-続・創世の竪琴-
 その十三:記憶喪失?  

 

 (いいかげんにしてよね・・・)
何処まで行っても暗闇の中、ついに渚はブチ切れた。
(私が誰だと思ってるのよ?闇の女王なのよ?・・闇の女王といえば、この闇だって、私の支配下よ!でなかったら、もう一度竪琴を弾いてこんな闇、消滅させてやるから!)
竪琴を握りしめ、そういえば、と渚は思いつく。
イオルーシムが光の神殿だといったそこに満ちていた眩い輝き、光の粒子。それに竪琴から出た光との異質さを感じた。女神ディーゼの竪琴、それは創世の竪琴であり、そこから輝きを放つ光は清らかで荘厳なる聖なる光。それと光の神殿の輝きは違っていた。
(ということは・・・)
竪琴を弾くと同時にまるでその輝きに飲み込まれてしまったかのように消え失せた光の神殿。そして辺りは闇に包まれた。
(騙されてた?私も・・そして、イルも?)
イオルーシムが光の神殿だと思っていたところは、実はそうではなく、闇世界のどこか。何者かが何らかの為にイオルーシムを騙して連れて来、そして渚を連れてこさせた。そう考えるのがスジだと渚は思った。

「そう・・・つまりはそういうことだったのね。誰か知らないけど、闇の女王に上等な事してくれたじゃない?!」
力無く座り込んでいた渚がすっくと勢いよく立ち上がる。
「せっかく会えたのに、イルをどこかへやっちゃうし・・・。」
そして、激しい頭痛に苦しむイオルーシムを思い出す。
「まさか・・殺したなんてこと・・ない・・わよね?」
自分の言葉に、渚はぞくっとする。
「ううん!そんなこと!!」
あってはならないことだった。その可能性がないわけではなかったが、もしそうなら、自分の目でイオルーシムの死体を見なければ信じられない、渚はそう思っていた。

「で?・・・・ここが闇世界のどこかだとしたら〜・・・・」
きっと暗闇を睨み、渚は続ける。
「バッコスに届いてもいいわよね?」
バッコスとは、渚に何かと世話をやいてくれ闇世界のことも親切丁寧に話してくれたあのミノタウロスである。そのあきれ返るほどの酒豪さに、名前はないといった彼に渚がつけた名前なのである。本来神の名前なのだが、そんなことはどうでもいいし、ここはギリシャ神話の世界ではないからかまわないだろう、と渚は判断した。

−パン!−
そんなことをする必要もないと思ったが、ともかく気合いを入れるため、顔の前で勢いよく両手を合わせ、その指先を眉間につけ、渚は目を閉じて集中した。
「バッコス!聞こえる?ここがどこか私では分からないけど闇世界のどこかにいるの。そっちからなら分かる?」
闇世界なら隅から隅まで知っていると言っていたバッコス。それに彼なら王宮でのときのように渚の波長を辿ってこれるはずだ、と思う。


果たして・・・バッコスはにこやかな笑顔(恐いけど)で姿を現した。
「どうされたのです、月姫様?このようなところにおいでとは?」
「・・・バッコス・・酔ってるの?」
やっぱり闇世界だった、とその点は安心しながらも、思わず渚は睨んでしまった。
「い、いや・・・ほんの少しいただいただけで・・・ははは・・・で、月姫様はどうやってここへ?」
「え?そ、それはつまりその・・・・あ、それはどうでもいいから、ここがどこか分かる?」
闇王と望む人に連れられ、そしてその人物は闇世界の崩壊を願ってるなどと言えるはずもなく、渚はごまかした。
「ここは、闇世界の最下層でございますぞ、月姫様?」
「最下層?」
「魔族でも相当な魔力がなければ圧死してしまうエリアです。」
「圧死?」
「しかし、さすが月姫様。ぴんぴんしておられますなー・・。がっはっは!」
「バッコス!」
「あ、いや・・失礼。ともかく浮遊城へお連れしましょう。私もここにはそう長く居られませんので。」


ともかく渚はバッコスの腕に抱かれ浮遊城へ戻った。そして、しばらく滞在してくださるのでは?と言うバッコスに、そのつもりではないのに来てしまったことを告げ、当座に必要な月神のパワーだけ取り入れると、改めて来るからといって、渚は自分の世界へ返してもらった。


が・・・・
「な、なによ、バッコス?酔ってないなんていって、やっぱり酔ってたんじゃない?」
どこをどう間違えたのか、急いで帰ってきたはずなのに、いつもより時間が過ぎていた。時の接点を間違えたのか、翌朝ではなく、すでに夕方・・・・。つまり完全に一夜明けすでに翌日の夕方。

−カチャ・・−
渚は、そおっと部屋のドアを開けてみる。そろそろ夕方の6時。行方不明だと大騒ぎになっていないだろうか、と渚の心臓はどくんどくん!

「あ、姉貴?!」
「え?」
廊下へ出たとたんに、同じく部屋から出てきた優司と目が会った。
「どこ行ってたんだよ、姉貴!」
「ど、どこって・・・あ、あの・・・」
「で、でも良かった・・・帰ってこなかったらどうしようかと思って・・オレ・・」
「ゆ、優司?」
信じられなかった。顔を合わせれば喧嘩ばかりの生意気な弟が涙ぐんでいた。
「桂木・・」
「え?」
そして、優司の部屋から出てきた洋一に、渚はその事がどういうことなのか咄嗟に判断する。洋一の表情もかなり沈んだ面もちである。渚が消えたことを話し、2人で心配していたのだろうと容易に分かる。
「あ、あのね・・な、なんでもなかったから、誤解しないでね・・・・ほ、ホントになんでも・・・」
「渚?帰ってるの?」
真っ赤になって焦っているところに、階下から母親の声がした。
「あ、は〜〜い!」
母親の口調はいつものものであり、それは、行方不明などという大事にはなっていないことだと分かる。
「帰ってるなら夕食の支度手伝ってちょうだい!」
「は〜〜い。」
まさに助け船とはこのこと?と思いながら、渚は優司の顔も洋一の顔も振り返らず、勢いよく階段を下りていった。
が、そのあと、どう説明しようか、という心配もあった。


そして、優司と洋一からの説明要求のチャンスを作らないようしたおかげで、無事(笑)その翌日を迎えた渚は大学に来ていた。
それは勿論教授にイオルーシムの住所を聞くためである。

が大学に着く早々、戻ってからというもの、心配でいてもたってもいられなかった渚の気持ちは微塵にも粉砕された。
大学のキャンパス、群がる女の子に笑顔を振りまいて歩く金髪の留学生・・それは、確かにイオルーシムだった。

「イ、イル?」
教授の部屋へ行く前、渚はその様子に唖然として立ちつくす。
渚の声にイオルーシムと周りの女の子たちが渚を見る。
知ってる女(こ)?まさかこの女とつきあってる?というような女の子たちの視線に、イオルーシムは肩をすくめて否定する。

「きゃっ、きゃっ・・・それからねー・・・」
ガキは引っ込め、と言わんばかりに色気のない(一般的評価)渚に蔑視を飛ばすと、彼女たちはイオルーシムと共に去っていく。
「イル?」
が、そこで引っ込む渚ではない。どれほど心配していたか、無視するのならこっちもそれなりに対応するんだから!と呆気にとられて立っていた一瞬後、イオルーシムの後を追う。
「イル!昨日はどうしたのよ、いきなりいなくなって!」
女の子達をかきわけ、渚はイルに顔をつきあわせて抗議する。
「昨日?」
が、イオルーシムは訳分からないといった顔つきで周囲の女の子達を眺め回す。
「ちょっと、あなた、そんな言葉でイルの気を引こうと思ったって無駄よ!」
「そうよ!そうよ!後から来たくせにずうずうしい女ね!」
「後からって・・私は・・」
「ごめん、人違いじゃないかな?ぼくは君を知らないんだけど。」
「え?」
「人違いって・・イルみたいな素敵な人がどこにいるのぉ?」
イオルーシムの右腕をしっかり掴んでいる女が、上目遣いで言った。
「だけど、ホントに、知らないから。」
「イル?」
「ほらほら、嘘だって事バレバレなのよ?」
どん!渚を押しのけ、女の子達はイオルーシムを連れて渚の視野から姿を消した。
後に残された渚は、今起こった事が信じられず呆然と立っていた。


「やあ。」
「・・・イル?」
あまりにもショックで家へ帰る気にもならず、時間外で無人のキャンパス内の軽食コーナーの片隅で一人ぼんやり座っていた渚にイオルーシムが声をかけてくる。
当然、その瞬間渚の顔が嬉しさで輝く。さっきの態度はごまかすためだったのかと思う。
「君、渚さんって言うんだって?」
「え?」
が、イオルーシムの口から出た言葉は、渚の耳を素通りした。
「教授に聞いたんだ。成績優秀な模範生だって。」
「え?」
それは、確かにイオルーシムだが、渚の知っているイオルーシムではなかった。
すっと渚の横に座ると同時に肩に手をかけてきた。
「日本の逸話や神話に興味があってこっちに来たんだけど、渚はそういったことに詳しいんだって?」
「あ、あの・・イ、イル・・でしょ?」
「そうだよ。」
にっこりと笑うその笑みは、いつもの温かい笑みと違っていた。それは、俗に言う女たらしの笑み?エサを狙う狼の微笑み。
「君に教えてもらえば、レポートもすぐ書けそうだよ。後はゆっくりと日本を満喫。」
(日本の女をでしょ?)
思わず渚はそう思った。
「君もまんざらじゃないんだろ?」
逃げ腰になった渚の肩をぐっと力を入れて掴み、イオルーシムはぴったりと身体を寄せる。
「さっきだって、ぼくの気を引こうとしたんだろ?日本の女の子も結構積極的なんだね?」
−ビッターーーン!−
のぞき込むように顔を近づけてきたイオルーシムの頬に、渚のスペシャルビンタが入っていた。と同時にすっくと立ち上がり、渚は叫ぶ。
「あなたなんか・・・・あなたなんか、私の知ってるイルじゃないわっ!」


「ばかーー!イルなんて死んじゃえーーーー!」
−ボスッ!ドカッ!−
帰宅した渚は部屋に入るなり、枕をベッドへ投げつけたり拳で思いっきり叩いたりして悪態をついていた。
イオルーシムに違いないその人物は、記憶でも失ったのかまるっきり渚の事は覚えていない。
「イルがあんなに女たらしだったなんて知らなかったわよ!」
確かに普通なら自分など相手にされそうもないほど美形だ、と渚は思う。そして今一つ思い出したこと、それは、異世界、つまりシセーラは極端に女性が不足しているのである。だからこそであり、女性などわんさといる(しかも渚より色気もルックスもいい)こっちの世界では、渚の影など薄くなる?という事実。
「記憶が戻ればそんなこともないわよね?」
散々悪態をついたあと、渚は小さく呟く。女たらしのイオルーシムには寒気がしたが、やはりイオルーシムのことが好きというのは事実。消そうと思ってもそう簡単に消えるものではない。
「でも・・記憶がない時って、その人の本性が現れるって聞いた覚えが・・・」
ということは、今のイオルーシムが本当の性格?と渚は青くなって落ち込む。
(も、もういいわ・・・それより向こうへ行かないと。今度はきちんと。)
気がかりではあるが、今日のようなイオルーシムとは話したくなかった。偶然名前もそして顔つきも似ている(似すぎてはいるが)人物がこっちの世界にいたということかもしれない、と渚は自分に言い聞かせていた。
「そうよ!イルはあんな人じゃないわ!まるっきりの別人よ!」


本当の、渚の知ってるイオルーシムは、闇世界のどこかに飛ばされたのかも知れない、と渚は思いつつ、そしてそうであってほしい、そこで無事であってほしいと願いながらPCの前でバッコスの迎えを待っていた。

 



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