1週間後、2人は途中猛獣や魔物の襲撃に合いながらも、無事ナセルの町に着いていた。
が、そこでの巡業はもう終わった後という事で、次の町『タタロス』へと2人は向かった。
急げばジプシーの一行に追いつくかもしれない。2人は休む時間をなるべく少なくして歩き続けた。
「イルっ!あれっ!」
木々の間から、山道の先にジプシーらしい一行の姿を見つけ渚は大声を上げた。
「ああ・・・どうやらそうらしい。」
イルも渚に言われるまでもなく、見つけていた。
幌馬車が5台のあまり大きくない一団だが、間違いなかった。
が、どうも様子がおかしい。近づくにつれ、どうやら山賊の襲撃にあっている事が分かった。
「渚っ!」
「うん!」
2人は駆けつけた。イルは呪文を唱えながら、渚は、イヤリングの剣を構えながら。
「わあー!わあー!」
そこは既に戦場になっていた。辺りは剣を交える音や、叫び声、悲鳴が響きわたっていた。
力無い者は、馬車を捨て森に逃げ込み、残った戦える者たちが必死に攻防を繰り返していた。
イルは透かさず攻撃に入る。
「渚っ、何をやってるんだ?」
イルは剣も交えず、突っ立っている渚に気づき、大声で叱咤した。
渚は勢い良く駆けつけたものの、戸惑っていた。それまでの経験で、モンスター類との戦闘は、どうって事はない。しかし、今回は山賊とは言え、人間。それも恐ろしい形相の男たち。渚は怖くて身震いがし、動けなくなってしまっていた。戦意がなくなったせいで、剣は既にイヤリングに戻っていた。
「渚っ!」
イルの声ではっとした時だった、渚は後ろから大男に抱え上げられてしまった。
「きゃあっ!」
渚は驚いて、手足をばたつかせた。が、そのくらいで男の手が解けるわけはない。
男は、渚という戦利品に満足したように山の奥へと入ろうと足を進める。
「イル・・イルぅ・・・・」
「くそっ、渚を返せっ!」
渚の方に駆け寄りながらイルが呪文を唱える。
「風龍ウィナーゼとの盟約に基づき、我、全てを切り裂かん・・・・『緑龍裂風!』
「氷に住まう精霊たちよ、我に力を・・・・『氷翔風壁!』」
別の方向から声がし、イルの攻撃は吹雪の壁で消されてしまった。
「な、何だっ?」
イルがその声の主の方を見たその一瞬の隙だった、後ろから山賊の1人が切りつけた。
「しまったっ!」
一太刀めはなんとか交わしたものの、次の一太刀が、イルの脇腹をえぐる。
「な・・渚・・・」
イルは渚が連れ去られた方向に片手を延ばしながらその場に倒れた。
「気がついたかの?」
気がついたイルの目に写ったのはジプシーの老婆。
「な、渚は?・・・痛っ!」
慌てて起き上がったイルは、脇腹に激しい痛みを覚え、そこに手を充て、再び倒れ込む。
「ほれほれ、急に動かんことじゃ。脇腹を切られておるんじゃからの。また傷口が開いてしまうぞ。」
老婆が心配そうに動こうとしたイルを止めた。
「渚・・・渚は?」
イルは幌馬車に乗せられていた。振動と幌馬車を引く馬の蹄の音がしていた。老婆の他には荷物だけで、渚の姿はどこにもなかった。イルは自分の事などどうでもよかった、ただ渚の事だけが心配だった。
「残念じゃが、お連れの娘さんは山賊共に連れ去られてしまっての・・・。」
「そ、そんな・・・。」
イルのその目は驚きと悔しさで大きく見開かれていた。そして、思い出していた、自分の術が誰か別の術師によって遮られた事を。
「く、くっそぉ!こんな事していては!渚を助けなくては!」
老婆の制止を跳ねのけ、イルは起き上がろうともがいた。が、極度の疲労感と虚脱感で眩暈がし、動けない。
「無理せんほうがいい。お前さんは丸一日高熱を出して寝込んでおったんじゃからの。」
「ま、丸一日・・・・じゃ、じゃ渚は?」
「分からん・・・。わしらも荷物が半分になってしまった。子供や年寄りは森やそこらに隠れて何とかなったが、男や女たちは傷だらけじゃ。最も女たちにとっては、さらわれるよりはいいがの。おお、こりゃ、すまん・・団の女たちはみな男装しておっての。狙われやすいからの。じゃから、お前さんのお連れさんは願ってもない獲物になってしまったんじゃろう。・・奴らに術師さえおらなんだら、こんな事にもならなかったんじゃが。いくら腕が立っても魔法には負けるでの・・・こんな事は始めてじゃ。」
「ここには術師は、いないんですか?」
「いたが、先月亡くなっての。わしの連れ合いじゃった。孫が少しは使えるんじゃが、あいにくと今はおらんのじゃ。あの娘にとっては良かったと言えるじゃろうがのぉ。」
イルは焦った。あれから丸一日たっているということは・・・。
「渚を助けないと!」
痛みを堪えなんとか起き上がったイルはそのまま馬車を下りようとした。
「無理するのではない。急いだ所でどうなるのじゃ?場所は分かっておるのか?」
はっとしたようにイルはその場に止まり、座り込んだ。
どうしていいか分からなかった。
「もうすぐタタロスの町じゃ。わしの孫が先に来ておるでの。回復魔法くらいできるんで、もう少しの辛抱じゃ。折角わしらを助けてくれようとしたのに・・・気の毒な事になってしもうて・・・・。」
イルは老婆のうなだれた姿に言うことがなくなってしまっていた。
「おばば!山賊に襲われたって?」
タタロスの町に入ると、まだ馬車が止まらないうちに、1人の女が顔色を変えて駆け込んできた。赤毛だが柔らかそうな長い髪、大粒な緑の瞳でイルより5つくらい年上に見えた。
「おお、ファラシーナ・・・」
老婆は嬉しそうな顔をしてファラシーナを迎えた。
「さっそくじゃが、この人を治してくれないかの?わしらを助けようとして大怪我をされたんじゃ。」
「ああ、いいよ。」
ファラシーナは横たわるイルを見ると、すぐ回復呪文を唱えた。
「ありがとうございます。」
起き上がり礼を言うイルを見てファラシーナは薔薇の大輪のような微笑みを投げかける。
「どきっ!」
その艶めかしさにイルは焦った。ファラシーナは、そのジプシー団の舞姫として名を馳せていた。美人の上、その豊満な肉体から匂いたつ色香に、今までどれほどの男たちが虜になったであろう。それに加えて、彼女は部類の男好きだった。ここタタロスに先に来ていたのも、男を追いかけての事だった。
「ふ〜ん・・・あんた、なかなかいけるじゃないか・・・ちょいと年下みたいだけど、あたい好みだよ・・どうだい、ぼうや、今晩?」
「あ・・あの・・」
「かっわいいねぇ〜・・・・」
戸惑っているイルにファラシーナはますますその気になった。
「ファラシーナ!」
老婆がそばに置いてあった杖で彼女の頭を叩いた。
「いったぁ・・・」
ファラシーナは叩かれた頭を押さえ、老婆を見る。
「まったく、この子は!この人にはもういい娘がいるんだよ!」
「なんだい、もういるのかい?」
がっかりしたように言うファラシーナだったがすぐに何か閃いたように目を輝かせてイルを見た。
「でもここにいないんだろ?じゃ、いいじゃないか・・・あんた、名前は?」
おばばが怒っていることも無視してイルに詰め寄ってきた。
「イ、イオルーシム・・・。」
「へぇ、イオルーシムって言うの?」
「ファラシーナっっ!!」
「はいはい・・・・。」
ファラシーナは邪魔者がいては仕方ないと諦めたのか、馬車を下りて行った。馬車はいつの間にか彼らが逗留地に予定していた町外れにある広場の一角に着いていた。
「イオルーシムとか言ったの。わしはシュメと言うこのジプシー団の占い師じゃ。で・・どうなさるおつもりじゃの?ジプシーが襲われたくらいじゃ、町の人間はなかなか動いてはくれんからの。」
シュメは悲しそうに、すまなそうに言う。
「勿論、渚を助けに行きます。身体さえ治れば、どうって事ないです。俺1人でも大丈夫です。」
「そうか・・行きなさるか・・じゃ、ちょっとお待ちなされ・・・」
老婆は後ろの荷物から水晶玉を取り出した。ようやくイルはこの老婆こそがニーグの村長が言っていた占い師だと気づいた。
「水晶の精よ・・・」
老婆はその水晶の上に両手をかざすと精神を集中し始めた。
「水晶の精よ、我が呼びかけに応えよ、我が願いを聞き届けよ・・・娘の居場所を、我に示せ・・・渚という名の娘の居場所を・・」
そして、今や回復魔法ですっかり傷も癒えたイルは、シュメに教わった山賊の隠れ家に向かって、山道を足早に歩いていた。
が、1人ではなかった。傍らにはファラシーナがぴったりと寄り添っていた。ダガーの達人でもあり、術が少し使えるからと言って、無理やり付いてきてしまったのだ。
「ねぇ、イルぅ〜・そんな素っ気なくしないでさぁ〜・・・ねぇ〜ったらぁ〜・・」
イルはひたすら彼女を無視して歩き続けていた。
町から2、3時間程歩いてきた所で、前方に人影が見えてきた。イルはその人影を認めると急に立ち止まった。
「イルー・・・イルでしょぉ?」
それは、渚だった。山賊に連れ去られたはずの。
「な・・渚?」
イルは訳が分からなかった。渚の後には5、6人の男が付いてきていた。イルが見ていると、渚が何やらその男たちに話し、男たちは1人を残して来た道を帰っていった。
「何、何?もしかして、あの娘なのかい?助けに行こうとしてたのは?」
「・・・・・あ・・ああ・・」
「きゃははははっ!傑作だねぇ!騎士様が愛しの姫君をカッコ良く助けようと張り切ってたのに・・・お姫様は自分で逃げてきちゃったなんて・・・きゃははははっ!」
イルは苦虫を潰したような顔をしてファラシーナを睨んだ。
「おお。恐・・・でも睨んでるとこもなかなかいいねぇ・・・イルぅ?」
ファラシーナはいきなりイルの首に両腕をかけると、口づけをした。
「フ、ファ・・・・」
ファラシーナの腕を解こうとしても、絡みついたように、離れない。
イルがそうしてじたばたしているうちに、渚はすっと横を通り過ぎて行く。その顔は明らかに怒っている顔。
「あっ、おい、渚!」
ようやくファラシーナから逃れたイルは、慌てて追いかける。
「渚・・・おい、渚、待てって!」
イルは渚の肩を掴むと、自分の方を向かせた。
「何よ、何か用?」
渚にしてみれば、イルがどうなったのか、心配で心配で仕方なかった。それが、会ってみれば、他の女とのキスシーン。怒らないほうが不思議である。それも自分よりうんと大人で女っぽいファラシーナなのである。渚の心の中は嫉妬の渦が巻いていた。
「何者だ、お前?渚様に何をするんだ?」
立ち去ったと思われた男たちが、慌てて駆けつけイルに剣を突きつけてきた。囲まれてしまったイルは訳が分からず、どうすることもできない。
ファラシーナも驚いてただ立ちすくんでいた。
男たちは5人、その恰好からして普通の人間ではない。まるで、山賊のような恰好だ。
「渚様、この男は?」
男たちのボス格と思われるがっしりした目つきの悪い男が、イルに剣を突きつけながらそのドスの利いた声で渚に聞いた。
「知らないわ、私。人違い・・・」
渚はそっぽを向いて答えた。
「な・・渚っ!」
イルは完全に焦っていた。
「あっ、でも、もう町も近いから、いいわ。リーがいれば。」
「し、しかし・・まだこいつの様な奴が・・」
男たちはしっかりイルに剣をつきつけたまま、睨んでいる。
「リーだって魔法を使えるんだし・・大丈夫。・・・それに、その男だって懲りたでしょ。」
渚はイルを顎で指した。
「はっ。では、わしらは戻りますので。またいつでもお立ちより下さい。何か困った事があったら、何時でも言ってきて下さい。わしらでできることなら、何でもします!お頭も待っておりますので。では・・・野郎共、帰るゾ。リー、無事、渚様を町までお送りするんだぞ。」
「はい。」
リーと呼ばれたフードをすっぽりかぶった男は、優しい声で静かに返事をした。
男たちはイルから剣を引くと、意気揚々として帰って行き、イルとファラシーナは呆気に取られてそれを見ていた。
「リー、行きましょ。」
そんなイルを無視し、渚はリーに声をかけるとすたすたと町の方向へ歩き始める。
「ちょ、ちょっと待てって、渚!」
慌てて追いかけるイル。渚は無視したまま歩き続けている。
「!」
渚に追いつこうとしたイルにリーがその杖を向け立ちはだかる。
「な・・何だ、お前?」
「・・の精霊たちよ、我に力を・・・・『疾風烈波!』」
「な・・」
ようやくイルは、リーが呪文を唱えている事に気づいた。が、防御する間もなく、イルは強風に飛ばされ道筋の木に打ちつけられた。頭を強く打ったイルはそのまま気を失ってしまう。
「イ・・・イル!」
ファラシーナがイルに駆け寄る。渚はその光景をちらっと見るとリーを促し、足早に歩き去った。
「なんだい?意外とだらしないじゃないか?しっかりしなよっ!」
気がついたイルにファラシーナは笑いながら言った。イルの頭はファラシーナの膝の上にあった。
「う、うるさいっ!油断してたんだよ!でなきゃ、やられるもんか、あんな奴に!」
イルは自分を抱いているファラシーナの腕を払うと、まだ痛む後頭部に手を充てながら立ち上がった。
「無理しなくていいんだって!今呪文を・・・」
「いい!このくらいどおってことない!」
イルは気が立っていた。ファラシーナには関係ないのは承知していたのだが、気づかないうちに彼女にきつくあたってしまっていた。
「できるんなら、もっと早くやってもらいたかったねっ!膝枕なんかより!」
「そ・・そんなに、あたいは、・・邪魔だったのかい?・・・き、嫌われてたのかい?・・・あ、あたいは、あんたのこと、心配して・・あ、あたい・・・」
ファラシーナの大粒な瞳に涙が溢れ出てきた。
両手で顔を覆うと後ろを向き、堪え泣きし始めた。声も出さずに泣くファラシーナの両肩が震えている。
「ファラシーナ・・・」
イルは自分の行動を反省し、ファラシーナに近づくと後ろから彼女の肩を抱いた。
「ご・・ごめん。・・俺が悪かった。」
「イルゥ〜ゥ・・」
「お・・おいっ!」
いきなりイルの方を振り向くと、ファラシーナはイルに抱きつき、口づけをした。
その顔に涙は一滴もなかった。その代わりドキっとするような色香が・・・。
「フ・・フ・・・・」
慌てて彼女から離れようとするイルにしっかり巻きついた彼女は、その唇をなかなか離そうとしなかった。 |