### その6・戦の爪痕(1) ###

 −カポ、カポ・・−
レイガラント軍と無事合流し、ガートランドによって占拠されている街の1つを解放したスパルキア軍は、次の目的地へ向かう前、陣を張って休憩をとっていた。
セクァヌはその陣営の中を愛馬イタカに乗って回っていた。少年の服装に軽い胸当てのみ、大き目のフードをかぶり、ほぼ上半身を隠した格好をしていた。一人で見回るときはほとんどそうしている。

「おい、待てよ!」
「放してくれ!」
「バカ言うな!勝手な行動は軍紀違反だぞ。」
「だけど・・・」

少し離れてはいたが、そんな会話がセクァヌの耳に入った。聞くべきではないと思いつつ、何か気になってセクァヌは木の陰で聞き耳をたてる。2人の若い兵士がこそこそと話していた。
「あいつがオレの無事を祈ってくれたものなんだ。だから・・・」
「今更戦場に戻ってみたところで、あの広さだぞ。見つかるわけないじゃないか?それに、負傷した敵兵や様子見などもいるはずだ。敵と出くわしたりしたらら・・。」
「だけど・・・あれは・・あのペンダントはあいつが自分の髪を売って買ってくれたものなんだ。オレがあいつにプレゼントした指輪と同じブルーサファイアの・・・。小さな石で高いものじゃないが、オレにとっては何よりも代え難いものなんだ。」
友人らしき兵士はその男の肩をぽん!と叩く。
「・・・お前がわざと失くしたんじゃないってことは、彼女だってわかってくれるさ。
それより軍紀違反などしたら手柄も何もあったもんじゃない。その方が悲しむんじゃないか?」
そこまで聞いてセクァヌはハッとした。引き上げてくる途中の草むらで何かが青く光っていたような気がした事を思い出していた。

−ドカカッ、カカッ・・・・−
その兵士が意味する物ではないかもしれなかった。が、セクァヌはつい2時間程前まで戦場だった丘へと馬を飛ばした。

−カカッカカッ・・−
「確か、この当たり・・・・」
戦場跡は、双方の兵による様子見もあったが、掃除屋と呼ばれる輩が使えそうな獲物を持って行くことが多い。すでに拾われている可能性もないわけではなかった。
「え〜っと〜〜・・・・」
とん!と馬から飛び降りるとセクァヌはその辺りを探し始めた。
「あ!あったっ!」
30分ほど探しただろうか、踏まれて倒れた草に埋もれるようにそのペンダントはあった。切れてしまった鎖についた小さな石が青く輝いている。
「よかった。でも、本当にこれなのかしら?」
石を手に取りそんなことを呟いていたセクァヌの耳に、複数の蹄の音が聞こえる。
「敵か?味方か?」
平地のそこにはこれといった隠れる場所はない。多少地面の起伏はあるというものの、至近距離からでは分かってしまう。姿を隠す場所はない。
−ぶるるるる・・・−
迷っている時間はない。セクァヌは馬に飛び乗ると、足音が聞こえてくる方向へ向かって疾走し始める。敵に後ろをみせるより真っ向から攻撃していった方が有利になる。
−ドカカッ!カカッ!−


その視野に入ってきたのは、2頭の馬に男が1人ずつと、それに続く歩兵らしき男が2人。

「ん?」
前方から疾走してくるセクァヌに、馬に乗った片方の男、もう一人よりかなり年上と思われる男が気付いた。
−ブルルルル・・・−
相手が攻撃してくるようなら、すぐさまそれに呼応するつもりだった。が、4人とも憔悴しきっており、その様子はない。その上、ぐったりしている男はまだ少年と言える若さ。そのまま駆け抜けるつもりだったセクァヌはその少年を見て、思わず馬を止めてしまう。

セクァヌより2つか3つ程上のその少年は傷自体はさほではないらしいが、相当疲れているように見えた。その少年をかばうように馬上の男と歩兵が前へと進み出てセクァヌを警戒する。
(何者だ?ただの掃除屋には見えないが、こんな少年が敵兵でもないだろう。)
その男は少年の格好の上にフードをすっぽりとかぶっているセクァヌを見てそう思う。掃除屋にしては馬が立派すぎる。それに、あわよくば手柄をと期待しての残兵狩りの兵でもないように思えた。いくらなんでも若すぎる。だれなんだ、と警戒する。
だが、そこはつい今し方まで戦場だった場所。その可能性は全くないわけでもない。男は疲れ切った身体にムチ打ち、いつでも剣が抜けるようにと構える。

セクァヌはしばらく少年を見つめていてから、持っていた水筒を年上の男に差し出す。
が、構えたままの男は手をだそうとしない。
(そうか・・・見ず知らずの者から受け取るわけはないか。)
そのことに気づくと、セクァヌは水筒の蓋を取って一口飲んでから、再び男に差し出した。

「・・・・・かたじけない。」
男はしばらく差し出された水筒とセクァヌを見つめていたが、心を決めてそれを受け取る。
「殿下・・・水です。」
殿下と呼ばれた少年は一気に水を喉に流す。
「た、助かった。」
一息つくと少年ははっとしたような顔で男を見る。
「すまん・・お前たちも喉が渇いていただろうに。」
「いえ、殿下。私どもは大丈夫です。」
「そうか・・・まだ少しはあるが。」
すまなさそうに差し出す水筒を男は受け取ると、自分は口をつけずに歩兵に渡す。
それを見ていたセクァヌはたまらなくなった。彼らを今のこの窮状へ追いやったのは他ならず自分だということがたまらなく悲しかった。いや、悲しいという言葉で表すには複雑すぎた。セクァヌには少年をかばう男がアレクシードに、そして少年が自分のように見えていた。負け戦なら自分がこの立場になる。戦に対する憤りとむなしさとそして罪悪感・・たとえ名目は違っていてもやっていることはガートランド王と同じ、戦争という名の殺戮の繰り返し。

−カツ・・−
それ以上そこにいることが耐えられなくなったセクァヌは、馬を進めようと手綱を
引く。
「待ってくれ。お礼がしたい。・・といっても・・このありさまでは、無理というものだが、・・・無事ここを突っ切れば、私の領地も近い。そろそろ日も落ちる。闇にまぎれて進めばなんとかなるだろう。・・もし、同行願えるのなら、それ相応の礼もできるというもの。・・どうだろう?」
少しは喉も潤い、楽になったとはいっても、疲れきっている。少年は途中何度となく言葉を切りながらそれだけのことを言うとセクァヌをじっと見つめる。
男もそれには反対する様子もない。

が、それに応じられるはずはない。
自分の取った行動は、自分が有利にあったからできただけで、決して感謝されるようなことではない。
力なく首を振って断り、馬を進め始めたセクァヌに少年の声が追いかけた。
「では、せめて名前を教えてくれないか?私は助けてもらった恩も知らない奴にはなりたくない。」

−ぶるるるる・・・・・−
(私が誰だかわかったら、もうそんな言葉はでないでしょう。)
一瞬馬を止め、そして、セクァヌは何も言わずそこを走り去る。
−ドカカッ!ドカッ、−
(あんなにいい人たちなのに・・・それでも戦わなくてはならない。)
セクァヌはたまらず馬を駆っていた、いつもより早く激しく。

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