_/_/_/ その十五・闇王誕生 _/_/_/
      


「これは?」
ゼノーは、今し方いた所とは全く違った部屋に立っていた。目の前には目も眩むような黄金の彫像があった。そして、その左右の台座にはクリスタルの入れ物があり、その中にはやはり黄金のイヤリングのような物が片方ずつ入っている。右側のものには、剣がついており、左側のものには竪琴がついていた。
ゼノーはその黄金の彫像には見覚えがあった。それは、水鏡の回廊で見た水柱でできた男神の彫像と一緒だった。
「これは・・太陽神、ラーゼス?」
『そうです。ここは、男神ラーゼスの神殿、太陽神殿です。』
彫像を見ていると、ふいに優しげな女の声がした。慌てて部屋を見渡したゼノーだが、そこには誰もいなかった。
「太陽神殿・・しかし、確か太陽神殿は海底深く沈んでいるのではなかったですか?」
ゼノーは、ドワーフの遊園地で会ったドラキュラにそう聞いた覚えがあった。
『そうです。ここは確かに海底です。でも、神殿の中までは、浸水しておりません。』
「あなたは、どなたなのですか?・・もしかすると、女神ディーゼ?」
『そうです。』
「では、あなたが私をここへ連れて来たわけなのでしょうか?」
『そうです。そして、七つの私の涙の結晶、それらを通して話しているのです。』
「では、ここに闇の貴石が?」
『いいえ、ここは太陽神殿。闇の者は入れません。』
「しかし、現に私がこうして。」
『今はちょうど日食なのです。皆既日食の今日この時間だからこそ、そして、ムーンティアを持っているからこそ、あなたは入れたのです。』
「しかし、何の為に?私は闇の貴石を手に入れなければならないんですよ。」
『そうです、ですからその為にここへ連れて来たのです。』
「その為?」
『そうです。・・闇の貴石は男神ラーゼスの負の心を封じたもの。元はと言えば、同じラーゼスなのです。・・・私にとっては闇も光もありません。どちらも愛しいラーゼスなのです。あなたをここへ連れて来たのは、闇の貴石に触れる前に、その資格があるかどうかを問う為です。』
「資格があるかどうか?」
『そうです。男神の彫像の左右にあるイヤリング。それは、色こそ違えど私の物と同じなのです。負の心を封じたラーゼスと私は、そのイヤリングを共に使い、人間の世界を創造しました。私には、人間の世界もラーゼスの悪の心が創造した闇の世界も共に愛しい。私にとって、太陽神も闇の貴石もラーゼス。ですからあなたがその闇王になるにふさわしいかどうか、そのイヤリングで試してみたいのです。今後あなたが闇王となり、私の力である、ムーンパワーを受けるに相応しいかどうかを。』
「イヤリングで試す?」
『そうです。もしあなたが闇王となる資格があれば、そのイヤリングを手にする事ができるはずです。』
「もし、なければ?」
『触れた時点で、消滅するでしょう。』
ゼノーは、しばらくイヤリングを見つめたまま思案していた。
「迷っていても仕方ない事ですね。私には他に取るべき道はないのですから。」
ゼノーは、まず右の台座に行くと、滑り込ますようにそのクリスタルの容器の中に手を入れた。もう少しでイヤリングに触れるという所で一瞬その手が止まる。そしてやおらイヤリングを掴んだ。
その一瞬、ゼノーは全身を熱い物が走ったような気がした。が、消滅はしなかった。
消滅はしない、と確信したゼノーは、すぐ左側の台座にも行き、今度はすっとそのイヤリングを手にした。
「これでよいのでしょうか?」
姿の見えない女神に見えるように、ゼノーはイヤリングを両の手の平に乗せた。
『耳に着けてごらんなさい。』
ゼノーは剣のイヤリングを右耳に竪琴のイヤリングを左耳にそれぞれ着けた。
「どうやら私は合格のようです。で、これからどうするのでしょう?」
返事は何もなく、ゼノーの指輪の中のムーンティアが再び輝き始めた。そして、その光がゼノーを包み込むと、その黄金のイヤリングも共に輝き始めた。そうして、ゼノーの姿と共にそこから消えた。

次にゼノーが目にしたのは、一歩先も見えない暗闇だった。
「闇の世界へ戻ってきたのか?」
ゼノーは、注意深く一歩足を出した。
すると、ムーンティアの指輪がするりとゼノーの指から外れ、道案内するようにゆっくり飛び始めた。ゼノーはそれを見失わないよう着いて行く。
−ズブズブズブ・・・−
突然、沼地になった。銀玉のみ見て歩き続けていたゼノーはそのまま腰まで沼に浸かり、その一瞬下を向いたゼノーが顔を上げた時、銀玉は何処にも見当たらなかった。
「どこに行ったのだ?」
辺りを見回していても、一筋の光さえ見当たらない。
と、突如、沼から無数の漆黒の手が伸びてきて、ゼノーを掴むと引きずり込もうと引っ張る。同時に、上空から一筋の金色の光がゼノーの頭上に下りてきた。まるで、こちらに来いと言わんばかりに。
「どちらに行くべきなのか?」
相変わらず、銀玉は見当たらない。これは自分で決めろということか、と判断したゼノーは、どちらを取るべきか、と考えた。
「私は、闇王。闇に住まう者。眩いだけの黄金など私の趣味ではない。漆黒の闇こそ、私に安らぎを与えてくれる。私の世界。」
事実、ゼノーは沼から出てくる手には、少しも嫌悪感を感じなかった。それよりも切実に自分を必要としてくれているという感じを、それらから受けたのだった。
−とぷん−
一挙にゼノーは、群がる漆黒の手と共に沼の中へとその身を沈めた。
そこは、漆黒の沼、沈み始めたゼノーの周りには、もはや漆黒の手はいなかった。
何処へともなく姿をくらましていた。
どんどん、どんどんゼノーは沈んでいった。まるで限度を知らないように、真っ暗な沼の中を、下へ下へとゆっくり下がって行った。不思議にも息苦しくはなかったが、その漆黒の色が自分を染めていくような感じをゼノーは受けていた。

と、急に周りが明るくなり、ゼノーはその眩しさに思わず手をかざし、目を細めた。
そこは、沼の中でも水中でもなかった。どこかの泉の辺にいつの間にか立っている自分にゼノーは気づいた。
「キャッ、キャッ・・あははははっ!」
子供の笑い声がする。ゼノーが辺りを見渡していると、十歳くらいの赤毛を左右で三つ編みにした少女が森の中から勢い良く走ってきた。
−ボスッ!−
後ろを振り向きながら走ってきたその子は、勢い余ってゼノーにぶつかった。
「ご、ごめんなさい。」
転んだその少女はゼノーにそのまん丸の緑の瞳を向けて謝ると、慌てて起き上がり衣服に付いた砂をパンパンと勢い良く払った。
「ヨーキム、だから走っちゃいけないって言っただろ?」
少女を見ていたゼノーは、聞き覚えのある少年の声にはっとしてその方を見た。
森の中からやはり十歳くらいの少年が藪をかけ分けながら出てきた。
「そんなに急ぐ事ないんだから。」
と、ゼノーと少年の目が会った、二人はしばらく呆然とお互いを見つめ合っていた。
風にさらさらなびく銀色のショートカットの髪、真っ青な瞳、少年は間違いなくリーだった。ゼノーは思いがけないこの出逢いに声もでなかった。ただ、じっと見つめていた。が、その表情は驚いている事など微塵も表れず、穏やかだった。
リーもまた驚いていた。目の前にいる青年は確かにゼノーよりずっと大人だった。ゼノーであるはずがない、が、長さは随分長いが、自分と同じさらさらの銀の髪、そして何よりも青年の瞳がゼノーのあの紫の瞳のそれそのものだった。
「あ・・あの・・・」
立ち止まったリーもまた言葉を無くし、じっとゼノーを見つめていた。
「どうしたの、リー?」
ヨーキムが不思議そうな顔をして二人の顔を交互に見た。年齢は随分差があるが、その顔つきが、あまりにも良く似ていた為だ。
「兄様・・・」
しばらくして、か細い声で呟いたリーは、全身が震え、真っ青な顔をして今にも倒れそうに見えた。
「リー、精霊たちが騒いでるよ。」
ヨーキムが辺りを見渡しながら言った。が、リーの耳には何も入らない。
「リー、私じゃ何て言っているのか分からないよ。リーなら分かるでしょ?」
ヨーキムがリーに駆け寄ってそう言っても、リーには精霊に耳を傾ける余裕など全くなかった。相変わらず、呆然とゼノーを見つめていた。
その驚愕し恐怖の目で自分をじっと見つめるリーにゼノーは失望感と絶望感を味わった。
(あなたまで私を悪魔にするのですね。)
そう思ったゼノーには、そのリーの本当の気持ちは分かるはずがなかった。
リーは、最後にゼノーと別れた時、あの時、結果としてゼノーを見捨てて逃げた事に、罪悪感を持っていた。たとえ、逃げろとゼノーが言ったにしろ、一人にするべきではなかったのだと。ゼノーは決して許してはくれないだろうと思っていた。そして、今、目の前にゼノーとそっくりな青年が立っている。リーはその罪悪感とゼノーに対するすまなさで一杯だった。と、同時にあの時の恐怖が蘇り、自然と震えてきてしまったのだ。その紫の瞳を懐かしくそして愛しくは思っても、悪魔の瞳などとは、思うはずのないリーだったのだが。
「忘れなさい。」
ゼノーは二人の頭に手を乗せ、静かに呟いた。すると、ゼノーはすうっと自分の身体が浮き上がるのを感じた。リーとヨーキムが下の方に見える。二人はゼノーと会った事を忘れ、泉で楽しそうに遊び始めた。
「キャッ、キャッ、キャッ!」
「あははははっ!ほーら、冷たいぞ!」
「やったわね!リーも濡れちゃえ!」
泉の浅瀬で無邪気に遊ぶ二人。その様子を見ていても、もはやゼノーは何も感じなくなっていた。
そして、二人の姿は少しずつ薄れていった。下へ沈み始めたゼノーは、自分が再び漆黒の沼の中にいるのに気づいた。

それからどのくらい沈んだだろう、ようやく沼底に着いたゼノーは、前方に銀玉が光っているのを見つけた。
「やはり道はあっていたんですね。」
リーへの想いを完全に断ち切ったゼノーは、そう呟くと銀玉へと歩を進めた。

沼の底を、再び銀玉の後を追って数十分、ゼノーの目の前には黒銀の直径二メートル程の切り株があった。銀玉は切り株の上で円を描いていた。
「切り株の上に乗れって事ですね。」
ゼノーは切り株の中央に立った。すると、銀玉は、その銀の光で五芒星を描き始めた。そして、すうっと再びゼノーの指に嵌まると、その輝きを増していく。
ゼノーをも包み込み、辺り一面その光で明るくなった時、その光に同調するように切り株の五芒星が輝き出した。しばらくして指輪の輝きは収まった。が、五芒星の光がゼノーを囲み、沼を切り裂くように真っ直ぐ上に伸びていく。そして沼の漆黒の色と混ざり合うかのように、その銀色の五芒星の柱は黒銀となった。
しばらくして、その五芒星は徐々に薄れていき、そして完全に無くなると、そこにあったゼノーの姿も消えていた。

五芒星により転移したゼノーの目の前には、漆黒の闇の中に浮かぶ、紫銀の輝きを放つ闇の貴石があった。長い道のりの終点、闇の結晶、男神ラーゼスの負の心、闇の世界の創世主。
じっと見つめるゼノーの頭に低い声が響く。
『よく来た、我が半身、ゼノーよ。我が意思を次ぎ、我が世界、この闇の世界を安定へと導くがよい。私が闇の泥より作った、私の肉体である前闇王が消滅してから、早くも千年の時が過ぎた。その間、この闇の世界は我が力を、そしてディーゼの力を受け、闇の活力とする王が不在であった。故に、この世界は崩壊を始めた。元より太陽神の手助けがあるはずもなく、破滅へと向かうばかりだった。が、それもお前という新しい闇王を迎え、崩壊は、終局を迎えるであろう。いや、お前の持つ未知なる力により、闇の世界は今より更に大きくなるかもしれぬ。さあ、私に触れるがよい。私はお前に更なる力を与えよう。その力をもって病んだこの世界を救うがよい。さあ、ゼノー、我が半身よ。』
ゆっくりとゼノーは闇の貴石に手を延ばす。ゼノーの瞳の色、紫の貴石に。
貴石は、ゼノーの手を待ち焦がれているかのようにその輝きを増していった。
今こそ真の闇王に。闇王としての力をこの手に、と心の中で呟きながら、ゼノーはそっと貴石に触れた。
「うわぁっ!」
ゼノーが触れた途端、貴石は眩い紫銀の光を放った。それは、徐々に赤みを増していき、それに同調するかのように、ゼノーの瞳も赤く妖しい輝きを放っていった。
−ドクン!−
ゼノーの心臓が大きく打つ。血管という血管の中を流れる血液が煮えたぎっているかのように思えた。内から煮えたってくるように身体中が熱い。
身体がこの熱で溶けてしまうかもしれない、とゼノーが思った時、すうっと貴石の輝きが失せた。そして、ゼノーの瞳も元の紫色に戻り、身体の熱さも徐々になくなっていった。が、貴石の変化は、それで終わりではなかった。続いて貴石は、その色を徐々に闇色へと染めていった。ゼノーの瞳もまた同じように闇色へと変化していく。先程の熱さの代わりに今回は、気持ちのよい冷たさがゼノーの全身を駆け巡っていた。ゼノーはその身を貴石に任せていた。

「ふう・・・」
貴石から手を離すことができたゼノーは、大きな溜息をついた。
『さあ、行くがよい、ゼノー、我が半身よ。私は常にお前と共にある。私はお前の力の源。ディーゼからの力をお前に送る者。闇の活力、魔法の源、この闇の世界の創世主。私の意思はお前の意思であり、お前の意思は私の意思である。心に問うがよい、さすれば、私はお前の問いに答えるだろう。ゼノーよ、我が愛すべき闇の住民たちがお前を待っておる。すでに暗黒の渦に巻き込まれし場所は元には戻らぬが、その渦を閉じ、崩壊がこれ以上増えるのを一時も早く阻止せねばならぬ。』
「元に戻すにはどうしたらよいのですか?」
『そうするにはディーゼのイヤリングが必要となり、それには、ディーゼの意に適う娘が必要となる。が、今は阻止するだけでよい。・・行くがよい、我が半身よ。』
「そうですね。まず阻止しなくては。それに闇の力を強め、人間どもをこの世界から排除しなくては。」
ゼノーは自分にそう答えると、暗黒の渦が逆巻く第四層に戻った。
暗黒の渦は第七層から第四層まで発生していた。ゼノーはまず、その渦が一番大きい第四層から始めた。

暗黒の崩壊の渦、それは、闇の世界を片っ端から吸い込んでいた。ゼノーはその強大な引力と戦いながら、その真正面に立つと、その左耳に下がった竪琴のイヤリングを外し両手に持ち、精神を集中していった。
ゼノーが手に持ったそのイヤリングも、そして右側の剣のそれも、手に入れた時の黄金ではなく、闇王の物となったそれは、今や、黒銀の輝きを放っていた。
ゼノーの瞳が徐々に赤みを増していく、心臓の鼓動が一際大きくなり、血が沸き立ってくる。腰まである銀色の長い髪が少しずつ逆立ち始め、ついにはたてがみのようにゼノーの周りを覆う。
同時にその大きさを増し自分の長身大となった竪琴を、ゼノーは奏で始める。するとその音色は黒銀の光の玉を作り始め、それは徐々に大きくなっていった。
「やああああっ!」
ゼノーの二倍の大きさとなった黒銀の玉を、ゼノーは暗黒の渦に向かって放つ。
−シュオオオオオオーーー・・−
黒銀の玉を飲み込んだ暗黒の渦は、ゆっくりと縮んでいき、そして、無くなった。
が、やはり破壊された所は何もなく、ただ暗黒の異空間が広がっているのみ。闇の住民と言えどもそこに住むことはおろか、二度と足を踏み入れる事さえもできないだろうと思えた。
ゼノーは悲しげにその空間をしばらく見つめていたが、まだしなくてはならない所があった事を思い出し、次ぎなる場所へと急いだ。

そうして、暗黒の渦を全て消滅させると、ゼノーは第七層に浮かぶ浮遊城へとその身を飛ばした。

(ブラコスはいるだろうか?シアラはまだ魔方陣の中央に座したままなのだろうか?)
城の正面に立ち、輝きを放つ紫水晶で造られたそれを見上げながらゼノーは思っていた。
−ギギギギギー−
正面の大扉がゆっくりと開く。そこには、ブラコスが立っていた。彼は恭しくゼノーに礼をとる。
「ブラコス。」
「ご立派になられて。やはりこのブラコスの目に狂いはありませんでした。人間界からお連れしたかいがございました、ゼノー様。」
ブラコスは、涙の溜まった自分の目をそっと手で拭うと、ゼノーに向きなおした。
「玉座の間で、主だった者が闇王様をお待ちしております。玉座が闇王様を待っております。・・さあ、ゼノー様。」
再び礼をとったブラコスは、その大きな黒い手をゼノーに差し出した。
その手に自分の右手を乗せ、ブラコスに微笑んだゼノーはゆっくりと歩き始めた。
        

【完】

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