### その13・精霊恋歌(2) ###

 −カポ、カポ・・−
アレクシードはセクァヌを自分の馬に乗せ、テントへ向かっていた。
馬を駆りゆっくりと進む。前に座っているセクァヌの後姿を見ながら、つい今しがた見た光景を思い浮かべていた。いや、浮かべていたというより、アレクシードの頭から離れなかった。幻想的なセクァヌの美しさと、舞い降りる精霊王・・・そして・・・
(どうかしてる、オレは。)
アレクシードはその幻想を頭から追い払おうと必死だった。
(お嬢ちゃん・・・・)
たまらなく愛しかった。アレクシードは乙女のセクァヌに酔いしれていた。
(お嬢ちゃん・・)
セクァヌの身体に添えている片手に思わず力が入る。
「どうしたの、アレク?」
「い、いや、なんでもない。」
「へんなアレク。」
ふふっと笑ってセクァヌは再び前を見る。
アレクシードの頭では警鐘が鳴り響いていた。
(ダメだ、まだ早い。まだお嬢ちゃんは性を認識してない。)
が、脳裏には精霊王に抱き寄せられるセクァヌの姿が映る。
(何を言ってる。精霊王に連れて行かれてもいいのか?お嬢ちゃんはオレのものなんだぞ!)
(そうだ、オレのものだ。だが、まだ早い・・・オレは・・)
自問自答している間も精霊王とセクァヌの姿はよりいっそう鮮明に脳裏に浮かび上がる。
『性を認識していないのなら、教えてやればいい。』シャムフェスの言葉が頭の中で響く。
(ダメだ!今のお嬢ちゃんの顔を見ただろ?まだ幼さの残るあどけない表情とお前を信じきっている瞳を・・。)
が、それにもまた愛しさを感じる。勢いよく燃え盛る嫉妬の炎と共に、熱くたぎるものが身体の芯から沸き立ってくる。アレクシードは無意識に馬を止めた。
「アレク?」
急に馬を止めたアレクシードにセクァヌはどうしたのかと振り向く。
(ダメだ!)
その直前、確かにアレクシードは自制しようとした。が、全身を駆け巡る熱い思いにそれはかき消された。
セクァヌの身体に添えてあった手にぐっと力を入れ抱き寄せ、手綱を放したもう片方の腕と共に抱きしめながら、セクァヌの唇に自分のそれを重ねる。
「ィヤ・・」
驚いたセクァヌは、アレクシードの唇から、その腕から、逃れようともがく。が、アレクシードは逃げる唇を追いかけ、そして彼女の身体を身動きできないくらいきつく抱きしめる。
−ジャッ!−
「!」
無意識にアレクシードの短剣の柄に触れたセクァヌの手がそれを引き抜いていた。咄嗟に彼女を放すことによってその刃を避けたはいいが、その事で冷静さを取り戻したアレクシードはその現状に地獄へ突き落とされる。
目の前のセクァヌは、恐怖に染まった瞳に溢れこぼれんばかりの涙をため、震えていた。
「お・・・・」
お嬢ちゃん、と声をかけようとした瞬間、セクァヌは馬から飛びおり、そこに短剣を落として闇の中に走りこんでいった。
「オ、オレは・・・・・・」
アレクシードは頭をかかえ後悔していた。


「バカだな・・・大バカ野郎だ、オレは。」
テントに戻っているかどうかをレブリッサに確認すると、アレクシードは野営地の外れで大木にもたれかかって一人ぼんやりしていた。
「お嬢ちゃんの性格だと・・もう近寄らせてもくれんな・・・いや、目も合わせてくれないか・・・。」
大きくため息をつく。
「確かにやめようと思ったんだ・・・まだ早いと・・・思ったのに・・その結果がこれだ。」
どうしたらいいのか、と一人悩んでいた。


アレク・・・
背後でセクァヌの声がしたように思い、慌ててアレクシードは振り向く。
少し離れた木の陰に彼女は立っていた。
「お嬢ちゃん!」
そう叫んでアレクシードが立ち上がると同時に、セクァヌはびくっとする。
(お嬢ちゃん・・・・・)
それを見て、すぐにでも近づこうとしたアレクシードは足を止める。
「あ、あの・・・・」
泣いていたのか目が真っ赤だった。
セクァヌは、消えるような震えた小声で話した。
「ご、ごめんなさい、アレク・・・わ、私いつまでたっても子供で・・・」
「お嬢ちゃん・・」
それを聞いて無意識に1歩足を進めたアレクシードに、セクァヌは再びびくっとする。それを見てアレクシードは今は近づくべきじゃないと判断した。
「もう呆れて嫌われてしまったかもしれないけど・・でも、でも私・・アレクがいなくなったら・・アレクに嫌われたら・・・・」
「お嬢ちゃん・・」
「だから、お願い、嫌わないで。こんな・・こんないつまでたっても子供の私だけど・・お願い、アレク・・・・」
涙を両目にためてセクァヌは懇願する。
「お嬢ちゃん・・・」
オレの方が悪いのに、とアレクシードはたまらなくなり、無意識に近づいていた。
「お嬢ちゃん。」
逃げないのを確認し、アレクシードはそっとセクァヌの肩に手をかけた。その瞬間びくっとしたものの、抵抗する気配がないことに安心し、それでもおそるおそる腕を回し、ゆっくりとそしてそっと抱きしめる。アレクシードの腕の中で、小刻みに震えるセクァヌの全身が、つい今しがたのあの恐怖を必死になって堪えていることを物語っていた。

「オレの方こそ悪かった。もう二度とあんなことはしない。」
その震えが収まるまでしばらくそのままじっとしていてから、アレクシードはやさしく言った。
「二度と?」
「ああ。」
「じゃー、もうお嫁さんにもしてくれないの?」
「お?」
いきなり突拍子もないことを言われ、アレクシードは言葉を失う。
「アレク・・」
再び溢れでてきた涙に焦り、アレクシードは慌てて言葉を付け加える。
「あ、い、いや・・・そうじゃなくて・・」
(全くこのお嬢ちゃんは事が分かってるのか、分かってないのか・・・)
呆れながらもアレクシードは続けた。
「そうだな、お嬢ちゃんの気持ちも考えずに、あんな乱暴なことは二度としない、と言うことだ。」
「じゃー、お嫁さんにしてくれる?」
「勿論だ。」
すっと彼女をいつものように片腕に抱き上げ、アレクシードは微笑んだ。
「いつ?」
そう聞かれ、しばらく考えてから言った。
「そうだな・・・20、いや、18位でいいか?」
「18・・・私、大人になってるかしら?」
「大丈夫、オレが保証する。」
(いや、そこまで待たなくてもいいんじゃないか?)アレクシードはついそんなことを思った。が、言ってしまってからでは遅い。自分が言った事とはいえ、16位にしておけばよかったかも?と後悔したことは確かだった。18の誕生日まであと約3年半・・・そう考えたらものすごく遠いような気がした。


翌日、共に並んで軍の先頭を進んでいると、不意にセクァヌが持っていた中剣をアレクシードに差し出した。
「なんだ?」
「18になるまで持ってて。約束を忘れないように。」
「わかった。」
アレクシードはその銀の中剣をぐっと腰にさすとセクァヌを見つめた。


これで終わりか?と思った出来事も意外にもセクァヌからの歩み寄りで解決し、元に戻った。が、それ以後、セクァヌの態度が変わったことも確かだった。前のように自由奔放にアレクシードに抱きつくことも、そして、膝の上で昼寝することもしなくなった。
多少、寂しい気もしたアレクシードだが、それも成長の過程なのだから、また1つお嬢ちゃんが大人になったってことさ、と喜ぶ彼もそこにいた。

が・・・なんで18なんて言ってしまったんだ?
その後悔は時々彼を襲った。

 

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