「少しは晴れてきたけど・・・山の方は相変わらず深い霧に覆われてるんでしょうね。」
「風龍の神殿は、常に自然の要塞に囲まれているとされておる。迷いの霧と、1年に数回その霧が晴れる時には、1歩も歩けないほどの強風が守っておるということだ。」
普段は人間ほどの大きさの赤龍は、自分の意志でその身体を大きくすることができた。その巨大化した赤龍の背中に乗り、ミルフィーたちは、常人では立ち入ることが出来ない大陸に来ていた。
さほど大きくないその大陸は、人知未踏のものでもあった。周囲は荒れ狂う海と深い霧に覆われた密林地帯。そして大陸の周囲を帯のように囲んでいる海岸はどこも絶壁であり、船が着けるところは1カ所としてなかった。
遥か沖を航行する大型船が霧の中にうっすらと陸地を見たことがあるといった噂話くらいで、蜃気楼とも噂されている陸地でもあった。
「それではわしは帰る。」
「え?帰るって?神殿まで道案内してくれるんじゃないの?」
「い、いや・・・」
「まさか、知らない・・なんて言うんじゃないんでしょうね?」
「あ・・し、しかし・・だな・・・」
ぐいっと顔と顔をくっつけるようにし、口調を少し強めて言ったミルフィーに、赤龍は、しどろもどろ。
「仕方ないぢゃろ?水龍の場合と同様、神龍同士の交流は・・・」
「だから、水龍の時のようになんとかコンタクトを取って、神殿の場所を聞き出すとか、あたしたちを紹介してくれるとかできるんじゃないの?」
「い、いや・・やはりあの時は、おそらく水龍が神殿へ飛ばしただろう水があったからできたことであって・・・」
「・・・・・」
じっと黙って睨むように見つめているミルフィーに、赤龍は早口に続けた。
「と、とにかく、神殿があると考えられる地は、ここしかないんぢゃ。」
「え?ここにあるって知ってたわけじゃないの?」
「あ・・だ、だから、交流はないと・・・・」
「炎龍ぅ?」
−シュパッ!−
「あっ!」
2,3歩後ろに下がったと思ったら、赤龍はそのまま空へと舞い上がっていた。
「幸運を祈る!」
そして、ミルフィーが何か言おうとしてるうちに、その言葉を残すと、猛スピードで霧の彼方へ飛び去ってしまった。
「あ〜あ・・ミルフィーが虐めるから逃げちゃったじゃないか?どうすんだよ、帰りは?風龍の神殿があればまだしも、なかったら?」
さすがのミルフィーも、ため息をつきながら少し責めるような視線のラードに、頭をかく。
「あ・・・ご、ごめんなさい・・・私・・・焦ってたのかもしれない・・・」
ばつの悪そうにラードと視線を合わせてからミルフィーは、視線を下げ、自分の行動を振り返っていた。頼りにしていたジャミンを失ったことから、焦りと、そして不安にかられていたと反省する。
「ま、いいさ、なんとかなるだろ?今までみたいに?」
「え?」
ミルフィーがいつもの彼女ではないと、ラードもセイタも感じていた。そして、それがジャミンの事が関連していくことも。例え死んだわけではないにしても、ジャミンという存在の欠員は大きかった。
ラードもセイタも、一人苛立ち赤龍にそれをぶつけていた事に気づいたミルフィーにほっとする。
「行こか?真っ直ぐ行きゃ、何かにぶちあたるだろ?炎龍が睨んだ地なんだ、確率は高いと思うな。」
くるっとミルフィーに背を向けると、ラードは頭の後ろで両手を組んだ格好でゆっくりと歩き始めた。
「あ・・そ、そうね。」
それ以上ミルフィーを責めるつもりも、必要もないと判断し、ラードは、先に立って歩く。その数歩後ろを、まだ少し沈んでいるミルフィーを新鮮に感じながら。
「ラード、いいとこあるじゃない?」
「ん?」
たたっとミルフィーの横からラードの横に駆け寄ってきたセイタが、ラードの腰のあたりを小突いて小声で話しかけた。
「うーーん・・・・」
セイタの笑みにラードは少し考えてから答える。
「ミルフィーには怒ってるより笑顔の方が合ってるだろ?」
「違うでしょ?怒ってるより笑顔でいてほしい、でしょ?」
「ぐ・・・・」
セイタの突っ込みに、ラードは言葉がなかった。
「おねーちゃん、ほら、なにぐずぐずしてんの?向こうに湖が見えてきたわよ?」
「え?湖が?」
「うん!ほらっ!」
セイタが杖で指した方向、ラードもまだ見つけていなかったが、霧の中のそこに確かに光を弾く水面らしきものがあるように見えた。
「行ってみましょ♪水の近くには生き物がいるかもしれない。ひょっとしたら、この地の住民にも会えるかもしれないわ♪」
「あ・・そ、そうね。」
「行くぞ、ミルフィー。大丈夫、赤龍だって分かってるさ。」
振り返り、手を差し伸べたラードの笑顔に、こくんと首を振り、ミルフィーは、気持ちを入れ替え、2人に駆け寄って行った。
右も左も、果たしてそこに本当に風龍の神殿があるのかどうかも分からない。が、一応そこは炎龍がそうかもしれないと判断した地である。当たって砕けろ!今目の前にある道を進むしか彼らには他に道はない。
彼らを取り巻く霧が示すように、目の前にあるその道も不明確だが、進むしかないのである。本能のまま、第六感を頼りに、そして、3人が一緒ならなんとかなる、そう思いながら、ミルフィーたちは、気を取り直して進み始めた。
−ふっ・・−
遠ざかっていく3人の背後、木陰からミルフィーたちの様子を伺っていたらしい小さな影がにやっと笑みを浮かべてそこから消えた。
辺りは、再び霧が濃く立ちこめ始めていた。
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「ここは・・・・少しも変わらないな・・あの時と。」
はじめてこの地を踏んだその時のことをラードは思い出していた。
(ミルフィーは、ジャミンが二度と戻らない事に気づいていたんだろうか・・いや、そうなんだろう・・・でなけりゃ、彼女があんなにギスギスするような事はあり得ない。・・・バカだなオレも、今頃になってそんなことに気づくなんて。)
霧の中、うっすらと見える風龍の神殿のある山に、ぼんやりと視線を飛ばし、ラードは心の中で呟いていた。
初めてこの地へやって来てから2年以上が過ぎていた。
そして・・・今、ラードは一人。傍にはミルフィーも、そしてセイタもいなかった。
ラードは背中の荷袋を下ろし、中から1つの龍玉をとりだした。
淡い緑色の輝きを放っている龍玉。その中央にはうっすらと黒い部分がある。それはその中へ封じられた闇龍の一部。
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「ラード!行くのよ!これが最後だから!闇龍に止めを刺してっ!世界を守るのよっ!」
「う・・うおーーーーーー!!!!」
龍玉を見つめているラードの脳裏に、世界を崩壊させる根元、闇龍との最後の戦いの様子がまざまざと映し出されていた。
最後の決戦の場。タスロー大陸北部にある移動要塞城から繋がっていた異空間。そこでその戦いは繰り広げられていた。
最後の決戦には、ジャミンをはじめとする龍騎士、つまり、炎龍の騎士ファンガスも風龍の騎士ラルフもそこへ集結する、とそれぞれの神龍からは言われていた。
そして、事実、そうなったのだが、意味が違っていた。
「え?ジャミン?・・それに、ファンガス、ラルフ・・・」
闇龍を目の前にしたその時、姿をみせるはずの3人はなく、代わりにミルフィーの心に呼びかける声があった。
「いいわね、ミルフィー、私たちの持てる全ての力をあなたに送るわ。」
ミルフィーの心に響くジャミンの力強い声、そして、ジャミンの他に、ファンガス、ラルフたち3人の気が彼女の全身を包み込む。力強く。
そして、全てを悟った、いや、その前に薄々感じてはいたが、ミルフィーは、二度と彼らが返らないことを改めてはっきりと確信しつつ、魔龍に向かって行った。
彼らの心と、そして、龍騎士としての力をその身の内に感じつつ、悲しみに浸る時もなく、ミルフィーは、強大な魔龍へと向かって行った。
そして、それは、共に戦っていたラードに継承されたのである。
「ミルフィー!!」
永遠に続くと思われるような魔龍の容赦ない攻撃。その激しい攻撃の中、鋭い爪が、ミルフィーを貫いていた。
「ラード、あと少し・・・私がくい止めてるから、とどめを!」
「ミルフィーーーーーっ!」
躊躇しているその時、後方で回復と防御の術に徹していたセイタがその場に飛び出す。
「セイタ、出ちゃ危ないっ!」
「ラード・・ごめんね。」
「いいんだな、セイタ?」
「ええ。昨日の晩、断言した決意に代わりはないわ。」
「分かった。ミルフィーが闇龍をくい止めていてくれている今のうちに。」
「ええ!」
「あ?ミ・・ミドラ?」
セイタの横には、旅の途中で出会い、仲間となった仔龍がいた。緑色のその仔龍はセイタの肩程の背だったはずである。
セイタの「ごめん」が何を意味するのか、と考えている間に、ミドラの身体が徐々に大きく、そして、緑色から黄色に変化していった。
それは、セイタがいつも肌身離さず身につけていたヤイタの形見となったペンダントについている宝石と同じ色、黄水晶の色と輝き。
そして、闇龍とほぼ同じ大きさに達したミドラは、セイタの持つペンダントの輝きと共にセイタと同化した。
「すまぬ。私が地龍として復活する為には、巫女であるセイタの命を我が龍玉(心臓)と同化させねばならなかったのだ。」
「そ、そんなバカな・・・セイタは・・・いや、セイタまでも・・・」
「我が身から生まれ出てしまった闇龍。その闇龍を倒す為にも。」
「し、しかし・・・」
「何、ぼさぼさしてるのラード!今倒さないでどうするの?!」
「セイタ?!」
セイタの叱責に弾かれたようにラードは攻撃に移った。
「ラード!男なら最後までやりとげて!私たちの目的を果たして!世界を救うのよ!」
ミルフィーの声が、ラードの身体を前に突き出す。
闇龍に向かって疾走するラードの回りにミルフィーが、セイタが、ジャミンが、ファンガスが、ラルフがいた。
「ラード!」
全員の声と共に、地龍の念力により動きを封じられた闇龍の眉間に、ラードは勢いをつけ、銀色に輝く剣を深々と突き刺す。
−ぐぎゃぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーー・・・・−
周囲の空気を震撼させて魔龍の最後の声が響き渡っていた。
「オ、オレ・・・・・」
ぼろぼろになり最後の力を振り絞ったその戦いが終わると同時に気絶したラードが目覚めたとき、そこは、異世界ではなく、闇龍の、いや、元は地龍の本神殿であった奥祭室。
そこを通って闇龍のいる異世界へと行ったはずだ、とラードはぼんやりとした頭で考えていた。
『ラードよ。』
不意に辺りに響いた声にびくっとして周囲を見渡すラード。
「ち、地龍?」
空だった台座の上に、地龍が座っていた。
『この龍玉をそれぞれ我が兄弟である神龍の元へ運んでくれないか。』
「り、龍玉?」
地龍の足下には4つの龍玉があった。
『これらには、それぞれ闇龍の身体が封じられている。』
「闇龍の身体が?」
『そうだ。この黄色の龍玉は我が元に。水色のものは水龍の元、緑色のは風龍の元、そして、赤いものは、炎龍の元へ。』
「つまり、闇龍の身体をバラバラにして封じてある?」
『そうだ。最後の戦いで、我ら神龍は、神龍としての力をミルフィーの元へ、そしてお主の元へと送った。』
「あ・・・・・」
その言葉で、ラードは忘れていたその事実を思い出して愕然とする。
『我らは滅するわけにはいかぬ。が、闇龍を倒す為には我らの命といえる龍玉の力を解放しなければならなかった。解放は死を意味する。そして、それは世界の崩壊を意味する。」
「・・・・」
「故に、それを避け、且つ力を解放する為に、それぞれの巫女を内に宿らさねばならなかった。新しい龍玉(心臓)の祖としての命を。』
「・・・セイタ・・・・」
『彼女は我と共に生きている、といっても詭弁でしかないが・・・』
全てが必要不可欠なことだった、というには一人残された結果となったラードにとって重すぎる事実だった。
「じゃ、じゃー、ミルフィーは?そんならもっと早くしてくれればよかっただろ?彼女が倒れる前に?」
滅茶苦茶な事を口走ってる、ラードは自分でもそう感じつつ、だが、それを止めることはできなかった。
「彼女と、そして、彼女に同化した龍騎士たちの気があったからこそ、闇龍を一時的だが、抑えていられたのだ。でなければ、セイタという地龍の巫女と我が存在を知った瞬間、セイタは我でなく、闇龍に吸収されていただろう。」
「そ、そんな・・・じゃ、全ては仕方なかったっていうのか?全ては・・・世界を救うため・・・み、ミルフィーは、ミルフィーは、この世界の人間じゃないんだぞ?」
『彼女は、黄金龍の世界にいる。』
「それこそ詭弁だっ!」
『彼女という存在があるから、そこでセイタもジャミンもファンガスもラルフも共に生きている。そこでは、それぞれがそれぞれの存在として自由に動き会話している。』
「な、なんだよ、それ?」
『この世界への扉は閉ざされてはいるが、そこに確かに彼女たちはいる。』
「あんたたちの身体の一部として、龍玉として吸収されたはずだろ?」
『そうだ。だからこそ、いや、それであっても精神は自由なのだ。故に、黄金龍の元で、彼らは彼らとして存在できる。神龍の心臓であり、そして、彼らという意識を持った個体としても。』
「そ、そんなの意味ねーよ!」
『彼らは納得してその立場にその身を置いてくれた。』
「ちょっと待てよ、それって勝手すぎねーか?」
「なによ、ラード!いつまでもうじうじと!そんなんじゃおねえちゃんに嫌われちゃうわよ?」
「そうよ、ラード、いいからさっさと龍玉をそれぞれの神龍の元へ届けて、あなたも遊びに来なさいな。」
「は?オ、オレ・・・行ける・・のか?そこ・・へ?し・・死ななくても?・・っとと。」
うっかり「死」という言葉を使っていまい、ラードは慌てて口を押さえていた。
「っていうか・・・話・・できるのか?」
「神龍を通してならできるの。でも、おねえちゃんは金龍の剣士なんだから、他の神龍のところでも話すことはできるけど、あたしは無理よ。地龍を通してか、こっちまでラードが来てくれないと。」
「そ、そっか。」
なぜかほっとした感じを覚えるラード。が、依然として腑に落ちない事も確か。
『我らはもはや世界を維持するだけの力しか持たぬ。故に、旅への助力は無理なのだ。お主には世界を回るという困難な旅を強いることになるが。』
「セイタに、みんなに会えるなら、どおってことないさ。」
「んもう!ラードったら正直じゃないんだから。ミルおねえちゃんに会えるならって言うべきでしょ?」
「べ、別に・・オレはだなー・・・」
『さてと、旅立つがよい、ラード。我は眠りに入る、世界を維持する為に、永き眠りに、セイタと共に。』
「あ・・・ち、ちょっと待ってくれ、もう少しセイタと・・・」
焦るラードを闇が、といっても安らぎを感じさせてくれる土の臭いを含んだ闇が包んでいった。
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「まずは風龍の神殿をめざし、ようやくここに来れた。だけど、オレ、道全く覚えてないっていうか・・・ホビットの森を探さなくちゃならないんだよな。小さいと言っても一応大陸なんだし。」
密林の中大木を切り抜いてそこを住居とするシャドウィン族というホビットの一族しか神殿への道は知らない。悪戯付きのホビット族が守る神殿への道は、様々なトラップが仕掛けられている為でもあった。
ため息をついてから、龍玉を再び荷袋の中へ入れ、ラードはそれを背負った。
風龍の神殿、それは、シモンを、龍騎士を、そして、最後にミルフィーとセイタを失ったショックからようやく立ち直ったラードの最初の目的地だった。
「龍玉を全部それぞれの神龍のところへ届ければ、オレも行けるんだろ?黄金龍の元へ。セイタたちがいるそこへ。」
「ラードったら、あたしじゃなくって正直にミルお姉ちゃんって言いなさいってば!」
霧の中、霞んで見える青空を見上げて呟いたラードの耳に、ふとセイタの声が聞こえたような気がした。
(いや、違う、ミルフィーはなんていうか・・・セイタとミルフィーは違う・・こうなって初めて気づいたんだ・・・ミルフィーはなんていうか・・オレにとってもねえちゃん・・っていうか?・・憧れの?・・・だけど、セイタは違うんだ。オレがどうあっても守んなきゃいけない女の子・・・なのに、オレ・・守れなかった。)
「セイターーーーーー!」
いつの間にか沈んでしまった気持ちにカツを入れるかのようにラードは大声で叫んでいた。
(オレ、無事に龍玉を届け終わったら、正直に言うからな。素直な気持ちを、お前に・・・・・・だから、待っててくれよ。ミルフィーたちと一緒に。)
戦いが終わってからの地龍の神殿での出来事が、セイタやミルフィーとの会話が、果たして夢だったのか事実だったのか、ラードには判断できなかった。
が、ラードは、その事を夢見、神龍の神殿を回ることを決心した。
ひょっとして神殿を回り終わるその時が、自分の寿命が尽きるときなのかもしれない、とも心の片隅に感じつつ、世界の救世主として各国国王や実力者たちからの招待を一切退け、ラードの一人旅は続く。己に課せられた最後の使命を果たす為に。
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