その20・水龍の歌姫


 「お疲れさまー、ミルお姉ちゃん!」
岸辺に倒れていたところを発見されたミルフィー。そして、一人心配していたラードの元へ転移されたセイタから説明を受け、一行は無事国都で合流していた。
そして、今しばらく国都で情報を仕入れる為、それまで通り週末に舞台にあがっていた。
「え?花束?」
舞台から下りたミルフィーを待っていたのは、真っ赤な薔薇の花のブーケを持ったセイタ。
いつもならおしぼりを持っているのに、とミルフィーは不思議に思って聞く。
「あのね・・・・」
ブーケをミルフィーに手渡しながら、セイタは裏口にちらっと視線を流す。
「歌姫殿・・」
「え?・・こ、公爵様・・・?」
裏口から入ってきたのはレムナギス公爵だった。

ミルフィーは湖へ落ちたときのショックでそれまでの記憶を無くしていることになっていた。記憶が戻るまで城に留まればよいという公爵の言葉を辞退し、ミルフィーは仲間の元へ帰るといって市中へ戻ってきたのである。
いくら帰りたいと言っても、しがない旅芸人と大貴族。そこはレムナギスの胸算用でどうにでもなったが・・・湖底から戻ったミルフィーに対してはそれが通用しないという状況になっていた。
つまり、沈んだものは二度と浮いて来ないと言われているシゼリア湖。それは水龍がそのものを欲し、湖底へ引き込むからだという言い伝えがあった。人であれ、物であれ、二度と戻っては来ないのである。
そのミルフィーが戻ってきた。しかも確かに湖に沈んだのに、発見されたとき水は全く飲んでいなかった。まるでそこで眠っているように横たわっていたのである。
『歌姫を気に入った水龍が身元に引き寄せたものの、歌声を聞くには地上へ返すしかないと判断して岸へ戻した。』
そんな噂が城内、そして国都に広がっていた。
そして、その歌姫の歌を聞きたいという人々が日増しに増え、ミルフィーがそれに応えたいと言ったからである。水龍の歌姫として名を広めたミルフィーの意見を通さないわけにはいかなくなっていた。
それは、ミルフィーの無事を祝って開かれた夜会、そこでの回復第一声の歌声と共に、止まっていた庭の噴水の水が出たことも大いに後押しした。
下心で近づけば、水龍の祟りがあるかもしれない。ミルフィーを狙っていた貴族は、それを断念した。

ということで、正攻法でいくしかないのである。ミルフィーを諦めきれなかったレムナギスは、なんとかミルフィーの心を手に入れようと躍起になっていた。
そして、連日、金銀宝石をちりばめた装飾品や花束の贈り物を届けさせたが、それらは全て送り返しされ、そればかりではなく、会いに行っても、お供を引き連れたいかにも大貴族であると言わんばかりのレムナギスには決して会おうとしなかった。
というわけで、レムナギスは一人のファンとしてミルフィーに接することに決め、今日こうして一人でミルフィーの元を訪れたのだった。

城内での事は忘れた事になっているとしても、岸辺で見つかってから王城を離れるまでの間顔は合わせている。ここまで誠意を見せられ、まるっきり無視というわけにもいかない、とミルフィーは折れることにした。
「大したおもてなしはできませんけど・・」
「いえ、今私は貴族や大臣としてではなく、あなたとそしてあなたの歌に魅了された一人の男としてお邪魔させていただいてるだけですから。」
さわやかな笑顔で、レムナギスはミルフィーに進められたイスに腰を下ろす。

「ケッ!なーにが一人の男として、だよ?みえみえなんだよ!」
隣の部屋でラードが面白くなさそうな顔で呟いていた。
「おべっかちゃらちゃら・・・あんなのミルフィーの一振りで追い返してやりゃーいいのに?」
「だって、悪いことしてるわけじゃないんだもん。そうもいかないでしょ?」
「な、なんだ、セイタ、いたのか?」
「・・・・・・ラードのばかっ!」
−バン!−
「うわっ・・・熱っつっ!!な、なにすんだよ、セイタ?あ、あれ?セイタ?」
戸口が開けっ放しになっていた。
ミルフィーの舞台と共に、ラードもナイフ投げの舞台を務めていた。それが終わり、汗拭きにと持ってきた熱くしたおしぼりを、セイタはラードの顔に投げつけたのである。
隣の部屋のミルフィーばかりに気を取られ、声を掛けているのに、全く気づかなかったラードにセイタは腹を立てたのである。
「なんだよ・・セイタのやつ・・・・・」
が、そんな理由からだとはまるっきり思っていないラードは、セイタを探しに行くでもなく、投げつけられたおしぼりで顔や腕を拭き、テーブルにあった飲み物とつまみに手を伸ばす。
「だけど、いいよな、ファーのやつ。」
そう、ケットシーであるファーはあれ以来、ミルフィーにぴったりくっついていた。
おかげで隣の部屋で公爵と2人だけでも大丈夫だという確証はあった。が、面白くないことは確か。
「いつまで話しこんでんだ?いいかげんお屋敷へ帰れよな?」
すきま風の入る旅芸人用に設置された舞台裏にある簡単な造りの楽屋。
暖房も整えられ、座り心地抜群のイス、上品なワインなど、何でも揃ったところと違うのである。


「あら?セイタちゃんは?」
「お?ようやく帰ったのか、あいつ?」
「あいつ、じゃないでしょ?セイタちゃんは?こっちにいたんじゃないの?」
「なんだか知らねーが、オレにおしぼり投げつけて出ていったっきりだ。」
「え?・・・なんかしたの、ラード?」
「な、なんかって・・・ガキになにしろってんだよ?ただ、ちょっとセイタがいるってことに気づかなかっただけで・・・」
「ラードの鈍感!」
「へ?・・・・・・」
−バッターーン!−
「な、なんだよ・・ミルフィーも・・・セイタも・・・・」
全部言わないうちに怒鳴ってそのまま外へ出ていったミルフィーに、ラードは呆気にとられて、戸口を見ていた。

「まったく・・・鈍感はお互い様なんだろうけど?」
戸口に剣士の姿の女が一人歩み寄ってきていた。
「あ・・・な、なんだ、ジャミンか・・・。」
「でも、やっぱり、ラードの場合の方が悪いわね。」
「な、なんだよ、それ?」
「ふ〜〜・・・だから男なんてのは・・・」
「な、なんだよ?だから、なんだってんだよ?」
「こういうことは他人に教えて貰うべきことじゃないのよ。」
「ないって・・・じゃ、どうしろってんだ?」
「少しは自分で考えたら?筋肉少年?」
空いたままの戸口に立ったまま入ろうともせず、ジャミンはちろっとラードに視線を流して背を向けると、片手をあげそこを立ち去っていった。
「な、なんだよ、お前らみんなして?」


そして、翌日の正午過ぎ、ミルフィーたちは隣国へ向かう商船に乗っていた。
水龍の歌姫、ミルフィーの元に届けられた手紙の中に、水不足で困っている隣国の山岳地帯からのものが混ざっていたのである。
ちょうどよく訪ねてくれたレムナギス公爵に船に乗れないものかと相談した結果、トントン拍子で話は進んだのである。
一行が向かっているそこは、城の古文書には炎龍の神殿があると書かれていた地方でもあった。

「さ〜て、丁と出るか半と出るか・・・」
南北に広がるその国。そこへは南部にある港町で一旦船を下り、国都を介して町沿いに北へ進む道しかなかった。海沿いで進むには、その季節、海流が邪魔していて定期船はあるものの、運休期間だったのである。


「わ〜〜〜・・・すご〜〜〜い!」
見渡す限り続く大海原と地平線。セイタは大粒の瞳を一段と丸くして見つめていた。
「あ、あの〜〜・・セイタ?」
「べ〜〜っだっ!ラードなんかし〜〜らないっ!」
ミルフィーに無視したことを謝れと言われ、しぶしぶセイタに話しかけるラード。が、セイタはそんなラードをからかっているかのように軽くあしらっていた。

「ミルお姉ちゃん!ジャミン!」
船縁で並んで立っていた2人に駆け寄るセイタの表情は明るかった。前日の事が嘘のように。
(まだ、恋には発展してないようね?単に無視された事に対して腹がたっただけみたいね?)
(そうねー。)
2人はそう判断していた。


「向こうに着いたら私もドレス脱いでいい?」
「そうはいかないでしょ?せめて向こうの国都で舞台を終えてから。」
「ええ〜?そんなにずっとこのカッコしてなきゃいけないの?」
「そう!国都でも歌姫ご一行様を待ってるんだから。剣士姿でいいわけないでしょ?でも、その後ならね、人の出入りの多い国都でなら歌姫ご一行様の行方がいつのまにか分からなくなるってこともあるんじゃない?」
「そうよ、お姉ちゃん。もし剣士姿がお姉ちゃんだってばれたら、こっそりと聞き込みもできなくなるわよ?」
「そ、そうね?」
ジャミンとそしてセイタの言うことももっともだ、とミルフィーは諦める。できれば今すぐにでもドレスは脱ぎたかった。動きの楽な冒険者の格好が恋しかったのだが・・。

「歌姫殿には何人たりとも指一本触れさせぬ故、ご安心めされ。」
「ジャミン・・・・」
わざと騎士風に話したジャミンに、ミルフィーは苦笑いする。
「さすが水龍の騎士様ね、ジャミン。カッコいい〜〜!」
『し〜〜〜〜〜っ!』
ミルフィーとジャミン2人に注意され、セイタはぺろっと舌をだした。

「セイタ、ほら!お星様のような飴だぞ?」
そんな場面に、同乗している商人からシゼリアでは見たことのない飴をわけてもらったラードはセイタのご機嫌をとりにやってきた。
「ね?ラードにも内緒なの?」
コクンと頷いたジャミンにセイタは笑顔を見せる。


「まったく・・・・こ〜〜んなのでご機嫌取ろうなんて・・・ホントに、ラードったらあたしを子供扱いするんだから・・・あっ!青いの発見!こっちは2つくっついてるわっ!」
星形の直径5mmほどの白い飴。その中に時々赤や青や黄色の飴が混ざっていた。
ラードの思惑通り、セイタはそれに夢中になった。
「あ〜〜ん・・せっかく黄色見つけたのに、欠けちゃってる・・」
「セイタちゃん、私にも見せて?」
「いいわよ、ジャミンも探してみる?」
「ありがと。私はいいわ。」

セイタの屈託のない笑顔と笑い声が青空にそして大海原に広がっていった。
無邪気に喜んでいるセイタ、そして、一緒になって色つきの飴を探しているミルフィーとラード。ジャミンはそんな3人を温かく見つめていた。

「炎龍・・・そして、炎龍の守護騎士・・・・・・・ファンガス・・・・・」
ほのぼのとしたその光景をしばらく見つめていたジャミンは、そっと目を閉じて呟いた。
「・・・ガス・・・・・あなたの夢は・・・いえ、あなたのこと・・とっくの昔にその手にしているのでしょうね・・・・炎龍の守護騎士・・・・水と相反する者・・・・。」
『オレは神龍の守護騎士になる!・・・燃える炎の神龍の!』
ふと遙か遠くの地平線へと視線を飛ばしたジャミンの耳に、懐かしい声が響いた。共に剣の修行に身を投じていたその昔、守護騎士になる夢を語った男の声が。
現実に存在するのであれば、そして、同じ神龍であれば親しいものと思っていた。そして同じ神龍の守護騎士ならば、交流もあるのだと思っていた。が・・・事実は違っていた。相反する者、しかもその根元である彼らがまみえれば世界に亀裂が走る。そして、守護騎士同士でもそれは同じ。
(同じ守護騎士になれば、いつか会えると思っていた。たとえ想いは通じなくても、また会えると・・・・。でも、現実は・・・。)
ぐっとジャミンは剣を握った。
「負けない。・・・負けるわけにはいかぬ!こんな形で会うことになるとは思わなかったが・・・それでも私は負けてはならぬのだ!水龍の守護騎士として、そして、金龍の守護騎士の補佐として!」
きっと進行方向の空を睨んだジャミンに、それまであったやさしい表情はなかった。
「話して分かってくれればそれでいい。が、そうでなかった場合、たとえ、相手があなたであろうと・・・・たとえ一度たりとも勝ったことがなくとも、水龍の守護騎士の名にかけ、あなたに勝つ!」
理由を話して協力を得る、それは万が一にもありえないと水龍に言われてきた。圧倒的な力でねじ伏せ従わせなければ、話にさえ耳を傾けることはないだろうと言われてきていた。
「ファンガス・・・私はあなたに・・勝つ!」
(そして、ミルフィー、あなたは炎龍に!)

そこにあったのは、まぎれもなく水龍の守護騎士の顔。命を賭けた厳しくそして激しい戦いを覚悟した剣士の顔だった。


「ラード、食べちゃだめじゃない?!」
「そうよ、ラードのくいしんぼ!」
「うるせーなー、いいだろ?1粒くらい?こんなにあるんだぜ?」
「1粒1粒って、それで幾つ目なのよ、ラード?」
「うるせーなー・・ケチっ!」
「ケチとは何よ、ケチとはっ!」
「そうよ、ラード!ミルお姉ちゃんに謝りなさいっ!」
「なんだよ・・だいたいだなー、セイタはいつもミルフィーの肩ばかりもって・・・」
「やーねー、ラード。それって妬きもち?ミルお姉ちゃんとは女同士だもん。当たり前の友情よ?」
「だ、だれが妬きもちだよ、誰が?」
−ぷくくっ・・・きゃははははっ!−

−がくがくがく・・・・−
3人へと視線を移したジャミンは・・・・あまりにもの明るさに全身の力が一気に抜けた。
(神殿での対峙がなかったら、到底金龍の騎士だなんて思えないわよね・・・。)
あきれ果てたその顔は、普段のジャミンの顔。いや、妹を見つめるやさしい姉の顔になっていた。


船は行く、青空の下、大海原を滑るように。



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