### その9・一歩前進? ###

 そして、今一つ街を開放したあと、スパルキア軍はレイガラントの国都に入っていた。
街の外に広がる野原に野営地を張ると、レイガラント王から招待されたスパルキアの首脳陣は、城を訪れていた。

「わはははは・・・それででござる・・・・」
宮殿の大広間、国王との対面も終え、双方の首脳陣は食事を取りながら和やかに談笑していた。

「さて、夜も更けてきたことだし、どうですかな、そろそろ?」
アレクシードらと話していた大臣イブロラスが誘う。
「あ、いやオレは遠慮しておこう。」
すぐさま断ったアレクシードに、イブロラスは怪訝そうな顔をする。
「何をおっしゃる。お気遣いでしたら遠慮はいりませんぞ。」
「いや、そうではなく・・・。」
「長の戦地暮らし、街に入った時くらいは命の洗濯をしなくては。そうであろう、シャムフェス殿?」
レブロラスは街の娼館へ一行を誘っていた。
シャムフェスはイブロラスの言葉を受けて、面白がっているような視線をアレクシードの向けながら、頷いてから言った。
「この男には必要ないかもしれんが。」
「は?」
「あ、いや、実は彼にはすでに心に決めた女性がおりまして。」
怪訝そうな表情をしたレブロラスにシャムフェスは意味ありげな笑みをみせて答えた。
「ほー・・・」
レブロラスはわざとらしく目を丸くする。
「さてさて、大陸全土に名を馳せる歴戦の勇者、アレクシード殿の心を射止めた女性とは・・どのような女性なのであろう?さぞかし美しい人なのであろうな。」
「それはもう二人といない素敵な女性で・・」
「シャムフェス!」
自分をちらっと見て答えたシャムフェスをアレクシードは思わず睨む。
「なるほど。が、近くにおられるわけでもないのであろう?遠く離れた出兵先、戦の合間の一時の楽しみは、我ら男にとって当たり前 のこと。その方も気に留められるようなことはありますまい。」
「いや、ともかくオレは・・・」
目と鼻の先にいるんだぞ!とできるのならアレクシードは言いたかった。

少し離れた所だが、セクァヌも同じく広間に座っている。使者の話していた例の王子とレイガラントの女官に囲まれ、あれこれ装身具などを見ているらしかった。アレクシードらには全く気にも留めていないようにも見えるのだが、地底で培われたものの中には聴力もあった。こちらが向こうの話し声は聞こえなくとも、セクァヌには聞こえているはず。

そんなわけで、アレクシードは気が気ではない。いくらまだ子供だとはいえ、ある程度の察しはつくだろうと思われた。
「まさか戦士の中にいるというわけでもありますまい。」
スパルキア軍の中には女ばかりの隊もあった。が、レブロラスは頭から彼女たちを除外していた。
「それに今は存じ上げませんが、傭兵時代、女性に関しても結構名を馳せていたことは存じ上げておりますぞ?」
「あ・・・い、いや、それは過去のことであって・・・。」

戦士としての腕と鍛え抜かれたたくましい身体、そして精悍な顔つき、女の方が放っておかなかったと言った方が正しかった。それにアレクシードも男である事には違いない。戦の合間の息抜きは当たり前のこと。セクァヌと出会う前までは。いや、出会ってからでも全く途切れていたというわけでもない。強いて言うなれば、ここ最近戦場ばかりでそういった機会がなかったせいでもあった。が、今のアレクシードにその気は全くないこともまた事実だった。

「アレクシード殿、実は私の行きつけの館には、それは美しい女が揃っておりましてな・・。」
あくまでレブロラスはアレクシードも誘う。スパルキアの戦士、アレクシードを同伴していけば、どれだけ女達が喜び騒ぐであろう、と期待していた。
「男同士、酒と同様、これもまた付き合いですぞ?」
「無理でしょう、大臣。その女性と会ってからというもの、この男はとんと付き合いが悪くなりましてな。」
シャムフェスはからかい半分に言った。
「アレクシード殿、出兵先の男の都合くらいどこの女性でも理解しているはずですぞ?」
「(一般的には)それはそうかもしれないが・・・・」
オレはいい、と断ろうとしたアレクシードの視野に、近づいてきているセクァヌの姿が入り、思わず途中で言葉を切ってしまった。
「レブロラス殿。」
「おお、これは銀の姫。くつろいでいただけておりますかな?」
まさか言いかけた言葉を誤解して受け取った?と心の中で動揺するアレクシードに気付くはずもないレブロラスは、間近に立ったセクァヌを満足げに見つめる 。
明かりを弾き、銀色に輝く髪と、やさしげな輝きを放つ銀の瞳。
「はい、行き届いたご配慮、感謝いたしております。」
「それはよかった。こちらも準備した甲斐があるというもの。」
「ありがとうございます。」
「で、何か?」
「はい、夜もずいぶん更けてまいりました。子供の私はそろそろ休もうかと思いまして。」
「おお、そうでございましょうな。それではまた明日、姫君のご尊顔を拝することと致しましょう。」
「はい、おやすみなさいませ。」
「おやすみなさい。」
にこっと微笑みながら、レブロラスにお辞儀をし、それからアレクシードらに言うとセクァヌはゆっくりとそこを後にした。
「なんと、王との対面の折りは、畏敬の念さえ感じさせられた姫君なのに、普段はあのように素直でたおやかな姫だったとは。」
セクァヌの姿が広間から消えるとレブロラスは焦がれるような視線で未だ出ていった戸口を見つめながら呟いた。

(何が素直でたおやかだ・・・思いっきり棘を含んでたぞ?)
アレクシードだけでなく、シャムフェスらスパルキア陣営の者にはそれがわかっていた。わからないのは事情を知らないレブロラスのみ。
「失礼、レブロラス殿。そういうわけでオレは遠慮させていただく。」
セクァヌの後を追おうとすっと立ち上がったアレクシードを、レブロラスはあくまでも引き留め、同行を薦める。
『友好を深めるため』とアレクシードを放さないレブロラスに、友好などくそくらえ!と心で叫んだものの、最後には折れてしまう結果となった。


「きゃ〜〜!アレクシード様〜っ!」
群がって抱きついてくる女たち。確かにグラマーな美人が多かったが、アレクシードの心はセクァヌに飛んでいた。翌日顔を合わせた時、何と言ったらいいのか・・・アレクシードの頭はその事で一杯だった。


そして、その翌日。
「お・・おはよう、お嬢ちゃん。」
宮殿の廊下でセクァヌに会ったアレクシードは、必要ないとも思えた後ろめたさを感じながら声をかける。
「おはようございます、アレクシード。」
「お嬢ちゃん!」
冷たい口調ですっと横を通り過ぎようとしたセクァヌを、アレクシードは肩を掴んで止める。セクァヌが『アレクシード』と彼を呼んだのは、出会った直後以来だった。
「何怒ってるんだ?」
「怒ってなどいません。」
「怒ってるだろ?」
「怒ってません!」
「それが怒ってないと言うんなら、何なんだ?」
そこから立ち去ろうとする彼女をぐいっと掴んで放さないアレクシードを、セクァヌは恨めしげに見上げ、そして視線を逸らしてから小さな声で言った。
「私だって男の方の都合くらい・・・わかってます。」
その口調は姫である時のセクァヌの口調。アレクシードにはそんな言葉遣いはしない。
(相当おかんむりのようだな、やはり聞こえてたか・・・・)
アレクシードはため息をついた。分からないでもなかった。好きな男が目の前で娼館へ行く話などしていて面白くない女はいない。
「お嬢ちゃん・・・確かに断りきれなくて一緒に行ってしまったが・・・」
「行ったの?アレク?」
驚いたように自分を見つめ、徐々に青ざめていくセクァヌの顔にアレクシードは焦る。
(う・・・やぶへびだったか?も、もしかしたら言わなきゃばれなかった・・とか?)
が一旦放ってしまった矢は戻らない。
後はセクァヌが自分の言うことを信じてくれることを祈りつつ、アレクシードは言葉を続けた。
「行ったには行ったが・・・眠くてな、朝まで寝てた。」
「嘘。」
「本当だ。おそらく戦士アレクシードの名は地に落ちたんじゃないかと思う。」
居並ぶ女盛りの美女を前に朝まで大いびきで寝ていた役立たず・・・今ごろそんな噂が街中で飛び交っているかもしれない、とアレクシードは思わず苦笑いする。
「ホントに?」
「ああ。」
「きれいな女の人が傍にいるのに?」
すっとセクァヌを抱き上げると、アレクシードは照れくささをぐっと押さえ、彼女と視線を合わせて言った。
「お嬢ちゃんよりきれいな宝石があるわけないだろ?その瞳はどんな宝石よりもきれいだ。オレの・・・宝物だ。何よりも替え難いオレの大事な大事な宝物だ。」
「アレク・・・」
「だから・・・お嬢ちゃん・・・」
頬を染めて下を向いたセクァヌを窓辺へ腰掛けさせる。ちょうどアレクが屈まなくても目を合わせられる位置の窓辺に。
「オレはお嬢ちゃんを悲しませるようなことは絶対しない。」
「でも・・・」
「でも、なんだ?」
「でも、そういうこととあのことは別問題だって・・・・」
「誰がそんなことをお嬢ちゃんに吹き込んだんだ?」
思わず口調がきつくなる。
「・・・・シャムフェス・・・」
(あのバカ・・・なんて事を言ってくれるんだ?)
アレクシードは完全に頭にきていた。
「だから、好きでそうするんじゃないから、気にしなくていいって。アレクの好きなのは私なんだから堂々としていればいいって。・・・でも、私は大人じゃないから・・・大人の女の人みたいに平気でいられなくて・・・。」
(そんなんでフォローしたつもりか?)
シャムフェスに対してアレクシードはますます頭に来る。
が、セクァヌを目の前に、怒った顔もできるわけはない。それに今はシャムフェスがどうのこうのという段ではない。
(あのバカ・・・戦略と女のくどき方には長けてるくせに・・・・・なんでオレのことになるとこうちぐはぐなことするんだ?・・・・・故意にやってるとしか思えんぞ?)
ふ〜〜〜〜っと今一度大きくため息をついてアレクシードはセクァヌを見つめる。
「平気な女になどなってほしくないな。」
「でも・・・」
「そうだな、オレとしては、自分以外の女に目を向けたら許さない!と睨みつけてくれるくらいの方がいいな。」
「そうなの?」
「もっともオレの目に映ってるのはお嬢ちゃんだけだから、そんなことにもならないだろうがな。」
「でも私・・・まだ子供で・・・だから・・・・・・」
「子供のどこが悪い?お嬢ちゃんはお嬢ちゃんだろ?オレの・・・好きな・・・お嬢ちゃんだ。」
アレクシードは心の中で思いっきり真っ赤になっていた。
「でも・・・・」
「お嬢ちゃん!」
「は、はい?」
アレクシードとしては一生に一度断崖絶壁の崖から飛びおりる気持ちで慣れない言葉を口にしているといういのに、なかなか納得しないセクァヌについ声を荒げてしまう。
「『でも』『でも』って・・・お嬢ちゃんはそんなにオレが信じられないのか?」
「あ・・・ご、ごめんな・・さい。」
信じられないのではなかった。なかったが、自分がどうしようもなく子供であることに憤りとそしてやるせなさをセクァヌは感じていた。もし自分がもっと大人ならアレクシードもそんなところへ行く必要もないはずだし、行かせないのに、と。
下を向いたセクァヌの身体が震えていた。それが涙を堪えているということなのだと、アレクシードにはすぐわかった。
「子供でいられるのは短いんだ。そんなこと気にせず子供でいればいい。オレはゆっくり待っている、お嬢ちゃんが大人になるのを。」
そっとセクァヌのあごに手を添え、上を向けさせて彼女を見つめる。
「アレク・・・」
「お嬢ちゃんはそうさせるだけの価値のある素敵な女の子だ。・・・だけど、そうだな・・・・そう思ってくれてるんなら、早く成長してくれ。」
「・・・早く成長って・・・・いったいどっちなの、アレク?」
え?といった表情をしてセクァヌは聞く。
「いや、そうは言ってもやっぱり男としては、早く大人になってほしいと言うのが本音なのかもしれん・・・。」
『正直すぎだぞ、アレク!』アレクシードの頭の中で誰かのあきれ返ったような声が響き、しまった言い過ぎたか?とぎくっとしていたアレクシードの耳に、セクァヌの答えが響いた。
「はい。」
「は?」
アレクシードは自分の耳を疑った。
「私、早く大人になるから・・アレクに似合う女の子になるから・・・だから、待ってて。他の女の人のところへなんか行かないで。」
「お嬢ちゃん・・・・」
セクァヌの答えにアレクシードはあっけに取られていた。
果たして今自分が言ったことの意味をセクァヌは分かっているのだろうか、どれほど理解してるのだろうか・・・とつい考えてしまうアレクシード。
そして驚いたようなアレクシードと目を合わせ、その時になってセクァヌは自分の答えが何を意味していたのか気づき、一気に真っ赤になってうつむく。
「お嬢ちゃん・・・」
たまらなく愛しく思え、アレクシードは抱きしめようと腕を伸ばす。
アレクの・・」
「ん?」
「アレクの意地悪ッ!」
恥ずかしさに居たたまれなくなったセクァヌは、そんなアレクシードの腕を払うとそこから飛び下りて駈けて行った。

「うう〜〜ん・・・一応丸く収まった・・というのか?」
頭をかきつつ、アレクシードはセクァヌの走っていった方向へとゆっくりと歩を進めた。

 

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