「ミルフィーはどうした?」
神殿の一角。セイタと共に小部屋で待たされていたラードは、戻ってきたファンガスの姿を見るなり、座っていたイスを蹴るようにして立ち上がり、きつい口調で問う。
一応、そこで客人の扱いを受け、飲み物など丁寧な扱いを受けてはいたが、ラードはどうしても不意に訪れ、有無を言わさずここに連れてきたファンガスが信用できなかった。たとえ神龍の守護騎士だったとしても。
「彼女は・・・炎龍の元へ行った。」
「行ったって?・・・あ、あんたたちも一緒に行くんじゃなかったのか?」
予定ではそうだった。炎龍と意識の接触を図る為には、守護騎士と神龍の巫女が心を合わせて願う。そして、神龍のいる神の領域への扉を開け、共に炎龍に会いにいく。そこへ入る為には守護騎士あるいは巫女がいなくては何人たりとも入れない、そうラードは聞かされていた。
「いや・・・オレたちには用はないらしい。開いた扉の中へ導かれたのは・・・彼女だけだった。」
淡々と話す無表情なファンガス。が、その中にかすかだが、苦悶らしきものがある、とラードは感じていた。
「あんたたちでさえ行けないってんじゃ、仕方ないよな。後はミルフィーに任せるしかないってやつだ。・・・で、ジャミンの事は・・・話してもらえるんだろうな?」
ミルフィーの事が心配ではあったが、それまでのミルフィーの事を考えると、彼女ならどうにかするだろうという気もあった。
ラードはひとまずミルフィーの事は横に置いて、気になっていたジャミンの事をファンガスに問いただした。
そんなに目くじら立てず、まー、座れ、というようなファンガスの目に、ラードはともかくイスに腰を下ろす。そして、ファンガスも、テーブルを挟んだラードの前に座る。もちろん、セイタもラードの横に座って、じっと成り行きを見守っている。
「何年ぶりだろう?ジャミンと会ったのは・・・オレの知っている彼女は、もっと子供というか・・・オレもまー、その頃は今より若かったわけだが、・・それでも一目見ただけで彼女だと分かった。驚きと懐かしさと・・そして、次の瞬間、彼女の気から同じ守護騎士のそれを感じ・・・オレは、これが単に喜びあい昔を懐かしむ普通の再会ではないと・・悟った。」
その時を思い浮かべ、ファンガスは一言一言、かみしめるようにして話し始めた。
「つまり、知り合いだったってのか?」
なら、なぜジャミンはその事を話さなかったのか、ミルフィーにでさえ、とラードは思う。
そして、ファンガスはラードの表情からそれを読みとる。
「旧知の仲が通じる話でもないからなんだろう。ジャミンは・・・頼ることを知らない性格というか・・・何でも一人で解決しようとする性格でな・・そして、結果がでてからそれを必要としている者に報告する、それが彼女だ。」
「だけど・・・」
今回の事は普通じゃないから話してくれてもよさそうだ、と続けようとしたラードの言葉を遮り、窓の外へ視線を移したファンガスは、遠い日を見ているような視線で再び話し始めた。
「ジャミンは、オレにとって妹のような存在だった。いや・・・ある程度成長してからは、単なるかわいい妹というより、妹弟子・・・年齢の差はあったが、十分剣を競い合える腕と才能を持つ、一人の剣士だった。」
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紫檀さんが描いて下さったジャミンです。
ありがとうございましたっ!m(__)m |
「同じ師についていたのか?」
「ついていたというか・・・オレの師は、その名を大陸全土に知らしめた剣士なのだが、弟子は一切とらないというのが信条だった。が、オレはそれでもかまわず食い下がり、彼の隠里に居続けた結果・・・まー、最初は弟子らしきことはまったく教えてもらえなかったが、それでも、いつしかそこにいることは許された。そして、ジャミンは・・・彼の親友の娘だ。いわゆる忘れ形見ってやつでな・・・今でも覚えてる、嵐のような雨の中、戸を小さく叩く音に気づいて潜り戸を開けたそこに、父の手紙を震える小さな手で鷲掴みにして立っていた少女・・・それがジャミンだった。激しい風雨に打たれ、いや、たぶんそれだけじゃないんだろう、衣服はぼろぼろにすり切れ、全身すり傷だらけで泥まみれになっていた素足からは血がにじみ出ていた。」
その状況を想像したラードは、ごくん!と思わず唾を飲み込んでいた。
セイタもまた緊張しつつ、話に耳を傾けていた。
「そして、オレの背後の師の顔を見るとそれまでの緊張の糸が切れたのか、その場に倒れ込んだ。オレの腕の中に・・。」
目を閉じ、ファンガスは続けていた。
「師の元へ弟子入りする前、とっくの昔に亡くなっていたが、オレには妹がいたんだ・・・その妹と腕の中の少女が重なって・・どうしようもないほどに心に痛みを覚えたのを今でもはっきり・・いや、その時の気持ちは・・・おそらく生涯忘れられないだろう。」
「妹さん?」
セイタの小さな声に、ファンガスは閉じていた目を開いて、彼女に軽く笑った(ような気がした)。
「ちょうどあんたくらいかな?いや・・もう少し小さかったか・・・3つしか違わなかったからオレもまだガキだったんでな・・・・親なし子の貧乏暮らし・・・オレは・・・餓えの中、オレの腕の中で冷たくなっていく妹に、どうしてやることもできなかった。」
「ファンガス・・・」
「あの時、オレは・・妹が戻ってきたような気がしたんだ。・・そして、その傷つき弱り切った少女に恐怖を感じた。・・・またこの腕の中で息を引き取ってしまわないか、と。」
思いもかけない昔話に、ラードもセイタも言葉を失って聞いていた。
「まー、なんだ・・・オレもその時はガキだった頃とは違うし、師もそこにいた。山奥に隠遁していたこともあって、薬草などしっかりそろえてあったしな。高熱で1週間程寝てはいたが、それから2週間後には、外で元気良く走り回るほど回復した。」
ほ〜・・・ようやくラードもセイタもほっとした。
「しかし、いくら親が死んだといっても・・普通じゃないよな?」
「ああ。」
ラードの言葉にファンガスは頷く。
「老いらくの恋といっては、どやされるが・・まー、そうだな、相手は娘といっていいほどの歳の離れた恋人だったらしいっていうか・・・・・さる王国の王女様だったというのが事実だ。」
「とすると、王位継承に関するお家騒動?」
「その類になるんだろうな。オレの師もそうだが、彼もまた剣士としての名は知れ渡っていたが、身分も階級もない。あ、いや、彼は、一応爵位を授かり、その国の軍部のお偉いさんにはなっていたらしいが。」
「で、そこの王女様とラブロマンス?」
「あ、いや・・実はそこではなく、そこと敵対していた国の姫らしい。」
「はん?」
意外なその事実にラードはずっこけた。
「和平交渉というか・・敵の内情視察というか・・・まー、一概に敵国といっても、友好的な時もあるし、いろいろ行き来はあるからな。」
「普通なら、軍のトップクラスであり、爵位を持つ人物との婚姻は、双方の国にとって歓迎されるんだが・・・彼は、根っからのその国の民じゃないということと・・・その才能を恐れられたっていうか。」
「剣の腕と、知将としての才能か?」
「ああ、そうだ。姫を娶るのはいいとして、もし、その姫を思うあまり、彼女の国の方へその忠誠心が傾いたらという疑念だな。」
「けっ・・・貴族様の考えそうなことだな。なまじ身分や階級があると、純粋な恋なんかできないよなー。その人も気の毒に。」
ラードの言葉にファンガスも軽く笑って同意する。
「で、不幸な事に、産後の日経ちが悪く体調を崩してしまったその姫君は・・それでもジャミンが3つになるまで生きていたらしいが・・・亡くなってしまってな。」
「本当に産後の日経ちが悪かったせいなのか?毒殺とかもありうるんじゃないか?」
「それも考えられるが、たとえそうだとしてもそう簡単には尻尾は出さないだろう?」
「まーな。」
「となると・・後は・・・両方の国から警戒されるわけだ?やっぱり姫の忘れ形見ってことは、ジャミンには王位継承権もあるってことだろ?」
「そんなとこだ。姫君の国からも、そして、彼が永住の地と決めたその国からもな。」
「姫君の国の王族を抹殺し、あとはジャミンをたてにその正当性を主張して、王国を乗っ取る。」
ため息をつきながらラードは当然考えられる事を吐くように口にする。
「全くそんな気はなかった師の親友は、姫君が亡くなった数年後、軍での地位を辞し、田舎の城に身を引いたんだが。」
「その人にそういう気はなくても、周囲がほっとかなかったんだろ?密かに計画は進んでいたってわけだ。片方は王国を継ぐ者として、そして、もう片方は、王国の危機を招く危険人物として。」
「ジャミン・・・かわいそう・・・・・」
思わず呟いたセイタの頭を、ラードは軽く撫でる。
「まー、そんな状態でも、オレと師のいる山奥まで追っ手が来ることはないからな。」
「そんなに特別なのか?結界とか張ってあるとか?」
「それもあるんだが・・・実は、ジャミンが高熱で寝ている間に、王国では彼女の死亡を発表してたんだ。」
「それで、事実上この世からの抹殺したってことか?たとえ生きていたとしても?」
「ああ。両国共同で国葬まで出したからな。」
「国葬?・・・死体はどうしたんだ?」
「オレの師が少女の死体を持っていったんだ。」
「は?」
「いや、別にジャミンの身代わりとしてその少女を殺したわけじゃないぞ?オレの師はそんな非人道的なことはしない。」
「そ、そうだろうな。」
一瞬ぎくっとしたラードは、焦り笑い。
「運良く、とも言うべきじゃないだろうが・・・行き倒れの親子を見つけ、離ればなれにさせるのも死者に対してすべきことではないとも思ったが、お互いの髪をそれぞれの手にもたせ、子供の方の死体を王国に届けたんだ。それで・・ジャミンは自由になった。彼女は・・・師の元で新しい人生を歩み始めた。」
「で?いつジャミンと別れたんだ?」
「そうだな・・・4,5年そこで一緒に暮らしていたが・・師が亡くなった翌日、偶然師を訪ねてきた旅人から神龍の騎士にならないか、と言われ・・・長年の夢だったそれに、オレは飛びついた。事実かどうか・・・確かに疑問はあったが、可能性が少しでもあるのならそうすべきだと判断してオレはその旅人と共に、そこを後にした。ジャミンとは、その時別れたままだ。」
「一緒に連れていこうとは思わなかったのか?」
「継承者は一人だ、と言ったその旅人の言葉に、オレはジャミンの事は言い出せなかった。・・・その雰囲気に押され、何も言えなかった。そして、ジャミンは、それを悟ったのか、私ならもう一人でも大丈夫だから、それと、師の傍にもう少しいたいから、と言って、オレを笑顔で送り出してくれた。」
「ファンガス・・」
「あれから10年近くか?・・・まさかジャミンも神龍の守護騎士になっているとは思わなかったが・・・いや、彼女の腕なら十分それも考えられることなのだが・・・こういうものは、腕と才があっても、時期というものがあるからな。」
「そうだな。守護騎士がぴんぴんしているんなら、交代はないしな。」
「ああ。」
しばらく沈黙が続いていた。ラードもセイタもファンガスをじっと見つめていた。
「数年ぶりに会ったジャミンは、神龍の気を全身から立ち上がらせて立っていた。静かに・・だが・・・その気迫は鬼気迫るものがあった。そして、闇龍のことと金龍の騎士への協力への頼みを、炎龍からの指示がないからとつっぱねるオレに勝負を挑んできた。避ける機会もなく。」
ようやく肝心な話に戻り、ラードとセイタの緊張感が増す。
「勝者の言うことを聞くといった取り決めはなかった。ただ・・・剣を交えていた。神龍の騎士の誇りをかけて・・・全身全霊で戦っていた。」
再び沈黙が部屋を覆っていた。ファンガスは次の言葉を口にするのを迷っているようだった。
「その戦いの中、いつしか相手がジャミンであるということも、そして、戦うべき相手じゃないということも忘れた。ただ純粋に剣を振るい、己の全力を出して戦っていた。・・・そして、オレがオレとして気がついたとき・・・・腕の中には息絶え絶えのジャミンがいた。」
びくっ!ラードとセイタの身体は瞬間的に震えた。
「最後の願い・・・その言葉に、オレは頷いていた。おそらく勝っても負けても、オレに聞き届けさせるつもりだったんだろう。金龍の守護騎士への協力、炎龍と会わせることをな。」
苦痛にゆがんだファンガスの表情。それを目の前にし、ラードもセイタも何も言えなかった。もし、ジャミンをその手にかけたのなら、自分の剣で仇をうってやろう(できるかどうかわからないが)とまで思っていたラードは・・・もはやそんな気持ちは消え失せていた。
「で、ジャミンは?」
しばらくその状態が続いたあと、ラードが小さく呟く。
「ああ・・・祈りの部屋と呼ばれている祭室に。・・・・・葬儀の前に一時置いておくところなのだが・・・姫巫女殿にもこのことは話していない。」
ゆっくりと立ち上がり、歩き始めたファンガスの後をラードは、自分にしがみつくようにしているセイタと共に進み始めた。
この事実を知ったらミルフィーはどうするんだろう?例え期間は短かったとしても、姉のようにジャミンを慕い、姉妹のようにお互い心を通わしていた。そのミルフィーの怒りと悲しみはどれほどのものなのか・・そして、ファンガスに対してどのような行動をとるのか・・。そんな事を考えながら、ラードは歩いていた。全身にそして心までもすっぽりと覆ってしまったかのような重みを感じながら。