「言うに事欠き、月巫女殿の弟だと申すか?」
縄でがんじがらめに縛られた上、槍を突きつけられ、洋一と優司は、王子らしき人物の面前に引きだされていた。
「は。誠に持って無礼千万!月下蝶に乗って月巫女殿に逢いに来たなどと。」
兵長らしい男が、頭を垂れながら王子に言う。
「まこと弟君ならば、今、月巫女殿がここにおられないことくらいご存じであろう。」
ぐいっとその鋭い刃先を優司の面前に突きつる。
「そ、そんなこと言っても・・・こっちのどこにいるか・・知らないから・・・」
いつその槍で突き殺されるかと、冷や冷やしながら、優司は小さく答える。
「まー、待て。」
「ですが、王子。」
「そっちの男は知らぬが・・・見れば、月巫女殿にどこそこ似ておるところもある。」
「そ、そうおっしゃられれば・・そうかもしれませぬな。」
兵長は、ぐいっと優司の顔を押し上げてじっと見る。
「もしそうだとしたら、月巫女殿にどう言い訳するのだ?」
はっとして兵長は、優司の顎から手をひく。
「お、王子・・・・」
その無骨な顔を真っ青にし、兵長は王子を見つめる。
「あ・・し、しかし・・証拠が何もございません。」
「うむ、そうだな。しかし、門番に咎められることもせず庭まで入ったということは・・それに、あの場所は月巫女殿がお姿を消された・・月へお戻りになられた場所だ。」
「そ、それでは・・・」
ますますもって兵長の顔は青ざめる。
「が、証拠がないことも確かだ。」
イスに座っていた王子はすっと立ち上がると、優司に近寄る。
「もし本当に月巫女殿の弟君ならば、あってはならない失態だが、ここは王宮。見ず知らずの侵入者であれば、取り押さえるのは当然。」
「は、はい。」
思わず優司は答える。
「弟君もそこのところはご理解して下さっているご様子。とすれば、あとは、あなたがそうであるという立証が必要となるのだが、何かあるのか?」
「縄を解いてほしいんだけど。」
王子は目配せをし、兵長に優司の縄を解かせる。が、警戒は怠ってはいない。
「ど、どうするんだ?」
まだ縄にしばられたままの洋一が小声で優司に囁く。
「うん・・・山崎さん、携帯持ってない?」
「は?・・そ、そりゃ、携帯ならズボンのポケットに。」
「オレ机の上に置き忘れてきちゃったんだ。貸してくれない?」
「あ、ああ・・・だけど・・ここで使えるのか?」
「さー?分からないけど、何もしないよりはましでしょ?」
「あ、ああ、そうだな。」
中継地も何もない。電波が届くかどうかも分からない。が、とにかく連絡を取れるとしたらそれしかなかった。でなければ、牢獄行きは当然。悪くすれば死刑。
役に立つはずはないと思ったが、思いつきで月下蝶の花をアンテナの先につけてみる。
心の中で手を合わせてそれにかける優司。念を込め祈るように。
そして・・・
−トゥルルルル・・・−
聞こえた呼び出し音に期待が高まり、心臓が止まりそうなほど早く大きく鼓動する。
「はい?」
「あ!姉貴?」
「ゆ、優司ぃ?」
驚きでうわずった声が携帯から聞こえてきた。
「え?これって通じるの?異世界へ?」
渚の疑問ももっともだった。だいたい通じると思ってかけたわけではない。最後の頼みというか、藁をもつかむ気持ちで試してみたのである。
そして、上に乗せた月下蝶の魔力でなのかなんなのかともかく奇跡的にそれは用を足してくれた。が、今はそんなことを話している場合ではない。
「じゃないんだよ。オレ、今来てるんだよ。」
「え?来てるって・・・ええ?」
「だからー、どこかのお城か何かの庭に出ちゃって・・山崎さんとさ。で、捕まっちゃって。」
「山崎って・・部長も?」
「うん。月下蝶が咲いてるお城の庭に出たんだよ。なんとかしてくれよ、姉貴。いくら姉貴に会いに来たって言っても信じてくれないんだ。」
信じられない話だった。が、月下蝶の城という言葉で渚は嘘ではないと思った。しかも優司のせっぱつまった口調はうそを付いているものではない。
「待って、すぐそこへ行くから。」
「来れるのか?」
「月下蝶があるから多分ね。で、お城の何処にいるの?」
「あ、うん・・・庭からちょっと入ったところなんだけど・・・目の前で王子様がイスに座ってる。玉座といえるほど立派なイスじゃないから、謁見室ってわけでもないんじゃないかな?ひょっとして取り調べ室?」
「分かったわ。城内のことはだいたい知ってるから。じゃ、着替えたらそこへ行くから、待ってて。」
「着替えなくてもいいから、来れるんだったらすぐきてくれよ。」
「だめよ、そこにいたときのドレスくらいに着替えてから行かなくちゃ。」
「ったく・・・姉貴も女だったんだな?」
「え?何?」
「いいから・・なるべく早くきてくれよ、姉貴。」
「はいはい。」
電話している間にも、優司の目先で槍の鋭い刃が光っている。できるものならすぐにでも来て欲しい。
「あ、あの・・・もう少ししたら来るって。」
「来るとは・・月巫女殿が?」
「あ、うん。」
「その四角いもので話ができるのか?」
「そ、そうです。」
「ならば、なぜ最初からそうしない?」
「あ、さっきまでこれで話せないところにいたから。」
ぐっと優司を睨み付ける兵長は、明らかに信用していない目だった。単なる時間稼ぎ、そう感じた兵長は王子に進言する。
「王子、このような戯れ言、信用なされるのですか?」
「いいではないか。月巫女殿がここへ来られるというのなら、今少し待つのもよい。」
「は。」
渚が本当に現れたときのことを考え、王子は洋一の縄も解く。が、王子の目も信用している目ではなかった。
「もし、桂木が来なかったら・・オレ達・・・」
洋一の言葉に、優司もごくん!と唾を飲み込んでいた。
そして、心細く祈るようにして待つこと20分。洋一と優司には数時間たったとも思えたその時、女官の声が響いた。
「月巫女様のお帰りでございます。」
驚いたように、ざっと立ち上がる王子と兵士達。そして、洋一と優司を囲んでいた槍も一斉に引っ込む。
「優司!」
「あ・・姉貴?」
優司の姿を見つけ、王子の前へ走り出る渚の姿に、優司も洋一も目を丸くして驚いていた。渚の格好は、どこからどうみても王女様。宝石をちりばめた品のいいドレスと束ねた黒髪に映える宝冠。
「月巫女殿、では・・・この2人は?」
信用していなかった王子もそして兵士らも一気に緊張する。
「あ、はい、私の弟と・・それから・・兄、でございます。」
「兄?」
「はい。」
「しかし・・」
「あ、兄は母が違うものですから。」
慌てて言った渚の言葉に、王子は納得していた。
そして、歓迎の宴が始まった。
「桂木・・なんでオレが兄なんだよ?」
その席で渚に小声で聞く洋一に優司もうんうんと頷く。
「そうでも言わなきゃ、どうなるかわからないじゃない?」
「どうなるかって?」
「向こうは月巫女の利用価値を算段してるのよ。兄弟でもない男が追いかけてくる理由って普通一つでしょ?」
「あ・・・」
邪魔者は消せ・・・その文字が洋一と優司の頭に浮かぶ。王子の態度から渚にその気があるのは、洋一も優司も察していた。
「あ!そうか!兄って言うより、優司の護衛にしておけばよかったかも?」
「か、桂木・・・・」
がくっと全身から力が抜ける洋一に追い打ちをかける優司。
「だめだよ、山崎さんのどこが護衛に見えるんだよ?」
身長の差はまだあるにしても、現に、運動クラブに入っている優司の方がぐんといい体つきである。
「で、これからどうする?」
「それがね・・・前より警戒されちゃってるみたいだし。」
簡単に抜け出すことはできなさそうだった。
眠らせて消えてしまったことを詫びた渚に、王子は今度からはきちんと断ってからという約束を取り付けていた。
断ってからはいいとして、出発すると言って果たして了承してくれるかどうか、それが問題だった。
翌日、渚はそれを待っていたような洋一と優司に現状を説明する。イオルーシムの事もたんたんと話す渚の気持ちを思い、2人は静かに聞いていた。
が、イオルーシムと何もなかったらしいと判断した2人は一応それについてはほっとする。
それはともかく、渚の板に付いた月巫女ぶり(王女ぶり)に、2人は目を丸くし、そして憧れた。
その威厳と尊厳に圧され、緊張してろくに話せない国王夫妻の前。立ち並ぶ神官や武官たちの間。優司と洋一とは異なり、渚は堂々とそして、完璧にお姫様していた。
(もっとも王宮に来た頃の渚もそうだったのだが)
「オレって・・・シスコンだったんだーーーー!!」
憧れの目で渚を見るようになっていた事と、必要以上に渚の傍にいる王子にいらつく自分に気付いた優司は愕然とし、洋一はますます渚が遠くの人になってしまったような気を受け、気落ちする。
そっと渚の傍らに添う王子やここにはいないが金髪ハンサムなイオルーシム・・・どうあがいてもその差は大きい。比べものにならないほど。
洋一ならいいというわけでもないが、ともかく、優司は洋一と共同戦線を組んで、渚を守ることにした。
傍目には、妹が可愛くて仕方がない兄と、姉が大好きな弟の必死の邪魔と写り、そして、王子も、部下でも臣民でもない為2人を追い払うこともできず、いいところを邪魔されたとしても苦笑いをするしかなかった。
が・・・きらびやかな王宮生活とは相反して、渚の心は沈んでいく一方だった。 |