_/_/_/ その十四・闇の貴石への道 _/_/_/
      


「ここは?」
再びどう進んだのか分からなくなったが、とにかく、行き止まりである突き当たりの扉を開けると、ゼノーはその部屋にあるイスに腰掛けた。
「さて、どうしたものか・・・?」
闇移動を試みてもどこも同じような為、結局自分がどこにいるのか分からなくなるのである。ゼノーは、考え込んでいた。
すると、目の前を何やら白い靄のような物が横切った。
「うん?何なのだ?」
その靄は壁の中へ消えるように入っていった。
いくら目を凝らして部屋中を見ても、何も見えない。ゼノーは目を閉じて、五感を研ぎ澄ました。
「闇王様・・・闇王様・・・」
しばらくそうしていると、細く弱々しい声が聞こえてきた。
「誰ですか?」
目を開けて見ると、部屋には誰もいない。ゼノーは再び目を閉じた。
「闇王様・・・」
脳裏に女の顔をした蜘蛛が写った。
「お前は?」
目を閉じたままゼノーは言う。
「私は、ランチュラ。どうかお願いです。レイミアの時のように、私にも闇王様の血をいただけないでしょうか?ほんの一滴でよいのです。御慈悲です、どうか、闇王様の血を。私も生き返らせて下さいませ。」
「レイミアを知っているのですか?」
「はい。ここにはいろいろな魂が集まってきております。レイミアも一時はそうだったのです。ああ、闇王様、お願いです。生き返りあの人に会いたいのです。今一度、あの人の元に行きたいのです。」
「あの人とは?」
「水蛇が守る沼に住む巨人グレンデルです。」
「グレンデル?・・しかし、彼は・・・」
「彼は?彼がどうしたのですか?ご存じなのですか?」
ゼノーは言うべきではないと咄嗟に判断した。
「い、いや、ここへ来る前に会っただけで、別に・・・」
「・・好きな人がいるのですね、あの人に。そうでしょう?闇王様。知っています、あの人がとても惚れやすい人だと。」
「ランチュラ・・・」
「いいのです、それでも。傍にいられるだけで。・・私は、あの沼の側の木に住んでいました。ある日、鳥に食べられそうになり、逃れようともがき、下に落ちてしまったのです。その時、丁度そこを彼が歩いていたのです。もう少しで彼の大きな足が、地面を這っている私を踏み潰すところでした。でも、彼は小さな私に気づき、足を避けてくれたのです。そればかりか、私を潰さないようそっと摘んで『もう落っこちんなよ。』と言って木の枝に乗せてくれたのです。」
(たとえ蜘蛛でも女なのだとグレンデルは本能で嗅ぎ分けたわけか。)
ゼノーは、グレンデルの言葉を思い出しながら、一人納得していた。
「それからなのです、私はいつも沼の上に張り出した枝にぶら下がって彼を見ていました。それである日、そこから落ちてしまい、溺れてしまったのです。そして、私は、夜間あの沼を覆う鬼火と一体化し、自分の亡骸を持ってここへ参りました。後生です、闇王様。あの人にお会いしたい・・せめて、せめて、この想いを告げたい・・いいえ、あの時のお礼だけでも言いたいのです。」
「蜘蛛でなく、闇の者として生まれ変わりたいという訳ですね。」
「はい・・そのイスの下に私の亡骸があります。それに、闇王様の血を。そうすれば、私は再び生を受け、闇の者として生きることができます。お願いです。」
「グレンデルがあなたを好くかどうかは、分からないのですよ。」
「それでも良いのです。・・このままでは、私は永遠にこの遺跡の中を彷徨わなければなりません。ここは、様々な者の住処となっております。魂だけになった今でも、自分より力のある者に追いかけられる毎日です。現世に想いを残してきた者の罪なのでしょうか。生まれ変わる事も出来ず、毎日が地獄のようです。レイミアは弱い私をよく庇ってくれました。生き返ってからも、闇王様の事を教えてくれました。」
「ここは、現世に想いを残した者の魂の住処なのですか?」
「いいえ、そうでない魂もおります。それにいろいろな闇の者も生息しておりますし。」
「・・あなたは、地下への入口をご存じですか?」
「はい、闇王様。地下へは行った事はありませんが、入口は知っております。」
「では、私の血を与える代わりに、そこまで案内願えますか?」
「も、勿論です。ありがとうございます、闇王様。」
ゼノーの瞼に写るランチュラは涙を流して喜んだ。
ゼノーは目を開けると、イスから立ち上がり、その下にあるという蜘蛛の死骸を探した。
「これか。」
ほどなくゼノーは、埃にまみれ、かさかさに乾いた十センチ程の黒蜘蛛の死骸を見つけた。
その死骸をそっとイスの上に置くと、ゼノーは自分の小指を切って、その死骸に血をかけた。ゼノーの血は、その死骸に溶け込むようにしみ込んでいく。しばらくすると、その前足がぴくっと動いた。そして、徐々に大きくなっていき、三十センチ程となった。蜘蛛の頭の部分が変化し人間の女の顔となり、それから徐々に胴体も人間の物へと変化していった。そして、数分後、ゼノーの前には、白い肌、長い黒髪と黒い目の美しい女が立っていた。胸のはだけた真っ黒なドレスがその曲線美を露にしている。
「黒いドレスがとてもお似合いですよ。」
「ありがとうございます、闇王様。」
ランチュラは深々とゼノーにお辞儀をし、悩ましいまでの微笑みを浮かべた。
「で、では、早速地下への入口へ。」
一瞬どきっとしたゼノーは、多少焦りながら言った。
「はい、闇王様。こちらでございます。」
ランチュラは、自分のその長い髪を、呪文で後ろに束ねると、扉を開けゼノーが部屋から出るのを待った。

ランチュラは、ゼノーを地下へに入口まで案内すると、それを待ち焦がれていたかのように、グレンデルの元へと姿を消した。
ゼノーは、しばらくその戸口にじっと立っていた。様々な霊魂と闇の者が潜む地下迷路。それらを退け、迷路を進んで行く事には自信はあった。が、それらが闇の者なのなら、ゼノーの敵ではない。戦う必要はないのだ。彼らにしてもゼノーが闇王だと最初から分かっていれば、襲っては来ないはずだ。ゼノーは何とか戦わずに済まないものかと考えた。そして、迷路に迷わず無事に行き着くことを。
ふと、彼は最下層に神官がいるとホル・エン・アケトから聞いた事を思い出した。その神官と意思を通わす事ができれば、戦うわず行けるかもしれない、彼にこの遺跡にいる者たちに伝令してもらえば、そう思ったゼノーは一歩戸口から中に入ると、そこに座り、意識を集中し始めた。
じっと座り闇の気を張りめぐらす、それがどれほど続いただろう。その間、いろいろな霊魂や闇の者と通ずる事ができた。が、肝心の神官の意識には届かない、ゼノーはひたすら気を張りめぐらし続けていた。
「闇王様・・・」
突然、呼ばれたゼノーはその目を開けた。その彼の前に、左右に羽のついた兜をかぶった女戦士らしい顔が浮いていた。
「お前は?」
血を思わせる真っ赤な髪と死体を思わせる灰色の瞳。首から下は繋がっていないその女は、後ろに鎧を着込みマントを纏った自分の身体を控えさせていた。
「私は、ラハンデゥル。闇王様を神官、エンキムラマッス様の元までお送りしたく、参じました。」
「神官の所まで?」
「はい。この遺跡の地下半分は、第二層に属しております。故に、闇王様の呼びかけにお応えする事もあたわず、また、闇移動もご無理かと存じます。」
「では、どうやって私をそこまで送って下さるのですか?」
ゼノーがゆっくりと立ち上がると、跪いていたラハンデゥルの身体も立ち上がり、その首を左手で小脇に抱えた。
「このコシュタ・バワーにお乗り下さい。」
右手で指し示された所を見ると、黒い靄が現れ、徐々に黒銀の二輪馬車を形作っていった。
「デューラ、ハーン。」
ラハンデゥルが呼ぶと、二頭の首のない黒馬がその馬車の前に現れた。そのたてがみは、ラハンデゥルの髪と同じ血の赤。
「さあ、お乗りください、闇王様。」
ラハンデゥルは、纏っていた灰色のマントを馬車の座席にひくとゼノーに乗るようにと勧めた。
「ありがとう。では、よろしく頼みます。」
ゼノーが馬車に乗り込むと、ラハンデゥルは馬車の前に立ち、銀の手綱を握った。
「少し揺れますが、お許し下さい。」
「ヒヒヒーーーーン!」
馬の嘶きと共にガラガラと音を立て、馬車は動き始めた。
通路一杯の大きさのその馬車は、薄暗い地下迷路をどんどん進んでいった。行く道々、様々な霊魂や闇の者が現れ、ゼノーに額ずいた。
中にはゼノーが闇王だと思わず、襲いかかろうとした者もいたが、ラハンデゥルのその鋭い一睨みで萎縮し、消えていった。
そして、時折、ラハンデゥルの首はゼノーの座っている所に飛んできて、この遺跡の事をいろいろゼノーに話した。
その昔、この遺跡は前闇王の居城であり、闇の世界の中心だった。そして、この地下迷路にはいろいろな種族が仲良く住み、とても賑やかな所だった。
前闇王は、人間界から姫巫女を連れてきて、彼女を住まわす為に浮遊城を造ったが、ここの事は忘れず、度々訪れては闇の住人の申し立て等に耳を傾けていた。
「では、前闇王が亡くなってからなんですね、この荒廃は。」
「はい、・・その通りです。」

「さあ、着きました。ここが神官、エンキムラマッスのいる部屋です。お探しのムーンティアも彼が所持しているはずです。」
どこまでも続くかと思われた暗い道・・その終点である重厚な漆黒の扉の前、ラハンデゥルは馬車を止めて下りると、跪いた。
「ありがとう、ラハンデゥル。」
馬車を下りるとゼノーは二頭の馬の元へ近づきその首を撫でた。
「ご苦労さまでした、デューラ、ハーン。」
「ヒヒン・・ブルルルル・・」
二頭は嬉しそうに嘶いた。
ラハンデゥルはそんなゼノーを嬉しそうに見つめていた。
「では、闇王様、私たちはこれで。」
「ありがとう。またお願いしますね。」
「はい。」
ガラガラガラと音を立て、再びラハンデゥルはデューラとハーンを駆り、馬車と共に姿を消した。

−ギギギギギーーー−
その大扉を押し開き、ゼノーは中に入った。そこは、奥が見えないほど広いドーム状の部屋だった。漆黒の大理石でできたその部屋はゼノーの全身を写していた。
−カツーン、コツーン−
ゼノーの足音だけが部屋に響きわたる。
奥の祭壇に水晶で作られた柩が一つ横たわっていた。それに近づいたゼノーはその中に鳥の顔をした人間を見つけた。その衣装は、漆黒の布に金銀で縁取りされた物で作られている。
「この人が神官、エンキムラマッス?」
胸の上で合わされた彼の手にはムーンティアが光っていた。
「どうしたら目を覚ますのだろう?」
柩の蓋を取り、ゼノーはじっとエンキムラマッスを見ていた。
闇の気を与えればいいかもしれない、と思ったゼノーは、エンキムラマッスの胸に手をかざした。と、その時、指輪が光り、彼が持っていたムーンティアを吸い込んだ。
「ムーンティアが勝手に?」
驚いてその指輪を見ていたゼノーの前、エンキムラマッスがゆっくりと起き上がる。
「闇王様・・」
エンキムラマッスは柩からでると、ゼノーの前に跪いた。
「時は満ちました。闇王様、今こそ、闇の貴石への道が開かれるでしょう。」
立ち上がり、彼の四枚の羽根を大きく広げ、エンキムラマッスは光り続けているゼノーの指輪に、厳かに呪文を唱え始めた。
「男神より分かたれ、遥か太古より息づきたるこの世界の創世主・・・闇の貴石なる紫玉よ、今ここに我等、そなたの分身を受け入れ、真の闇王となす為、願う・・女神ディーゼの力を借り、そなたへの道をここに開き・・・新たなる闇王の誕生を。」
七つのムーンティアを吸い込んだ指輪が、眩い光を放ち、辺りを照らした。そして、ゆっくりとその光りは小さくなっていき、ゼノー一人を包み込むと、ゼノーの姿と共に消えた。
部屋は再び暗くなり、エンキムラマッスはそこに座ると瞑想に入った。
        

 

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