『そなたがセイタとか申す地龍の巫女か。』
神殿の奥祭室からシセラーゼの呪文に送られて転移した異空間。水を水と感じさせない不思議な空間で、セイタは青く澄んだ透明な龍と対面していた。
水を震わせ不思議な声色がセイタの頭に響く。
「あ、はい。水龍様。」
スカートの裾をつまみ、少し足を折ってセイタは丁寧に挨拶をする。
「でも、地龍の巫女というわけではありません。」
『ほう。巫女ではないとな?』
「はい。」
にっこりと笑って話すセイタを水龍は目を細めて見つめる。
「巫女の儀式は受けておりません。」
『なるほど。』
威厳を放ち水龍はセイタに接していた。が、その威厳が全く気にならないとでもいうように無垢な微笑みを返してくるセイタに、水龍は少なからず驚いていた。
『我が恐くはないのか?』
「はい。」
『なぜだ?』
「水龍様はあたしたちの世界を守ってくださっている神様です。悪いことをしていなければ、あたしたちの味方ですもの。」
『・・・・。』
純な魂だ、水龍はそう思っていた。今時珍しく純粋な少女だと思っていた。巫女でもこれほど透明な魂はないだろうと。
「水龍様?」
じっと自分を見つめたまま押し黙ってしまった水龍に、セイタは不思議そうに訊ねる。
『で、金龍の騎士というのは本当か?』
「あ、はい。ミルお姉ちゃ・・・あ、いえ、ミルフィーと言う女性剣士で、銀龍に頼まれてこの世界へ来たのだそうです。」
『ほう、銀龍に頼まれて?』
「はい。」
『そのミルフィーとか申す娘のその言葉をお前は信じているのか?』
「はい。」
『ふむ・・・・』
セイタの信じ切った輝きを放つ瞳をしばらくじっと見つめていた後、水龍はすっと目を閉じた。
『セイタよ。』
「あ、はい。」
目を閉じ、何かを考えているような水龍をじっと見つめていたセイタは、不意に声をかけられ慌てて返事をした。
『その娘のことを考えよ。』
「ミルお姉ちゃんのことを?」
『そうだ。そなたの思念を辿り、その娘をここへ呼び寄せるためだ。』
「あ、はい。」
にっこりと微笑み、セイタはそっと目を閉じミルフィーの事を考え始める。
(ミルお姉ちゃん・・・今どこ?あたしはここよ。水龍の神殿。水龍様の目の前よ。ミルお姉ちゃん・・・・)
「え?・・・セイタ・・ちゃん?」
「なに?」
湖底でどこかに神殿に続く道がないかとラードとファーと共に探していたミルフィーは、不意に聞こえたセイタの声にびくっとして立ち止まり、思わず呟いたその言葉にラードが敏感に反応する。
−ぼこっ!−
「ミルフィーっ!」
そしてセイタを飲み込んだと同じ気泡が現れ、ラードは慌ててミルフィーに駆け寄ろうとする。5,6歩2人の間には距離があった。ファーもまたミルフィーとはそのくらい離れていた。
「ラード!」
「ミルフィーっ!」
全てが一瞬の事。気泡の中へ囚われたミルフィー、とセイタの二の舞か、と真っ青になって慌てて駆け寄ったラードの手が触れ合う直前、ふっとその気泡ごとミルフィーの姿はそこからかき消えてしまった。
「ミルフィーーーーっ!?」
またしても手も足も出ず、目の前でミルフィーを失ってしまった・・・愕然とその場に棒立ちするラードは目の前が真っ暗になっていた。何も考えられずに。
「え?ここ・・・どこ?」
「ミルお姉ちゃん!」
「セイタちゃん!」
何か不思議な空間に転移すると共に気泡は消滅し、ミルフィーはセイタの声に驚いて駆け寄る。
『そなたが金龍の騎士・ミルフィーか?』
「え?」
そして不意にかけられた声に、ミルフィーはゆっくりと水龍へ視線を移した。
そこに、巨大な龍が威厳を放ちながら、ミルフィーをじっと見下ろしていた。
青く透明な水龍。銀色の瞳がミルフィーを見据えていた。
「水龍?」
『そうだ。』
「じゃ、話が早いわ。世界を救う為に協力してくれない?そうね、さしあたって闇龍の情報が何か少しでもあれば嬉しいんだけど?」
『は・・・・・』
がくっと水龍はその全身から脱力感を覚えた。セイタの無垢さにも驚いたが、ミルフィーの態度は・・・・神龍に向かってのその言葉は、あまりにも突拍子もない言葉だった。
「銀龍はもうここにいるわけじゃないから様子は分からなくても当然として、あなたなら少しは分かるでしょ?」
『・・・・・』
あきれ果てて水龍はミルフィーを見つめていた。しばらく無言で、呆気にとられたように。が、バカ顔はしてはいない。そこは神なのである。表情には出さない。
「水龍?」
なかなか返事をしようとしない水龍にしびれを切らしたミルフィーの呼びかけに、水龍はにやっとすると口を開いた。
『いいだろう。そなたが真の金龍の騎士であるというのなら。』
「え?私が?」
『そうだ。証をみせろ。』
「証たって・・・・」
「お姉ちゃん。」
「なに?セイタちゃん?」
つんつんとミルフィーの服の裾をひっぱってセイタが小声で言った。
「金龍の剣は?」
「ああ、あれ・・・・お城の衣装箱の中なのよ。」
「衣装箱・・の中?」
「そう。」
さすがのセイタもそれにはため息をついていた。普通そういったものは肌身離さず持っているものなのだと、子供のセイタでも承知していた。
「だって、ドレス姿に剣なんて。」
「でも、短剣サイズだったでしょ?ドレスの下の足首あたりに装備しておくってことだってできるじゃない?」
「あ・・・そ、そういえばそうね?」
「まったく、お姉ちゃんったら・・」
「だって、ちょっと舟遊びのつもりだったし。」
「取りに行かせてはもらえなさそうよね?」
「そうねー・・・・」
ちらっと水龍を見たミルフィーは、それは不可能のようだと判断した。
「じゃ、どうやって証明するの?」
「・・・どうしようか?」
『証明するものが何もなければ、その腕で証明してみせよ。』
「え?腕で?」
神龍である自分の目の前で、恐れもせず話込んでいる2人に呆れながらも水龍は威厳を持って命令を下した。
『我が騎士と競うがよい。それで真偽は確かめられよう。』
「あなたの騎士?」
ふっとミルフィーの周囲の様子が変わった。
「え?ここ・・は?」
「え?」
そこは水龍の神殿、奥祭室。シセラーゼとジャミンが不安そうな面もちでイスに座っていた。
「あなた・・は?」
「あ、私、ミルフィーって言うの。水龍に彼の守護騎士と戦って腕を証明しろって言われたんだけど・・・。」
「ということは、水龍と会ってたというのか?」
「ええ、そうよ。」
「セイタとか申す娘は?」
「ええ、セイタちゃんも一緒だったわ。」
ミルフィーの答えに、ジャミンとシセラーゼは目を合わせてお互いの判断を確認していた。それは、セイタを通して水龍がミルフィーを呼び寄せたということ。
「それで、あなたたちは?」
「私がその水龍の騎士、ジャミンだ。」
「私は水龍に使える巫女、シセラーゼです。」
「金龍の騎士というのは本当か?」
ただ冷たい視線で見つめているシセラーゼとは異なり、ジャミンの瞳は怒りのようなもので燃えていた。いや、同じ神龍の騎士としてのライバル心というものだったかもしれない。
「私はそんなつもりないんだけど。」
「なに?!」
困ったような表情で答えたミルフィーの言葉に、2人は驚いていた。
「銀龍はそのつもりらしいんだけど・・・私はそういう仰々しいものは好きじゃないのよ。」
「ぎ、仰々しい・・・・」
誰もが憧れ、可能ならばなりたいと思う神龍の騎士。それを明らかに迷惑とでもいうように邪魔扱いするミルフィーに唖然としていた2人の頭に水龍の言葉が響いた。
『我が騎士、ジャミンよ。その者の腕を試せ。まこと金龍の騎士かどうかを。』
−ガチャ−
その言葉を聞くと同時に、ジャミンは腰に下げていた1本の剣をミルフィーに差し出した。
「これを使うがいい。なんなら鎧も貸すが?」
「あ、ありがとう。」
ドレス姿のまま湖底に沈んだミルフィーは、剣などもっているはずもなく、またドレスのままだった。ネコ博士の発明した不思議な飴は、直接触れている範囲水を寄せ付けない。水中でドレスのままでも動きは制限されなかった。
が、剣の腕を競うとなればそうもいかない。鎧姿のジャミンとドレスのミルフィーとでは、どうしても動きに差が出てくる。
「あ、大丈夫よ、わざわざ貸してもらわなくても。」
「しかし・・・」
「だって、ちょっと腕を競うだけでしょ?別に命をどうこうっていうわけじゃないんだし?」
「し、しかし・・・・」
守護騎士同士の戦いがそんな生やさしいものではないはずなのである。それをいとも軽く考えているようなミルフィーに、ジャミンは呆気にとられると共に怒りも覚えていた。
「そうね、このままではちょっと動きにくいわよね。」
−バサッバサッ!−
「は?」
ジャミンから手渡されたその剣で、ミルフィーはドレスのスカート部分の膝からしたを少しも惜しむ様子もなく切っていた。くだいた宝石を全体にちりばめた豪華なドレスだったにもかかわらず。
「これで、多少動きやすくなったわ。」
膝下から足を出した格好でにっこり笑ったミルフィーを2人は呆気にとられて見つめていた。
「じゃ、始めましょうか?」
ミルフィーのその言葉でジャミンはハッとする。そして、剣を構え直したミルフィーのその視線にジャミンは釘付けになった。
「・・・・・この気は・・・・」
神龍の騎士として腕には自信があった。が、その自信をも飲み込んでしまうかのようなミルフィーの気迫にジャミンは思わず身震いする。
(本物・・・か?)
水龍が直接呼び寄せたくらいである。まず間違いないだろうと思いながら、ジャミンは落ち着くように自分自身に言い聞かせていた。
(私も神龍の騎士が一人。そう簡単にはやられないわ。)
静かな気迫を返してくるそのジャミンにミルフィーはうれしさを感じていた。
(さすが本物の神龍の騎士だわ。)
−キーーン!−
神龍の守護騎士同士の戦いが始まった。
お互い持てる力の全てを出しての戦い。一太刀剣を交える毎に2人の熱は増していった。
−ガキッ!−
「なにがおかしい?」
剣を交え、お互いをにらみ合いながらもミルフィーの顔に笑みが浮かんでいることに気づいたジャミンが叫ぶように言った。
「だって、嬉しいのよ。」
「嬉しい?」
「そう。同じ女でこれほどの腕の剣士とこうして交えられるなんて・・・私、感動してるのよ。」
「感動・・・・そんな甘い事を言っていていいのか?」
−ザッ−
ジャミンは勢い良くミルフィーの剣を振り払うと、再び間合いを取る。
「でも、本当の事よ。」
2人は、次の攻撃の間をはかり合いながら言葉を交わしていた。
「気が知れないな。真剣勝負なのだぞ?」
「そうよ。気を抜いてるつもりはないわ。」
ミルフィーが気を抜いていないのは、ジャミンにもわかっていた。が、その余裕であるかのように見えた笑みが気に入らなかった。
「私をバカにすると後悔・・・・」
ジャミンがそう言いかけたときだった。
−ガラガラガラ・・・−
それまでの守護騎士同士の戦いによる余波は神殿のあちこちを破壊し、ひときわ大きく入っていた亀裂により、片隅に控えて2人の戦いを見つめていたシセラーゼの上へ崩壊した柱が倒れかかっていた。
「危ないっ!」
それは一瞬のこと、ジャミンとにらみ合い次の攻撃の間合いを計っていたミルフィーは、瞬時にしてシセラーゼの元へと駆けつけていた。
−ガララララ・・・−
「ミルフィー!シセラーゼ!」
一瞬出遅れたジャミンは、そうすることができず、柱がそして壁が2人の上に落ち、細かく砕かれた粉のようになった瓦礫が舞い上がるように水中を漂っている中を慌てて駆け寄った。
ピン!と張りつめた空気の中、一瞬でも気を逸らせば命取りになりそうなほどのミルフィーの気迫にとらわれ、ジャミンにはミルフィーのような瞬時の行動が取れなかったのである。
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