### その7・少年兵 ###

 「サクールって確か今日の戦相手の中に入っていたわよね?」
「ああ、そうだ。ここから一番近い場所に領地がある。」
セクァヌはついさっき会った4人を思い出していた。領地が近いと言っていた殿下と呼ばれていた少年・・・無事に着いたのか、と考えていた。
「お嬢ちゃん?」
「え?」
急に黙って何か考えているようなセクァヌをアレクシードは心配する。
「どこか怪我でもしてるんじゃないか?」
「ううん。ないわ。」
「そうか?」
「うん。」


「で、ありますから・・・今回の戦は決して我々の意志ではなく・・・」
セクァヌの面前で、サクールの使者も例外なく汗を拭きつつ口上を述べていた。

「しかし、あまりにも早い対応ですな。」
「負け戦でガートランドが引いたから自由になったわけだろう。が・・つい4、5時間前まで剣を交えていたばかり。こちらとしても全面的に信用することは・・・。」
その使者を別のテント内で待たせ、相談をしていた。
「それで戦が避けれるのなら、私はいいと思う。」
「姫・・それはごもっともですが。」
珍しい・・とそこにいた全員は思った。意見を聞かれれば答えるのみのセクァヌが初めて自分から口にした。
セクァヌは、戦場跡で会った彼らを思い出していた。悪い人たちではない。互いを思いやる気持ちを持った彼らには共感さえ覚えた。

スパルキアも好きで戦を続けているわけではない。最終目的はガートランドに奴隷として連れ去られた一族の解放そして国の復興。その為の道程としての戦だった。
結局、3日後の和議締結を使者に伝え、その使者は一晩休んでからというスパルキア側の申し出を断り、吉報を早く知らせたいから、と飛ぶように帰っていった。

「しかし、急ぎ無条件で和議を申し出てきた本当の理由が、国王の一子が戦場で行方不明のままだったとはな。」
使者が帰ってから、主要人はあれこれ話をしていた。
「和議締結が決まってから言うとは・・・いやはや・・。」
「それもそうだろう。最初からそんなことを言っては、それこそ捕虜にしてくれと言わんばかりだ。」
「そうだな。しかし・・・その殿下とやらは一体どこでどうしてるんだか?」
「たぶん今ごろ帰ってるはずよ。」
「は?」
セクァヌの言葉に、一同驚いて彼女を見つめる。
「あ・・・・」
思わず口にしてしまい、セクァヌは慌てて口を押さえる。
「お嬢ちゃん・・・」
ため息をつきながら、アレクシードがセクァヌの肩に手をかけながら前に座る。
「まだ何か黙ってたことがあるのか?」
「あ・・・え、・・あ、あの・・・・・・」
「まー、いい。今夜はもう遅い。明日ゆっくり聞かせてもらおう。」
テントの垂れ幕を上げ、今はセクァヌの世話をしているレブリッサが迎えに入ってきたのに気づき、アレクシードは彼女にセクァヌを渡す。
「・・・おやすみなさい。」
「ああ・・・」
アレクシードの不機嫌さに心を残しながら、セクァヌはテントを離れた。


そして、その2日後、セクァヌとアレクシードは2騎のみでサクールの領地を目指し戦場跡を駈けていた。


サクールの領地に程近い丘陵地に、彼らの野営地が設けられていた。
「父上、明日はスパルキアとの和議締結ですね。」
「ああ。お前には苦労をかけるが。」
「とんでもない。国のためになるのなら私は喜んで従います。それに相手はガートランドではなくスパルキアですから。」
が、人質同然には違いない、とサクール王は寂しげな瞳で我が子を見つめる。
「大丈夫ですよ、父上。銀の姫はそんな方ではないと私は思ってます。」
「・・・そうだな。」
噂に名高い銀の姫率いるスパルキアなら、人質扱いにはしないだろう、サクール王もそう思いなおした。
翌日には和議締結にスパルキア軍が来る予定だった。その夜、王はようやく回復した息子、カシュランと話していた。

「申し上げます!」
テントの外で従者の声がした。
「なんだ?」
「はっ、スパルキアが陣をひいていると思われる方角から、馬が2騎こちらへ向かってきております。」
「馬が2騎?」
「はっ。」
バサッと垂れ幕をあけて、カシュランは外へ出る。
そこへ見張りに立っていた兵士がかけつけ、ひざまずく。
「スパルキアの者と名乗る者が2名、王に会いたいと申しておりますが。」
「スパルキアの?」
続いてテントからでてきたサクール王を振り返り、カシュランは父王の命を待った。
「イスを。」
「はっ!」
サクール王は、テントの外にイスを用意させると、カシュランと共にイスに座り、彼らを待つことにした。


−カポ、カポ・・・−
サクール王とカシュラン、そして、側近と兵士らが見つめる中、彼らはゆっくりと馬を駆って近づいてきた。そして、テントの5m程手前で馬から下りる。
松明に灯され、彼らの風貌が分かる。
「戦士アレクシード?」
その途端ざわめきが聞こえる。背中に大剣を背負ったその男は確かにスパルキア最強の戦士にして銀の姫の従者であり護衛。名実共に大陸全土に知れ渡っている人物。なぜそれほどの人物がここへ?と不思議に思い驚く。
そのアレクシードが王の前に進み出ると誰もが思っていた。が、アレクシ−ドをその場に残し、王の前に進み出たのは、もう一人の小さな少年兵・・・。
もし、兵なら、と全員思いつつ、近づきつつあるその少年を見ていた。フードをかぶっていて顔はみえないが、その背格好から判断して、王子であるカシュランより年下だと誰もが感じていた。

「そなた・・・あの時の?」
突然カシュランが大声をあげて立ち上がる。
「カシュラン?」
「父上、この少年です。私たちが倒れそうだったところを助けてくれたのは。命を繋いだ水をくれた少年は。」
カシュランは怪訝そうな顔で自分を見上げる父王に嬉しそうに話した。
「そうだったのか?」
「はい。」
そして嬉しそうにセクァヌを見る。
「もしかしたらとは思っていたが、そなたやはりスパルキアの者だったのか。しかし、そのように若くて兵士だったとは。」
嬉しそうに話し掛けてくるカシュランに軽く会釈をし、王の面前まで進み出、丁寧にお辞儀をするとその少年はすっとフードを取った。
「な、なにっ?!」
そこに立っていたのは月明かりに照らされ、銀色に輝く髪の少女。そして、月の光を弾く銀の瞳。
誰もが驚いて呆然とする。と同時にアレクシードが付き従っている事に納得する。
「あの折は、名も名乗らず失礼致しました。」
にっこりとカシュランに微笑むと、セクァヌは王へと視線を移し今一度頭を垂れ言葉を続けた。
「サクール王には初めてお目にかかります。私はスパルキア族長。セクァヌ=リー=セシオノーラと申します。」
「・・・・」
そこにいた全員言葉をなくしていた。セクァヌの取っている今の行動が理解できなかった。和議を締結する予定といえ、その本拠地へ単身乗り込んでくるとは。

「その族長がなぜわざわざ?しかも供のもの1人のみで。」
しばらく間をおいた後、なんとか自分を取り戻したサクール王がようやく口を開く。
「明日和議を結ぶことにはなっておりますが、一部の者にそれに対して不安を抱くものがおりましたので。」
「で、その不安を取り除くために様子を見に来たとでも申されるのか?」
「はい。」
無謀ともいえる行動にも呆れたが、王の質問に即答したセクァヌにも、そこにいた全員呆れ、言葉もでない。
「なるほど。で、仮にこちらがそなたを捕らえようとしたらどうされるつもりだったのだ?」
セクァヌはにっこり笑って答えた。
「その意思はないと私は判断しました。それに・・」
「それに?」
「仮にその行動に出たとしても、後悔するのは私ではないでしょう。」
どんな包囲も突破できる自信があると言わんばかりにセクァヌは断言する。
「む・・・」
その言葉とセクァヌの鋭い視線に囚われ、サクール王は吸い込まれるような眩暈を感じる。
「それでは、明日正式に参ります。突然失礼致しました。」
敵意のないことをその身をもって確認し、セクァヌは今一度微笑んで礼を取る。
そして、向きをかえゆっくりと馬まで戻っていく。
−ブルルルル・・・−
−ドカカッ、カカッ、カカッ・・・−
そこにいた全員、身動き一つせず走り去っていくセクァヌとアレクシードの後姿を見つめていた。その姿が闇にとけ見えなくなってもしばらく見つめつづけていた。


「ふ〜〜・・・命が縮まる思いだったぜ。」
無事陣営に戻るとアレクシードはため息をついた。
「ごめんなさい、アレク。でも、言ったとおり大丈夫だったでしょ?」
「大丈夫って・・・お嬢ちゃん・・・・」
アレクシードは呆れ果てた顔をセクァヌに投げかけていた。
それは、あの夜の翌日、戦場跡で何があったのか全部聞いてから、その上で、聞かされた提案。
勿論始めのうちは断固反対した。が、『だから、アレクに言えなかったのよ。』と言ったセクァヌの言葉とじっと見つめる瞳に押し切られてしまった。
「度胸があるというか、無鉄砲というか・・・全く無茶するんだからな、うちのお嬢ちゃんは。命がいくつあっても足らないぜ。」
勿論、セクァヌのためなら自分の命などいつでも捨てる覚悟はある。が、それを言うと、セクァヌが怒ることも知っている。『私を残して死んだら許さないから!』常にセクァヌの盾となっているアレクシード。その彼が過去彼女をかばって深手を負ったとき、彼女が泣きながら言った言葉。それはその時からずっとアレクシードの耳に残り離れなかった。


「王!スパルキア軍です!」
翌昼過ぎ、サクール軍の野営地にスパルキア軍が姿をあらわす。
「おおーーー・・・」
先頭に立つセクァヌに誰もが感嘆の声を上げる。
銀の甲冑に身を固め、堂々と馬を駆る銀の少女。そしてその傍らには戦士アレクシードが同じく馬に乗りぴったりと寄り添っている。
ただ、そこにいた誰しも閉じられているその瞳がとてつもなく残念に思えた。それは、銀の姫の瞳が放つ不思議な輝き、それは誰しも一度見てみたいという憧れでもあったからだった。

「おー、セクァヌ姫。」
今日のためにしつらえたテントから出て、サクール王は王子カシュランと共にセクァヌを迎える。
少年用の普段着を着ていた前日とは異なり、正装で現れたセクァヌに今一度改めて圧倒される。
「姫・・・・」
自分の目の前を通りテントの中へと入っていくセクァヌに、カシュランは心を奪われ見つめていた。

 

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