その1・少女剣士ミルフィー

 

 シゼリア大陸北西部、青空の下に広がる草原地帯。その何もない空間に突如小さな光が現れた。
−キラッ!−
それは、少しずつその輝きを大きく広げていく。
−ばああああ・・・−
人の大きさまでその輝きを増すと、剣士を一人残し、それはすっと消滅した。
剣士は高く掲げていた片手をゆっくり下ろすと、その手に持っていた銀龍の爪を腰袋にしまう。

「ここが、銀龍の元いた世界・・・黄金龍の世界。」
まだ少女と言える幼さの残る顔立ちのその剣士の名前はミルフィー。この世界の神龍である銀龍と縁があった彼女は、異世界からこの世界にやってきた。
世界を救うために。そして、彼女が彼女として生きていく為に、自分自身を見つける為に。

「さて・・・どうしよう?」
くるっと振り返った彼女は、すぐ傍で腰を抜かして泡を吹いている男と目が合う。
「あう、あう、あう・・・」
「あ・・・ごめんなさい、もしかして、脅かしちゃった?」
「あ・・・あ・・・・・ひ、ひぇ〜〜〜・・・・・・・」
「え?」
中年のその男は、腰を抜かしつつ、必死になって転がるようにして逃げていく。
「・・・・魔物とでも思われた?まさかねー・・・私のどこが魔物に見えるっていうの?」
一人呟くミルフィーは、やはりさっきの光が原因だと再認識する。
「・・・・・なんと思われたのかな?この世界は転移の宝玉ってないのかな?」
考えても始まらない。ともかく、男が走って行った方向に行ってみることにした。走っていくということは、家なりなんなり人のいるところがあるはずだと彼女は判断していた。

「結構歩いていったのね、あのおじさん。」
ミルフィーは呟きながら歩いていた。そして、1時間ほどするとずっと続いていた草原の彼方に森とそして、家々の屋根らしいものがみえた。
「村・・かな?」

それに向かって歩いていくと、近づくに連れ、その村の入り口に人が黒山になっているのが目に入った。
「な、何かあるのかしら?誰かの迎えとか?」
後ろを誰かが歩いているのではないかと思い、ついっとミルフィーは振り返る。が、後ろは見渡す限り草原で、そこを歩いている人影は一つもない。
「な、なんなのかしら?そのうち来るから入り口で待ってるのかな?」
そう考えながら、ミルフィーはそれでも気楽に村へ近づいていった。

そして・・・・
「わ、わ〜〜〜〜・・・・」
「え?な、何?」
もう少しで村の入り口。彼らににっこりと挨拶しようとしたミルフィーに、人々はまるで蜘蛛の子が散っていくように、その姿を消した。
「なんなのよ、これ?私が魔物か何かだって言うの?」
草原で会った中年の男といい、村人たちといい、なんて失礼な!とミルフィーは気分を害していた。

「あ、あの・・・・」
そのミルフィーの前に不意に初老の男が現れ、そして、目が合った瞬間に、男は彼女の目の前にひれ伏した。
「な、何?」
勿論訳の分からないミルフィーは呆然と突っ立っていた。
「あ、あの・・・神龍の騎士様には、このような片田舎に足を運んでいただき、ま、誠にもって、光栄の至りで・・・ご、ございまする。」
「え?・・・神龍の騎士?わ、私が?」
「は、はい、そうでございます。」
「私、そんな偉そうな人物じゃないわよ?」
「何をおっしゃいます。ご身分を隠されてのことでしょうが、我々には十分わかっております。さ・・・どうぞこちらへ。さ、さ・・騎士様、どうぞ。」
「え?あ、あの・・・・」
訳が分からないまま、いつの間にか彼女を取り囲むように出てきた人々に連れられ、ミルフィーは、その村の中では一際大きく、そして造りも立派な屋敷の中へと入っていった。

「な、なんなのかしら、これって?」
上座へ座らされ、ミルフィーは目を丸くしていた。
目の前のテーブルには次々とご馳走が並べられ、そして、村の長老級と思える
立派そうな男たちが代わるがわる彼女の前に現れては、ひれ伏して挨拶をしていく。
「あの〜〜〜・・・・・・」
ミルフィーはすっかり困惑していた。
(後で人違いだからって、請求しないでしょうね?)
目の前のご馳走に、ミルフィーは思わずそんなことを考えていた。

いくら違うと言っても全く聞く耳持たず。最後には根負けした形で、ミルフィーは言い返すことを諦めてしまった。(断定はしていない。)
「そういえば、まるっきり嘘ということでもないわよね?銀龍って・・ここの守護龍だったんだから・・・一応直接鍛えてもらったし、ここへ来たのも頼まれたからなんだから・・・。」
ミルフィーは呟きながらご馳走を口に運んでいた。

そこはシゼリアの内でも片田舎の中のまた片田舎。が、片田舎だからこそ、その村の人々は純粋に神龍を信仰していた。だからこそ、神龍の守護騎士だと思ったミルフィーをできる限り手厚くもてなそうと、必死だった。

「困ったわね・・・でも、いい気分〜〜〜♪」
勿論、『いい気分』と言ったのは、神龍の騎士と勘違いされた事ではなく、ミルフィーはその時露天風呂に入っていたからである。おごり高ぶる事は彼女は好きじゃない。
決して広いとは言えなかったが、一人ゆっくりと星空を見ながらの入浴に、彼女は心から満足していた。
「多少、誤解はあるけど・・・一応、スタートとしては、いい出だしなのよね、これって。」

これからここで何が起きるのか・・・期待に心を弾ませ、ミルフィーは湯煙の間から見える夜の景色を眺めていた。


そして、翌日、朝食後ミルフィーは案内するという村長の申し出を断り一人村の中を歩いて回っていた。
さほど大きくないその村は、全部で20軒ほどの家しかなかった。が、一応旅人用にという配慮なのか宿らしきものもある。
「これと言った事も見あたらないし・・・といってもすぐ分かるようではもう世界も終わりに近いんだろうから・・・何事もなく平和だっていうのは、いいことよね?」
一人呟きながら、ミルフィーはのどを潤すため宿兼食堂らしい建物へ入る。

「い、い、いらっしゃいませ。」
正面に見えたカウンターの中から、店の主人が走り出てミルフィーに頭を下げる。
「そ、そうかしこまってもらっても困るんだけど・・・・」
狭い村の中のこと、すでにミルフィーのことは村中に知れ渡っている。困惑顔のミルフィーに、店の主人は、ますます緊張する。
「普通にしててくれる?」
「は、は、はいっ・・、か、かしこまりました。」
いかにも緊張しているといった声で答え、主人は愛想笑いをしながら、カウンターの中に入った。
「な、何にしましょ?」
そのカウンターに座ったミルフィーに、主人はまたしても緊張しながら聞く。
「そうね・・・のど乾いちゃったから、何かすっきりするものがいいんだけど・・・・」
「じゃー、ファテマのソーダなんてどうでしょう?」
「ファテマ?」
「はい、この村の特産物で、ここはこれでもっているようなものなんですよ。何しろこの大陸ではここでしか作ってませんからね。桃の甘さとグレープフルーツの酸っぱさをミックスした味のおいしい果物です。その果汁に炭酸を混ぜたものなんですよ。おいしいですよ。」
「そう?じゃ、それいただくわ。」
「はい。」
「ジュースか・・・・やっぱり女だな・・・。」
ミルフィーが座っているとは反対側のカウンターの隅で、体躯のいい男がくっと笑いをこぼす。
ちらっとその男を見るが、いちいち相手をしてても始まらない。ミルフィーは無視することに決め、差し出されたグラスに口をつける。
「おいしいわ♪」
「でしょ?」
ミルフィーの反応に主人はにこにこ顔で応える。
−ガタ−
すぐ横のイスを引く音で、ミルフィーは隣を見る。
「守護騎士ならこれくらいいかなきゃな。」
どかっとそのイスに座った男は、つい今し方隅でミルフィーを笑った男だった。
男は小馬鹿にしたような表情でリキュールを差し出す。
「これもそのファテマの果汁が入ってる。」
「アルコールは好きじゃないわ。」
ちらっとそのグラスを見、ミルフィーは素っ気なく答える。
「ふん!やっぱりまだガキか?守護騎士って言うのも怪しいもんだぜ?」
「私は守護騎士だって言った覚えはないわ。」
答える必要もないかと思ったが、挑戦的なその態度に、ミルフィーはつい答えていた。
「なるほど・・・だが、この村では誰しも信じてる。」
「それが?」
「オレも信じさせてくれないか?」
いかにも相手をしろという挑発的な態度だった。守護騎士を名乗るならオレを負かせてみせろ、とその男は身体全身で言っていた。
「別に名乗っていないんだけどな・・・・・。」
「そんなことは重要じゃない。要は・・・これから先その待遇を受けるんならそらなりに証明してほしい、ただそれだけだ。」
「あなた、何者?村人でもただの旅行者でもないわね?」
身長は2m近くある。筋肉隆々のその体つきはいかにも戦士といった感じだった。そして、腰に剣が2本。彼女の直感が、かなりの腕であるとささやいていた。冒険者か、流れの傭兵、もしくは用心棒、しかもかなり腕の立つ戦士。そんな感じだった。
「別に、今までも、そして、これからもその待遇に甘んじるつもりはないけど。」
喧嘩腰の視線を軽く流し、ミルフィーはソーダを口に運ぶ。
「しかし、はっきりしない限り、周りはそうはいかない。」
「つまりそれは、本当かどうか確かめるため、あなたに依頼したってわけ?」
「さてな。」
とぼける男にミルフィーはそう判断した。
光と共に現れただけでは唐突すぎる。例えその現れ方が話にある守護騎士の現れ方だとしても。そう考え、本物かどうか確かめるのは当たり前だとミルフィーは思った。
「で・・・どうすればいいの?」
コトンとグラスを置くと、ミルフィーは男の顔をじっと見つめた。
「お手合わせ願いたい。伝説の守護騎士の胸を借りれることなんてまずないからな。」
「なるほど。守護騎士じゃないって言っても?」
「今更それはきかん。」
にやっとした男の顔に、例え誤解だったとしても一端守護騎士を名乗った限り、もしそうでないのなら死をもって詫びを入れろ、というセリフを感じ取る。
「だから、名乗ったんじゃないんだけどな。」
「やるのか、やらないのか?」
やらないのならこの場で叩き斬る。男の目はそう言っていた。
「やるしかないんでしょ?・・・いくら?」
「あ、い、いえ、お代は結構です、は、はい・・・・。」
大きくため息をついて男の挑戦に応じたミルフィーに、主人は焦りを覚えてどもる。
「そう。じゃ、今日はごちそうになっておくわ。」


いかにも屈強の戦士といった大男と、剣士の格好はしているが、男と比べれば格段に小さく、そして頼りなく見えるミルフィー。まだ少女のような幼さの残る顔つきは、剣士であることも信じられない感じを受ける。その2人が肩を並べ腕を競うため村の外へと続く道を歩いていた。
−ざわざわ、がやがや、わいわい・・・・−
ミルフィーとその戦士後を遠巻きに囲んで付いてくる村人が一人、二人と増えてくる。


「いつでもどうぞ。」
村を出たところの草原で、ミルフィーは剣を構えると、その男ににこっと微笑んだ。が、別に馬鹿にしているわけでも、自分の腕にうぬぼれているわけでもない。男が放つその気は、かなりの腕だとミルフィーは全身で感じ取っていた。
が、ここで負けるわけにもいかなかった。曲がりなりにも神龍に頼まれてここに来たミルフィー。この世界とは無縁となってしまった神龍だが、彼の心は変わらずこの世界を案じている。その気持ちに答えないわけにはいかない。そして、だからこそ、来た早々倒れるわけにはいかなかった。守護騎士ではないにしても、その神龍に直接鍛えて貰った恩がある。そして、頼むといった神龍の心に応えなければならない、とミルフィーは思っていた。
(相手が神龍の守護騎士ならともかく、この男に通用しないような腕なら、この先世界を救うなんて事は到底無理なんだろう。)
そんなことを考えながら、ミルフィーは精神を集中する。気で作り上げた見えない身体をその上に、そして、筋力を強めていく。

「むっ!・・・」
笑顔の後に続いた真剣な眼差しに、そして、彼女の全身から放たれる闘気に、男も全身で感じ取った。
(嘘ではないかもしれん・・・・・)
確かにその気は、普通の少女でも、そして、それまで男が剣を交えてきた腕のたつ剣士の気でもなかった。いや、そんなものとは比べものにならないくらいの闘気と威圧感を持っていた。

−ヒュ〜〜〜・・・−
二人の間を風が駆け抜ける。
村人全員とその日偶然村にいた旅人らが見守る中、2人は身動き一つせず睨み合っていた。

「む?!」
その睨み合いの中、男は、ミルフィーの背後に龍の姿が浮かび上がったような錯覚を覚え、思わず怯む。
「くそっ!」
(やはり本物か?・・・が、そうなら・・例えこの場で倒れても悔いはない・・。)
神龍の守護騎士との手合わせは、この世界の剣士にとっては叶うことのない憧れだった。その存在すら不確かな神話の剣士。が、言い伝えによりその腕は、剣士という剣士の憧れだった。
この依頼を受けたことに後悔と、そして、本物に出会えた事に喜びをも覚えつつ、男は一気に突進した。
「イヤーーーーー!!!」
剣を構え突進してくる男の太刀筋をその一瞬で判断し、ミルフィーはついっと横へ身体を引きながら、男の繰り出す刃を剣で受け止める。
−ガキン!−
(カルロスといい勝負だ。)
その一撃の重みと太刀筋の鋭さで、彼女は自分の知っている剣士と比べていた。
(でも・・・この剣にはどこか迷いがある・・・)
−グググッ・・・・−
長時間そのままの体勢は体格的に不利になる。ミルフィーは受けた次の瞬間、早くも受けの体勢から攻めの体勢へと変える。
−キン!・・・シュッ!−
そして、その剣をはねつけると同時に、すかさずバランスを崩した男の喉元に剣先を突きつける。
「ま・・・まいった・・・・・・」

「おおーーー!」
それまで息をのんで見つめていた見物人たちの間に、どよどよとざわめきと感嘆の声が沸き起こる。
自分の倍ほどもある屈強な戦士を、いとも簡単に打ち据えたミルフィーに、恐怖をも感じていた。
が、神龍の意に背いたというならわかるが、そうでないのであれば、守護騎士が傍若無人な行動をとることはあり得ない事も確か。
村人は改めてミルフィーの前に揃ってひれ伏していた。
「ぶ、無礼は・・私め一人に責めおきくだされ。」
村人を代表して一人前に出てひれ伏す長に、ミルフィーは困惑していた。
「だから〜・・・守護騎士じゃないって言ってるでしょ?」
「ご、ご冗談を・・・。その腕で守護騎士ではないなどと・・・。」
「負けて言える事じゃないが、とぼけ続けるのも罪ってものだと思うんだが。」
ばつの悪そうに男がミルフィーに言った。
「だってねー・・・実際にそうなんだもんしかたないでしょ?そりゃ、銀龍に手ほどきはしてもらったけど・・・。」
「ぎ、銀龍?・・・銀龍の守護騎士か?」
男が叫ぶ。と同時に村人も男の言葉にがばっと顔を上げる。その表情にはより一層の驚きがあった。
同じ創世龍であり、世界とその身を化した黄金龍の直接の守り手である銀龍は、他の守護龍とはまた一段と別格なのである。
「だから、私は・・・」
守護騎士ではないと言おうとしたミルフィーは、あれよあれよという間に、用意された輿に乗せられ、再び村の中へと連れられていった。しかも、いよいよもって神格化されて。


「一体私にどうしろっていうのよ?」
立入禁止で一人では入れなかった村の奥にある森。そこにある龍を祭った社の中の祭室へ運ばれ、その壇上にある立派なイスを薦められたミルフィーは、しかたなくそこへ座し、ため息をついていた。


番外編・龍騎士様がやってきた!
  
yhajiさんが、村人が龍騎士の訪問を祝う場面のファンファーレを作ってくださいました。
ということで、その記念に、ショートを書いてみました。
いただいた曲は、『片田舎のファンファーレ』、とっても楽しくなってくる曲です。
龍騎士を迎えて喜んでいる村人の顔が目に浮かぶようです。
  


 <<Back INDEX Next>>