★☆アドベンチャー狂詩曲★☆


  おまけ1 [そして、旅は続く・・・]  


 −コンコン!−
ドアのノックの音が響く。
そこは、ミルとハンナの故郷。2人の育った家は火事でそこにはなかったが、ハンナがしばらく世話になっていた隣人の離れの家を借りてミルとハンナは静かにそこで過ごしていた。それまで満足に持てなかった姉と妹の時を、2人は、ゆっくりと流れる故郷の季節と共に満喫していた。

そんなある日軽く響いたノックのその音に、ミルは思わずびくっと全身を震わせていた。
「おねえちゃん?」
「あ・・・なんでもないの、なんでも。」
小さな離れである。戸口を開ければすぐ2人のいるリビングだった。ちょうど2人はテーブルを囲み、ティータイムをしていた。
なぜだかそのノックの音が、いつもの音とは違った感じを受け、ミルは戸惑いを覚えていた。
「あ、私が出るわ。」
戸口へ行こうとしたハンナを止め、ミルは戸口へ歩み寄った。
−カチャ−
「やー・・・・」
そこには、やはりといおうか、ミルの第六感が囁いた人物が立っていた。
「ごめん・・・来るべきじゃないと思ったんだけど・・・待っているべきだと思ったのも確かなんだけど、オレ・・・・あはは・・こ、こらえ性がないのかな、オレって?・・・」
頭をかき苦笑いをするフィーが、ミルにはまぶしく見えた。
「あ・・と、とにかくここじゃなんだから、入って。フィーのところと違ってせまいけど。」
「いいのか?」
「玄関口で話してる方がおかしな目で見られちゃうわ。」

「フィー!」
「やー、ハンナ、久しぶりだね。元気だった?」
「あ!うん。・・・っと、あたし、おばさんち行ってるわね。」
「え?」
「今日ね、おばさんにクッキーの焼き方教えてもらう約束だったの。」
「そんな事言ってなかったじゃない?」
「だって、今まで忘れてたんだもん。じゃ、フィー、ゆっくりね。」
「あ!ハンナ?」
バタバタ、パタンとハンナは2人ににこっと笑いを投げかけてから、家を出ていった。
「・・・もしかして、ミルも?」
「あ・・ううん、私はそんな約束してなかったけど。」
「そ、そうか。」
「お茶入れてくるから座って待ってて。」
少し慌てたように自分たちが飲んでいたカップを片づけ、ミルは奥へ入っていった。
そう、ミルには、ハンナが約束などなかったくせに、気を利かせて出ていったことは、よくわかっていた。
(もう!いつのまにかおませになって!)
お節介!と呟きながら、それでもそんなハンナの気遣いを喜んでいる自分もいることにミルは気づいていた。
−カタン−
フィーは、そっとイスを引いてそこへ腰掛けると、小さなその部屋を見渡していた。


そして、ミルは、奥のキッチンでお茶を入れながら思い出していた。
藍の神殿を立つ前の晩、ミルフィーに聞いた話をもう一度。それは、ここへ来る途中、そして来てからもずっと考え続けていたこと。



「おばさま・・話って?」
「ええ、そこに座って。おいしいハーブティーがあるのよ。」
ミルが故郷へ帰る前日の夜。異世界から帰ってきてから、ずっと何か聞きたいような様子だったミルに、ミルフィーはおそらくそれが向こうで会ったミルフィー兄のことなのだろうと感じた。
ミルもリーリアも、そして勿論フィーもその事は気になっていたが、向こうであったあの過去の事は忘れ去っているのだと思っていた事と、そしてそれまでのミルフィーたちの態度から、聞いてはいけないことだと判断してその件に関しては聞こうとしなかったのである。そう、それは、異世界であった過去の人物、ミルフィーとミルフィア、2人はあれからどうなったのか、なぜ妹のミルフィアであるはずのミルフィーが兄の名前を名乗り、そして・・・今まで家族の話題にも兄のことがでなかったのか。兄は・・どうなったのか?

「あなたには話しておくべきだと思ったの。」
静かに言ったミルフィーのその言葉に、ミルはびくっとした。それがミルフィー兄のことだと、咄嗟にわかった。
「でも、誰にも言わないって誓ってほしいの。誰にも・・たとえそれが、フィーであっても・・フィアでもハンナでも・・・誰にも言わないと。あなたの心の中にしまっておくって誓って欲しいの。」
「あ・・は、はい。」
いつになく真剣なミルフィーの表情に、ミルは緊張を覚えながら頷いていた。
「どうしようか迷ったのだけど、このことは個の尊厳にかかわること・・その人の存在の有無を問うことになるかもしれないから。でも、やっぱりあなただけには話すべきだと思ったの。」

「おばさま?」
話すと言っておいて、ミルを見つめたまま、なかなか話そうとしないミルフィーに、彼女の気は焦りを覚えていた。果たして自分が聞いていい話なのだろうかと。
「・・フィーは・・いえ、フィーとフィアは、新しい個、新しい存在として生まれ変わったの。」
「え?」
「私は、その昔、ミルフィーでありミルフィアだった。」
「え?」
「それは今もそう。2人の思い出、考え、知識・・・全てを私は引き継いでいる。私はミルフィーでありミルフィア・・・・そして、フィーとフィアは、私の中から新しい『個』、新しい『命』としてこの世に生を受けた私の分身。」
「え?」
「いえ、私の方が分身というべきかしら?」
「おばさま?」
にこっと今一度笑顔を見せ、ミルフィーは少し声を低くして言った。
『今度会うときは、正真正銘の男として君の前に立つ。』
「え?」
あまりにもの驚きで、ミルの目はこれ以上ないというほど見開かれていた。
それは、爆発の中で別れ、夢の中で出会ったミルフィー兄の言葉。それは誰にも話していなかった。
「あの時、レイムの言霊の術に自分の気持ちを込めて飛ばしたの。」
「おばさま・・あの時の記憶が?・・じゃ、じゃー、ミルフィーは・・・おばさまだったの?男じゃなかったの?」
「爆発のショックで記憶をなくしたというのが正しいんでしょうね。あなたたちがあの世界へ旅立ってから、ふと思い出したの。」
「お、おばさま?」
自分の想いの全てを否定されたような気がし、ミルは目の前が真っ暗になっていた。
真っ青になり、小刻みに震え始めたそんなミルの両手を、ミルフィーはそっと包んだ。
「あの時は・・・私は男だった。身体は妹のミルフィアだったけれど、心は、確かに兄のミルフィーだった。」
「え?」
自分の恋はいったいなんだったのか・・・からかわれていたのかと、地のどん底へ突き落とされた気持ちだったミルは、何か続きがあるようだと感じ、ミルフィーをじっと見つめた。

「フィーはミルフィー兄の魂の生まれ変わり、そして、フィアは、妹のミルフィアの魂の生まれ変わり。」
「え?」
「簡単に言うとそうなるわね。でも、フィーはフィー。そして、フィアはフィア。それぞれ新しい人格を持って新しい肉体に宿った新しい個。ミルフィーでもミルフィアでもなく。」
「お・・おばさま?」
フィーとフィアがミルフィーとミルフィアの生まれ変わりなら、目の前にいるミルフィーは・・何者?・・・ミルの思考はすっかり混乱してしまっていた。

訳がわからず、ぼかんとしているミルに、ミルフィーはゆっくりと話し始めた。長い冒険の話を。ミルが知っている話、つまり、奪われた身体を探して旅に出た頃からの話を。一応、適度にかいつまんで話したとはいえ、それでも長い長い話。
ミルはじっと耳を傾けていた。


(信じられないような話だったわ。・・・・結局、フィーはミルフィーの生まれ変わり・・ということでいいの・・よね?あの時の記憶は・・ないけど・・・性格も・・・ずいぶん変わっちゃってるけど・・・。)
性格も顔も自分が恋したミルフィーじゃない、でも魂はミルフィー・・・それだけは間違いない、とミルは考えていた。
(でも、そうすると、私が好きになったミルフィーは、2人が1つになっておばさまになった時、・・・死んだ・・・?)
記憶は今のミルフィーの中に残っていても、女性であり、心が違う彼女は、明らかにミルの恋したミルフィーではない。
(死んだわけじゃないって言ってたけど・・でも、結局そういうことになる・・の・・よね?)
それが故郷へ帰ってきてからずっと考え続け、彼女が出した結果だった。
が、不思議に、あまり悲しみは感じなかった。


『ミル・・・・今度会うときは、正真正銘の男として君の前に立つ。だから・・・それまで、その言葉はしまっておいてくれないか。・・・・いや、その時は、オレの方から言う。だから、それまで・・・。』
決して忘れることはないその言葉。夢の中で会ったミルフィーが、熱い瞳で言った言葉がミルの脳裏に蘇っていた。(参:炎の中の再会と別れ(2)
(・・・つまり、だから、私と初めて出会ったとき、すぐに少女だと見破って・・・私に?・・・)


「ミル?」
お茶を取りにキッチンに入ったまま、なかなか来ないミルを待ちきれず、フィーがひょいとキッチンの戸口から顔をだした。
「ミ・・・」
ルフィー・・ともう少しでミルは叫ぶところだった。
それは、ミルフィーの顔がフィーの顔と重なったからである。
そう、夢を見たあと、気づいたときのように。
「どうしたんだ?」
「あ、ううん・・べ、別に・・・。」
「ミル?」
「え?」
−バッチーーン!−
どこか寂しそうな表情だったミル。ついうっかりというか、無意識に引き寄せキスしようとしたフィーの頬に、ミルのビンタが入った。
「ご、ごめん、ミル・・・なぜかきみが寂しそうに見えて・・あんまりかわいかったもんだから・・・・ミル、待ってくれってば?」
スタスタとフィーの横を通り過ぎ、居間にいくミルの後ろ姿は、確かに怒っていた。
「まったく・・・」
そして、テーブルのところまで行くと、フィーを振り返った。
「もう少し誓いに忠実でいられないの?手は出さないとか言って、これで何度目?」
「あ・・・ご、ごめん・・だって、ミルが・・・」
「私のせいにするなんてずるいでしょ?!」
「ご、ごめん・・・・」
すっかりしょげ返るフィーの情けない顔をみて、ミルは思わず笑いをこぼす。
「くすっ・・ホントに・・・そういうところはしっかりカルロスおじさまからもらっちゃったのね?」
「う・・・・・」
「きちんとしてくれないと、連れてってあげないわよ?」
「え?連れてってとは?」
「ハンナは隣のおばさんのところの養女になることが決まったの。」
「え?」
にっこり笑ってミルは続けた。
「前から子供のいないおばさんとおじさんのお気に入りだったから。病気も治ったことだし。」
「で?ミル・・は?」
「私は・・・やっぱりミルフィーの血を濃く引いてるんでしょ?」
「は?」
「もうダメなのよ。冒険に出たくてうずうずしちゃって。」
「じ、じゃー・・・」
「そ。またトムート村へでも行こうかなって思ってるの。勿論ハンナも承知してくれたわよ。」
「あ・・ミ、ミル・・・オ、オレ・・・」
目を輝かし、それでも、口まで出かかっているセリフをフィーは遠慮して押さえていた。
「リーリアもカノンも一緒よ。」
「一緒って・・・い、いつの間にそこまで話が進んだんだ?」
「そうねー・・・フィーがこっちに向かってくる旅の途中・・かな?」
「はあ?」
「言い出しっぺはカノンよ。」
「カノン?」
「そ。だから風の精霊から伝言があったの。」
「な、なるほど・・・風の精霊なら連絡も早いよな?だけどなぜオレのところには来なかったんだ?」
「うん。それはね、私のOKが出てからだって言ってたわ。」
「ミルの?」
「そうよ。だから〜・・いい?仲間に狼はいらないのよ?」
「わ、わかった。絶対誓いは守る!決して破るような行動は取らない!」


めでたく(笑)誓約も整い、フィー、ミル、リーリアそしてカノンは、再びパーティーを組んでトムート村を拠点として冒険を始めた。
ミルは、フィーがゼロからのリスタートなら、彼女も又ゼロからスタートすべきだと思っていた。といっても、前世?の記憶がないだけで、ミルフィー兄だったときの想いにしっかり囚われているとも思えたが、それでも、ミルは、そう思うことにした。
そして、ミルはミルで、フィーが兄ミルフィーの生まれ変わりだということは、この際切り離して考えることにした。
が、時折、ふとフィーの中に感じる兄ミルフィー気。そんなとき、嬉しさを感じている自分がいることにも気づいたミルは、どうやらお互い完全なゼロスタートでもなさそうだ、と思いつつ、それでも、素直にフィーを受け入れる気にはまだまだなりそうもないとも感じていた。
やはりその第一の理由は、性格が違いすぎるところだろうか?外観同様、カルロスに似すぎてしまったのがフィーにとって不利だった?(笑
いや、ミルと出会う前は、どちらかというとミルフィーに似てシャイだったのだが・・・。それが告白したくてもできず、ぐっとこらえていたミルフィー兄の気持ちの反動からだといえばそうなのかもしれない。
ともかく、謎は解決し、ミルは一つの決心をしていた。恋したミルフィーにもう会えないことはつらく残念なことではあるが、でも、そこに彼の魂はあった。すぐ目の前に。そのせいでさほどショックを感じないのだろうとミルは判断していた。
そして、生まれ変わりとしてではなく、目の前の人物をフィーという新しい個としてとらえることにした。それが数ヶ月フィーと離れて考え続けていたミルの結論。

「急ぐ必要はないわよね?まだ若いんだもん。」


冒険の旅は、そして、心の旅はまだまだ続く。終着点は遙か遠くなのか、それともすぐ目の前なのか?

今日も楽しげに塔へと向かう4人の頭上には、真っ青な空が広がっていた。




♪Thank you so much!(^-^)♪

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