、まいったな・・・・」
女主人の言葉に動揺しながら、アレクシードは店の奥の部屋でフードを取り、セクァヌにその首飾りをかける。
「お嬢ちゃん・・。」
「似合ってる?」
「ああ、とっても。」
「ありがとう、アレク。」
嬉しそうに抱きついてきたセクァヌをアレクシードも満足げに抱きしめた。


「あ・・あれは?」
相変わらず賑やかな通り、並んでいる店の中の1件に、セクァヌは見覚えのある楽器を目にした。
それはスパルキアの民族楽器であるスルアと呼ばれる胡弓。
アレクシードの左腕を持っていた両手を離し、セクァヌはふと立ち止まってそれに見入る。

「いらっしゃい!」
店の主人は威勢良く返事をしたものの、背格好からまだ子供だと判断して、ちっと横へ唾を飛ばす。
「あの、これ?」
セクァヌはそんな主人の態度には気づかず、目がとまった胡弓を指差す。
「ああ、それか?それは確かスパルキアの楽器だったと思ったが。神事の時それを奏でて歌と共に奉納する・・・とかだったな、確か。」
「あの、今持ってないんですが、後で払うことはできますか?」
「は〜あ?」
せっかく客だと思ったのに、ガキだった上に文無しか?そう思った店主は思いっきりぶっきらぼうに答える。
「悪いが現金払いが建前なんでね。」
「だめでしょうか?」
「ダメダメ!」
「では、取りに行ってきますので、とっておいてくれますか?」
「ダメだね、こちとら商売なんだ。欲しい人がいれば売るに決まってるだろ?早い者勝ちだよ。」
しばらく胡弓を見つめてじっとしていたが、そう言えばアレクシードと一緒だったことを思い出す。人ごみと何気なくすっと離れてしまったので気づきもせずアレクシードはそのまま歩いていってしまったらしい。気づけば探すはず。
「では、そのうち連れが来ると思いますので、それまで待たせてもらえますか?」
「ああん?冷やかしはお断りだよ?」
店主は完全に気分を害していた。
「冷やかしじゃありません。」
「冷やかしじゃなきゃなんなんだよ・・・ったく・・・・」
ぶつぶつ文句を言いながら店主は奥においてあるイスに座る。
セクァヌは一旦店の前へ出てアレクシードの姿を探してみる。が、それらしき姿はない。
「あの・・・」
「なんだい、まだいたのか?」
「ちょっとでいいです、手にとってみたいのですけど。」
「はー?売り物なんだぞ・・・・・」
(触っていいはずないじゃないか!)と言葉を続けようとした店主は、ちらっと投げたその視線にセクァヌを捕らえ、彼の顔は青ざめ引きつった。
ガキの文無しのはずだった少女は上段に飾ってある胡弓を見つめ、ゆっくりとフードを外しているところだった。
少しずつあらわになってくる銀色の髪、胡弓を見つめる瞳が、外から差し込む光を弾き金色に輝く。
(ヒ、ヒェーーーーーー!)
店主は声にならない悲鳴をあげて壁にくっついていた。
(ぎ、銀の姫がーーーーーーーーー・・・・・・・・)
「どうしてもだめですか?」
店主の方を向きセクァヌは今一度聞く。
「い、いえ・・・・め、めっそうもございません・・・・い、いまお取りしますから、お、お待ちを・・・」
ほうほうの体でなんとか答えると、店主は急ぎはしごを持っていき、全身が震えてはしごから落ちそうになりながら、胡弓をそっと取ると、セクァヌの前に跪き、うやうやしく差し出す。
「ありがとう。」
それまでの自分の行動を思い、スパルキア軍に分かったら殺されてしまうかもしれないと、恐ろしさでぶるぶる震えながら彼女を上目遣いでちらっと見た店主に、セクァヌはにっこりと微笑む。
「は、はーーーーーーー」
その場にひれ伏すと、奥から客用のイスを持ってくる。
「ど、どうぞ、姫様。」
「ありがとう。」
イスにすわるとセクァヌは胡弓をその膝に乗せる。
「そうだわ。確かにこれは私の・・・」
胡弓の側面についた小さな傷。それは遠い昔幼いセクァヌが転んでつけた傷跡。その頃の幸せだった日々にセクァヌの思いは飛んだ。何不自由なく暮らしていた日々。みんなに囲まれ幸せな毎日を送っていた日々。胡弓は幼いときから代々族長の家に伝わる歌と共に母から習っていた。セクァヌはこの偶然を嬉しさと懐かしさと悲しみとが混ざった複雑な思いで受け止めていた。
「そう、最初は・・このくらいの音・・・」
その旋律を思い出しながら、セクァヌは弾いてみる。
「それから、次は、こんな感じで・・・・・・」
不思議な余韻を醸し出す旋律だった。心が洗われるような、そして、引き手の心を表すのか少し悲しいような余韻を持つ旋律、澄んだ音色。


いつの間にか店の前に人だかりができていた。それは勿論セクァヌの弾く胡弓の音に引き寄せられてきた人々だった。胡弓の音色と、そして銀の姫の姿に人々は心を奪われ、一言も物を言わずセクァヌの演奏を凝視していた。

「ちょっと道を空けてくれないか?」
人だかりの後方にいた数人は、なんで空けなくちゃならないんだ?とガンを飛ばすように鋭い視線で振り返り、自分達より一層鋭い眼光を浴びて咄嗟に道を空ける。
それはセクァヌとはぐれたアレクシードだった。横にセクァヌがいないことに気づいたときから真っ青になって通りを探していたアレクシードは、聞き覚えのある音色を耳にし、それを辿ってここへ来た。
店内を見ると、セクァヌが胡弓を弾いている。その瞬間飛び込んで怒りのまま怒鳴ってやろうと思った。が、人垣があったのと、かすかだったが、悲しみを感じさせる音色が混ざっていることに気づいてできなかった。思わずセクァヌを見つめつつ、しばらく聞き入ってしまう。が、ずっとそうしているわけにもいかない。アレクシードは割って入ることにした。

「お嬢ちゃん。」
「アレク。」
目を閉じて胡弓を弾いていた手を止め、セクァヌはアレクシードの姿にほっとする。
「アレク、これ。」
「ああ、わかった。」
買いたいのだと瞬時にして悟ったアレクシードは、店の奥に座っている店主のところへ行く。
「あれはいくらだ?」
「あ・・い、いえ、め、めっそうもございません。あ、あれは、姫様へ差し上げますので・・ど、どうか命ばかりは・・・・」
「そういうわけにもいかんだろう。」
「アレク。」
アレクシードはセクァヌが持ってきた胡弓の正札を見、その分の金を置くと、彼女を抱き上げ片腕に抱く。
「迷子になるなって言っただろ?」
「ごめんなさい、だってこれが見えたからつい・・・。」
ふ〜〜〜っとため息をつくとそのまま店の外へと出る。
人々は慌ててアレクシードの前に道を空ける。
(今更かぶらせても仕方ないだろうな。)
馬を繋いだところまでそのまま行くしかないと判断したアレクシードは、片腕にセクァヌを抱えたまま歩き始めた。


「おおーーい!銀の姫様だ!銀の姫様が通られるぞ!!」
通りは一目銀の姫を見ようとする人だかりであっという間に一杯になった。まるで凱旋のパレードを迎えるかのように道筋に人垣ができていた。
その中をスパルキア、いや、大陸一の戦士といわれるアレクシードが、銀の姫をその片腕に乗せ歩いていた。

「あ、あれ?あれはさっきの戦士の兄さんじゃないかい?」
アレクシードが首飾りを買った店の女主人もその一人だった。
「・・・・え?・・・・・ええ〜〜〜?あ、あの女の子は・・・あの・・首・か・ざ・り・・・・という・・ことは、・・・・あの女の子が・・・銀の姫様・・・・・?」
『銀製の髪飾りを買っても目立たないしな・・』
アレクシードの言葉を思い出す。
確かに銀の髪飾りなど目立つはずはない。両目を閉じている今、戯れる風に揺れ、所々光を弾いて輝くその銀の髪ほど美しいものはない。
「ひ、姫様と・・・アレクシード・・様・・・・。」
2人とのやりとりが、女主人の頭の中を何度も何度もかけめぐっていた。


そして、今少し城に滞在をというレイガラント王の申し出を丁重に断り、セクァヌは野営地へと戻った。

その日からスパルキアの野営地は、時々胡弓の音色に包まれた。温かく、そして少しせつなさを含む音色。その音色と不思議な旋律に誰しも魅了され、そして故郷を思い出し、時として涙する。
そして、どんなに疲れていてもその音を聞くと癒されていく、そんな感じを受けた。


戻るINDEX進む