[聖地(神の国)にて]

### その2・剣士の心、銀の炎と赤い炎 ###

 その日、セクァヌはいつものようにイタカを駆って夜遅くまで森を駈けていた。そして、ふと休んだ大木の下でうっかり寝入ってしまっていた。

「・・・こんなところで寝てしまっているのか・・・・」
オスカーはそんなセクァヌを見つけて驚いた。勿論セクァヌがまた馬で遠出していないかと思って探しにきたわけである。
「ぶるるるる!」
セクァヌは完全に寝入ってしまっていた。が、その代わりに彼女の愛馬が、オスカーが近づくことを拒絶した。彼女が起きないように首をあげた彼は、まるでセクァヌを守るかのようにオスカーを睨みつけ、尾をたて、歯をむいて威嚇する。
「わかった・・起こさない。」
「ぶるるるる!」
「触りもしない!誓ってもいい!」
少しでも近づこうとすると歯を剥く馬に、オスカーはしばらく距離をとってじっとその馬と見合っていた。
「せめてマントをかけさせてくれないか?」
そうしていてもただ時がすぎていくだけだった。オスカーはあくまで警戒を解かない馬に思わず頼んでいた。
「ぶるるるる・・・」
と、オスカーの気持ちが通じたのか、馬は、それまでたてていた首をそっと寝かした。
「悪かったな、邪魔して。」
そっと自分のマントをセクァヌにかけると、後ろ髪を引かれる思いで、オスカーはそこを後にした。

翌朝早く目を開けたセクァヌはその青いマントに気付く。
「これは、オスカー様の・・・・」
そのマントに見覚えのあったセクァヌは、それを返すべくオスカーの屋敷へと向かった。

そのオスカーの私邸には、風の守護聖ランディーが剣の稽古にきていた。
その日は緑の守護聖マルセルと鋼の守護聖ゼフェルも一緒だった。

-キン!キン!ガキッ!−

囲いの外からそんな様子を見ていたセクァヌに気付いたオスカーが声をかける。
「セクァヌ・・・・」
目で屋敷内へ入ることの許可を受けたセクァヌは、門から中へと入る。
そして、馬から下りると、マントを持ってゆっくりとオスカーに歩み寄る。
「すみません。これを。」
「あ、ああ・・・・」
短く答えてオスカーはマントを受け取る。
「ありがとうございました。ご心配おかけして申し訳ございません。」
お辞儀をしたセクァヌがひどく寂しげに思え、オスカーは思わず、しかも思ってもいなかったことを口にした。
「どうだ、一汗かいていかないか?」
それはおよそプレイボーイと言われているオスカーが女性に対して口にする言葉ではなかった。
そんなことを言われたセクァヌも、聞いていたランディー、マルセル、ゼフェルら3人も、そして、言った本人のオスカーも驚いていた。
正確には、3人組にはその一汗がなんなのかはわかっていなかったが。ともかく誘ったことに。
「おい、一汗かくって・・・なんだ?」
「さー?」
まさか剣の事だと思わず3人は小声でぼそぼそ言い合っていた。

オスカーはなぜそのようなことを言ったのだろうと、自問自答し、マントを受け取ったときに直に彼女の手に触れたことを思い出した。それまで手をとったことはあるが、どのときも薄手ではあるが手袋をはめていた。しかもセクァヌは指先をオスカーの手に乗せたのみ。しっかりと触ってはいなかった。
今回もしっかりとではなかったが、思わず触れたその手は、小さいとはいうものの、その手自体は少女のものというより、剣士のもの。しかも相当訓練した手だと剣士の本能で感じ、つい言ってしまったのだとオスカーは判断する。

「よろしいんですか?」
しばらくの沈黙のあと、にこりと微笑みながらセクァヌが言った。
「勿論。」
「では・・・お手柔らかにお願い致します。」
セクァヌはその時点で、自分がどういう人物であったか、オスカーと、そして少なくともそれ以上の地位にある人物は知っているだろうと悟った。

「剣は持っているか?」
「いえ。」
その会話で3人は再び驚く。声も出ないほど。
「では、剣を貸そう。どの程度の剣がいいんだ?片手か?」
「はい。中剣があるといいのですが・・」
オスカーの剣はずっしりとした両手持ちの剣である。
「中剣か・・・確か奥の部屋にあったな。」
目配せして使用人に取りにいかせる。

「少し型が違うのだが・・2本ある。どちらがいいんだ?」
「オスカー様の剣は両手持ちの剣。一振りの重さが違います。」
「いや、オレも残った中剣を使おう。」
「いいえ、できれば一番慣れた剣でお願いしたいのです。」
「そうか。それでよければ、オレはいいが・・・大丈夫か?」
「それはおそらくオスカー様がご配慮くださるかと・・・。」
「そうだな。」
「では、私はこの2本ともお借りしたいと思いますが、よろしいでしょうか?」
「2本?君は両手使い・・・か?」
「ええ〜〜〜!!マジで剣を使える〜〜?」
3人はまたまたびっくり。
「つたない腕ではございますが・・・」
「そうか。ではいいだろう。」
「ありがとうございます。」

と、そんなところに夢の守護聖オリビエと地の守護聖ルヴァがやってきた。
実は、二人ともセクァヌを励まそうと彼女の屋敷へ行ったのだがいなかった為ぶらぶらしてたら偶然ここへ来ていたということだった。そして、話を聞いて3人と同じようにそのことに驚く。

「では・・・」
「よろしくお願い致します。」
すっとオスカーが剣を構えると同時にセクァヌも2本の剣をそれぞれの手で構える。
そして、深く息を吸い込みカッと目を開けた。
「う・・・・・」
その瞳にオスカーはくぎ付けになる。
その視線は、月夜に見たあの鋭利な視線。ただ違っていたのは横からの朝日を受け金色に輝いていた。
そして、セクァヌの雰囲気は、いつものものではなく、静かではあったがそこに人を圧倒させるような激しさもあった。まるで静かに燃える銀色の炎。そのことにもオスカーは驚き、そして知らず知らずのうちに引き込まれ、いつしか軽い手合わせだということを忘れてしまった。
そこには純粋に剣士として、同じ剣士のセクァヌを見つめるオスカーがいた。


「ねー、どうしたの?なかなか始まらないよ?」
マルセルが2人が長いこと動かないのに痺れを切らして横にいるランディーに聞いた。
「しっ!黙って!」
剣の腕はまだまだオスカーに敵わないといえど、一応剣士であるランディーは感じていた。2人から発せられている気が普通ではないことを。
「セクァヌの真剣さに引き込まれてるね。ひょっとすると危ないよ。」
オリビエが呟いた。
「危ないって?」
ゼフェルが聞く。
「そうだね、これだけの気を発してるんだ。彼女の腕もなかなかのものみたいだよ?」
「ええ〜〜?彼女が?」
「そう。でなきゃオスカーがあそこまで熱くならないよ。あれは・・・剣士としてしか彼女をとらえていない目だよ。真剣に相手の力量を測ってる目だ。そして、それはセクァヌも、だね。」
「そ、そんな・・・」
思わず3人とルヴァはセクァヌを見つめる。
「まずいな・・・彼女が腕があればあるほど、オスカーが手加減できなくなってしまう・・・ひょっとすると無傷では、いや、擦り傷ではすまなくなってしまうかもしれない。」
「どういうことだよ、それ?オスカー様が手加減してやればそれでいいだろ?」
ゼフェルが不思議そうに言う。
「うーーん、それは腕の違いがはっきりしているときだよ。差が少なければその余裕はなくなるし、それにわざとらしい手加減はセクァヌを見下したことになる。そんなことをしたらそれこそ彼女が傷つく。」
「じゃー、わざと負けるのもだめだよね?」
「そうだね。それに今の2人の雰囲気じゃそれはないよ。そして、これだけははっきりしている、腕も体力的にもオスカーの方が上なんだよ。負けるのはセクァヌ、彼女の方だ。おそらくその事は、彼女本人が一番分かっているはずだよ。だけど、あの様子じゃ彼女はとことんやる気だ。そして、結果的に、あまり彼女がやりすぎるとオスカーであっても余裕がなくなるかもしれない・・・そうなったら・・・・・」
「ど、どうしたら・・・オリビエ様?」
「じ、じゃー、やめさせなきゃ!」
ランディーが焦りの表情で言い、マルセルが止めようと歩を前にだす。
「マルセル!だめだよ、今の2人には相手以外何も見えていない。」
出て行くのはかえって危険だと、オリビエはマルセルを止める。
「じゃー、どうしたらいいの?」
泣き出しそうなマルセルの頭をなでてから、オリビエは思案していた。ジュリアスに連絡を取ろうか・・・しかし、下手にそうすればオスカーたちがとがめられる。そう思うとそれもためらわれた。


静けさと、そこに居合わせた全員が見守る中、セクァヌが一瞬その目を閉じ、そして次の瞬間目を開けると同時にオスカーに切りかかる。そしてそれを受けるべくオスカーの剣が空を飛ぶ。
−キン!ガキン!カン!−
始まってしまった・・・と全員息を飲んで見つめていた。
ランディーとの手合いとは全く異なっていた。セクァヌの剣は静かな炎を帯び、オスカーの剣は、赤く燃える炎を帯びていた。
身の軽さを利用して常に激しく動きながらオスカーに攻撃するセクァヌは、まさしくスカルメール、女戦士だった。
そして、赤く勢いよく燃え盛る炎がオスカーなら、セクァヌのそれは、静かに、そして、激しく燃える銀色の炎。

−キン!ガツ!−
−ザッ!−
何分たったのか、何十分たったのかわからなかった。張り詰めた気持ちで見つめている中、それまでほぼ互角だったものが徐々に差が出てきた。避けたつもりのオスカーの剣が、セクァヌのすぐ後ろで孤を描く。
「あ!危ないっ!」
思わず見ていた全員、心の中で叫ぶ。
−バサッ!−
剣先は、セクァヌの髪を束ねた先にあたり、紐が切れて自由になった彼女の髪が大きく広がる。
「わあ・・・・・」
思わず全員その美しさに目を奪われ、感嘆の声をあげる。
紐が切れた瞬間、彼女の動きにあわせ大きく広がった銀の髪は、陽の光を浴びて金色に輝く。加えて金色の光を放つ鋭い瞳。
−ギン!−
構わず攻撃するオスカーの剣を、瞬時にして構えなおした剣でセクァヌは受け止める。
全員、セクァヌのその動きに釘付けになっていた。
激しい動きにより全身から飛び散る汗さえも黄金色に輝く。そして、汗で身体にぴったりとくっついた衣服で彼女の身体の線が浮かび上がる。それは確かにそれまでに彼らが知っている生まれ故郷や聖地で会った少女のものとは異なっていた。ゆったりとした衣服の下に隠されていた彼女の身体は、鍛えられた戦士のものだった。確かに線は細いが、それまでに見たセクァヌからは到底想像もできないような筋肉質のピンと張り詰めた肢体。そして、その体温で赤みをました肌に白く一段とくっきりと浮かぶ痛ましい傷跡・・・。その光景はあまりにも印象的だった。

−キン!カキン、ギン!−
「あっ!」
セクァヌの剣が続けて彼女の手から弾き飛ばされ、本人であるセクァヌが声をだしていないのに全員が声をあげる。
普通ならこの時点で終わりだった。ランディーの時も剣を飛ばされて中断ということがあった。ようやく終わりか、とその一瞬ほっとしたのも束の間、それで止まると思ったオスカーの攻撃が続いていた。
「な、なぜ?」
思わず心の中で全員叫ぶ。
オスカーは、完全にセクァヌの闘心に引き込まれていた。理性は止めることを要求しているのに、剣士としての本能がそうさせなかった。
セクァヌは、オスカーのその攻撃を避けながら、飛ばされた剣のところへ素早く移動し、剣を掴むと同時に体勢を整える。
−ガキン!−
あと一呼吸遅かったら、オスカーのその一振りは、完全にセクァヌに傷を負わせていた。が、その寸前でセクァヌは手にした剣でそれを受け止める。
「ほ〜〜〜〜・・・」
一同、一応安心する。
だが、その姿勢で、それから微動だにしない。いや、動けないといった方が正しいのかもしれなかった。
上から剣を振り下ろした格好のオスカーと、腰を落としたまま振り返った姿勢で、それを目先で止めているセクァヌ。そのセクァヌに、もはやオスカーの剣を振り払う力はない。かと言え、オスカーが力を抜けば、セクァヌの剣は、その勢いでオスカーを傷つける。ギリギリのところで2人は剣を交えていた。
その剣と同様、2人の鋭利な視線、オスカーのアイスブルーの瞳が放つそれとセクァヌの金色の瞳が放つそれ、が激しくぶつかり合う。
2人の荒い呼吸が聞こえるようだった。

「それまで!」
2人のそんな状態が少し続いた後、背後からジュリアスの声がし、見ていた守護聖らは、驚いて声のした方向を見る。
「それまでだ、2人とも。剣を引け、オスカー、セクァヌ。」
それでも姿勢を崩さない2人に、ジュリアスはつかつかと近づくと、剣を握りしめている2人の腕を、ぐっと押さえ今一度言った。
「ここまでだ。」


「どうしたのだ、貴公らしくもない。」
剣を引き、自分に礼をとったオスカーにジュリアスはきつい口調で言った。
「あ、いえ、ジュリアス様、私が悪いのでございます。」
セクァヌの声に、ジュリアス他一同オスカーから彼女へと目を向ける。
全身汗まみれで肩で息をしているセクァヌへ。その彼女の両の目はすでに閉じられており、つい今しがたの射るような視線は隠れてしまってそこにはない。
「いや、あそこで止めなかったオレが悪いんだ。」
再びオスカーを見る。
「いえ、私が。」
今度はセクァヌを見る。
「いや、やはり男のオレが・・・」
「いいえ、私がつい気を入れすぎて・・」
「まー、よい。今日のところは見なかったことにしておこう。」
2人のそれぞれの主張の言い合いに呆れ果て、ジュリアスはため息をついた。
「が、今後このようなことは慎んでくれ。2人とも自分の立場を今一度思い起こすように。」
守護聖に万が一のことがあれば、それは宇宙の存続にかかわってくる。
「はっ。」
「はい。」

ジュリアスの登場で、どうなることかとはらはらし続けていた見学人たちは、ようやく一息つくことができた。

 

戻る聖地にてINDEX進む