「では、始めましょうか。」
リーがイル、渚、ファラシーナの顔を見回すと静かに言った。
翌日、一行は隠れ家からあまり遠くない小高い丘に立っていた。
じっと彼らを見守る山賊の仲間。
リーは精神を集中し魔方陣を描き始めた。彼の指が精霊文字を宙に描き、それが地面に描いた円内へ収まっていく。精神で描かれた緑銀の魔方陣が出来上がっていった。
「す、すごーい!」
渚は思わず呟いていた。
「それでは、お頭、みなさん、お世話になりました。行ってきます。」
「おうっ!渚様を頼むぜ、リー。」
ザキムが仲間を代表して叫ぶ。
「じゃ、みなさん、魔方陣の中へ入って下さい。」
リーはザキムの言葉に頷くとイルたちを促した。
イル、渚、ファラシーナが中に入ると、リーは静かに呪文を唱え始める。
「我が声を聞きし我が友、風の精霊よ、我が願いを聞き届けたまえ・・我等を、遥か北方にあるフリーアス山の頂上に、炎龍の眠る洞窟へ運びたまえ・・『風飛翔!』」
−ヒュゥゥゥゥゥ・・・・−
魔方陣の中心から風が舞い上がり、一行を取巻いた。
「ここは?」
風に送られ、一行が目にした光景は、予期していた雪山でなく、見たこともない冷たい風が吠えるように吹く荒野だった。
当たり一面草木1つなく、どこまでも荒れた岩地が続いていた。
「あっ、リー。」
声もなく倒れるリーに渚は慌てて手を差し延べた。イルもそれに気づき、手を延ばす。
「リー、大丈夫?」
イルに抱き起こされたリーは苦しそうに話す。
「すみません。術を何者かに邪魔されたようです。」
丁度私が闇の魔方陣に出ずに、廃墟に出てしまったのと同じなんだ、と渚は思った。
「何者かって・・・誰?」
「・・分かりません。が、私と同じ精霊使いか・・後は・・・風龍くらいでしょう。」
「風龍・・・・」
「うう。寒っ!こんな冷たい風の吹く所にいたんじゃ凍えちまうよ!どこか風のあたらない所へでも行かなくちゃ。」
ファラシーナがその辺を見て来たらしい。荒野を下ったところに家らしいものが見えたというので、そこへ向かう事にした。
イルが意識を失ってしまったリーを背負うと、一行はその場所へと歩みを進めた。
「な、何?ここ・・誰もいないみたい・・。」
その2階建ての家はシーンと静まり返っていた。表を吹き抜ける風の音だけが聞こえている。
「まるで・・お化け屋敷みたい。」
渚は入りながらぞくっとした。
「こんにちはー!」
いくら呼んでも返事はなかった。
「とにかく何処か休める所を探さないと・・」
イルがリーの重みに耐えかねて言った。
「あたい2階を見て来るよ。」
ファラシーナが階段を駆け上がり、イルはそこにそっとリーを下ろした。
そこはがらーんとし、家具も何もなく、ただ暖炉があるのみ。薪も置いてなく、風は遮ったとはいうものの、寒い事には変わりなかった。
「奥の台所にも何にもない。ポットと食器が少しあるだけだ。裏から出た所に井戸があったから、今、お湯を沸かしてる。少しはあったまるな。」
奥を見てきた渚がイルに言った。渚はこんな事ならインスタントコーヒーやカップ麺をリュックにでも入れてパソコンの前に座っていれば良かったと思った。
「薪があったのか?」
イルは渚が家の裏で見つけた薪を持ってくると、暖炉に火をつける。
「イル、寝室は使えるみたいだよ。」
ファラシーナに言われ、とにかく寝室にリーを運ぶとそのベッドに寝かせた。
二階に寝室が四つ、一階は入ったところの広い玄関ホールのような部屋と奥にダイニングとキッチンそしてバスルームがあった。
「どうしよう?」
お湯を飲みながら、3人は暖炉を囲んで相談した。
「とにかく、リーの回復を待ってまた魔法で移動するしかないだろう。ここが何処かも全然分からないんだからな。」
「そうだね、下手に動かない方がいいよ。それにもう暗いし。」
「でも布団があってよかったよね。でないと凍え死んじゃうところだから。」
「う〜ん・・あたいは、イルと温め合った方が良かったような・・・」
「渚、もう一杯!」
イルは話題を変えようと、ファラシーナの言葉を慌てて遮った。
「はい、イル。」
渚はカップにお湯を注ぐとイルに渡した。イルは一口飲むと再び話し始める。
「ああ。だけど、ホントにここは何処なんだろうな?」
「さあ?」
「俺はここで起きているから、渚とファラシーナはもう休んだ方がいいぞ。」
欠伸をし始めた渚に気づき、イルが言った。
「で、でも・・・。」
「いいから・・。」
渚はファラシーナの事が心配だった。今にもイルを誘惑しそうな気配。
「チュラッ!」
ララがひょこっと渚の衣服の中から顔を出した。パソコンの前での一件以来、ララは時々渚の胸に入るようになってしまっていた。いくら渚が出そうとしても無駄で、ついには渚も根負けしてララの勝手にさせていた。最も直接ではなく、下着と服の間なので、渚も仕方なく許したのだが。
ララは飛びだすと、ピョコンとイルの肩に止まった。まるで渚の心配が分かり、安心させるかのように。
「かっわいい!これ、ベビースライム?」
「チュチュラ!」
ファラシーナが手を延ばすと、ララは怒ったように睨んだ。
「とと・・嫌われちまったみたいだね。」
慌てて手を引っ込めたファラシーナを見て、渚とイルは目を合わせ苦笑いをした。
「まぁ、いいや・・・あたいも寝るよ。」
大きく欠伸をするとファラシーナは上がって行った。
「じゃ、私も。お休みなさい、イル、ララ。」
「ああ、お休み。」
「チュラ。」
その夜、昼間荒野を歩いた疲れで渚はぐっすりと眠っていた。ふと、人の気配を感じ、渚は目を開ける。
「リ、リー!」
渚は驚いた、ベッドの横にはリーが立っていた。
「リー、もう大丈夫なの?」
渚は起き上がろうとした、が、まるで金縛りにでもあったように動けない。
(な、何?どうしたの、私?どういう事?)
渚は焦り始めた。何とか体を動かそうとするのだが、一向に動きそうもない。
「渚・・。」
その声を聞いて渚はびくっとした。その声はリーの温かいそれでなく、確かにあのゼノーの冷たい声。
「リ、リー?・・・じゃない、まさか、まさか・・ゼノー?・・・」
動けない渚の全身に寒けが走った。
「イ、イル・・」
渚は階下のイルを呼ぼうとした、が、声も出ない。渚は恐怖に脅え、リーを、ゼノーを見ていた。
「渚、我が闇の女王・・」
ゼノーはゆっくりと渚の顔に手を延ばしてきた。
「いや、いやよ・・イルっ!イルぅっ!」
渚は出ない声で叫んでいた。
ゼノーの延ばした手が渚の顔を捕らえると、もう片方の手が渚の身体に延びてくる。
「イル!・・イルぅーっ!」
身動きも出来ず、声も出ない渚は涙を流す事しかできなかった。
『決して闇の者の手に堕ちるでないぞ。』
魔技のおばばの声が渚の頭に響いた。
(おばば、イル、女神さま・・)
ゼノーの身体が重く渚に覆いかぶさってくる。その冷たい舌が渚の胸を這い、手が渚の身体を弄った。
「いや、いやあああああっ!」
と、突然、その手が、ゼノーの身体が、渚から離れた。
涙をその目に溜めたまま渚は不思議に思ってゼノーを見た。
渚の目の前には苦痛にもがくゼノーの姿があった。リーの顔に重なるようにゼノーの顔が見え隠れしている。
ようやく身体の自由が戻った渚は、ベッドの隅に身を寄せしっかりと毛布を抱えながら、声も出さずに身を強張らせてじっとそれを見ていた。
「ぐ・・ぐ・・・・」
床に転がり、ゼノーはまだ苦しんでいた。
(リ、リーが・・・戦っているんだわ。・・・きっと・・)
「ぐ・・・・ぐおおおおおー・・・・」
どのくらい経っただろう、その声を最後にゼノーの顔が重ならなくなった。
「はあ、はあ、はあ・・・」
そこには、確かにリーがいた。苦しそうに肩で息をするリーがいた。
「リ、リー・・・?」
渚は動かないまま、恐る恐る声をかけてみた。
「すみません、渚・・・」
まだ息づかいの荒い中、リーは顔を上げ、渚の方を見た。
「やはり・・私は一緒には・・」
「駄目!来なくちゃ駄目!・・それに、もうゼノーは行っちゃったんでしょ?」
悲しそうな顔をしてそこに座り、項垂れるリーに、渚は思わず近寄ると、その手を握る。
「渚・・・」
「もう、大丈夫なんでしょ?」
「渚・・・」
渚の問いには答えず、リーは強く渚の手を握り返した。しばらくそのままで見つめ合っていた2人は、疲れのせいか、そのうち抱き合うようにして、そのまま眠ってしまった。毛布にくるまり、そこに座り込んだまま。
「きゃっ!」朝、渚は床に座り込み、リーの胸で寝ている自分に驚いて声を上げた。
「あっ、す、すみません。」
その声で目が覚めたリーもその状態に驚き、慌てて渚の身体を放す。
真っ赤になった2人は、お互いに背を向けたまま、しばらく動けなかった。
「あ、あの、私・・着替えるから・・あの」
イルかファラシーナがそのうち呼びにくるだろうと思った渚は、まだ恥ずかしいのを我慢して声をかけた。
「そ、そうですね。では・・・私は。」
ゆっくりと立ち上がると、リーは顔を赤くしたままそっと部屋から出ていった。
(・・・・あれから、私・・・)
渚はリーが出ていってから考えていた、ゼノーの事とゼノーが消えてからの事を。
(あのまま・・寝ちゃったのよね・・そうよね、何も・・なかったのよね・・。)
2人はどうやら疲れの方が酷くて、眠ってしまったらしいと渚の結論は出た。
(リーのさっきの顔、真っ赤で。年上のくせに純情なんだ、リーって。)
自分も真っ赤な顔をして渚は思っていた。
「渚、起きてるか?」
ドアをコンコンと叩き、イルの声がした。
「あっ、はーい。」
渚は返事をすると慌てて着替えはじめた。
階下へ行くとファラシーナが仕度をしてくれたらしく、お湯が用意されていた。
「リー、大丈夫かい?」
起きてきたリーの姿を見つけるとファラシーナが言った。
「ええ、もう大丈夫です。すみません、ご心配おかけしました。」
そのお湯と持ってきた食料で朝食をすませると、今度こそという気持ちで一行は外
に出る。
外は相変わらず、風が強く寒かった。
リーは渚に微笑むと魔方陣を描き始めた。
「じゃ、今度こそ炎龍の元へ・・しゅっぱーつ!」
渚はリーに微笑み返すと、わざと大声で言った。
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