聖地(神の国)にて

異なる2つの空間にそれぞれの宇宙があった。

1つは金髪の女王、アンジェリーク・リモージュが統べる宇宙。
そして、もう1つは、それより後にできたまだ生まれたての、茶色の髪の女王、アンジェリーク・コレットが統べる宇宙。

その宇宙にはそれぞれ、そこにある星々と異なった時の流れの中に『聖地』と呼ばれるところがあった。

そこから女王は、9人の守護聖(光、闇、地、水、炎、風、緑、夢、鋼)の持つ星を息づかせる力、サクリアをバランスより駆使し、宇宙を守り正しく導いていた。

星々は、女王の愛の御手の中、それぞれの歴史を刻んでいく。そこに息づく生命の様々なドラマと共に。

 

◆ 外伝『聖地(神の国)にて』あらすじ ◆
某ゲームの世界観に入ってしまいますが、今少しセクァヌにおつきあい下さると嬉しいです。
 その1・悲しみの銀の飛翔 「ここには誰も知る人はいない。」みんなの優しさはわかっていが。が、それでも寂しさはどうしようもない。聖地での銀の飛翔は悲しみの色を放っていた。
 その2・剣士の心、銀の炎と赤い炎 炎の守護聖オスカーと剣を交えるセクァヌ。彼女の激しさと美しさに誰しも心を奪われる。
 その3・人を殺める剣 迫力のあるセクァヌの剣。その違いに驚く若き剣士、風の守護聖ランディーにセクァヌは言った「私の剣は人を殺める剣です。」
 その4・動き始めた心の時計 愛する人を忘れるわけではなく、そこから一歩踏み出す。なかなかできなかったことがようやくできるような気がした。
 その5・オスカーの気がかり 自他共に認めるプレイボーイオスカーの気がかりとは・・。
 その6・再開と決別、戦士アレクシード その日は聖地でのセクァヌの18歳の誕生日。
守護聖全員が揃っていた謁見室に、アレクシードが姿をみせた。
 その7・歩み寄る心と心 聖地の森を駆ける銀と赤の飛翔。その繰り返しの中、いつしかオスカーとセクァヌの心は寄り添う。が・・・・。
 その8・束の間の再開 親子3人での幸せな生活を捨て、愛する人と我が子と別れ、セクァヌは茨の道を進むことを決心する。
 その9・今度こそ離さない(完) 星での一生を終え、生まれ変わった彼女を迎えに来たオスカーに、セクァヌは駆け寄る。




### その1・悲しみの銀の飛翔 ###

 レイチェルに連れられセクァヌは聖地と呼ばれる神の国へと入った。そこでもう一つの聖地へ行くことを聞かされる。
そのもう一つの世界(宇宙)にある聖地からの迎えをセクァヌは一人宮殿の一室で待っていた。

−コンコン−
「どうぞ。」
レイチェルがその迎えという男を連れて入ってきた。男の名前はオスカー。炎の守護聖だとレイチェルはセクァヌに説明した。

「初めまして、オスカー様。セクァヌと申します。よろしくお願い致します。」
セクァヌは軽く微笑んで、オスカーに丁寧に礼をとる。
「オスカーだ。よろしくな。」

「・・・目が?」
レイチェルがドアを開けたまま去っていったのを確認すると、オスカーは改めてセクァヌを見ると同時に、次に気になっていた事を思わず口にした。
「あ・・・す、すまない。気を悪くしたら許してくれ。」
「いえ、大丈夫です。それに私、盲目ではありません。」
セクァヌは大粒な灰色の瞳をゆっくりと開ける。
ほっとして数歩近づくオスカーの目に、セクァヌのその瞳が窓から差し込む光で金色に映り、オスカーは思わず足を止める。
セクァヌはゆっくり目を閉じるとオスカーに説明する。
「光に弱いのです。ですから戸外のみならず明るい部屋も苦手で、それに、閉じている事が多いので、そうでなくともこうしていることが癖になってしまってます。どうかお許しください。」
「・・・お嬢ちゃん・・」
「え?」
その瞬間、その声がアレクシードの声と重なり、セクァヌはびくっとする。閉じられたセクァヌの瞳が、驚きの表情と共に開き、そして、一呼吸おいてからゆっくりと言った。
「セクァヌで結構です。」
心臓が止まりそうだった。動揺をみせまいと、セクァヌは務めて平静さを保つ。
「ああ・・すまない。オレのポリシーというやつでな、お嬢ちゃんくらいの年頃の女の子はそう呼ぶことにしてるんだ。女性を名前で呼ぶのはレディーだけなんでな。」
「そうですか・・・女性としてはまだ一人前ではないから?」
「あ、いや・・・・そう言ってしまっては身もふたもないというやつだが・・・まー、オレの守備範囲ってやつでな。」
なかなかはっきりと言うんだなと思いながらオスカーは続けた。
「守備範囲・・・それはオスカー様の恋のお相手ということでしょうか?」
再びゆっくりと目を閉じる。
「女性は全てその枠内で見ていらっしゃるということですか?」
「は?」
(はっきり言うなんてものじゃない、これは・・・結構きつい性格のようだ。)
思いもかけないことを聞かれ、オスカーは即答できなかった。
「それは、つまり、私は守護聖としても認められていないということなのですね。」
静かに言ったセクァヌのその言葉に、オスカーは呆然としていた。
まさかそんな風にとられるとは思いもしなかった。
「あ、い、いや・・・決してそのようなことは・・・」
たとえ迎えに来たばかりで正式な守護聖の座はまだ受けていないとしても、それは確実なのである。そして、闇のサクリアの保持者であることには違いない。人間的な成長は別にして、サクリアを持っている限り、守護聖そのものとしては、半人前も一人前もない。
(オ、オレとしたことが・・・・まずいことを言った・・・ということになるんだろうな・・・)
しばしの沈黙の間、オスカーは何を言うべきか分からず困っていた。

そのオスカーは聖地では自他共に認める有名なプレイボーイ。燃える炎のような赤い髪とそれに相反したアイスブルーの瞳を持つ守護聖にして剣士だった。その透き通ったアイスブルーの瞳で見つめられ胸を熱くしない少女は、そして女性はいない。その声で囁かれ恋に落ちない女性はいない。
が、今回ばかりは違っていた。オスカーが戸惑うのも当然だった。いつものさりげなく放つ女殺しの微笑みもソフトな声色も何も通用しない。

セクァヌはなぜアレクシードの声と重なるように聞こえてしまったのか考えていた。そして、気づく、確かに声色こそ違うがその言い方が、言葉のリズムがそっくりだったことに。
「くすっ・・・」
悲しかった。が、そんな自分がもっと悲しかった。情けなかった。頑張ると言って全てを切り捨ててここへ来たはずだったのに。思わずセクァヌは自嘲した。
「ん?」
「申し訳ございません。どのような呼び名でも私が私であることに変わりはないのに、失礼な事を申し上げました。お許しくださいませ。」

「あ、ああ・・・い、いや、オレの方こそ。」
4、5歳ほど年上であるはずのオスカーはセクァヌにおされ気味だった。明らかにセクァヌの持つ威圧感に押されていた。
「レイチェル様が中庭の東屋でお茶の用意をして待っていらっしゃると思います。オスカー様はどうぞそちらへ。私はいま少し荷造りをしてから参ります。」
「あ、ああ・・・それでは・・・。」

(アレク・・・・)
セクァヌはほっとしたように部屋を出て行くオスカーを見送りながら、思いはアレクシードに飛んでいた。

そして、正式に宇宙の女王陛下と残り7人の守護聖らと対面をする。
それまで守護聖は男性だったことから、誰しもセクァヌを見て驚き、そして、ふと心配する。
『オスカーに/オスカー様なんかに、迎えに行かせて大丈夫だったのか?』

そして、彼らの見守る中、セクァヌの神の国、聖地での生活が始まった。


それは平穏で静かな日々だった。毎日を忙しく動き回っていたセクァヌにしてみれば、たいくつでしかたがなかった。そして、忙しさに追われているからこそ忘れていた慕情が蘇る。愛しい人、アレクシード。永遠に逢えない恋人。心の支え、もう一人の自分の魂。もはやその墓前でその日のことを語ったり歌を歌ったり、思い出に浸ったりすることさえできない。

「イタカ・・・」
その日、執務は半日で終わった。セクァヌはイタカに飛び乗り遠乗りに出ることにした。

−ドカカッ、カカッ、ドカカッ−
イタカに乗って風を切って駈けているとまるで横にアレクシードがいるように感じられ、セクァヌは全てを忘れ走らせる。

「あれは・・・・光の守護聖、ジュリアス様と、オスカー様。」
まだ随分距離はあったが、やはり遠乗りに出てきたらしいジュリアスとオスカーの姿を見つける。が、宮殿内で会ったのならまだしも、別に構わないだろう、と判断したセクァヌは、彼らの少し手前で横道にそれる。

その彼女に気付いたジュリアスとオスカーは思わず後を追う。
−カカッカカッ・・・−
「こ、これは・・・・」
セクァヌの駆るその馬のスピードは普通ではなかった。2人とも乗馬にはかなりの腕があったが、そこまで早く馬を駆ることは滅多になかった。
そのことにまたしても2人とも驚く。
−ドカカッ、カカッ・・・バッ・・・−
途中の小川を飛び越える。迷うことなくジュリアスとオスカーも飛ぶ。
−カカッ、カカッ・・・−
聖地でも奥深い森の中へと入ってきていた。あたりはすでに薄暗く、視界が悪くなってきていた。が、一向にスピードを落とす気配はない。セクァヌにとってはここは初めての場所、土地感は全くないはずであるにもかかわらず、獣道となった狭い道も構わず駈け続けている。

−ドガガガガッ・・・−
不意に前方を走っていたセクァヌの姿が消える。
「ヒヒヒヒ〜〜ン!」
セクァヌの後をついてそのまま進むつもりだったが、ジュリアスとオスカーの馬は急に立ち止まり、前足を高く蹴り上げて嘶く。
「こ、これは・・・・」
その先を見て、2人はなぜ急に立ち止まったのか納得する。
下はほとんど絶壁と言っていいほどの急斜面。
−ガガガガッ・・・−
が、そのはるか下方の斜面をセクァヌの駆る馬は下りていく。
「行けないこともないが・・・・」
「そうですね、馬のほうが慣れてない為、戸惑うでしょう。」
ジュリアスの言葉にオスカーが答える。
その結果事故が起きないとも限らない。
「迂回すれば下りられるが、見失うな。」
「そうですね。」
「しかし・・・どういう人物なのだ、彼女は?」
そう言いながら自分を見るジュリアスに、オスカーもまた答えを知るはずがなかった。


後日、レイチェルからの報告で彼らは知ることになる。セクァヌが族長として険しい道を歩いてきたことと、ようやく平和になり、後少しすれば恋人と一緒になるはずだったことを。そして、その恋人が彼女を『お嬢ちゃん』と呼んでいたことも。アレクシードの死亡は伝わってはいなかったが、オスカーは『お嬢ちゃん』と呼んだ瞬間、なぜセクァヌが動揺したように反応したのか悟った。『オスカー様にお嬢ちゃんとは決して呼ばせないで下さい。』ジュリアスへの報告書にあったレイチェルの言葉がオスカーの心に刺さった。


その時まで彼らが受けていたセクァヌの印象、静かな微笑をたたえて立つセクァヌとまるっきり違っていた。まるで別人のように思えるその激しさ。
そして、言葉にしてこそ出さなかったが、普段は髪を下ろしているため分からなかった傷跡、剣によってであろうと思われるそれを発見したこともそうだった。左耳の後ろから首筋、そしておそらく背中まで続いていると思われるその酷い傷跡も、彼女の過去が普通の少女ではないだろうことを示していた。
しばらくの間、2人は、小さく走り去っていくその後姿を見つめていた。

そして、あとは自分が、というオスカーの言葉に、ジュリアスは気にはなったが私邸に戻り、オスカーは、森の中を変わらず馬を駆っていた。セクァヌと会えるかどうかは分からないが、帰るためには通らなくてはならない道を選んで進んでいた。もうとっくに夜は更けていた。

と、前方から蹄の音がしてきた。明らかに近づいてきている。道は少し広い一本道。間違いなく会えるはず。オスカーは馬を止め近づくのを待った。

−カカッ、カカッ・・・−
オスカーは自分の視野に映った光景に、思わず目をこすって確認した。
疾走する馬の上に乗っているのは確かにセクァヌ。が、その両の瞳はカッと見開かれており、月の光を浴びたそれは、銀色に輝いている。それは、まるで獲物に定めをつけ急降下する鷹の鋭い視線。加えて闇に踊る銀色に光り輝く髪。
「・・・それとも銀色の豹か?」
オスカーが視野に入った瞬間に受けた印象はそうだった。
瞬間といったのは、彼女がオスカーの姿をその視野に認めると同時に、すぐ馬のスピードを落とし、それと共にちょうど月が闇に隠れるようにゆっくりと目を閉じていったからだった。
−カカッ・・・−
近くまで来たセクァヌの目は閉じられており、一瞬見たあの激しさは幻だったのかと思うほどだった。
「何かご用でしょうか?オスカー様?」
そして、その声は間違いなくセクァヌのもの。明らかに自分を待っていたと感じたセクァヌは、挨拶ではなく、そう聞く。
「い、いや・・・。」
聞きたいことが山ほどあった。が、つい今しがたのセクァヌの鋭い銀色の瞳がオスカーの脳裏に鮮明に焼きついたままで消えていなかった。まるで魅せられたかのように。
そして、近づいてくるにつれ目に入った酷い傷跡。右鎖骨の辺りから胸へと続いていると思われるそれ。後ろのみでなく前にもあるとは思いもしなかった。普段は襟の高いものを身につけている為、全く見えないので気づくはずもない。
オスカーの視線は彼女の瞳から、無意識にその傷に向けられていた。
「・・・・失礼します。」
−カカッ・・・−
そんなオスカーにセクァヌは、自分の傷に驚いて呆然としていると判断し、少し悲しげな笑みを残して、オスカーの横をすり抜けた。
−カカッ、カカッ、ドカカッ・・・−
その蹄の音が聞こえなくなっても、オスカーはしばらくそのまま立ち尽くしていた。

セクァヌは、悲しかった。決して醜いものだとは思ったことがなかったし、それまで回りの者もそんな態度を表すものは誰一人いなかった。が、確かに酷い傷跡だ、と改めてセクァヌは感じていた。その傷跡とそして後ろから見えたであろう傷跡も。

(ここには誰も知る人はいない。アレクだけでなく・・・誰もいない。ここはスパルキアでも、ローガリア大陸でもない。・・私は・・・私の居場所は・・どこにもない。)
アレクシードへの思慕と悲しみを振り切るかのように、セクァヌはイタカを飛ばす。聖地での銀の飛翔は、悲しみを放ち森を駆け続けていた。

 

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