_/_/_/ その六・闇の浮遊城 _/_/_/
      


 「お目覚めですか?」
紳士的な低く辺りに響くような声がしてゼノーは眠い目を擦りながら回りを見る。
ゼノーの寝ていたのは、天蓋のついた豪華なベッド。加えて衣服もボロボロの薄汚 れたものではなく、真っ白な絹で作られたものに変わっていた。
そのふかふかの布団から出てベッドの端に腰掛けたゼノーの身体は、泥一つついてなく、血と泥で汚れきってべとべとだった髪もサラサラになっていた。
勿論、罠に挟まれ怪我をしたはずの右足の傷痕もなくきれいになっている。
何故このような所にいるのか訳の分からないゼノーは、座ったままじっと考えていた。
あの後・・リーだけ逃がして・・・それからどうなったのか・・・



「逃げろ、リー!」
心の中で叫びながら、が、もう一つの自分は逃げないでくれ、一緒にいてほしいと叫びながら、ゼノーは右足の酷くなる痛みを堪えつつ、遠く走り去っていくリーの小さな後ろ姿を見ていた。

「捕まえたぞ!こいつめ、手を焼かせおって!」
「悪魔めっ!」
「シャンナの仇っ!」
息切れ々に駆けつけた村人は、口々に罵るとその手に持つ農具を高く掲げ、一斉にゼノーの上に振り下ろそうといていた。
「あ・・・・・・リ、リー・・・・・」
ゼノーは村人の鬼気迫った表情に、顔からは血の気も失せ、全身が震えていた。動けないまでも少しでも逃げようと身体をずらした。
「殺せぇっ!」
そのかけ声と共に鋭い刃がゼノーを襲った。
「わあっ・・・・・!」
思わずゼノーは村人から視線を逸らすと後ろを向き、頭をかかえてそこにうずくまる。
−ズブッ!−
「ぐっ!」
最初の鋤の一振りがゼノーの首を貫いた。続けて鎌が、鍬が、斧が次々とゼノーの小さな身体を襲った。鮮血が一面に飛び散り、どろりとした真っ赤な血が流れ出る。
まるで地獄の光景だった。
瞬時にして、辺りは血の臭いでむせ返っていた。
が、狂気に支配された村人は、ゼノーの身体の反応が全くなくなってもそれでも手を止めることもなく突き続けた。
ただ、幸いなことにゼノーは最初首を貫かれた時、すでに意識は失っていた。

「もう止さぬか!」
村人の酷いとも言える容赦ないその攻撃は、後から来た村長の掛け声で止まった。
狂気に駆られていた村人は我に返り、手にしていた農具や斧を下ろした。
「ここまでやる事もなかろうに・・・。」
村長はむせ返る血の臭いに顔を歪めながら、内臓は飛び出、その全身を血に染め、ぼろ雑巾のように転がっているゼノーを見た。
「何を言うだ。シャンナを見ただ?こんくらい・・狼に喰い殺されるのと比べりゃ、まだまだやり足りねぇ!」
「そうだ、そうだ!」
返り血で真っ赤に染まった村人は、殺してもまだ飽き足らず、ゼノーを口々に罵りはじめた。
「だけんども、ちゃんと首だけは、残してあるで。」
先頭切ってゼノーに切りつけた若者が得意気に言った。
「顔が分かんなくなっちまったら、賞金はもらえんからな。」
その時だった。ずたずたに切り裂かれ、ぴくりともしなかったゼノーの身体がゆっくりと起き上がり、内臓をぶら下げたまま宙に浮いた。
そして、その目をカッと見開く。
「ヒ、ヒィ・・・・・!」
村人は妖しく光るその赤い瞳に捕らわれ、その場に立ち尽くしていた。誰も声さえ上げることができない。
その血だらけの両の手の平が村人に向けられる。
そして、その手の平が徐々に光り始め、その次の瞬間、閃光が放たれ、そこにいた村人は一人残らず周りの木々と一緒に消滅した。

そして、ゆっくりとその瞳を閉じると、ゼノーは腕を下ろし、下に落ち始める。
と、そのゼノーを抱きとめるように、黒い影が現れてゼノーを包み込んだ。
ゼノーの落下は止まり、黒い影は徐々にその形を作っていった。

そこにゼノーを抱いて立っていたのは、戦装束の真っ黒な人間だった。が、その顔は牛のもの、その頭には、2本のねじれた漆黒の角があった。


(そうだ。僕は全部それを見ていたんだ。まるで劇でも見ているように。・・・それから・・)
ゼノーは思い出していた、その黒水牛に抱かれた途端、何故だかとても彼の腕が温かく思え、安心して眠った事を。



「大丈夫ですか、ゼノー様?」
起きた気配はするものの、なかなか顔を見せないゼノーを心配しているかのように、再び声がした。
ゼノーは、そっとベッドを囲ってある薄絹の幕を開け、声の主を見た。
「お前は・・・・」
そこに立っていたのはゼノーを助けてくれたあの黒水牛だった。
「ご無事でなによりでございました。」
黒水牛は、ゼノーの前に跪き畏まって言った。
「お、お前がここに運んでくれたの?きれいにしてくれて、傷まで治してくれて。」
「はい、ゼノー様。」
「ありがとう。でもここは、一体どこ?リーは?リーは一緒じゃないの?」
ゼノーは周りを見渡した。そこは、それまでゼノーが見たこともない広い部屋だった。
床、壁、天井、全て紫水晶でできており、ゼノーや黒水牛の姿、部屋にある黒壇のテーブルやイス、ベッドなどの調度品を映していた。
明かりは四隅にある松明だけで、すこし部屋全体が薄暗かったが、そんな事はゼノーにはさして気にならなかった。
「ここにいるのは、あなた様だけです。ここは、あなた様の居城となる所です。」
「ぼ、僕の居城?」
「はい。ここは、闇の世界の浮遊城、闇王の居城です。」
「や・・闇王?」
「はい。」
黒水牛は、うやうやしくゼノーの手を取ると、その部屋を出てバルコニーへと案内した。
確かに闇の世界、魔界らしい、とゼノーは思った。
そこには太陽も月もなく、空は青くもなかった。
赤と黒と黄色の空。そして、眼下には茶と灰色と黒の広大な草原と森が広がっていた。
冷たい風が心地よく、ゼノーはしばらくそこに立ち、景色を見ていた。
不思議とリーの事は全く気にならなくなっていた。


「どうぞこちらへお掛けください。」
どこから持って来たのか、いつの間にかテーブルとイスが用意してあった。そして、その上には温かい飲み物が用意されてあった。
「薬湯でございます。気分がすっきりされますよ。」
「うん、ありがとう。」
ゼノーはテーブルにつくと一口飲んだ。すうっとして爽やかな気分になった。
「名前は何て言うの?」
横に立っている黒水牛に聞いた。
「ゼノー様がおつけください。私は闇王に仕える者、名前は闇王からちょうだいするものです。」
「ぼ、僕が?」
「はい・・・どうぞ私に名前をおつけくださいませ。」
「じゃ、じゃあ・・・ええと・・黒水牛だから・・・・・ブラコス・・てのどお?」
自分が闇王というのは、理解できなかったが、とにかく、ゼノーはしばらく考えてから言った。
「ブラコス・・・ありがとうございます。」
ブラコスはうやうやしくゼノーに礼を取った。
「じゃ、ブラコスもここに座ってよ。あっ、イスがないか・・・」
一人だけ座っていたのでは、どうも落ちつかないゼノーはブラコスにも腰掛けることを薦め、最初躊躇していた彼も、ゼノーの再三の薦めに負け、呪文を唱えてイスをそこに出すと腰掛けた。
「すごい!呪文でイスが出せるんだ。じゃ、これもそうしたの?」
「はい、そうでございます。」
ブラコスとゼノーはそこで長い時間、話をしていた。何故ここにゼノーを連れてきたのか、何故ゼノーを闇王と呼んだのか。それは、ゼノーが思いもつかなかった話だった。



闇の世界にとって闇王はその世界そのもの。
闇に生きる者の糧のみでなく、その大地、空気、水、草木、その他全ての物は闇王の力によって息づいている。
が、約千年前、地上をも闇で覆わんとした闇王は、月の女神ディーゼの加護を受けし姫巫女に倒された。
そして、その王を失った闇の世界は、徐々ではあるが、その時から崩壊し始めていたのだった。
故に、闇に生きる者たちは、切に自分たちの王を欲していた。が、ただ単に誰でもなれるというものでも、誰かを王に祭り上げればよいというものでも、決してなかった。
王となる者は、闇を息づかせる力を備えていなければならなかった。
勿論、闇の世界には強力な魔力を持つ知能の高い魔物も多くいた。が、それだけは闇王となることは不可能だった。
闇を息づかせる、それは、その魔力の源でさえもあるのだから。
闇の世界を危惧した闇王に仕えていた魔物たちは、自分たちの世界だけでなく、人間の世界にまでもその能力を持つ次なる王を捜し回っていたのだった。


「それが・・・この、僕?」
ゼノーはブラコスの話に目を見張った。
「その通りです。」
「で、でも僕、そんな力は・・・」
「いえ、私には分かります。感じるのです、前闇王と同じ波長をゼノー様から感じ取れるのです。それとその瞳。普段のその穏やかな紫と力を放出する時の赤に近い紫、それこそ闇王の瞳。間違いありません。」
「やっぱりこれは・・・魔物の目・・・」
ゼノーはそのせいで散々な目にあった両目を手で抑えた。
「人にとっては忌むべき者である私たちは、魔物と呼ばれています。が、私たちでも生きているのです。その食する物、あるいは、生活習慣は違っていても、私たちにも命があるのです。その命ある限り、生きようとするのは当然でしょう?そして、今、この闇の世界に生きる全ての者にとって、ゼノー様が必要なのです。ゼノー様はその為に生まれてきたのです。どうかお願いです、私たちの王になって下さい。私たちの世界をお救い下さい。」
ゼノーはじっと考えていた。確かに人の世は自分を必要としていない、いる場所が何処にもない。目の色だけで恐れおののき、挙げ句の果ては殺そうとする。ただ静かに暮らす事さえも許してはもらえない。その反対に、ここは自分を必要としてくれる、あたたかく迎えてくれる。
答えは決まっていた。それまでの体験でゼノーにとって、人間こそが忌むべき存在となっていたのだから。
「僕でいいのなら・・でも、本当に僕が?」
「勿論です。ただ、真の闇王となる為にやってもらわなければならない事がありますが。」
「やらなくちゃならない事?」
「はい。」
ブラコスは両手を広げると精神を集中し、2人の周りに闇の世界の立体映像を写しだした。
「す、すごぉい!」
ゼノーは写しだされた浮遊城を掴もうと手を延ばした。が、ゼノーの手は、それを突き抜け空を掴んだ。
「はっはっはっ!それは、ただ空間に写しだされた物、手に取ることはできません。」
ブラコスはその大きな口を大きく開けると初めて笑い、それにつられてゼノーも照れ笑いをした。
「今、ここから見える闇の世界はごく一部なのです。人間が闇の世界とか魔界とか呼んでいるこの世界は、7つの層に別れていて、現在この浮遊城は人間界と最も近い、第7層の上空に浮かんでおります。各層は異次元空間で繋がっており、各々の魔力により移動できる範囲が決まります。勿論、この浮遊城はどの層へも移動可能です。層を1つずつ下りる毎にそこに住む者の魔力は強くなっていますが、他の者のテリトリーを侵す者もなく、小さな争いを除けば、住民相互は平和に暮らしております。ただ、崩壊が進むと同時に、同じ層での争いが最近増えてきてはいますが。・・・ゼノー様にしていただきたいのは、7層から順に下りて行ってもらい、最後にはこの深層部、第1層にある闇王の心と言われる闇の貴石を手にしていただきたいのです。」
「闇の貴石?」
「はい、闇の紫玉とも呼ばれるそれは、闇王の瞳の色をしたとても美しい石です。つまり、ちょうどゼノー様の瞳の色をしているのです。その石を手に入れることによって闇と同化する事ができ、この世界の糧である月からのパワーを受け取ることができるのです。そして、その時こそ、この闇の世界の崩壊を止める事ができる真の闇王となれるのです。その石は、闇王の意思。遥か昔、人の世と共にこの闇の世を造ったのは、他ならぬ創世の神、男神ラーゼスなのです。太陽神、男神ラーゼスの負の心がこの闇の世界を造り上げたのです。男神は女神と共に人間の世を造るとき、自分の負の心をその貴石に封じ込め、幾重もの結界を施しました。それがこの闇の世界なのです。が、その貴石は自分の分身を産み、闇王を作り上げ、同時にここに住まうべき生き物までも造り上げたのです。ちょうど男神と女神が人間の世界を創造したように。そして、負の心ではあるが、男神の一部には違いない、それ故、月の女神ディーゼは、闇の世界を反故する事もできず、その恵を送り続けて下さっているのです。」
「じゃ、最初からそこへ行けばいいじゃない?」
「いいえ、今のゼノー様では、その貴石の力を受け入れる事はできないでしょう。今まで何人となく、魔力の強い者が貴石に触れようと第1層に行きましたが、帰って来た者は1人もおりません。その貴石に認められなければ、そのパワーを受け入れることができなければ、何人たりとも闇王にはなりえないのです。」
「そ・・そんな事が僕にできるの?」
話を聞いているうちに不安になったゼノーが小声で聞いた。
「できるはずです。あなた様にはその資質がございます。まずは、第7層から旅立たれ、徐々に魔力を付けていくべきでしょう。」
「でも、そんなにゆっくりしてていいの?闇の世界の崩壊は?」
「今まで千年も待っていたのです。それに、今までと違って闇王となられる方が見つかっているのです。急いては事を仕損ずる。機が熟すのを待つべきです。」
ブラコスはにこりとゼノーに微笑みかけた。
「それとこれを。」
ブラコスは銀色に輝く丸い玉をゼノーに渡した。
「これは?」
その玉を受け取り、その輝きに心引かれながらゼノーは聞いた。
「これはムーンティア、その名の通り、月の女神の涙です。この玉と同じものが各層のどこかにあるはずです。誰が持っているのかは分かりません。これをあと、6つ集めて下さい。7つ集まった時、闇の貴石への道が開けるでしょう。それは、第1層にあるべき物、私が前闇王から、万が一の時の為にと、お預かりしていたものです。」
「ブラコスも一緒に来てくれるの?」
ゼノーは何故だかこのままブラコスが消えてしまうような気がした。
「私は、ご一緒できません。今わたしがあるのは、そのムーンティアのおかげなのです。実際の私は千年前、前闇王と共に塵となりました。ゼノー様が目にしているのは、私の心、ムーンティアが作りだした幻影です。」
「で、でもちゃんと触れるよ!」
驚いてブラコスの腕を掴み、その存在を確かめながらゼノーは叫んだ。
「ムーンティアの、女神のパワーのおかげなのです。ですが、ゼノー様にこうしてお渡しした以上、もうこの姿をとどめおく事も無理でしょう。」
ブラコスはゆっくりと立ち上がるとゼノーの前に跪き、頭を垂れた。
「いやだ!1人にしないで!ブラコス!」
ゼノーは立ち上がるとブラコスに抱きつき、ムーンティアを返そうとした。
「ゼノー様、これはこの世界の理、定まっている事なのです。そのムーンティアは、もはや私には属しません。ゼノー様の物なのです。」
「そんな!ブラコスなしで、僕はこれからどうしたらいいの?何にも分からないんだよ!」
ようやく手に入れた心から信頼できる仲間、心の拠り所。
ゼノーはブラコスを失う事が身を切るような辛さに思えた。
泣くことを忘れてしまったゼノーの目に大粒な涙が溢れ出ていた。
「ゼノー様なら必ずやり遂げれます。そして、その時、私をお忘れでなかったら、私の名前をお呼び下さい、ゼノー様がつけて下さった名前を。さすれば、私は再びゼノー様の御前に、ゼノー様に仕えるべく生命をそして肉体を賜ることができるでしょう。」
徐々に薄くなり消えていきながら、ブラコスは、その微笑みをゼノーに向けていた。
「うん!絶対!絶対、僕ブラコスを呼ぶよ!」
ゼノーは涙を目に溜めながら消えていくブラコスに叫んでいた。
「闇をまとい、強く念ずるのです。さすればそこにゼノー様の欲しいものが現れるはずです。さあ、ご出発下さい。世界があなたを待っています!」
ブラコスは微笑みながらゼノーの前から消えていった。

        

 

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