その2・森の中の一軒家

 

 「で、どうしましょう?」
どうにもその立派なイスが落ち着かず、そっと祭室を抜け出し、あちこち様子をうかがっていたミルフィーは、奥の間で村長と神官らしき男との会話を耳にする。
「どうするったって・・・後はどうしたらいいのかさっぱり・・・。」
「せめて守護騎士様が男なら、美女を侍らせるということもできるのだが・・。」
「女だし、しかもまだ少女のようだしな・・・まさか男を侍らせるというわけにもいかんだろう?」
「まさか・・・それならそれで簡単でいいんだが・・・。」
「う〜〜ん・・・なんとかここに留まっていただく方法は・・・・」
2人は顔をつきあわせて思案していた。

「な、なによ・・・男を侍らすって・・・冗談じゃないわよっ!むさ苦しいだけじゃない?!・・・そりゃー、そうでない人もいるんだろうけど・・・。」
ミルフィーの脳裏の思わずさわやかな笑顔の少年が写る。
「ばっかばかしい・・・だいたい男がほしいならここへ来る理由なんてなかったんだから・・・。」
そう、ここへ来る前、花婿は自由に選ぶことができたはずである。それがいやで銀龍に腕を鍛えて貰い、そしてその代わりに銀龍の頼みをひき受け、異世界であるここへ来た。

「悪いけど・・・失礼させてもらうわね。」
村興しにミルフィーをここへ留まらせ、旅人を呼び込もうという算段らしいことを話の内容から読みとったミルフィーは、そっとそこを後にすることにした。

「村へ続く道を行っては、また見つかるのが落ちよね。」
なんとか人目に付かずに社の外へ出たミルフィーは、道のない森の中へと足を踏み入れた。
「さて、それはいいけど、どっちに行ったらいいのかな?」
木々の間からちらっと太陽が見える。それで方角は判断できるが、今のミルフィーにはどこへ行くべきか、それは全く分かっていなかった。どこで何が起きているのか、そして、自分が何をすべきか、何をそしてどこを目指すべきかも。
「もう少し詳しく話してくれてもいいのに、銀龍も。守るべき世界が違ってしまったからって、内政干渉だから、なんて事関係ないと思うんだけど。」

なるべく村の方向とは反対方向に進んだミルフィーは、夕暮れ近くに1件の家を見つけ、その扉を叩いた。
−トントン−
「ごめんください。」
が、返事がない。
「留守なのかな?」
独り言を言いながら、そっとドアに手をかけてみる。
「あれ?開いてる・・・。」
そっと押す。中は薄暗くよく見えない。
「ごめん下さい。・・・こんにちは〜。どなたかいらっしゃいませんか?」
中をのぞき込むようにしてミルフィーは声をかける。が、誰も出てくる気配はない。
「すみません・・・失礼します・・・。」
−シュッ!−
1歩中に入ると、突然影から剣がミルフィーを襲った。が、そんなことで驚く彼女ではない。
すかさず刃を避け、ビシッと剣を持つ腕をビシッと叩いて剣を落とさせると、肩を壁に押さえつけ、ぐいっとその腕を後ろにねじる。
−ダン!−
「くっ・・・・」
「何よ、いきなり!?」
「こ、殺すなら、殺せっ!」
「なーに、死にたいの?」
「う、うるさいっ!ごちゃごちゃ言ってないでとどめを刺せばいいだろ?」
「どうして?」
「どうして?って・・・・・」
その少年、といってもミルフィーと同じか少し下くらいに思えたが、彼にそれ以上攻撃する意思はないと判断したミルフィーは、背中にねじり上げた腕を放す。
「痛ぅ〜〜・・・・・・」
同時に少年はミルフィーの方を向き、その腕をもう片方の手でさすりつつ、床に座り込む。
−ダダダッ−
「あっ!来るな!セイタ!」
「え?」
「え〜〜いっ!」
奥から小さな少女が、ほうきを振りかざし、ミルフィーに向かってきていた。少年は慌てて少女に叫ぶ。
少女の攻撃をひょいっと簡単に避けてミルフィーは、ほうきを取り上げる。そして、慌てて少女を抱きかかえた少年とその少女を見つめる。
「何か誤解してない?」
「誤解?」
怪訝そうな顔で少年はミルフィーを見る。
「そう。私、別に怪しい者じゃないわよ。ただ一晩泊めてもらえないかと思って寄っただけよ。ダメなら道を教えて貰うだけでもいいし。」
「え?」
驚いたような顔の少年に、ミルフィーはにっこり笑って頷く。
「じ、じゃー・・さっきのおじさんを追いかけてきたわけじゃないのか?」
「おじさんって?」
「あ・・ああ・・・・・」
そろそろと立ち上がると少年はミルフィーを奥の部屋に案内していく。
「え?」
そこには、一人の中年の男が息絶えていた。
勿論ミルフィーには全くの見ず知らずの男。
「普通、この状況なら、あなたが殺したって取るわよ?」
「オ、オレがなんでそんなことしなけりゃいけないんだよ?」
「じゃー、私がなぜこの人を殺さなければならないの?それに私は今ここへ来たところなのよ?」
「あ・・・・・・・」
2人はしばらくじっとお互いを見つめ合っていた。瞳から中の心を探るように。

「何か事情がありそうね。よかったら、話してくれない?」
にっこり笑ったミルフィーに、彼女ではないと感じた少年は、玄関に続いた部屋に戻ると、少女も含めて話し始めた。


「ふ〜〜ん・・・いきなり来て、ペンダントを渡すと同時に息絶えたってわけね・・。」
「そうなんだ。それは元地龍神殿の神官だったこいつのじいさんがいつも肌身離さず持っていたものなんだ。」
そういって少年、ラードは少女、セイタを見る。
ミルフィーは大切そうにセイタが手にしているその黄水晶のペンダントをじっと見つめた。
「ラード・・・おじいちゃんどうしちゃったの?・・もしかして、もしかして・・・・」
ペンダントを見つめながら、セイタの瞳にじわ〜っと涙が溢れてきていた。
「大丈夫だ。オレの親父がついてるんだ。だから大丈夫だって!」
「う、うん・・・・・・」
ラードはセイタの頭にそっと手をおいて慰める。

海を隔てた隣国、デストローゼ。ラードの父親、ヘッド=マーカライトはその国で将軍まで登りつめた人物であったが、前国王と折り合いが悪く、世捨て人となり、この国シゼリアの片田舎でひっそり暮らしていた。
そして、最高神官の座を退き、故郷であるこの地に帰り同じように静かに暮らしていた賢者である旧友、セイタの祖父であるドワーフのヤイタと共に、3ヶ月程前デストローゼの新国王、ブルフューズ13世の魔龍信仰と、圧制、そして戦に明け暮れる日々を諫めようと旅立っていた。
16才の一人息子ラードに、ヤイタの孫娘である10才になったばかりのセイタを頼んで。

「そうなの。1月半前にデストローゼの国都に着いたって手紙が来たのね。」
「そうなんだ。それから・・・何も連絡がないんだ。で、突然これだもんな。」
ラードはちらっとペンダントを見る。
「う〜〜ん・・・・におうわね・・・」
何かあるとミルフィーは感じていた。
「それはいいけど、あの人をあのままにしてもおけないでしょ?」
何か事件に巻き込まれたに違いない、しかもそれは銀龍がここへ彼女をよこしたことに関係がある、とは感じたが、それ以上の情報は現在のところ何もない。ということで、ミルフィーは今できることからすることにした。
「あ、そ、そうだよな・・・あのままじゃ・・。じゃー、裏手から少し行ったところにでも埋めるか。」

深く掘りたかったが人手が足らない。人一人なんとか入るくらいの穴を掘って布に包んだ男の死体を埋葬した。

「だけど、さすが剣士だな。死体くらい平気か?普通、女なんかきゃ〜きゃ〜わめいて触ろうなんてしないのに。慣れてるというか・・。」
「そうね。」
呆れたような顔のラードに、ミルフィーは苦笑いする。
「迷宮でみかける死体なんてもっと酷いのがあるから。それと比べれば綺麗なものよ。」
「迷宮?・・あんた冒険者か?」
「そうよ。」
「ふ〜〜ん・・・・」

「ねー、ラード・・・セイタ、お腹すいちゃった・・。」
「あ、ああ・・・そうか、ごたごたしておやつもなかったからな。ちょっと早いが飯の支度でもするか?」
ふと気付いてラードはミルフィーを見る。
「よかったらあんたも食べていかないか?」
「あなたが作るの?」
「し、仕方ねーだろ?セイタは湯を沸かすくらいしかできないんだし・・。」
セイタの年齢からではそれももっともだと思ったミルフィーは笑顔で言う。
「よかったら作ってあげましょうか?」
「は?・・・け、剣士が・・冒険者がか?」
「あら?バカにしないでくれる?これでも一応、人の口に入るものができるわよ。」

「ラード・・・・」
不安そうに自分しがみついているセイタを見て、ラードは頼むことにした。
「悪いな。そろそろ買い出しに行かないといけないと思ってたんで、材料はあまりないんだ。適当に見繕って作ってくれないか?今日、村に下りて食料を仕入れて来ようと思ってたところなんだ。」
「村ってここから森を西の方へ行ったところの村?」
「あ、いや、東の村の方が近いんだ。3時間くらいで着く。」
「そう。・・・じゃ、ちょっとお台所借りるわね。」
ガチャガチャと鎧を外し部屋の隅に置いたミルフィーの姿を見、それまで顔に似合わず勇ましい格好だと思っていたラードは、彼女が間違いなく少女であることを認識する。その線の細さはやはり少女のもの。
が、少女だからと言って料理ができるとは限らない。少し不安そうな面もちで、台所に向かったミルフィーの後ろ姿を見つつ、ラードはこれから先の事を考えていた。

「お?・・・・こ、これ・・・」
「お〜いし〜〜い♪ラードのとぜんぜん違う〜〜♪」
「お、お前なー、いつも作ってもらっておいてそれはないだろ?第一オレは男なんだ。多少まずくてもしかたないだろ?」
ラードは驚いていた。確かに線は細く、その顔立ちは少女だが、その雰囲気と、そして、斬りかかったとき一瞬にしてねじ伏せられた事から、かなりの腕前だと感じていた。だから、まさか料理などできるとは思わなかったし、できても・・・自分と同じくらいなものだと思っていた。
「意外?」
ミルフィーはラードの考えを読みとって悪戯っぽく微笑む。
「あ・・ま、まーな・・・・あ、あはは・・」
一応作ってもらった手前、はっきりとは言わずラードはもごもごする。

銀龍が懸念していたことに、2人の父親何か関係しているとミルフィーは感じていた。ここでこの2人と別れてしまうより一緒にいるべきだ、と彼女の第六感は囁いていた。
「で、ものは相談なんだけど?」
「なんだ?」
「今晩、泊めてくれない?」
「は?」
ラードは目を大きく見開いて聞き返す。
「村まで行ったら真夜中になりそうよ。そんな夜中じゃ宿が見つかるかどうかわからないし。それに明日買い出しに行くんでしょ?一緒に行くってのはどう?」
「お、おい・・・ちょっと待てよ。そりゃー、あんたの言うことは分かるが・・・」
「分かるが?」
あまりにも無頓着なミルフィーに、焦りを覚えたラードは、少しどもりながら言う。
「あ、あのな・・・オレは一応男で、あんたは女なんだぞ?」
「あ・・・そういうことね。」
「『そういうことね』って・・・なんだよ?」
軽く聞き流したミルフィーに、ラードは目を三角にする。
「セイタちゃんもいるじゃない?」
「あいつは、小さい頃から一緒にいるから、オレにとっては本当の妹同然だ。」
「そういう意味で言ったんじゃないけど・・・・まっいいか♪」
「なんだよ?」
「だから、2人きりじゃないからいいんじゃない?って言ったの。」
「残念ながら、セイタは一度寝ると雷が落ちても起きないんだ。ちょっとやそっとの騒ぎなんかで起きるはずがない。だから・・・」
といいながら、ラードはテーブルの上に顔をくっつけて寝てしまっているセイタを目配せする。
「あら・・・早いのね?お腹いっぱいになったからかな?」
ミルフィーはひょいとセイタを抱き上げると、奥の部屋に運んでいく。
「あ!おいっ!」

「二人が出かけてから、ずっとあなたが面倒みてるの?」
奥から姿を現せたミルフィーをちらっと見てラードはぶすっと答える。
「まーな。」
「ふ〜〜ん・・・・あ!私ここでいいから、寝ていいわよ。寝袋一式持ってるし。」
ミルフィーは背負ってきた荷袋からそれを取り出す。
「本当に泊まっていくつもりなのか?」
「外でもいいんだけど・・・せっかく家があるんだし・・ね?いいでしょ?」

−ザッ、・・ダンッ!−
突然、ラードはミルフィーに近づくと、その両手をぐっと握って壁に押しつける。
「だからさっきから言ってるだろ?」
「『危険だ』って?」
が、ミルフィーは少しも動じない。両手を押しつけられた格好で、すぐ目の前にラードの顔があった。が、ミルフィーのその顔には笑みさえある。
「いいならこのままいっちまうぜ?」
ふっと笑うとミルフィーは押さえられていた手首にぐっと力を入れる。
そして、力を入れると同時に腕を交差し、ラードの腕をねじるようにして体勢を変える。あっという間の逆転だった。
「い、いてててて・・・・」
「分かった?」
「わ・・・わかったよ・・・わかったから、離してくれ・・う、腕が・・・」
ふふっとミルフィーは笑いながら手を離す。
「そのくらいで私を襲おうなんて100年早いのよ、性少年!?」
「な、なんだよ、そりゃ?」
ねじ上げられた腕をさすりながら、ラードは小さく怒鳴る。
「それにね、女をものにするんだったら、ムードってものを考えなさい。そんなんじゃセイタちゃんだって相手してくれないわよ?」
「な、なんだよ?!なんでそこにセイタが出てくんだよ?ガキは関係ねーだろ?」
「もう4、5年たてばちょうどいいでしょ?」
「あ、あのな〜〜・・・・」
完璧ミルフィーにラードは遊ばれていた。
は〜っと大きくため息をつくとラードは投げ捨てるように言う。
「わ〜ったよ。あんたにゃかなわねーよ。・・・・だけど、簡単にやられたのは、本気じゃなかったからなんだからな?ちょっと脅してやれば出ていくだろうと思ったからなんだからな・・・。」
「あら・・かよわい乙女を夜の森へ放り出すつもりだったの?」
「あんたがかよわいとは思えねーけどな。だけど、ここにいたら、またさっきの男を襲った奴らが来ないとも限らないだろ?」
「ありがとう、心配してくれたのね?でも、それこそ『かよわくない女』にしてみれば、なんともないんじゃない?」
「か、勝手にしろっ!オレは知らないからなっ!」
「はいはい。」
バタン!と大きな音を立てて少し顔を赤くして奥の部屋に入っていったラードに、ミルフィーは一人笑いをこぼしていた。

 


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