
その21・リーカンファナ公国
「時々思うことがある・・・オレはなぜここにこうしているのか?」 シゼリア国の隣国、海を隔てた東に位置する広大な大陸、リーカンファナ公国北部にあるタス山脈、その中でひときわ高いタス山の山頂、360度見渡せるそこで、その男ファンガスは呟いた。 「過去を振り返って懐かしむには若すぎると言われるだろうが・・・頂点を目指して諸国を渡り歩き、腕を競い合ったあの日々が懐かしく思えてならない。」 「ファンガス様・・・・。」 「今、世界には、確かにおかしな動向がある。はっきりとは分からないが・・・肌で感じるんだ。が・・・炎龍は何も言わん。調べてみようと思っても、主の命がない限り、オレは動くわけにはいかん。あ・・いや、これは失礼した。巫女姫殿の気晴らしになるようにと山頂までお連れしたというのに・・・オレは・・・。」 「いいえ、ファンガス様。ラファラは話していただいて嬉しく思います。」 男の傍ら、厚めの絨毯を敷いた岩に腰掛けている少女が、にっこりとファンガスに微笑みを返した。 「それに、ここはとても気持ちのいい風が吹いておりますわ。まるで心が洗われるようなやさしい風が。」 「それはよかった。巫女姫殿が塞いでおられると聞き、新鮮な空気でもとお連れしたものの・・・女性をお連れするのなら、もう少し気の利いたところの方がよかったのかもしれんと後悔しておりました。」 「そのようなこと。」 「どうも私は剣のこと以外はさっぱりで・・・巫女姫殿のような女性に対しても、どう接したらいいか分からず、難しいような事ばかり話してしまい・・申し訳ない。」 しかも余分な事まで、と頭をかき、ファンガスは恥じる。 この巫女姫の前だとどうも正直すぎてしまう自分が恥ずかしくも恐くもあった。 「いいえ、ファンガス様のご懸念はもっともですもの。私も・・感じてはいるのですが・・・。」 「やはり巫女姫殿にも・・・何も?」 「はい。」 「炎龍は、何を考えているのか?」 (ひょっとしたら・・このまま人の世を見捨てる?) 2人はその恐ろしい考えをうち消していた。お互い同じ懸念を持っていることを感じながら、そこまで口にすることははばかられた。 神龍の巫女と守護騎士が心を合わせ、主である神龍と交信する。あるいは、神龍のいる聖なる空間へ飛ぶ。もし、可能ならばそうしてみるつもりだったのだが、2人にはいくら気を集中しても炎龍の気を感じられない。その呼び声に応えはない。 再び遠くに視線を飛ばしたファンガスを、ラファラはじっと見つめていた。 固く閉ざされたままの瞳で。 「私は・・・巫女として失格なのでしょうか?不注意で光を失ってしまった巫女など・・・。」 「巫女姫殿!」 ラファラの言葉に驚いて、ファンガスは彼女を振り返る。悲しげな表情のラファラを。 「そのようなことはない!もしそうならば・・・誰か他の娘が選ばれるはずだ!」 「・・・ならいいのですけど・・・・」 「巫女姫殿がそのような弱い気持ちでどうするのだ?!もっと心を強く持たなくてどうするのです?!」 「ファンガス様・・。」 ぐっと両肩を抱き、ファンガスは心の底から吐き出すように言った。 「何か起きていることは確だ。世界にも、そして炎龍にも。だが・・このままでいいはずがない。いずれ我らに何らかの命(めい)が下ると私は思っている。」 「命が・・・・・」 神龍のその命が人にとって悪いことではないように、とラファラは心の中で手を合わせられずにはいられなかった。 2人は山間を駆け抜ける風を受け、周囲の景色に視線をとばしていた。 ラファラは心の眼で、ファンガスは、その鋭い眼光で、何かを手探りするように。 −パン!ポポーーン!− 「な、なに?なんなのよ、この騒ぎは?」 一方、ミルフィーたちを乗せた船は、ようやく対岸の港町、カンファナシアについていた。 船が入港すると同時に、爆竹と『歓迎!水龍の歌姫、ご一行様!』の横断幕が出迎えていた。 「・・・・・」 仰々しいその騒ぎに呆気にとられ、ものも言えないミルフィーをジャミンが笑う。 「すごい人気ね。」 「そ、そうね?・・・・」 心ここにあらず状態のミルフィーをくすくすと笑いながら、ジャミンは衣装を差し出す。 「はい、ミルフィー、そんな地味なドレスじゃだめよ。これに着替えて。」 「え?」 手渡されたドレスを見て、ミルフィーはぎくっとする。 「ち、ちょっとこれ派手すぎない?・・・・だいたいカットがこんなに深いなんて・・・」 「いいのよ、それくらい着て。」 「おっ♪悩殺用ドレスか?」 「ラードっ!」 ひょいっとジャミンの横からのぞき込みにへら〜と笑みを浮かべて言ったラードをミルフィーは睨む。 「ね、ジャミン・・・こう・・・もう少しおとなしいようなの、あったわよね?」 それでもにやにやしているラードから、ジャミンへ視線を移し、ミルフィーは抵抗してみる。 「この手の衣装買うとき、処分しちゃったわよ。」 「え?」 「いい?旅芸人の歌姫なのよ?そこのところ分かってるの?」 「だ、だけど・・・・」 「そうそう!旅芸人の歌姫としちゃ、まだおとなしい方だぜ、これくらい。」 「だって、私は男に媚びるつもりなんてこれっぽっちも・・」 「こっちはそうでもあっちはそのつもりだったりしてな?」 「ラードっ!」 意地悪そうにからかうラードを、ミルフィーは再び睨む。 「いいだろ?カッコくらい歌姫らしくしとけよ。中身までは変わらないさ。」 「ラード!」 −パッコーーン!− 「いてっ!・・な、なんだセイタか・・いきなり何するんだよ?」 不意に背後から杖で叩かれ、ラードは振り返りざまそこにいたセイタに文句を言う。 「失礼よ、その言い方っ!ミルお姉ちゃんに謝りなさいっ!」 「・・・・・」 叩かれた頭部をさすりながら、ラードはしばらくセイタと見合っていた。 「しょうがないわね・・・早く国都へ行きたいわ。」 勿論、国都で出奔する為である。大きい街ならそれも可能である。そうして初めて、歌姫でなく普通の旅人に戻れ、ミルフィーとしては、気楽に旅ができるのである。 くすっと笑いジャミンが付け加えた。 「この港町で1回興業することになってるわ。そうしたら、さっさと国都へ向かいましょ。」 「やっぱり興業するの?」 「しないわけにはいかないでしょ?」 ため息顔のミルフィーを、ジャミンは肩をすくめてたしなめていた。 「わ〜〜〜♪」 船から下りたミルフィーたちを、港まで出迎えていた群衆が一斉に囲んだ。 |