_/_/_/ その十二・ドワーフの遊園地 _/_/_/
      


水鏡の道、それは、透き通った淡いブルーの水で出来た回廊だった。水で出来た床、柱、天井、そして通路に置かれた男神や女神、妖精や精霊、そしてその武器や道具、等の彫刻。
ゼノーはそれらに目を奪われ、一つ一つ丹念に見ながら歩いていた。それらの中で浮き沈みする水泡がきらめき、たまらなく美しかった。が、彼は、心の中で『ウルザルブルンの泉』と呟くことを忘れてはいなかった。
水鏡の回廊は、心の回廊。時と空間の狭間にある物。通る者の考える所に出口は繋がる。知っている所ならそれをイメージすれば良かった、が、そこへ行った事のないゼノーは、忘れないよう時々、声を出して、又は心の中で呟かなければならなかった。行き先を忘れれば、永遠にその回廊を彷徨わなければならない。そのような事のないよう、自分に言い聞かせながらゼノーは歩いた。

と、突然その空間がねじれ、ゼノーは自分自身もそれに合わせてねじれていくような気がした。そして、気がつくとゼノーは真っ白な靄の中に立っていた。
「ここは?・・・ウルザルブルンの泉がこの近くにあるんだろうか?」
ゼノーが一歩前に進んだ時だった・・
−ドーーン!パン!ポポーン!パンパーン!−
ゼノーの前方で花火が上がった。
靄が少しずつ晴れてくると、人影が見えてきた。
「闇王様、いらっしゃいませーっ!」
数十人のドワーフの姿と共に『歓迎、闇王、ゼノー様』の横断幕がゼノーの目に入った。
「な・・何ですか、これは・・・?」
呆気に取られたゼノーは戸惑った。
ドワーフの後ろには遊園地があった。メリーゴーラウンド、ジェットコースター、ミラーハウス、コーヒーカップ、お菓子の城。ゼノーはそれらが何であるのか全く知らなかったが、楽しそうな場所だとは感じていた。
ちょうどゼノーと同じくらいの背の男のドワーフが一人進み出た。栗色の髪を後ろで一つに束ねそれを前に下げている。目は茶色で少し赤鼻の茶褐色の顔だった。
「ようこそ、闇王様。僕はドワーフの長老の息子、リカルドです。ノルニルのねえさんたちから頼まれまして、ゼノー様がご成人なされるお手伝いをする事になったんです。」
「ノルニルのねえさんたち?」
「はい、世界樹に住むノルニルの姉妹、ウルズ、ヴェルサンディ、スクルドの三姉妹です。」
「何故分かったんですか?」
「ヴォジャノーイの使い魔である、水魔がウルズのねえさんに頼みに来たんです。で、僕たちがお手伝い、という事です。」
「手伝いってどんな事をするんですか?」
「簡単な事です。この遊園地で遊ぶんです。」
「遊園地?」
「はい、このように様々な遊ぶ道具のある所を遊園地と言います。これらは、僕たちドワーフが一生懸命造ったものです。たった今、完成したんですよ、ゼノー様。」
「これが・・・遊園地?」
「はい。」
「でも何故ですか?これが、私が大人になるのとどう関係があるのですか?」
「はい、ウルズのねえさんが言ってました。ゼノー様は、今までの経験で子供の心を封じてしまったと。いえ、封ぜずにはいられなかったと。ですから、ゼノー様が大人になる為には、今一度子供の心を呼び起こし、満足させてやらなければいけないんです。」
「心が満足?」
「はい、そうです。ただ単に身体を大きくするのは、簡単です。でも心まで成長させるには、順を追って成長させなければならないんです。まず、ゼノー様が心の奥底に封じ込めてしまわれた幼心から順に成長させていかなければならないんです。」
「でも、どうやって?」
「遊ぶんですよ!」
「遊ぶ?」
「そっ!この遊園地はただの遊園地ではありません。僕たちドワーフの魔法のかかった遊園地なんです。さあ、入りましょう!そしてうんと楽しみましょう!」
訳が分からず呆然と突っ立っているゼノーの手を引っ張るとリカルドはまず、ジェットコースターに連れていった。

−ゴォォォォォォーッ−
「わっ・・わっ・・わっ、わあああああっ!」
ゼノーは真っ青になった。今まで一度としてこんな事は経験した事はない。目が回る、風圧で心臓が後ろに飛び出そう・・ゼノーは必死でその身を抑えているハンドルを握っていた。が、久しぶりに子供らしく大声を出したのも確かだった。ジェットコースターから下りたとき、足は小刻みに震えてはいたが、気分はすっきりしていた。
「リカルド、次は?」
ゼノーのその目は子供のその輝きを取り戻していた。
「じゃ、お次は、コーヒーカップ!」
リカルドが叫ぶとゼノーは一目散にコーヒーカップに向けて走っていった。
「リカルド、これ、どうやって動かすの?」
ゼノーはカップの中に座るとまだ乗ってこないリカルドに大声で聞いた。
「ゼノー様ったら、そう急がなくても。」
リカルドも嬉しそうにそのカップに走り寄って乗った。
コーヒーカップは回る、ゼノーとリカルドを乗せて。二人の目もまた回った。そうしているうちにゼノーの記憶は消えていき、コーヒーカップの回転が止まった時、すっかり普通の子供となったゼノーがそこにいた。

「キャッキャッ!ハハハハハッ!」
遊園地にはゼノーとリカルドの笑い声がこだましていた。すっかり子供の心を取り戻し、無邪気にはしゃぐゼノーだった。
「ゼノー様っ、次はお菓子の城だよっ!」
「うん!」
「うわぁ、これ、ホントに全部食べれるの?」
「うん、勿論!」
中央に三階建て位の塔が一つ、左右に少し低めの塔が一つずつのあまり大きくない城だが、ゼノーはとても気に入った。チョコレートの階段を汚れはしないかと気にしながら登っていき、中央の塔の窓から出て、その塔の屋根に上り、そこから二人で食べ始めた。

「う〜ん・・・僕、もうお腹いっぱい!」
「僕も!」
「下りようか?」
「うん!」
満腹になった二人は、お城のなかの部屋で少し休む事にした。クッキーで作られたベッドに綿菓子の布団、不思議とべとつきもせず、まるで、雲の中で寝ているようだった。夢の中でゼノーはいろいろな体験をしていた。険しい山に登ったり、海底深く潜り魚たちと遊んだり、大草原を動物たちと走り回ったりしていた。そして、いろいろな妖精や精霊、魔神たちと遊んだ。中にはゼノーがまだ知らない知識を与えてくれる者もいた。

目が覚めると再び塔に上がって上から食べ、満腹になると、城の中の探検を始めた。
地下室でドラキュラ伯爵に会い、彼からは人間の歴史と現在の状況を学んだ。

そして、二人は次にメリーゴーラウンドに乗った。
「ほら僕の馬の方が早いぞ!」
ゼノーが白い馬の上に乗って丁度柱の向こうの黒馬に乗っているリカルドに叫ぶ。
「違うよ、僕の馬の方だよ!」
そうとも言えると思ったゼノーは、リカルドのすぐ前の二頭立ての馬車に乗り込む
と、窓から首を出して後ろのリカルドを見た。
「今度は馬車だぞ!」
「じゃ、僕は馬車を引く馬だ!」
リカルドがゼノーの乗った馬車を引いている馬の一頭に飛び乗った。
「あっ、ずるいぞ!僕も!」
二人は並んで馬車を引く馬にそれぞれ乗った。
「はははははっ!」
「気持ちいいね!」
「うん!まるで風に乗ってるみたいだ!」
「ちょっとお尻が痛いけどね。」
「うん、はははははっ!」
不思議にも、二人はまるで世界中のいろいろな所を飛び回っている気がした。真っ白な雪山、真っ赤に燃える溶岩を吐きだす山、何処まで行ってもなかなか陸地が見えない広大な海、どこまでも続く森、草原、長い長い川、透き通った湖、広い広い砂漠、混雑した人間の街、そして、ゼノーが今まで通ってきた闇の世界を通るとメリーゴーラウンドは止まり、二人は遊園地に戻っていた。

夢見心地のまま、二人はその次にミラーハウスに入る。
そこは、屋敷中が鏡になっており、部屋は大小様々な鏡で区切られていた。そして、行き止まりには、壁の鏡以外にも金で縁取られた姿見が置いてあった。
「リカルド、何処?」
「ここだよぉ!ゼノー様は?」
「こっち、こっち!」
最初はかくれんぼのつもりでそれぞれ姿を隠した二人だったが、いつのまにか本当に分からなくなっていた。
ふとゼノーはその中の姿見の前で立ち止まった。そこには生まれたばかりの赤ん坊のゼノーが写っていた。
「そ・・そんな馬鹿な?」
慌てて自分を見ると、それまで通り子供のまま。自分は変わっていないのだが、鏡の中の自分だけが変わって写っていた。
次の姿見には、よちよち歩きのゼノーの姿が写った。そして、その次の姿見には、二、三歳位のゼノーが、そして、次には今のゼノーが写った。
「今度は、大人になっていく僕が写るんだろうか?」
少し恐くもあり、また興味もあった。ゼノーはゆっくりと次の姿見の前に立った。
「何も写っていない?」
次もそしてその次も、姿見には何も写っていなかった。
「どうしてなんだろう?」
ゼノーはそう思いながら歩き続けていた。
そうして、何も写っていない姿見を五つ程通り越した。再び行き止まりとなり、ゼノーはそこにある今までよりうんと大きめの姿見を恐る恐る見た。
「大人の・・僕だ。」
そこには、成長したゼノーの姿があった。薬を飲んだ時と同じ、腰まである長い銀の髪と切れ長の紫の瞳の長身のゼノー。
「闇王様、そこが遊園地の出口でございます。
ご一緒させていただき、光栄の至りです。ありがとうございました。」
リカルドの声がゼノーの頭の中で響き、ふっと鏡の部屋も遊園地も、ゼノーの目の前から消えた。
「リカルド?・・・・・」


「ここは?」
ゼノーの目の前には、天まで届かんばかりの黒銀の大木がそびえ立っていた。大きく枝を張ったその大木は緑銀の葉を持っていた。その小島の周りはどこまでも青く澄んだ泉が広がっている。
「・・世界樹?」
「さようでございます、闇王様。」
ふと呟いたゼノーの声に、優しげな声が応えた。
世界樹の幹の前、ゼノーの目の前に銀色の光が現れ、三十センチくらいの大きさの三つの人型を作っていった。そして、しばらくするとそれらは、緑銀の薄衣を纏った三姉妹となった。銀色に輝く四枚の薄羽、黒銀の髪と瞳、真っ白な肌をした美しい妖精の姉妹だった。
「初めまして、闇王様。」
三人は同時にゼノーに挨拶をした。
「は、初めまして。」
「私は、ウルズ、運命を決める者。」
「私は、ヴェルサンディ、授ける者。」
「私は、スクルド、死を定める者。」
三人はゼノーに額ずくと順序よく自己紹介をした。
「事情は水魔から聞きました。」
三人は再び声を揃えて言う。
「あとほんの少しです。さあ、瞳を閉じて下さいまし。」
そのメロディーとも言える心地よい声にゼノーは魔法にでもかかったように、ゆっくりと瞳を閉じた。
三人はそれぞれゼノーの銀色の髪を手に持つと、ゼノーの周りを飛び始めた。不思議にもゼノーの髪は伸び続け限度を知らなかった。そうして、ついにはゼノーの身体は、三姉妹によって作られた銀色の繭にすっぽりと包まれた。
三姉妹は、黒銀に輝く杖を操り、その繭を静かにそこに横たえた。そして、その杖を振りながら繭の周りを飛び、黒銀の光を繭に浴びさせる。繭はその光に呼応するかのように銀色の光を放ち、鼓動し始めた。
その中でゼノーは、忘れ去った過去に戻っていた。自分の生まれた直後、荒野の一軒家での平和な生活と崩壊、リーと狼の親子との初めての旅、ソマー城での出来事、山奥を目指しての旅、熱が出て臥せっていた事、その間のリーとシャンナの様子、村人の仕打ち、ブラコスとシアラ、闇の世界での出来事・・・直接自分が体験しなかった事さえも全て、手に取るように体験していた。喜びと悲しみと痛み、そして、憎悪を。
それから真っ暗になり、しばらく沈黙がゼノーを覆った。その沈黙の中でゼノーの煮えたぎった思いは少しずつ冷め、落ち着きを取り戻していった。
すると、急に眩い光がゼノーを覆う。その眩しさにゼノーは目を細め、それを遮るために手をかざした。
「ごきげんうるわしゅう、闇王様。」
三姉妹の声が聞こえ、繭を破って出たゼノーは、ドワーフのミラー屋敷の最後の姿見に写っていた姿、大人となっていた。
「お急ぎ下さい、闇王様。」
三姉妹は声を揃えて言う。
「あれから五年たっております。ヴォジャノーイ一族が今か、今かと、闇王様をお待ちしております。」
「五年?」
意外な事にゼノーは聞いた。
「はい、ドワーフの遊園地で三年、この繭の中で二年経っております。」
「で、では、女王は?」
五年も経っていた事に驚き、女王を心配して聞くゼノーに三姉妹は悲しげに答えた。
「四年半前にお亡くなりになられました。」
「では、私が来るとすぐ?何故もっと早く教えてくれなかったんですか?」
「お教えしても、どうしようもない事なのでございます。闇王様が無事ご成人あそばされる為には、五年という歳月がどうあっても必要だったのでございます。」
「彼女たちはすぐさま成長させれると思ったのでございましょう。」
ウルズが言った。
「でもそれは、普通の者の場合。私たちがその寿命を定める事ができる者の場合。」
ヴェルサンディが続けた。
「私たちが死を授けれる者の場合。」
スクルドが言った。
そして、再び三人共に言う。
「闇王様はこの世界の源。私たちではその運命は到底量り得る事は出来ません、触れる事さえ出来ないのでございます。それ故、闇王様のご成長には、五年という歳月が必要だったのでございます。」
「しかし、女王との約束が・・・」
「闇王様、今の闇王様は昔の闇王様ではございません。そのお力も昔のものとは雲泥の差となっておりますでしょう。ですから、ヴォジャノーイ一族の中の一人を選んで、闇王様の気をその人にお与えになれば、その人は女王となられるはずでございます。それで全て解決となります。新女王は自分の相手を自ら求めて水面へと出て行くでしょう。そして、闇王様はムーンティアを探す旅をお続けになられればよいのです。」
三姉妹は言い終わると、ふっとその姿を消し、その後にはムーンティアが光りながら空中に浮いていた。
ゼノーはそっとその銀玉を摘むと指輪にしまった。
「感謝します、ノルニル三姉妹。そして、リカルド、ドワーフ一族。」
        

 

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