「ミルフィーとかいう剣士がいると聞いてきたが・・?」
あちこちジャミンを探し回ってみ見つからず、二手に分かれて夜明け近くまで村を、そして周囲を探していたミルフィーとラードは、一旦1人待っているセイタがいる宿へ帰り、待たせてはいたもののやはり一睡もしなかったセイタを交え、宿の一室で話していた。
その部屋のドアをまだ朝早いというのに、ノックする音と共に、どっしりとして落ち着いた、太く低い声の訪問者があった。
「あなた・・・は・・・?」
ドアを開け、応対に出たミルフィーは、大柄で鍛え抜かれた身体の大男を、警戒の目で見上げていた。
「オレの名はファンガス。ここにミルフィーという剣士がいると聞いてきたのだが?」
「・・・私がそのミルフィーだけど?」
一呼吸置いてから、ミルフィーが答えた。
「・・・あんたが・・・ミルフィー・・?金龍・・・の?」
確かにその表情には、声色と共に気落ちしたものがあったと判断できた。
が、信じられないといったような探るようなそれはあっても、蔑んだ視線はなかった。
そして、ミルフィーとラードは、ファンガスと名乗った男の最後のセリフに、警戒心を強くする。
奥でイスに腰掛けていたラードは、はじかれたようにミルフィーの傍まで歩み寄っていた。
「オレは、説明するのは好きじゃないし、苦手だ。あんたが本物の金龍の騎士というのなら、ついて来い。」
「え?・・・金龍の騎士って・・?」
ファンガスはミルフィーの返事も待たず、くるっと向きを変えるとスタスタと歩き始めた。
「あ!ち、ちょっと待って!」
ガタタッ!と慌てて剣を取ると、ミルフィーはファンガスを追いかける。
もちろん、その後にラードも、そしてセイタも続く。
「ちょっと待って!誰から聞いたの?ひょっとしたらジャミンから?あ、あの、私より少し年上の女性剣士なんだけど・・・・彼女にどこかで会ったの?」
大股に歩くファンガスに、走り寄ってミルフィーは聞く。その彼女の胸中には、もしファンガスに話したのがジャミンだとしたら、今どうしているのだろうという不安感がわきあがっていた。
が、ファンガスは顔色一つ変えず、そして、ミルフィーの言葉に耳を貸す様子もまったくない。
ただまっすぐ前を見つめ歩き続けている。ミルフィーが小走りでないと追いついていけないくらいの速さ、が、おそらくファンガスにとってはそれが普通なのだろうと思えた。宿を出て村を出、ひたすらファンガスは歩き続ける。
「ちょっと!」
まるっきり無視状態のファンガスに、ミルフィーは、ついに彼の前に立ちふさがって睨み付けた。
「ファンガスって言ったわよね。説明するのが好きじゃないのはあなたの勝手よ。でも、ついて来いと言われただけで、はい、そうですか、と黙ってついてくるほどお人好しじゃないつもりよ。上手く説明できないのなら、それでもいいわ。ともかく、ある程度の説明はしてちょうだい!」
ミルフィーの糾弾するようなきつい視線を、ファンガスは、あっさりと流す。まるで相手にしていないといった風に。
が、一応口は開いた。
「オレは約束の履行をしているだけだ。」
「約束?・・・・まさかその相手って・・・ジャミン?」
ミルフィーの脳裏によからぬ考えが浮かんでいた。
それは、目の前の男が、ただ者ではない雰囲気を持っていることからだった。
普通の剣士ではなさそうだ、と第六感で感じていた。そして、今いる地が炎龍の神殿があるかもしれない噂があるところということと、ジャミンが姿を消したままだということから、考えたくない結果をも。
立ち止まったファンガスは、じっとミルフィーを見つめていた。ミルフィーという人物を、そして、剣士としての技量を計るかのように、鋭く、まるでえぐり取るように。
「で・・・私はあなたのお目に叶ったのかしら?」
両腕を前で組み、ミルフィーもまたファンガスに鋭い視線を返し、その状態が数分続いたあと、それでも、口を開かないファンガスに業を煮え切らしたミルフィーが、それ以上無視することは許さないと言った風に強い口調で言った。
「説明できないのなら、質問に答えて。まず1つめ、ジャミンを知ってるわね?」
知っていると応えたファンガスの目に、ミルフィーは次の質問をする。
「昨日、ジャミンと会ったんでしょ?」
今回もファンガスの目は、それを肯定した。
「約束って彼女とのものなの?」
そして、今回も押し黙ったままのファンガスは、目でそうだと答える。
「ふう・・・・・」
考えたくない予想にミルフィーは無意識に一呼吸置いてから、次の質問に入る。
「で・・・その彼女はどうしたの?今、どこでどうしてるの?なぜ、一緒じゃないの?あなたがついて来いっていった先に、彼女が待ってるの?」
ミルフィーの口から矢継ぎ早に質問が飛び出ていた。不安を吹き飛ばすように無意識に言葉が続いていた。
「あいつは・・・」
それでもしばらく黙ったままだったファンガスが、ようやく口を開いた。
絞り出すように、そして、ためらっているかのように。
「あいつは・・ジャミンは・・・・・」
無意識に腰にある剣の柄を握りしめたファンガスのその小さな動きを、ミルフィーは見逃さなかった。
それが彼女に対して攻撃しようとした動きではないことも、また、ミルフィーは感じていた。
ぐっと柄を握る手に力が入り、その拳が小刻みに震えてる。
「まさか・・・あなた・・ジャミン・・を?」
消そうとしても消えなかった最悪の事態。ミルフィーはそれを口にするのが恐かった。
−ガラガラガラ・・・−
再び口を噤んだままだったファンガスに、今一度問い直そうとしていたとき、前方から馬車が近づいてきた。
「ファンガス様?」
「巫女姫殿?・・・このようなところにまで?」
(え?)
その馬車の中から聞こえてきた少女のような声に、すっと応えるファンガスに、ミルフィーたちは驚いて見つめ続ける。
「その方が・・・金龍の守護騎士様であられるミルフィー様ですの?」
ファンガスからうやうやしく差し伸べられた手を取り、馬車から降りた少女は、ミルフィーに、すっと貴人に対する礼を取った。
「金龍の守護騎士様には、はじめてお目にかかります。私の名はラファラ。炎龍の巫女を務めさせていただいております。」
「目が・・?」
被っていた薄衣のベールを取って、深々とおじぎをしたラファラの顔を見て、ミルフィーは思わず口にしかけて止めた。
「ええ、数年前、私は光を失ってしまいました。でも、周りの者がよくしてくれますので、不自由は感じたことはございません。」
「そ、そう。それで・・炎龍のということは・・やっぱりファンガスは?」
失言を全く気にする気配のないラファラにほっとしながら、ミルフィーは気になっていたことを聞いてみた。そう、ファンガスが炎龍の守護騎士なのではないか?という予感は、彼にあったときから、3人が確かに感じていたことだった。
「ファンガス様・・・何もご説明なさってないのですか?」
「あ・・い、いや・・・・」
ミルフィーからファンガスへ顔を向けたラファラに指摘され、ファンガスは口ごもる。
「そうですわね・・・説明している時間もないといえば、そうですし。でも、ご挨拶くらいは。」
「名は名乗ったが。」
「ファンガス様・・・・」
少し呆れたような、ファンガスらしいと言ったような小さな笑いを零し、ラファラは、ミルフィーたちに馬車への同乗を促した。
−ガラガラガラ・・・−
ラファラの乗ってきた馬車に揺られる中、ミルフィーたちは、ラファラから説明を受けていた。
ファンガスは・・・馬車には乗らず、その馬車を守備しているとでもいうように、平行に走っていた。
「聞きたいことはたくさんおありでしょう。ですが、時間がありません。私からご説明申し上げましょう。」
ラファラは少し緊張した表情で話し始めた。
「あなた方が感じていらっしゃるように、彼、ファンガスは、炎龍の守護騎士です。真の炎龍の騎士・・・炎龍の守護騎士にふさわしき激しさと猛々しさを持った・・でも、とてもやさしい方です。」
ミルフィーとラードは、やっぱり、と目で頷きあった。
「ご説明申し上げると言いましたが、実は私も詳しくは存じ上げないのです。」
「え?」
「早朝の禊ぎの儀式を終え、神殿に戻るとそこにファンガス様が私を待っておりました。そして、『今からミルフィーという名の金龍の守護騎士を迎えに行く。そして、炎龍に対面させる。なんとかして炎龍とコンタクトを取り・・いや、取らねばならんのだ、たとえなしのつぶてだろうとなんだろうと・・なんとしても。』そうおっしゃっると、すぐ神殿を離れられたのです。水龍の騎士様との約束だと最後に付け加えられて。」
「やっぱりジャミン。」
「ジャミン?」
「あ、そう、その水龍の騎士の名前なの。」
「あ、そうですか。とすると、金龍の騎士様と同じように女性でしたのね?」
「え、ええ、そう。あ・・でも、私・・・」
金龍の騎士というのを否定しようとしたミルフィーより先にラファラが言う。
「分かります。目が見えない分、全身を覆っている気などで、私には、あなた様が・・そうですね、正直に申し上げますと、金龍の守護騎士であられるかどうかまでは分かりませんが、ファンガス様と同じように守護騎士の気を持っておられることは分かります。」
ミルフィーはラードと見合い、苦笑いをする。
「で、ジャミンは?神殿にいるの?」
そして、逸る心を抑え、良くない考えを抑え、ミルフィーが聞く。
「さあ、そこまでは私もお聞きしてませんし、神殿には、そのような方はいらっしゃいませんでした。そもそも、火を司る炎龍の神殿に、水を司る水龍の騎士様は・・・その相反する力故、足を踏み入れることはできないと思われます。形だけの神殿でしたら、どうということもありませんが・・・・。」
「じゃー、ジャミンはいったいどこに?」
−ふっ!−
やはりファンガスからの説明が必要だと、ラファラにそれを頼もうとした時、不意に周りが暗くなった。
「神殿に続く洞窟へ入ったのです。」
ラファラが微笑みながら言った。
「洞窟?」
「ええ。」
村から外れた奥深い森のそこにそそり立つ断崖絶壁にある普通では認識不能の洞窟の入口、そこへ入ったのである。
−ガラガラガラ−
馬車はひたすら暗闇の中を走っていた。
そして、ラファラに案内された奥神殿への入口、祭壇の前で、ミルフィーはファンガスの目をじっと見つめ、答えを待っていた。
「主である炎龍の指示は何もない。そして、その剣士が本物の金龍の騎士かどうか信用できないと言ったオレに、あいつは勝負を挑んできた。」
その説明がなければ、炎龍にも会えないというミルフィーの言葉に、ようやくファンガスがジャミンのことを語った。
「あいつの剣は、昔から良く知っている。・・いや、数段上達していたが・・・癖や太刀すじなど・・自分のそれと同じように良く知っている。そして、その事は、あいつも同じはずだ。」
絞り出すようなファンガスの声色に、ミルフィーは思わずぞくっとする。悪い予感は的中していそうだと旋律が走る。
「勝者の言い分を聞くといったような取り決めはなかった。結果がどっちに出ようと、あいつは、そうするつもりだったのだろう。」
「そうするって?」
ふっと苦笑いをし、瞬ミルフィーの目から視線を外したファンガスは、再び彼女と視線を合わせて続けた。
「世界に何かよからぬ事が起こっているのはオレも感じていた。が・・・オレは金騎士など信じられなかった。あいつが嘘をつくとは思わなかったが・・・その事実は受け入れることができなかった。それは、一般的にはその存在は信じられていても、守護騎士の内では、金騎士の存在はないとされていたせいもあるのだろう。」
ミルフィーは軽く頷いていた。
「勝負は・・・・」
そこでファンガスは、はっとしたようにミルフィーから視線を外し、奥神殿への入口である大扉を見入った。
「ファンガス?」
「炎龍とのコンタクトが取れました。・・・初めてです。炎龍が私たちの呼びかけに応えてくださったのは。」
2人の前、大扉のすぐ前、ミルフィーとファンガスに背を向けて立っていたラファラの声が響いた。
「扉が開きます。奥神殿への道が・・・開きます。」
−ぱあああああ−
ゆっくりと開く扉の隙間から、眩い光が射し込んでくる。それともとに、マグマを感じさせる熱が、徐々にではあったが彼らを包み込んでいく。
「水龍の守護騎士としての最後の願いだ、といって、あいつは・・オレに金龍の騎士への協力と炎龍に会わせることを頼んで・・・」
「え?」
眩い光と熱気の中、最後までファンガスの言葉を聞くこともなく、彼女を包んだその光が消えたとき、ミルフィーは1人、真っ赤に燃えるマグマの海に突き出ている岸壁の上に立っていた。
『お主が金龍の騎士か?』
激しい熱気で全身から湯気のようになった汗が立ち上がる。
つい先ほどまですぐ目の前に見えていたラファラも、そして、すぐ横にいたファンガスもそこにはいなかった。
ミルフィーの視線は、目の前のマグマの海を覆うように浮かび出た炎龍の巨大な姿に釘付けになっていた。
気を抜けば燃え上がってしまうかのような熱気をも遥かに凌ぐ、圧倒的なまでの威圧感。猛々しさと荒々しさ、炎龍の全身から躍り出、勢い良く燃え盛る炎が示しているかのように、その激しい神気は、まるで押しつぶそうとするかのようにミルフィーを圧していた。
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