そして、渚はイルに山賊の隠れ家であった事とシュメの話をして、精霊魔法を使う山賊の仲間のリーに会うため山道をイルと共に急いでいた。
渚の懸念は、イルの必死の(?)説明によりどうやら解けたようだが、それでもあまり面白くない彼女はぶすっとしていた。
道ならぬ山道を、木々や草をかき分けながら進み半日ほどで山賊の隠れ家に着いた。
「お頭〜!また来たよ〜!」
渚は遠くに山賊の頭目、ザキムの姿を見つけ、大声で呼んだ。
その声で顔を上げ渚を見たザキムは、いかにも山賊というごつい顔をくしゃくしゃにし、大喜びして渚を迎えた。
渚は早速リーの力を貸してくれるよう頼み、ザキムは快く引き受けてくれた。
そして渚とイルは、山に入っているというリー本人の承諾を得るため、そこに向かった。
「リー!」
遠くにリーの姿を見つけ、渚は叫んだ。はっとしたように顔を上げ、リーは、二人が近づくのを立ち止まって待っていた。
「リー。」
「渚・・何か?」
「あ、あのね。リーの力を貸してもらえないかなって思って。お頭にはもう話してあるんだけど。」
渚はリーにもザキムと同じ話をした。
「なるほど・・・私の力が役に立つのであれば、喜んで協力させていただきます。が・・」
しばらく考えていたリーは静かに言った。
「が?」
「渚たちが私を信じてくだされば良いのですが。」
リーはそのすっぽりかぶったフードをゆっくと取る。2人は彼の顔を見てしばらく声がでなかった。
彼の両目は潰れており、その両の目を縦断するように酷い刀傷があった。が、それを除けば、銀色の長い髪とその顔は黒の魔導士ゼノーのそれ、そのもの。
「この傷は、1月ほど前ゼノーと戦った時のものです。その戦いに破れ、瀕死の重傷を負って谷間に倒れていたのを今のお頭に拾われたのですが・・・」
「で、でも、・・・」
渚は自分が震えているのを感じていた。その全身にゼノーの冷たさが蘇っていた。
「ゼノーは、私の双子の兄なのです。」
「ふ、双子?」
イルもかなり動揺していた。
「そうです。幼いとき訳あって別れたきりだったんですが・・。」
2人は言葉が出なかった。
「渚がゼノーを倒した娘なのだと最初会った時、何となく感じてました。それに、イル、あなたの事も。目は見えなくても全身で感じました。そして、渚が竪琴を弾くにあたって、確信したのです。あなたが、女神ディーゼの加護を受けた娘であり・・兄が欲していた、兄を倒した娘だと。」
「で、何だと言うんだ?」
イルは警戒していた、ゼノーの仇でも取ると言いだす事を。
イルの雰囲気でそれを察したリーは、悲し気な顔をした。
「・・・私は・・黒の魔導士が兄だと分かった時、悩みました。できれば兄を説得したかった。でもできませんでした。兄はその心を閉ざし、私にさえ開いてくれませんでした。そうさせたのは、私かもしれませんが。・・」
リーはしばらく昔を思い出しているかのように空を見上げていた。
「双子は・・片方の体験を疑似体験できるとも言います。別れてから兄に何があったのか知りません。ただ生きているだろうとは感じていました。あまりにも生活がかけ離れていたのでしょう。が、今回、兄と会ってから、夢でも見るように所々体験していたのです。とても不思議な感覚です。・・・それはともかく、兄は死にました。が、もし私の内に宿っていることも考えられます。そして、もしそうだとしたら・・私が同行することは、非常に危険な事となります。私には、兄が内にいるとも、そうでないとも言い切れないのです。」
「どうして、あなたとゼノーはこんなに違ってしまったんですか?」
リーの話を聞いているうちに、少しずつ落ちついてきた渚は思った、リーにはゼノーの様な冷たさがないと言うことを。その反対に温かさが感じられた。とても温かい人なのだと思っていた。
そして、リーは幼い頃の事を少しだが、2人に話した。その桁外れな魔法力と魔物の瞳と言われる紫の瞳のせいで、産みの母にも捨てられ、村人に散々迫害され、追われ、命さえも狙われ、村や町を転々と渡り歩いた事を。
「とにかく、生きるために私たちはあらゆる事をしました。盗みなど、日常茶飯事の事です。最もほとんど兄が私を養ってくれたようなものですが。・・ある村での事です。兄が熱を出し、私は途方にくれていました。偶然私と会った女の子が、森に隠れていた私たちに、自分の食事から少し、持ってきてくれるようになったのです。ですが、ある日、その子は、私たちの所に来る途中、狼に襲われ、死んでしまったのです。私たちの事を知った村人は狂ったように山狩りをし、捕らえようとしたのです。私たちは必死で逃げました。が、途中、兄が獣用の罠にその足を取られたのです。兄と私は必死にそれを外そうとしました、が、その時村人はもうすぐそこまで迫っていたのです。手に鎌や鍬を持ち、私たちを殺そうと鬼のような形相をして。私にはそれが丁度死の鎌を振りかざした死神に見えました。その恐怖に私は、兄を・・見捨てて逃げてしまったのです。その後は・・多分、兄は私の想像を越えた酷い体験をしたのでしょう。運良く私は、街道筋に倒れていた所を旅人に拾われ、その人に育てられました。その人が精霊使いだった事もあり、今の私があるわけですが・・兄には、手を差し延べてくれる人が誰もいなかったのでしょう。その時以来、兄との心の繋がりは、ぷっつりと切れたままでした。黒の森で会うまでは。」
「そ・・そんな。」
想像し得なかったリーとゼノーの体験に2人は驚愕していた。
「私には・・最後に別れたあの時の兄の叫びが忘れられません。兄は、私に逃げるよう言ってくれたのです。捕まった自分がどうなるのかは十分承知の上。・・一瞬私は躊躇したのですが、次の瞬間には、もう、駆けだしていました。」
多分リーは、今までその精霊使いの人以外誰にも話した事がないだろう、と渚は思った。悲しそうに、そしてそれでも淡々と話すリーの心境は、いや、淡々と話すからこそ、それだけリーの心は傷ついている。
「それは・・仕方なかった事だと思う。私でも多分、そうしたと思う・・リー、あまり自分を責めないで。」
渚はそっとリーの両手を取り、握った。
「ありがとう、渚。」
しばらくの間、渚はリーを、リーは渚をその見えない目でじっと見つめていた。
「私を育ててくれた精霊使いは、もう亡くなりましたが、私に攻撃魔法を教えてくれたお師匠様がいます。その方に頼んだ方がいいと私は思うのですが。」
リーは渚の手を放し、歩き始めた。
「でも・・・・」
「仲間は心から信用できる者でなければなりません。私はその方がいいと思うのですが。」
「ううん!私はリーでいい!・・あの、もしリーが嫌でなければ・・。」
「俺も。もし、ゼノーになってしまったとしても・・その時は俺が渚を守る。大丈夫だって!」
「渚、イル。」
リーはその歩みを止め、2人の方を振り返った。
「しかし・・」
「私、リーはとても強い人だと思うの。だから、例えリーの内にゼノーが潜んでいて、何かの拍子に現れても、絶対打ち勝つと思うの。だから・・リー・・・」
渚はリーの目の前に立ち、じっと見つめていた。
リーはじっと考え込み、沈黙が渚たちを覆った。
木々の間を駆け抜ける心地よい風と小鳥の囀りだけが聞こえていた。
「分かりました。こんな私でよければ、同行させていただきます。ですが、もし意識をゼノーに乗っ取られ、私自信を取り戻しそうもないと判断した場合、かまわずその剣で私を殺して下さい。」
しばらくして、リーは渚のイヤリングの剣を指して言った。
「えっ・・で、でも。」
「お願いです。約束して下さい、私を殺すと。私の心まで闇に染まらないうちに。」
「そんな事言われたら、俺だって一度はゼノーに操られたからな。」
イルが体裁悪そうにそっぽを向いた。
「分かったわ・・約束する・・でもリーなら大丈夫よ。そんな事あり得ないわ!」
渚は再びリーの手を取り、固く握った。
「ありがとう、渚。」
リーもまた渚の手を固く握り返すのだった。
「じゃ、旅の仕度しようか。向こうは寒いから服とかもいるし・・・。」
イルはリーに少し嫉妬も感じながら、それでもリーが仲間になる事に、安堵した。
イルも渚同様、リーが信頼に足る人間だと感じていた。
「うん。お頭に聞いてみる。」
「今日はもう遅いので、仕度は明日するとして、私たちの小屋に泊まりませんか?粗末な小屋ですが夜露くらいは凌げますので。」
心の内を話し、二人に微笑んだリーに、先程までの陰りはもうなかった。
「そうね、お頭もそう言ってたし。」
渚たちが帰ろうとした時だった、手を振って駆けてくる女の姿が木々の間から見えた。
「あ、あれは・・・!」
「どうしたの、イル?」
少し焦りだしたイルを見て渚は、不思議に思った。が、はっきりその女の姿が分かるようになって納得した。
それは、ファラシーナだった。ファラシーナは近くまで来ると、息を切らせながらイルに言った。
「あ〜疲れたぁ・・・。こんな奥まで来てるんだもん・・。」
「ど、どうしてここへ?」
「あたいね、あんたたちに付いて行こうと思ってさ。ちゃんと親方から許しも、もらったし。」
ファラシーナは早速イルの片腕に自分の腕を絡ませた。
「お・・おい、いいのか?団きっての舞姫がいなくても?」
「まぁ、なんとかなるさね。世界がなくなっちまったら、それどこじゃないからね!」
何とかファラシーナを思い止まらせようとしたイルだが、彼女の勢いに押され、結局一緒に行く事になった。
「術の使い手は多い方がいいと、私は思います。」
「あっ、あんた話が分かるね!」
リーは渚に一瞬睨まれたような気がしてびくっとした。
そして、その夜はそこに泊まった渚たちは、ザキムと黒の森から始まる話を明け方近くまで話していた。
翌日、正午近くにようやく起きた渚たちは、出発の準備を始めた。山賊から足を洗うことを決め、もうあまり必要ないから持っていけというザキムの言葉に甘え、倉庫の山のような武器や道具から、イルたちは必要な物を揃えていた。
「とにかく、相手は神龍なんだ。手強いぞ。話して理解してくれるようならいいけどな。」
「そうね・・・快く龍玉をくれればいいんだけど。」
誰もが不安を感じていた。
「魔法玉、もっといるわよね?もうあまりないんだけど・・。」
「ああ、そうだな。俺の攻撃魔法は利かないだろうしな。」
「そうよね・・イルの魔法は神龍の力を借りる魔法だから。・・・じゃ、後は、剣を使うか・・魔法玉・・か。」
「私、お頭に聞いてくるね。」
渚はもしあったらもらおうと思い、ザキムに頼む為走って行った。
しばらく経ちイルたちの所に戻ってきた渚はがっかりしている様子だった。
「駄目だったのか、渚?」
「う、うん。ここにはないんだって。それにガラス玉が不足していて、この辺りの町にはもうないって。黒の森の事があって、魔物が増えてたから。」
「ふ〜ん・・・ガラス玉さえあれば、今のうちにあたいの魔法でも、封じておくんだけどね。」
倉庫の奥から、自分の使えそうなダガーをどっさり袋に入れて持っていたファラシーナが言った。
「チュララ?」
その話を聞いていたのか、ララが渚の袋から出てきた。
「ララ?随分長いこと顔を見せないから、何処かに行ってると思ってた。」
事実、ララは結構散歩する事が多い。いつの間にかいなくなり、いつの間にか帰ってきているのだ。
「チュラ!」
ララは自分の身体を膨らませると、イルたちが何をするのかと思っている目の前で、次から次へと、玉を吐きだした。
「えっ、こ、これ、優司のビー玉!」
そう、それは渚が自分の世界に戻った時、ララが飲み込んだ弟、優司のビー玉だった。
「使えるみたいだね、これ。」
ファラシーナがビー玉を摘んでそう言った。
「やったねっ!」
「チュララッ!」
3人は顔を見合わせた。早速ファラシーナが自分の魔法をそのビー玉に封じ込み始めた。
その日の夕方、魔法力を使い切ったファラシーナは、ぐっすりと寝込んでいた。準備も整い、もう一晩ここで世話になり、ファラシーナが目を覚まし次第出発する事になった。
「イル・・・大丈夫かな?」
「大丈夫だって!」
2人は満点の星空を見上げ、小屋の外で肩を並べて座っていた。
「そうね。・・・そうよね!女神様がついてるもん!」
「そういうこと!そろそろ休んだほうがいいぞ。」
「うん。お休み、イル。」
「ああ。・・・あっ、渚!」
イルが立ち上がり小屋に入ろうとする渚を呼び止めた。
「何、イル?」
イルは、自分も立ち上がり、振り返った渚に一歩近づいた。
「渚・・・」
イルは、渚を抱きしめたい衝動に駆られていた。が、ぐっと思い止まり、渚に差し延べかけた腕を引っ込めた。
「いや・・何でもない。よーく寝ておくんだぞ。」
「うん。」
渚はにこっとイルに笑いかけると、小屋に入って行く。
「眠れそうもないな・・・・」
渚の入っていった小屋の壁にもたれ掛かると、イルはじっと星空を見上げていた。 |