_/_/_/ その十三・闇の遺跡 _/_/_/
      


ゼノーはヴォジャノーイ族が選んだその中の一人に闇の気を与え女王にし、約束どおりムーンティアをもらうと、第三層へ来ていた。
「あと二つ・・・」
ゼノーは、黄金に輝くその砂漠を見渡しながら考えていた。銀色の空と黄金の砂。見渡すかぎり何もいないようだった。
「何処かにオアシスがないでしょうか?」
ゼノーはそう呟くと、その身を闇に溶かした。

底の金色の砂まで見通せるほど透明に透き通った湧き水のオアシス。ゼノーは、その泉を囲む草木の間を歩いていた。
「目が休まりますね。」
灰色の草、漆黒の木、灰緑の葉が、ゼノーには新鮮に見えた。
「あまり輝いているのも問題ですからね。」
相変わらず地面の砂は金色、見上げる空は銀色だった。
一人呟きながら、そのオアシスを歩いていたゼノーは、何かの骨の固まりを見つけた。
「何だろう?」
その頭蓋骨を手にして見たゼノーは、その蛇のような鋭い牙やそれに続く長い背骨、二本の手の骨で、それが半人半蛇の者だと判断した。
ゼノーは自分の手の平を精神波で切ると、その鮮血を骸骨の口に流し込んだ。
すると、みるみる間に骸骨はその肉体を取り戻していき、下半身が蛇、上半身が人間の美しい女となった。
その身体が元に戻ったその女はゼノーの手の切り口にむしゃぶるようにしゃぶりついた。そしてその血が止まると共に、ようやく我に返った女は、そっと口を離した。
切り口は跡形もなく綺麗に消えている。
「も、申し訳ございません。わたくしは、レイミアと申します。」
慌ててゼノーの前に跪き、女は言った。
「闇王様の血をいただき、こうして復活できるとは、思ってもみない光栄でございます。心より御礼申し上げます。感謝のつくしようもございません。」
白い肌に真っ赤な唇が印象的な緑の瞳の女だった。その長い髪は下半身の背と同様の深緑で、レイミアの豊かな胸を隠すように覆っていた。
「お願いがあるのですが、よろしいでしょうか?」
ゼノーはレイミアに微笑みながら言った。
「はい、何なりとお申しつけ下さいませ。」
深々とその頭をたれ、レイミアはゼノーの命を待つ。
「ムーンティアを探しているのです。この第三層のどこかにあるはずなのですが、あなたに分からないでしょうか?」
「しばし、お待ちくださいませ。」
そう言ったレイミアは、やおら自分の左目にその指を入れると眼球を取り出した。
「すぐにお探し致します。」
その眼球はレイミアの手を離れると、ものすごい勢いで地を這うように飛んで行った。
「一つより二つの方が。」
レイミアは右目をもくり抜くと、反対方向にそれを飛ばした。ゼノーは黒い空洞となったレイミアの目をそっと撫ぜるとその瞼を閉じさせた。
「あ、ありがとうございます。」
瞳のない目から涙が一筋流れ、レイミアは自分の瞼を撫ぜたゼノー手をそっと取ると、しばらく自分の膝で休む事を勧めた。
横になり、温かい膝・・ではなく、ひんやりしたそのレイミアの膝(?)の上にゼノーは頭を乗せると目を閉じた。オアシスから吹き上げ、草木の間を通り抜けてくる優しい風がとても心地よかった。

「闇王様・・闇王様?」
いつしか眠ってしまっていたゼノーは、レイミアの声で目を覚ました。
ふと見上げたレイミアの顔に両の緑の瞳が戻っていた。
「それで、ムーンティアはありましたか?」
ゼノーは、そのままの姿勢でレイミアに尋ねる。
「はい、闇王様。この先の遺跡を守っているホル・エン・アケトの額の中央にございました。」
レイミアは、にっこりと薔薇の大輪のような微笑みを浮かべて答えた。
「ホル・エン・アケト?」
ゼノーはゆっくり起き上がると、レイミアを見た。
「はい、遺跡を守る天空の神、ホル・エン・アケト。腕の代わりに鷲の翼を持ち、人間の女性の姿をしております。下半身はライオンの物なのでございますが。」
「では、早速そこへ・・」
「いえ、日中は銀色の石像となっております故、話すことは不可能です。無理に額からムーンティアを取ることもできないようですので。」
早々とホル・エン・アケトの元へ行こうと立ち上がったゼノーを制してレイミアは言った。
「夜になれば動きだします。それからの方がよろしいかと。」
「そうですか・・では、今少し休ませてもらえませんか?」
「はい。」
レイミアは自分の膝に頭を置き、ぐっすり休むゼノーの横顔を見ながら微笑むと、寝ているゼノーにも聞こえる心地よく響く子守歌を口ずさんだ。

夜、銀色の空が黒銀に代わり、ゼノーはレイミアの案内でホル・エン・アケトの元へ急いだ。
「あれが、ホル・エン・アケトがいる遺跡でございます。わたくしは、彼女とはあまり仲がよくありませんので、ここで失礼させていただきます。」
ホル・エン・アケトの守る遺跡の見える場所まで来ると、レイミアはゼノーに深々とお辞儀をし、立ち去った。

その遺跡の正面、入口の右にホル・エン・アケトは立っていた。金色のライオンの胴体に人間の女性の上半身がついている。銀色の鷲の翼を大きく広げ、黒銀の髪と瞳、そして銀色の肌のその女性は近づくものを何一つ見逃すまいとじっと辺りを見ていた。

「どなたでしょうか?」
ゼノーがその前に立つと、目敏く見つけた彼女が言った。
「私は闇王、ゼノーです。あなたが額に着けているムーンティアをもらい受けたくて参じました。」
「あなたが、闇王様。新しいこの世界の王。」
ホル・エン・アケトは、ゼノーをじっと見つめ、そして微笑んだ。
「よろしいでしょう。これはそもそも闇王様の物。わたくしが今から出す謎かけに見事ご正解あそばせば、お渡し致しましょう。」
「謎かけ?」
「はい。では、お尋ね致します。『朝は四本足、昼は二本足、晩は三本足で歩く者は何か?』さあ、お答え下さいませ。」
ゼノーはしばらく黙っていてからおもむろに口を開いた。
「あなたは、その謎かけしかご存じないのですか?」
「は?い、いえ・・遺跡を尋ねて来る者にはこの謎に答えてもらうというのが決まりなのです。・・・あの、何か不都合でも?」
ホル・エン・アケトはどぎまぎし始めた。
「いえ、別に不都合は。私に取って都合がいいと言った方がいいでしょう。が、その謎かけは正確ではありませんね。」
ゼノーはホル・エン・アケトに微笑みかけながら続けた。
「正確ではない?」
不思議そうな顔をしてホル・エン・アケトはゼノーを見つめた。
「そうです。晩に三本足になるとは限らないんではありませんか?二本足のままの者もいるし、中には四本足とか六本足などにも、時と場合によっては、なる者もいます。」
「は?」
ホル・エン・アケトはその瞳を見開いてゼノーの言葉の続きを待った。
「答えは、『人間』です。違いますか?」
「そ、そうです。その通りです。間違いございません。」
「年老いた人間が杖を持つとは限らないのですよ。それに中には乳母車とか、二輪の手押し車などを押して歩く者もいます。」
「そ・・そうですね・・」
確かにそうだと思ったホル・エン・アケトはゼノーの言葉に納得した。
「では、お約束通り、このムーンティアを。」
ホル・エン・アケトはその額から銀玉を取るとゼノーに渡した。
「ありがとう。」
ゼノーはそれを受け取ると指輪にしまった。
「さてと、これで残るはあと一つ。第二層への道は?」
ゼノーが辺りを見渡しながら呟くと、ホル・エン・アケトがゼノーの前に跪き、うやうやしく言った。
「この遺跡の中から第二層へと行くことができます、闇王様。」
「遺跡の中から?」
「はい、そうでございます。」
立ち上がったホル・エン・アケトがその翼で閉じていた入口を撫ぜると、すうっと音もなく開いた。
「どうぞ、闇王様。そして、一刻も早くこの闇の世界の崩壊をお止め下さいませ。」
ゼノーは、再び跪くホル・エン・アケトの横を通ると遺跡の中に入って行った。

遺跡の中は、薄暗く静まり返っていた。狭い通路には土と苔やかびの臭いが充満している。暗闇から何が出てくるか分からない、ゼノーはゆっくりと歩を進めていた。
中は迷路になっており、分かれ道ばかりだった。右に曲がり、左に曲がり、再び左に曲がり、次の四つ角を右にそして・・・最初の頃こそ覚えていたが、そのうち何処をどう通ってきたのか、全く分からなくなってしまっていた。
「出口だ!」
喜んで外に出たゼノーは、そこで立ち止まった。
「まだ何か御用がおありなのでしょうか?」
立っていたホル・エン・アケトがゼノーを見て慌ててそこに跪いた。
「あっ・・・い、いや、別に・・・あ・・その、第二層への道はどの辺りになるのか、聞いておいた方がいいかな、と思って。」
「申し訳ございません。私は入口のみの番人で、内部の事は全く存じあげないのでございます。」
ホル・エン・アケトは残念そうに言った。
「そうですか・・・」
期待したゼノーもがっかりした。
「ただ・・」
「ただ?」
「ただ、見た目より奥行きはかなり深く、そして地下に伸びており、神官がその一番地下の部屋にいる事。また、そこへ行くまでに、何やらいろいろ生息しているらしいという事は存じております。」
「いろいろ?」
「はい、もしかしたら、闇王様と知らずに襲ってくるかもしれません。どうか、十分お気をつけ下さいませ。」
「その地下への道は?」
「申し訳ございません。」
「そうですか・・どうもありがとう。」
「お役に立ちませず、申し訳ございません。」
「いえ。じゃ、私は。」
「お気をつけて。」
深々と頭を垂れるホル・エン・アケトを後にして、ゼノーは再び中に入った。
地下への道さえ見つけられずまた入口へ戻ってしまったゼノーは、最初の分かれ道の所でしばらく立ち止まって考えていた。
「確か最初は右に曲がったんでしたよね?」
自分自身に問い掛けると、ゼノーは反対の道を選んだ。
        

 

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