### その6・戦の爪痕(2) ###

そして、予定より随分遅く野営地へと戻る。
戦のことは考えても仕方がない。セクァヌはその思いを心の奥に無理やり押し込むと、ともかくペンダントを渡すべくその兵士を探した。

「あ!確かあの人だ!」
友人に説き伏せられたのだろう。がっかりと肩を落とし、その兵士は勝ち戦でにぎやかに酒を酌み交わしている輪から離れて座っていた。

「ほら!お前も呑めって!」
彼を止めていた男がその男に酒をすすめる。
「いらん。」
「なー、マーシュ・・・気持ちは分かるが・・手柄でも立てて喜ばせてやるって手もあるぞ?」
「トミー・・・」
「あの・・・・」
2人は突然かけられた声の方向を見る。
「誰だ?」
「あの・・・違ったらごめんなさい、これ・・・」
少し声を低くして言いながら、セクァヌは拾ってきたペンダントをマーシュと呼ばれた男の前に差し出す。
「こ・・・これ・・・・・?!」
驚きの表情でペンダントとセクァヌを見る。その顔は確かにそれが問題のペンダントだと示していた。
「よかった。間違ってなかった。」
「あ、ありがと・・・・」
ペンダントを受け取りながら、マーシュは怪訝そうにセクァヌを見る。勿論それはもう一人の男、トミーも同じだった。
「掃除屋・・・か?ひょっとしておれ達の話を聞いて?」
「ごめんなさい、つい耳に入ってしまったから。」
「で、いくらなんだ?」
「え?」
「だからこれの代金だよ。あんまふっかけんじゃねーぞ。オレたち持ち合わせなんてそうないんだからな。」
ああ、そうか、とセクァヌは納得する。ただ単に物色して拾っていくだけでなく、探し物の依頼も受けることがあるということを思い出していた。足元を見て彼らは結構な金額を要求するらしいことも。
「あ、私はそういうんじゃないから。」
「あ?・・・私って・・お前、男じゃないのか?」
ぐいっとトミーがセクァヌに近づく。
「そういや男にしちゃ細いよな。それにまだ子供みたいだし・・・。」
(いけない、ばれそう。)
思わずセクァヌはぎくっとした。
「女の子のわけないだろ、こんな戦地に。仲間と一緒か?そこらにいるのか?」
「えっと・・・」
「早くずらからないと上のお偉いさん方に見つかったらやばいぞ?」
「えっと・・・あの・・・」
どう言おうか迷っていると、前方にアレクシードの姿を見つけたセクァヌは、今一度、そしてさっきよりさらにぎくっとする。
こんなに長い時間離れていたことはなかった。恐らく心配して怒っているであろう事は、予測できた。
返事もせず前をじっと見ているセクァヌにマーシュもトミーも彼女が向いている方向を見る。
「あ!あれってアレクシード様じゃないか?」
「ああ!そうだ!姫のおつきのアレクシード様だ!」
「カッコいいよなー。」
「ああ、ホントだよな。オレもいつかあんな風になれたら。」
「で、銀の姫のようなかわいい子を守るってか?無理無理!」
「んにお?自分に彼女がいるからってお前は〜〜!!」
アレクシードへの賛辞をセクァヌは自分のことのように嬉しく聞いていた。が、当の本人が自分達のほうに向かって歩いてきたことにまたしてもぎくっとする。
「でも、めずらしいよな、アレクシード様が姫様と一緒じゃないなんて。」
「そうだよな。・・って、おい、こっちに向かってきてないか?」
「あ、ああ・・・」
2人はもうフードをかぶった掃除屋の少年だか少女だかわからない子供のことなど忘れていた。
そして、アレクシードが2人の目の前に立つ。
−ザッ−
あこがれの戦士を目の前に、直立不動の体勢をとる2人に、アレクシードは手を振って構うなと合図してから、彼らの背後にその鋭い視線を流す。明らかにそれは怒っている視線。顔は平静を保っていても。
マーシュとトミーは、なんかおかしいぞ、と思い、そして、そういえば、とセクァヌの存在を思い出す。
「あ、この少年は怪しいものじゃないんです。オレ・・い、いえ、私が戦場で落としてしまった物を届けてくれたのです。多分掃除屋の仲間ではないかと。」
慌ててセクァヌをかばう。
「ふ〜〜ん・・・そうなのか?」
「はいっ!そうであります!」
マーシュは緊張しながら答えた。が、アレクシードのその問いは、明らかにマーシュでもトミーでもなく、セクァヌに向けられていると分かる。
「探しに行ってたというわけか?日が暮れかかっているこんな時間まで?」
「あ、あの・・・アレクシード様?」
まるっきり自分たちの話には耳を貸していないといった様子に、2人は不思議に思う。聞いてはいるが、それを確認する相手は自分達ではなく、自分達の背後にいる少年に。
「あ、あの・・・・」
「いいんだよ、君は。それよりお礼をあげるから、早く帰った方がいいよ。」
小声で話し始めたセクァヌに、マーシュが慌てて懐に入れた財布を捜し帰そうとする。本来掃除屋との接触は禁止されている。
「アレクシード様、お叱りは私が受けます。ですからこの少年は・・」
「見逃せと?」
「は、はいっ!どうかお願いします!」
アレクシードの鋭い視線を一瞬受け、マーシュは心臓がとまりそうなほど緊張しながらも必死でセクァヌをかばった。何よりも替えがたいペンダントを持ってきてくれた、そのお礼をしなくては男ではない、そう思っていた。
「いい味方ができたようだな。」
アレクシードはマーシュからゆっくりと黙っているセクァヌに目を向けると穏やかに言う。それはその怒りが普通ではないことをセクァヌは知っていた。思わず言葉を失う。
「・・・・・・」
「オレはお払い箱か?」
「あ・・・・」
「仕方ない、今夜は見逃すとしよう。」
「ありがとうございます!」
くるっと向きを変えるとアレクシードはすたすたと歩き始める。
「よかったな。」
「アレク!」
ほっとして彼女に声をかけたマーシュの言葉と同時にセクァヌは叫んで彼らの後ろから飛び出していた。
「ごめんなさい、アレク・・・だって、恋人からのだって聞こえて・・・私、落ちてたのを見たような気がしたから・・・それで・・・・」
「は?」
マーシュとトミーは自分の耳を疑った。スパルキア最強の戦士であるアレクシードを『アレク』と呼べるのは上層部のほんの一握りの人間と、銀の姫のみのはず。
「で、一人で戦場跡に行ったのか、お嬢ちゃん?」
『お嬢ちゃん・・・』そして、戦士アレクシードがそう呼ぶのは、他ならぬ銀の姫。マーシュとトミーはそれを聞いて一段と焦り、全身から冷や汗が流れる。
セクァヌはセクァヌでどうしようかと思っていた。振り向きもせず言うアレクシードの背中は確かに怒りを放っている。
「だって、アレクに言えば止められるに決まってるし・・・」
「当たり前だっ!」
くるっと振り向くと、今度は怒りもあらわな表情でアレクシードは怒鳴った。
「何事かあってからでは遅いんだぞ?!」
「は・・・い。」
2人は信じられなかった。しゅんとして小さくなっている目の前の小さな少年・・もとい、少女が、銀の姫?で、ただの一兵士にすぎないマーシュのために戦場へ探しに行った?2人の硬直は続いていた。

ふ〜〜っとため息をついてから、アレクシードはセクァヌの前にかがみ、すっと彼女がかぶっているフードを取る。
(げーーーーーー!やっぱマジ本物〜〜〜!!)
マーシュとトミーは、目の前の銀の髪の少女に目を丸くして一層硬直する。
「剣でも交えたか?」
そのフードには飛び散った血しぶきの跡があった。
「あ・・・帰ってくるとき、敵兵と会ってしまったから・・・」
4人の男たちと別れた後、運悪く数人の兵と出会ってしまっていた。
「お嬢ちゃん?」
ピキピキピキッとアレクシードの眉間に怒りのシワが寄るのが聞こえるようだった。
「・・だって、だって・・・、私だってアレクがくれたものを落としてきたりしたら、何があっても見つけたいと思うから。だから・・だから、私・・・・・」
「う・・」
その言葉に、ぎくっとしたのはアレクシードの方だった。それは確実にアレクシードの心を射抜いた。人前でそこまではっきりと言われ、さすがのアレクシードでも恥ずかしく思わないわけはない。勿論、嬉しさもあるが、ともかくその鋭い矢で一気に怒りのシワも消え失せる。
「・・・アレク、何にもくれないけど・・・」
完全に形勢逆転・・・再び深々とアレクシードの刺さったその言葉と恨めしげに自分を見つめるセクァヌの瞳。もはやアレクシードには言い返す言葉が何もなかった。

「アレク、姫は見つかったのか?」
そんな場面に馬に乗ったシャムフェスが来る。
「ああ、そこにおいででしたか。サクールからの使者が姫をお待ちなのですが。」
そこにセクァヌの姿を見つけ、シャムフェスはほっとして言った。
「サクールからの?」
「はい。」
その途端、それまでの口調と態度はがらっとかわる。それは明らかに銀の姫。
「わかりました。すぐ参ります。」
すっと手を上げると愛馬、イタカがセクァヌに駆け寄る。
その背に飛び乗ろうとイタカの横に立ったセクァヌをすっと抱き上げると、アレクシードは共にその背に乗る。
−ブルル・・−
ぐいっと手綱を引いて向きを変えアレクシードは馬を進める。
「あ・・驚かせてごめんなさい。」
あまりにもの驚きで未だ棒立ちになっているマーシュとトミーを振り返り、彼らににこっと微笑むと、セクァヌはアレクシードと共にそこを立ち去った。

「アレク・・まだ怒ってる?」
馬上、セクァヌは自分の後ろにいるアレクシードにそっと聞く。
「二度とこんなことはしないでくれ。」
返事のかわりにセクァヌはこくんと頷く。
「それから・・なんだ・・・・」
そう言ってから押し黙ってしまったアレクシードに、セクァヌはどうしたのかと振り向いて聞く。
「それから、なーに?」
「あ、ああ・・・つ、つまりその・・なんだ・・・・」
「何?」
「その・・・」
言いにくいのか、セクァヌに前を向くように目配せしたアレクシードは、セクァヌが前に向いてから、それでも今一度間を空けてから思い切ったように聞いた。
「やっぱりほしいものなのか?」
「何が?」
「だから・・・・」
それ以上答えようとしないアレクシードに、セクァヌは彼の言ってる事は何を意味しているのだろうとしばらく考え、そして思いつく。
きっと今アレクシードは照れているのではないか、もしかしたら多少顔が赤くなっているかも、と思い、セクァヌはくすっと笑いをこぼす。200%戦士のアレクシードにそういったことを期待するということが間違いだし、アクセサリーなどを買い求めるアレクシードはセクァヌも想像できなかった。
セクァヌはそう言ってくれたアレクシードの気持ちがとても嬉しかった。
そして前方を見たまま答えた。
「気にしないで。アレクからは、もうたくさんもらってるから。・・・返せないくらいたくさん。」
「そうか。」
いつもこうして守ってくれているから、今自分の生が、自由がある。決して甘い言葉は言わないが、アレクシードの短い言葉の中に溢れるほどの彼の心が、気持ちがある、とセクァヌはそう感じていた。

 

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