### その8・恋敵出現? ###

 「姫!」
陣営の中を散歩するセクァヌの姿を見つけ、カシュランが走り寄る。
そこはスパルキアの陣営。和議を結んだサクールは兵500騎と王子であるカシュランをよこしてきていた。
「何か、殿下?」
「あ、いえ・・・別にこれといった用ではないのですが・・・」
頭をかきながらその優しい顔立ちと優雅さを持つサクールの王子カシュランはセクァヌの前に立って微笑む。
「散歩ですか?」
「散歩というほどのものでもありませんが。」
「あ、あの・・・もしさしつかえなければ、ご一緒してよろしいでしょうか?」
「どうぞ。」
そして共に並んで辺りを見回る。

「あれは・・姫様と一緒にいるのはサクールの王子じゃないか?」
「ああ、そうだ。」
「確か来る早々姫様の側にくっついて・・・。」
陣営内は静かだが波が立っていた。誰しもセクァヌの傍には常に戦士アレクシードがいるものと思っていた。が、サクールとの和議締結の翌日自国の兵と共にスパルキア軍に与したサクールの王子、カシュランは、こともあろうか、アレクシードの場所を占領してしまっていた。セクァヌの姿があれば、必ずそこにカシュランがいる。
「だけど歳が近いこともあってやっぱり似合うよな。」
感慨深げに一人の兵士が言う。
「バカ言え!姫様にはぜったいアレクシード様だって!」
「それはそうだけど・・・王子と一緒の方が様になってるというか・・・」
「・・・確かに似合ってるよな。なかなか色男だし。王家育ちだけあって優雅さというか物腰に品があって、姫様をリードする様なんて決まってるよな。」
「ああ。」
「姫様はどう思っておられるんだろう?」
「う〜〜ん・・・・・」
スパルキア陣内は、そんな噂でもちりきとなっていた。


「おい、いいのか、アレク?」
「ん?何がだ?」
スパルキアの参謀、シャムフェスが一人木の幹に座っているアレクシードに声をかける。シャムフェスは、アレクシードと共にセクァヌの救助に加わった一人。スパルキア人ではなかったが、傭兵として諸国を歩き渡っていたアレクシードの腕と男気に惚れて共に行動するようになっていた人物である。共に傭兵時代苦労を分かち合ってきた親友だった。がっしりしたいかにも戦士といったタイプのアレクシードと比べれば、多少やせているようにも見えるが、その鍛えられた長身と剣の腕は決してアレクシードに引けを取ってはいない。そして、その類い希な頭脳く駆使し、現在スパルキア軍の参謀として彼と共に名を馳せていた。
「お前の大事なお嬢ちゃんさ。」
「お嬢ちゃん?別にどこがどうってことはないぞ?彼女ならいつも通り元気いっぱいだ。」
何喰わぬ顔で前方を見つめているアレクシードに、シャムフェスは笑いを堪えながら言う。
「やせ我慢はしない方がいいぞ?」
「オレがいつやせ我慢など?」
シャムフェスの言葉に、アレクシードは思わず口調を荒げて言った。
「でなければ、やきもち・・・・それとも対抗できないと見て落ち込み、か?」
からかうような目つきでシャムフェスは自分の方を向いたアレクシードに笑みをみせる。
「ちょっと待ってくれ、シャムフェス・・・なにか?お前はオレがあのサクールの王子にやきもちを妬いていると、負けているとでもいうのか?あのひよっこに?」
シャムフェスの肩に手を当て、明らかに動揺した口調のアレクシードに彼は目でそうだと答える。
「ば、バカ言うな・・・オレは・・・・」
シャムフェスの視線を避けるようにくるっと向きを変えるアレクシード。
確かに自分といるより似合っている、とアレクシードも感じていた。歳が近いという理由だけではない。物腰優しく優雅に洗練された態度でセクァヌに接するカシュラン王子。まるで宝物のようにセクァヌを扱い、やさしくリードする。オレには到底できそうもない、とアレクシードは実のところ落ち込んでいた。

戦士以外の何者でもないアレクシードは、そういったことは大の苦手だった。贈り物ややさしい言葉・・そして甘く囁く愛の言葉。が、決して彼の風貌が合わないというわけではない。どちらかというとアレクシードの顔立ちで言われたら心躍らせない少女はいないだろうと思われた。性格的にそういったことは苦手だけなのである。
そんなアレクシードをシャムフェスは宝の持ち腐れだと時々からかった。戦士アレクシードの名前とその顔で口説けばたいていの女は落ちるのに、と。

そんな事をあれこれ考えていたアレクシードはふと気付く。セクァヌは自由奔放にそして純粋に自分の気持ちを言う。アレクが大好き、と、たとえ人がそこにいようがいまいが、はっきりと言う。真剣な瞳でアレクシードを見つめて断言する。そこにまだ色気がないのはいまいちだが、いや、非情に残念にも思えたが、それはそれとして、考えてみたらアレクシードはそういった言葉は言ったことがなかった事に気づいた。『守る』とは言っても『好きだ』とか『愛してる』とかは一度も言ったことがない。それはセクァヌがまだ幼いからではなく、そう言った言葉を口にするのが苦手だということと、わかってくれていると思っていたからだった。

「やっぱり何かやった方がいいのか?」
「ん?」
アレクシードが小声で言った言葉をシャムフェスは聞き返す。
「『何かやった方が』とは・・・贈り物か何かか?」
「ああ・・・・」
親友のシャムフェスに隠しても仕方がない。アレクシードはペンダントの一件を話した。
「そうか。姫がそんなことを。」
くくくくくっと笑いを堪えシャムフェスは言った。
「そりゃーお前、もう十分だと言ったとしても、もらわないよりもらった方が嬉しいというものだぞ?」
「やはりそうなのか?」
「レイガラントの都へ着いたら何か買ってやるんだな、小さいといっても一応国都だ。それなりのものが揃ってるだろう。」
「何がいいんだ?」
「は?」
自分のほうを向き、そんな質問をするアレクシードにシャムフェスは呆れ顔で答える。
「自分の恋人へ贈るのに、他人に聞くか?」
「う・・・・」
横を向いてアレクシードは小声で言う。
「わからないから聞いたんじゃないか・・・オレはお前と違ってこういうのは苦手なんだぞ。知ってるだろ?」
「・・・オレからだと言って渡してくれるんなら教えないこともないが。」
「なんだと?!」
シャムフェスの言葉に、思わずそのまま感情を現して怒鳴ってしまったアレクシードは、にやにやしているシャムフェスと目が合い、再び彼から目をそむける。
「それは冗談として、だ・・アレク。」
「なんだ?」
お前が言うと冗談に聞こえないんだぞ、と言いたそうにアレクシードはちらっとシャムフェスを見た。
「言わないより言った方がより確実に相手に伝わるというものなんだ、知ってたか?」
「う・・まー、・・・一応はな・・・。」
「子供だ子供だと思って油断していると、後悔する羽目にならないとも限らないぞ?女の子は姫くらいからが成長早いんだからな。すぐ大人になる。」
身も心も、とシャムフェスは目で話す。そして、ぽん!とアレクシードの肩を叩くとそこを立ち去っていった。

そう言われれば、ここ最近、時々だがはっとするような大人びた表情をすることがある、とアレクシードは思い出していた。公の場ならいざしらず、普通なら素顔の子供に戻る2人だけのときでもそれはあった。確かにそれは、子供時代から少女へ、乙女へと変化していく課程のあらわれ。
「う"〜〜〜〜・・・・・」
アレクシードは片手を額に充ててしばらく悩んでいた。


そんなアレクシードの悩みと焦りなど全く知らず・・・セクァヌはセクァヌで気を病んでいた。アレクシードのところへ行きたいのに、アレクシードに会いたいのに、その前に必ずカシュランが姿を現す。一応同盟国の王子である彼を邪険にするわけにも行かない。確かにやさしく接してはくれている。が、そこにアレクシードと一緒にいるときのような安らぎはなかった。彼は一人の少女としてではなく銀の姫としてのセクァヌに接している、と彼女は感じていた。そして、なぜかアレクシードがよそよそしく感じられ、心配と苛立ちはセクァヌの心の中で少しずつ大きく膨らみつつあった。

そして、そんな状態の中、再びガートランドと刃を交えることとなった。

−ブルルルル・・・・−
軍の先頭に立ち、間もなく敵兵の集団が見えるであろう方角をセクァヌはじっと見つめていた。
「姫!」
馬に乗ったカシュラン王子がセクァヌに近づく。
「姫、私もご一緒します。」
(守るとでもいうのか?お前のような若造が守れるようなお嬢ちゃんじゃないんだぞ?!)
一旦戦闘が始まれば、常に激戦地のしかも中心にその身を置くセクァヌ。それを思い、アレクシードはそう叫びたかった。が、王子であるということと、セクァヌの手前、叫びたいのをぐっと堪えてだまっている。
「一緒とは?王子にはご自分の軍を率い、第3陣としてお力をお貸しくださるようお願いしたはずですが。」
振り返ったセクァヌの言葉は、カシュランにはなぜかいつもより冷たく聞こえた。
「それはそうですが、姫。そのような後続部隊では姫をお守りすることもできません。我が軍には、勇猛果敢を持って知られるダイカス将軍がおりますれば・・」
−シャッ!−
「な!」
そこに居合わせた全員がセクァヌのその行動に驚いた。セクァヌは王子の言葉を最後まで聞かず、いきなり彼の目の前に剣を向けた。
「ひ、姫・・・・」
そしてカシュランは目の前に突きつけられた剣とセクァヌの鋭い視線におびえる。それは、それまで見た視線より一段と鋭く、燃え盛っていた。
その激しく燃え盛る瞳から、明らかに怒りがみえる。
「あ・・・・・・」
カシュランはその威圧感に恐怖をも感じ、言葉を失って青ざめる。
「下がりなさい!乱れの元です!」
軍紀の乱れは時として最悪の状態をも引き起こしかねない。その事と、そして、戦闘を甘く考えているカシュランに怒りを感じたことも確かだった。が、いいかげんにしろ!というのが彼女の本音だった。しかもこれしきの剣を交わすこともできないようでは、とてもではないが守ってもらうどころか足手まといになる。
「イサタ!」
「はっ!」
セクァヌはパチン!と剣を鞘に戻すと、近くの兵を呼ぶ。
「殿下を後続部隊までお送りするように!」
「はっ!」
再び前方に向き直り自分に向けられたセクァヌの背、カシュランにはその後姿が恐ろしく巨大なものに見え、呆然としていた。

その日、アレクシードでさえぞっとするような険しい表情で剣を振るうセクァヌがいた。それまでの鬱憤を晴らすかのように敵を見据え倒していく。ともすれば一人でどんどん突っ走っていってしまう。何度アレクシードが冷やりとしたことか。
セクァヌは完全にいつもの冷静さを失くしていた。


「どういうことなんだ、お嬢ちゃん?」
「え?」
「『え?』じゃない!なんなんだ、今日の独りよがりの戦い方は?こうして無事だったからよかったものの・・・まかり間違えばお嬢ちゃんの命はなかったかもしれないんだぞ?」
戦闘が終わり、近くの丘で陣を張って会議用のテントの中で戦の報告を受け終わった後、アレクシードは怒りと心配のあまりシャムフェスらがいるのも忘れ、セクァヌを睨む。
「敵のど真ん中にどんどん進んで行って、どうするつもりだったんだ?オレが常に傍にいられるとは限らないんだぞ?」
「・・・いてくれないの?」
「当たり前だっ!オレだって戦っているんだぞ?!あんなむちゃくちゃに突っ走っていかれりゃついていけないのも当然だ!王子に軍紀がどうのこうの言う前に、お嬢ちゃんこそ、そこのところをしっ・・かり・・わきま・・・・え・・・お、・・・お・・嬢・・・・ちゃん?・・・・・」
怒涛のごとく怒っていたアレクシードの言葉は、自分を見つめるセクァヌの瞳に徐々にたまってきた涙にぎょっとして、その勢いをなくす。
「・・だって・・・アレクが遠い人のような気がしたんだもの・・・・アレク、ちっとも傍にいてくれないんだもの・・・・・・私・・私・・・一人で頑張るしかないのかなって・・・そう思ったら私・・・もう何にもわからなくなってて・・・」
「・・・・と・・・そ、それはだな、・・・お嬢ちゃん・・・」
「・・私、アレクが傍にいてくれないとダメなの。普通の女の子になっちゃう。アレクが支えててくれないと、何にもできないの。アレクがいてくれるから私は頑張れるのに、アレクがいないと・・・・。」
涙を両目にいっぱいためながらアレクをじっと見つめて小さな声で言うセクァヌを、アレクシードは言うべき言葉も忘れて見入る。
明らかにそれは戦の時のことを指しているのではないと全員すぐにわかる。
ぽん!とシャムフェスはセクァヌの前でうろたえているアレクシードの肩を後ろから叩いて、そこにいた者を促しテントから出て行く。
「・・・っと・・・・・・・」
一人セクァヌの前に取り残されたアレクシードはしばらくどうしたものかと戸惑っていた。が、いつまでもそうしているわけにはいかない。アレクシードは涙目でじっと自分を見つめているセクァヌをそっと抱き上げた。
「オレが悪かった、お嬢ちゃん。もうそんな思いはさせない。」
「ホント?」
「ああ、本当だ。誓ってもいい。」
「本当に本当?」
「本当に本当だ。何があってもお嬢ちゃんの傍にいるさ。」
「・・・良かった。・・・・アレク、好きよ。」
ようやくほっとした表情で首に手を巻きつけ抱きついてくるセクァヌが、アレクシードはたまらなく愛しく思え、腕に力を込めて彼女を抱きしめる。
(おい!そうじゃないだろ?言葉はどうした言葉は?!)
シャムフェスの声なのかはたまたもう一人の自分のものなのかわからなかったが、そんな声が頭の中に響き、アレクシードは心の中で呟く。
(何の?)
(何のって・・・愛の言葉に決まってるだろ?!)
(し、しかし・・・・)
そう心の中で呟きつつ、それでも一度は勇気を出して言おうとした。・・・が、喉まで出かかったのだが、やはりアレクシードには言えなかった。
(あほー!このバカやろうっ!今回はよかったが、毎回こうだとは限らないんだぞ?!)
再びアレクシードの頭に、さっきの声が罵声となって頭の中で響いた。


そして、その翌日から、野営地で見られる光景はいつものものとなった。セクァヌの傍にはいつもアレクシードの姿があった。そして、久しぶりに見るアレクシードと一緒のセクァヌには、穏やかな表情が戻っていた。王子と一緒にいることばかりに気を取られ、知らず知らずに誰もが忘れてしまっていたセクァヌの明るく穏やかな笑顔が戻っていた。

 

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