-続・創世の竪琴-
 その十二:光の神殿?  

 

 (イル・・)
思い続けていたイオルーシムの腕の中で渚は嬉しさに満たされていた。あんな別れ方をしてしまった後だったため、その思いは一層強く、渚の思考は完全に止まり、イオルーシムのことだけで占められていた。

「渚。」
渚をその腕に抱いたまま唇を離したイオルーシムは、やさしく微笑む。
「私・・・」
その微笑みに頬を染めながら自分ながらも大胆なことをしてしまったと、渚は思わずうつむく。と同時に、止まっていた思考が働き始めた。
(ちょと待って・・・私、今、何したの?・・・玄関先よ?ゆ、優司がそこに?)
くるっと振り返ったそこに、階段はなかった。いや、さっきまで確かにいたはずの自分の家でもなかった。
「え?」
眩いばかりの光に覆われたそこは確かにどこかの室内だと判断できる程度に壁がぼんやりと見える。光の粒子が視野を遮っている、そんな感じだった。
「光の神殿だよ。」
「え?」
その言葉に、渚はイオルーシムの方を再び向き直す。
「光の神殿って・・・て、転移したの?」
答える変わりにイオルーシムはにっこり微笑む。

「ち、ちょっと待って・・・げ、玄関先だったのよ?優司がそこで見てたのよ?」
一人部屋にいるとき転移するならまだしも、優司というれっきとしたギャラリー(笑)の目の前で、あろうことかラブシーンを繰り広げ(というほどでもないが)、それに加え、そこから異世界に転移・・つまり優司の目には一瞬で姿を消したことになる。
渚は真っ青になっていた。
「ど、どうしてそんな無茶なこと?今頃向こうで大騒ぎになってるわよ?」
「渚!」
抗議する渚を未だその腕から離さないまま、イオルーシムは少し悲しそうな顔で渚をのぞき込む。
「渚は・・・オレと会えたことが嬉しくないのか?」
「あ・・・・そ、そんなこと!」
息がかかるほど目の前のイオルーシムの顔にどきっとしながら、渚は慌てて答える。嬉しくないはずはなかった。嬉しかったからこそ家だということも忘れ、優司が傍にいることも忘れてイオルーシムの胸に飛び込んだ。
「でも、それとこれとは・・」
別問題と言おうとして、渚は言葉に詰まった。そっと渚を離したイオルーシムの悲痛な表情が心に突き刺さる。
「仕方なかったんだ。こうでもしなけりゃ渚はまた闇世界へ行ってしまうんだろ?」
びくっと渚の身体が震えた。確かに一度行かないといけないと思っていたところだった。
「オレは・・オレは、渚を闇の女王なんかにしたくない!」
再びぐっと渚を抱きしめ、イオルーシムは叫ぶ。
「渚はオレのものなんだ。闇世界へなんか行かせてなるものか。魔族の元へなど・・あいつらを救うため女王にするなんて、絶対許せない。あいつらは滅んで当然なんだ。渚は・・渚はオレだけの・・オレの・・・・」
「待って、イル!それは違うわ!」
きつく抱きしめていたその腕を振り払い、渚は叫ぶ。
「どうして分かってくれないの?彼らだって生きているのよ。それに、もし闇が滅んだら・・それはきっと人間界にも影響を及ぼすわ。どっちが欠けてもだめなのよ!」
「渚!」
「イル、お願い、分かって。あなたがどんなに彼らを憎んでいるか、それは分かってるつもりよ。でも・・彼らだって、闇王を倒した私を・・・私を・・・」
そこまで言って渚は今更ながら気付いた。今、崩壊しつつある闇世界、闇そのものである闇王を倒し、その窮状に追いやったのは他ならぬ渚自身なのである。それなのに、彼らはその事については一切口にしない。そればかりか月巫女として敬意を表し仕えてくれる。
「そんなの当たり前だろ?倒された闇王はそれだけの力しかなかったんだ。そして、渚は・・・闇世界を支える元を手にすることが出来るただ一人の人物なんだから、逆らえるはずないだろ?」
「イル・・」
「ついさっきまで闇王と敬っていた人物さえ簡単に無視するんだ。あいつらに心なんてものはありゃしない。渚だって代わりの人物が現れればいつお払い箱になるのか・・」
「そうなれば、私は自分の世界へ帰るだけよ。それはそれでいいわ。」
「いいのか?その時、前闇王を倒した渚を奴らが無事返すと思うか?」
「あ・・・・」
イオルーシムのその言葉に、渚はぎくっとした。が、すぐ思い出す、確かに見た目は恐ろしい魔族だが、心がないとは思えなかった。親身になって渚の世話をしてくれるミノタウロスの視線と態度からは、いつも温かみが溢れていた。それに、渚を殺そうと思うなら、そう思うことこそ彼らに心がある証拠でもある。
(でも、彼らはたぶん・・・・)
渚は確信していた。そんなことはしない。そして、そんな事を考えていたあと、ふと気付いた事を渚は震える声で口にした。
「じゃー・・・簡単じゃない?」
「何が?」
「イルは闇世界を破壊したいんでしょ?」
「勿論だ!」
迷いのない視線に、渚は悲しみを感じながら続ける。
「じゃー、私を殺して!他に月の力を闇世界へ取り込める人物がいない今、私を殺せば一時的に止まっている闇世界の崩壊がまた始まるわ。あとは、放っておけばいいのよ、魔族を倒しながら闇のコアである紫玉を探しだして破壊するなんて苦労しなくてもいいのよ。闇世界は・・自動消滅するんだから!・・・・そこに住んでいる人たちも一緒に!」
「渚?!」
渚の悲痛な叫びに、断固とした態度のイオルーシムも狼狽する。

「・・・オレが渚を殺せれると思ってるのか?」
涙目の渚をしばらく見つめていたあと、イオルーシムは苦しそうに言う。その顔は確かに苦痛にゆがんでいる。
「それなら、お願い、分かって!彼らも生きてるの。全部が全部人間の敵じゃないのよ!」
「だけど・・・・・」
「イル!」
渚は力無く下がったイオルーシムの両手をぎゅっと握り懇願していた。
「お願い!イル!」

が、イオルーシムは渚のその手を振り払い、苦痛にゆがんだ表情のまま、渚に背を向ける。
「分からない・・オレには、分からないよ・・・うっ・・・」
「イル?」
不意に頭を押さえ、そこへうずくまったイオルーシムに、渚は駆け寄る。
「イル?どうしたの?痛いの?」
「あ、頭が・・頭が割れそうに・・」
「イル!だ、誰か・・ここには誰かいないの?・・光の使徒っていう人は?」
渚は咄嗟に光を遮っている壁のないところ、戸口だと思えるところへ走っていく。光の神殿なら誰かいるはずである。
「誰かーー!誰か、いませんか?」
部屋から出た廊下のような細長い通路も同じだった。どこまでも眩い光の粒子が浮いている。周囲はその光でぼんやり霞んでいる。
「誰かー!」
廊下を走っていこうとして、渚はふと気付いてそれをやめる。この場所が分からなくなりそうだったからである。
(そうだ!)
そして、耳につけていた女神のイヤリングを思い出した渚は、再びイオルーシムのところへ駆け寄る。
「イル!」
あまりにもの激痛の為か、イオルーシムはそこに横たわっていた。
胸に耳をあて、心臓が動いていることを確認すると、渚はイヤリングから竪琴を外す。
「竪琴よ・・元の姿に。」
すっとその大きさを人間大のものにすると、竪琴は輝き始めた。
「イル・・・待ってて・・たぶんこれで・・・」
すうっと大きく息を吸い込み、床へ座り竪琴を抱えた渚は、そっと目を閉じ、精神を集中する。
「お願い、女神様・・イルを治して。イルを助けて!」
−ポロロン・・・・−
やさしい音色がゆっくりと周囲に染み込んでいく。音色に乗った輝きがイオルーシムをそして周囲を包んでいく。

「え?」
もう大丈夫だろうか、と思い、竪琴を弾く手をとめ、目を開けた渚は周囲の状況に驚いた。
「そ、そんな・・・・光の神殿にいたんじゃ?」
そこは目を閉じている時と同じ様な漆黒の闇の中。
「イルは?」
慌ててすぐそばに横たわっていたはずのイオルーシムを探す。
足下がなんとか見えるその暗闇の中、床の上にイオルーシムの姿がなかった。
「イルっ?!」
渚の悲痛な叫びが暗闇の中をこだまする。
「どこへ行ったの?・・・ここは・・どこ?」


イオルーシムの姿を求めて走り始めた渚の耳に、不気味な声が聞こえた。
「してやられたと言うべきか・・・まこと、本物の月姫とディーゼのイヤリングだったとは・・・。」
「え?」
全身に恐怖が走り、渚は立ち止まる。
「しかし・・・それならばますます光を近づけることはできぬ。あの男は光が強すぎる。」
「え?な、なに?何を言ってるの?・・あなた・・誰?どこにいるの?イルは?」

震えながら口にした渚の問いに答えはなく、暗闇と静寂が辺りを覆っていた。

 



【Back】 【INDEX】 【Next】