その9・銀龍の示した道(2)


 −ズズズ・・・・−
「な、なんだ・・・この気は?」
不意に辺り一体を圧するような空気に覆われ、シモンとラードはそのただならぬ気配に神経を張りつめ、その気に覚えはあるがここで会えるとも思っていなかったミルフィーは前方をじっと見つめて待つ。
「セイタ!」
ヤイタが彼女の身体から離れたのか、ふっと倒れたセイタをラードは慌てて抱き留める。

『・・・・・・』
そして、彼らの目の前に現れたのは、半透明ではあったが巨大な龍。銀色に輝く鱗の巨大な神龍が彼らのいる目の前の空間を覆うように浮いていた。
「ぎ、銀龍・・・・・」
シモンが低く呟き、ラードは驚いて見つめたままである。

「こっちの世界へ来れるの、銀龍?」
その神龍の全身からの威圧の中、それを気にもしないような感じで声をかけたミルフィーを銀龍はぎろっと睨む。神の威光と尊厳、周りを覆うその威圧感が一層増す。
『朽ち果てているとはいえ、ここは地龍の神殿。そして、お主という媒介があれば、例えその地とは異なる世界に属すことになっていようとも、意識を飛ばすことは可能となる。』
空気を重く振動させ、銀龍の声が響く。
「そう・・じゃ、この展開の説明をしてくれないかしら?」
『ふむ・・・説明か・・・もはやおおよその事は分かっておるのではないか?』
「それはそうなんだけどね・・。」
頬に指を当て、まるで友人か何かのように気さくに話すミルフィーに、ラードとシモンは呆気にとられていた。
「シモンはあなたの騎士?」
ミルフィーの言葉にシモンはびくっとする。
『シモンか・・・』
その鋭い視線をミルフィーからシモンへと移した銀龍に、シモンはすくむ。
『そうだな、我が騎士であるやもしれん・・そしてそうではないのかもしれん。』
意味ありげにその目を細めると銀龍は答えた。
「どういうこと、それ?」
が、あいまいなのが大嫌いなミルフィーは突っ込む。
『そういうことだ。』
「そういうことって・・銀龍、あなたっていつもそうなのよ、どっちとも取れるその言い方、どうにかならない?」
『まー、いいではないか。それよりミルフィー、手を祭壇の上に翳すがよい。』
よくない!と答えようとしたミルフィーにその隙を与えず銀龍は続け、ミルフィーは銀龍の後の言葉が重要な事だと感じ、追求はこの際諦める。
「祭壇?」
ミルフィーは奥にそれらしき台座を見つけ、そこに手を翳す。

「え?」
しばらくそうしていると、台座が2つにゆっくり割れてきた。そして、その割れ目から金色の光が暗い礼拝堂に射し込む。

「こ、これ?」
音もなくゆっくりとその光と共に上がってきたそれは、1本の剣。
『手に取るがよい。』
銀龍に言われるまでもなく、ミルフィーの手はその剣に引きつけらていた。

−パアアアア・・・・−
ミルフィーがその剣の柄を握ると同時に、剣を覆う光は目を開けていられないくらいにその輝きを増していた。

『そは、地龍に預けし金龍の剣。我が剣を探し2つを合わせるがよい。2つの剣と剣士の闘気により金龍は目覚め、太陽の剣はその時、秘められしその力に目覚めるであろう。』
「え?銀龍の剣って・・・?どこにあるの?・・・・・・」
『我が意を運ぶものよ、我を金龍の元へ運べ。・・我が子らを目覚めさせよ、お主の思う道を彼らに示せ・・・我が金龍の騎士、金騎士よ・・・そして、探すがよい、我が騎士を・・・まことの銀騎士を。』
何も見えないまばゆい光の中、銀龍の声が響いていた。
ミルフィーの問いに答える声はなく、光が消えると彼らは地上に戻っていた。


「『真の銀騎士』って・・・また勝手な事してくれた上に・・・何よ、それ?シモンはどうなのよ?」
ふるふるふる!と金龍の剣を握るミルフィーの手が震えていた。
「いっつもそうなのよ、銀龍!!説明不足の上に、勝手に押しつけて・・・。」
ぎゅっと自分の手に残された黄金の剣を握りしめミルフィーは怒鳴る。
「もう一度出てきて、もっとはっきり説明してよ!」
が、返事はない。

「ミルフィーが・・・黄金龍の・・・騎士?・・・・」
銀龍が消えたあとを睨んで怒っているミルフィーを見つめ、シモンとラードは呆然と立っていた。


「ん?」
そして、しばらく空に文句を言っていたミルフィーがようやく落ち着いてというか、諦めて視線を元に戻したその先にシモンがいた。
「つまり、オレは銀騎士じゃないってことなんだろ?」
「でも、シモン・・・」
「ヤイタじーさんの言ったこともあるしな・・・とすると、こういうことか?」
ラードの言葉にミルフィーとシモンは彼に注目する。
「つまり、一応まだあんたが銀騎士なんだよ、シモン。だけどあんたはその手を血で染めてしまった。神龍の騎士としてあるまじき血でな。だから、新たに銀騎士となれる人物を捜せっていうことじゃないのか?」
「あ・・」
「ほう。」
ラードの言葉には2人とも納得がいった。
「そうね、それなら銀龍のあの曖昧な言葉もうなずけるわ。」
「だろ?」
「たまにはいいこと言うのね?」
がくっ・・・ラードはミルフィーの言葉に脱力する。
「あ、あのなー・・ミルフィー・・・?」


「ね、シモン!それはそれとして、これ、預かってくれない?」
ラードを無視し、ミルフィーはシモンに言う。ともかく金騎士などという仰々しいものはいやだった。ミルフィーはシモンに渡してしまおうと、黄金の剣を差し出す。最初に浮かび上がってきたときに比べて小さく縮んでいたその剣は、光もあの時のように出てはいない。
「預かってと言われてもだな・・・ミルフィー・・・」
当然、シモンは戸惑う。黄金龍の剣など手にできるわけはない。お飾りならまだしもそれは、本物の神剣。
「私、いやなのよ、そういうの。」
「し、しかしだな・・・・」
神龍である銀龍に直接手渡されたと言っていいその剣を、他の者が手にすることなどできるはずはない、とシモンは焦る。例え使うのではなく、預かるのだとしても。
「私は今の剣で十分だし、これを持ってると認めてしまったような気がしていやなのよ・・。」
腰にさしている剣を指さしてミルフィーは不機嫌そうに言う。
「自分が金龍の騎士だってことをか?」
「そう。」
「いいじゃないか?」
「私のガラじゃないのよ、そういうの。」
つかつかっとシモンに近づくと、ミルフィーは彼の手をぐっと握って短剣のサイズとなった黄金の剣を握らせようとした。
「熱っ・・・」
「え?」
その途端、刺すような熱さを感じ、シモンは勢い良く手を引く。
「熱い?」
「だから・・・金騎士しか持てないんだろ?」
熱さを感じた手をさすりながら、シモンは小声でミルフィーに文句を言う。
「そんなものなの?」
「たぶんそうだろう。父から聞いたが、金騎士と銀騎士の剣は本物と、そしてそうでなく飾りというか、それでも名刀中の名刀だが、騎士という印としての剣があるということだった。残念ながらオレが父から受け継いだ剣は後者の方でな、本物は名を受け継いだ騎士が本物の騎士として神龍に認められたとき与えられるとかだったぞ?」
「そうなの?」
ミルフィーには熱さなど少しも感じられなかった。金色に光る綺麗な短剣、そうとしか目に写っていない。
「少しは自覚しろよな、ミルフィー?」
ラードが呆れたように言う。
「あんたは間違いなく神龍に選ばれた騎士なんだよ。しかも創世龍の金龍の!」
「だって・・・」
『だってもさってもないっ!』
不服そうな顔でそれでもまだ否定しようとしたミルフィーを、シモンとラードが睨んで同時に叫んでいた。

「・・・・し、しかたないわね・・・・・私しか持てないんじゃ・・・・」
小声でブツブツ文句を言いながら、ミルフィーは短剣に布を巻き付けて腰袋にいれ、そんな彼女をシモンとラードはため息をついて見ていた。誰もが憧れる神龍の騎士、そして、本物の神龍の剣。それを邪魔扱いする剣士がいようとは。


「で、これからどうする?」
「う〜〜ん・・・・・」
ドワーフの洞窟の入口に戻っていた彼らは、今一度入ろうとしたが、いくらセイタが祈っても大岩はびくともしなかった。眠ってる・・それがセイタの感じた今の大岩の状態。ヤイタならなんとかできるかもしれない、と気づいたセイタは必至になって心の中で呼びかけてみたが応答はなかった。


「ともかく、銀龍の剣を探すこと・・か?」
「どうやって?」
「世界各地にあると言われている創世龍の子供である残りの神龍の神殿を探し当て、彼らと会ってみる・・とかかな?」
「銀龍の神殿は?」
「残念ながらオレが知っていた神殿は、闇龍の最初の目標にされてな、主がいなかったせいもあり無惨な有様だ。」
「そこにはないの?」
「ああ・・・おそらくな。」

「あと、闇龍の情報も手にいれるべきだろ?」
シモンとミルフィーの会話に、ラードが口を挟む。
「敵情視察は必至だぜ?」
「そうね。」
「ああ。そうだな・・それはオレに任せてくれないか?」
シモンが自信ありげに提案する。
「さっきも言ったように裏世界には少しは顔がきくんでな。」
「だよなー、シモン=ラスダルードっていやー、ギャングのボスでも盗賊や海賊のボスでも一目置いてる殺し屋だもんな。狙った獲物は逃がさない。殺しは任せておけば100%間違いない。邪魔者を消すにはもってこいの悪党だが、狙われたら最後、こんな恐い相手はいないってな。」
「ラード!」
言い過ぎだと感じたミルフィーは思わずラードを睨む。
「事実だぜ?そうだろ?」
が、ラードはそう言って当たり前だという顔でシモンを見、シモンは苦笑いのような自嘲の笑みをみせる。
「そうだな・・・事実だ。」
「まさか銀龍の騎士のなれの果てだとは思いもしなかったぜ?・・剣の腕はなるほどな、とは思うけどな。」
「ラード!」
「・・・・・・」
過去とあの洞窟での真実は分かったが、それでもラードはまだ完全に許す気にはなっていなかった。
「それにまだあの説明はしてもらってなかったよな?」
『あの』とは、シモンが闘っていたセイタの母親にそっくりだった僧兵のことである。
「あ、ああ・・あの僧兵か?あれは・・・あいつが爆薬で侵入したのをみかけたんでな、オレは後を付けただけだ。あいつが誰なのか何が目的だったのかは知らん。・・ただ・・・あまりよくない感じはしたが。」
確かに僧兵の気は、あまりいい感じはしなかった、とラードもミルフィーも思い出す。しいていえば、禍々しい闇の気、そんな感じがした。
「・・・似てたけど、かあさんじゃないわ・・あんな怖い人、かあさんじゃ・・・」
その禍々しい気はセイタも、いや、こういったことは人一倍彼女は強く感じる。
「セイタ・・・」
その時を思い出したのか、小刻みに震え始めたセイタをラードはぎゅっと抱きしめた。


「ともかく、オレは別行動を取る。」
「逃げるんじゃないだろうな?」
「金騎士様との賭に負けたんだ。約束を反故にしたらどんな目に遭わされるかわかったもんじゃないからな。」
「どういう意味よ、シモン、それ?」
「銀龍とあれだけぽんぽん言い合うくらいだ。睨まれたらたまったもんじゃない。」
「シモン?!」
「大丈夫だ、連絡は取るし、時には顔も出す。」
わははははっ!と勢い良くごまかし笑いをすると、シモンは一人ミルフィーたちの元を去っていった。

その笑顔は、己自身を含んだ全てをそして道を見失い、自暴自棄になっていたシモンのものではなかった。
ようやく心の暗闇から脱出し、目の前に見つけた道。自分の存在の意義とそれまでに取った行動に対する償いの道。ミルフィーが、金龍の騎士が指し示してくれた道を行こうとシモンは決心していた。たとえ、その先に待つのが死であろうと。


が、ミルフィーはすっかりその気なのだが、果たして信用してもいいだろうか?と、ラードはまだ完全に信用したわけではなかった。
それはともかく、銀龍の示した道を進まないわけにはいかない。極めて不透明で不確かな道だが、ラードにはその道を進むことが彼の父やヤイタの行方の回答に繋がると感じていた。
それにしてもなにかとんでもない大事の中心に携わってしまった、とラードは不安そうなセイタに大丈夫だと笑顔を見せ、未だ銀龍に怒っているようなミルフィーを見つめていた。

(しっかし、金龍の騎士か・・・・・・銀龍がミルフィーに甘いのはそのせいか?)
金龍に弱いからその騎士にも弱いというか、だからあんなにぽんぽん言い返しても怒りもしない。
(普通、あんな口きいたものならその瞬間に神の怒りで消滅だよな?)
事実、銀龍は恐ろしいほどの威圧感を持ってそこにいた。それをものともしないミルフィーにも、そしてそんなミルフィーに寛容すぎる銀龍にも、驚いた。
(シモンが銀騎士だったってことも驚いたけどなー。やっぱミルフィーの方がすごいや。)
どうすごいのか?つまりそれは、ミルフィーと銀龍とのやりとりのあまりにもの意外性になのである。

「ね、ラード?」
「なんだ、セイタ?」
「ミルお姉ちゃんが金騎士なら、銀騎士はお姉ちゃんの恋人になるのかしら?」
「さ、さー?どうなのかな?」
「きっとそうよ。でもってきっとすっごくかっこいい剣士なのよ、きっと。」
夫婦龍である創世龍の金龍と銀龍。そのことから思ったのか、夢みるようにうっとりとして言ったセイタの言葉にラードは思わず苦笑いする。
木にもたれ今後の行動を考えている目の前のミルフィーから、相当な腕の持ち主であり男でなければ、恋人になど、いや、近寄らせてはくれないだろうとラードは感じる。
「まさか、ミルフィーが合格と判断した奴が銀騎士っていうことになるとか?」
まるでその全権をミルフィーに任せたというような感じを、ラードは銀龍の言葉の端々から感じていた。
「それってひょっとして、普通に剣士としての腕や性格なんかで選ぶより、難しいんじゃないか?」
ミルフィーから合格点をもらえる人物、そんな者がこの世にいるのだろうか?なぜだかそんな気がした。

普段は朗らかで気さくだが、鉄壁の剣士、目の前のミルフィーからは、そんな気が漂っていた。
たとえ腕は認めさせられる人物が現れたとしても、男としてミルフィーの心に入っていくのは不可能に近いような感じがした。



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