_/_/_/ その五・分かたれた道 _/_/_/
      


その前日、雨だというのに、シャンナはいつものとおりジロと山に入った。両親の出掛けるのがいつもより遅いお昼すぎになり、シャンナは山道を急いでいた。何故だか今日会わないと、もうずっと会えないような気がしていた彼女だった。
「ウウウウウ・・・」
「どうしたの、ジロ?」
急に立ち止まり唸りだしたジロに、シャンナは何かあったと悟った。
「ガルルルル・・・・・」
「狼?こんな昼間から?」
「ガウッ!・・・・」
ジロが彼女を守ろうと襲ってくる狼に向かっていく。が、その狼の数が余りにも多すぎた。ざっと見て、少なくとも十匹はいると判断したシャンナは、助けを呼びに来た道を戻ろうと振り返った。その時だった、来た道からも狼が現れ、ジャンプするとシャンナの喉に噛みついた。
「ヒャッ!」
シャンナは声らしき声も出ず、そこに崩れ落ちた。彼女は痛みも何も感じなかった。
ただその瞬間リーの笑顔を見たような気がした。大きくそしてその鋭い牙は、シャンナのその細い首を簡単に突き抜けていた。

その夜、どしゃぶりとなった雨の中を、帰って来ないシャンナを探しに山に入った家族は、狼にその内蔵を喰われた酷たらしい彼女の遺体とジロを見つけた。
村では当然のように狼狩りをする事が決まった。そして、リーとゼノーにとって不運な事に、シャンナの日記を彼女の両親が見る事によってその所在が判明した。銀の髪と青い目の年下の少年、その友達と二人だけで山の洞窟にいる。彼らはそれだけで悪魔の双子だと思い込んだ。狼狩りは急遽双子狩りとなり、狂人のようになった村人はその手に斧、鋤、鎌などを持ち、山へと入って行った。

村人が怒濤のように山へ入ろうとしている時、リーとゼノーは旅支度も終え、そろそろ出発しようとしていた。本当はいつもシャンナの来る時間までそこにいて、きちんとお別れが言いたかったリーだが、シャンナの事はゼノーに話してなかったため、その事を言いだすことができなかった。そして二人はまさか村人が襲って来るとは思いもせず、その洞窟を後にした。

洞窟を後にして十分ほど歩いただろうか、熱を出して寝ていて道を知らなかったゼノーは、ただリーの後をついてきただけだったが、リーはいつの間にか村の方へと向かっていた自分に気がついた。が、もしかしたらそのうちシャンナが走ってくるかもしれない、そうすればお別れもきちんと言える、そう思ったリーはただ黙って歩きつづけた。
そうするうちに、以前リーが狼に襲われた場所に出た。
「何だろ・・これ?」
ゼノーはそこらじゅうに散らばっているクッキーのかけらのような物を一つ拾ってみた。泥がついてはいるが、確かにクッキーのようだった。そして、それだけでなく、まだ辺りには布切れだとか、その辺りのものではない草なども散らばっている。
ゼノーは何故このような物があるのか分からず、そのかけらを拾ったまま不思議に思っていた。が、リーには、それがシャンナのクッキーだと、彼女の服の切れ端だと、一目見た途端に分かった。それと同時に狼に襲われたのだろうということが不思議にも頭に浮かんだ。リーは呆然としながらも小枝に引っ掛かっていた布切れを手に取ってみた。それは彼女がどうなったのかを暗示するように真っ赤に染まっていた。
「シ、シャンナ・・・」
その途端、リーの脳裏には首を噛まれたシャンナの姿が鮮明に浮かび上がった。
「そ・・そんな・・・」
リーは信じたくなかった。が、実際その場を見た訳ではないのに、不思議とそれが本当の事だと感じていた。リーはその布切れをじっと見たまま突っ立っていた。
「リー!」
ゼノーの声にはっとしてリーは彼の方を見た。
ゼノーは村の方向を向いていた。そして、それまで気が動転していたリーには聞こえなかったのだが、わぁわぁという何人もの声が聞こえた。それは徐々に大きくなり近づいてきた。
「に、兄様・・・?」
二人の目に入ったのは、荒野でルチアとジャンを襲ったのと同じように、いやそれ以上に異常な気を発し、鬼のような形相をして走ってくる村人の集団だった。
「リー、逃げよう!」
「う・・うん。リリー、ゼノア、行くよ!」
二人はそのただならぬ雰囲気を感じ、きびすを返すと反対方向に走り始めた。
二人はその地域には全く不慣れであり、その反対に村人たちは知り尽くしていた。
その為すぐ逃げ場を失った二人は、まず茂みに隠れた。まだ身体の小さい二人は見つかりにくく、その茂みのすぐ横を通っても気づかれずにすんだ。
「おい、向こうにはいない。この辺にまだいるはずだ。」
「よし、俺は向こうを見てくる!」
村人もなかなか諦めようとしない、二人はひたすら茂みの中でじっとしていた。
「いたか?」
「いや、いない・・・あいつらめ・・あいつらが狼にシャンナを襲わせたんだ。」
「そうに決まってる!・・可哀相にあんなにずたずたにされて・・・」
鋤や鎌を持った村人が、二人の隠れているすぐ近くで話していた。
「ここらで見失ったんだがなぁ・・・」
「シャンナの仇だ!メッタメッタにしてやる!」
ガサガサっと村人の一人が、二人の隠れていた茂みをかき分けた。
村人と二人の視線が会った!
「いたぞ!ここだ!」
叫ぶ村人、その叫びに数人が向かってくる。
「ガオッ!」
リリーとゼノアがその村人に飛びかかる。
「ぎゃあっ!」
「う、うわっ!狼だ!やっぱりそうだ!」
駆け寄ってきた村人が大声を上げる。
それは村人にとって決定的な証拠だった。彼らは、もはやこれっぽっちも疑わなかった、シャンナが双子によってけしかけられた狼に殺された事を。
「リー、早くっ!」
リリーとゼノアが村人の注意を引きつけてくれている間に、呆然としているリーを引っ張るようにゼノーはその茂みから出て、山の奥へと走った。
「に、逃げるぞっ!」
その夜、村人は松明を掲げ山の奥深くまで二人を探した。
二人はリリーとゼノアともはぐれ、心細い夜を過ごしていた。それもいつ見つかるか分からない。生きた心地もせず、ただじっと影に潜みその寒さに震えていた。

翌日、一睡もできなかった二人は、何とか逃げきることを考えていた。が、地理も分からない二人は太陽で方向を確認すると隠れながら南へと進んだ。
夜の間、隠れながらリーは少しずつシャンナの事を話した。事情を知ったゼノーはリーを責めるような事はしなかった。熱を出して寝ている間、時折夢の中に出てきた少女がリーの話の少女と何故だか同じ気がしたが、ゼノーはそんな事を話すのが気恥ずかしく黙っていた。そして、ただ目の色だけでこんな扱いを受ける事に深い憤りを覚えていた。同時に、人に対する嫌悪感を、憎悪を持ち始めている自分に、はっきりと気づいた。
「いたぞ!あそこだ!」
急な斜面を下りている時だった、背後で村人の叫ぶ声がし、そしてその後に大勢の声が聞こえてきた。
「急げ、リーっ!」
そう言ってその足を早め、右に曲がった時だった、
−ガチャン−
「わっ!」
熊用の罠がガチッと転んだゼノーの右足を挟んでいた。
「兄様っ!」
リーは慌ててゼノーの足からその罠を外そうとした。が、しっかり足に食い込んだその罠は二人が持てるだけの力を振り絞って押しても広がらない。ゼノーの足から血が滴り落ちる。
「に、兄様!」
リーは罠を広げようと、自分の手にその歯が食い込むのも気にせず力を入れた。
「わあわあ!」
村人の声が近づいてくる。
「駄目だ、リー・・外せれない!逃げろ、お前だけでも逃げるんだっ!」
痛みを堪え、ゼノーは叫んだ。一人になるのは、たとえゼノーでも不安だった。が、どうあっても罠は外れそうもない。
「駄目だ。兄様一人置いて行けれないよっ!」
リーのその言葉を聞いたゼノーは心の底でほっとした。それと共にリーだけでも助かってほしいという願いもまた一緒にあった。
いくら必死に押してもがっちり食い込んだ罠は開かない、リーは近づく村人の声にふと顔を上げ見た。
「わああああああ!!」
そこには怒濤のように押し寄せて来る村人の群衆があった。
リーは愕然とした。怒り狂い、叫び声をあげなから近づいてくる村人は、まるで死神のように見えた。その手に持っているのは死の大鎌に見えた。
「あ・・・あ・・・・」
リーは真っ青になって恐怖に震えていた。罠を持つ手から力が自然と抜けた。
「リー、いいから、逃げろっ!・・早くっ!・・リーっ!!」
逃げれないと悟ったゼノーがリーだけでもと叫ぶ。リーは確かにその一瞬、例え殺されるのであっても、ゼノーと運命を一緒にしようと思った、が、次の瞬間、目の前に迫る村人の狂気とも言える殺気に恐ろしくなり、いつの間にか走り始めていた。
無我夢中で走り続けていた。
「リーーーっ!」
ゼノーは足を取られたまま、走って行くリーの後ろ姿を見ていた。その叫びの意味するものが、リーの行く手を案じたものか、自分の事か、それとも置いていったことへの恨みなのか、ゼノー本人にも分からなかった。逃れようのない絶望感と恐怖がゼノーを支配していた。
        

 

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